2日目 ポケ●●の通信ケーブルを使った●ュウの思い出

 『Thankyou!』『NicePlay!』『お疲れ様でした』『また、一緒にやりましょう』


 ゲームを一緒に遊ぶことに、距離の境がなくなったこの時代。顔も年齢も分からない相手と楽しく(稀に揉めて)遊べて、メッセージを交わせるようになったのは、今の通信技術の進歩がもたらした、素晴らしい結果といえよう。


 しかし、技術や科学の進歩がすべてではない。それにより、失われるものや弊害も必ず存在することを忘れてはならない。


 たとえば、ここに一組の夫婦がいる。夫婦は今、自宅のリビングで互いにナンテンドー・デイエス(略してNDS)という携帯ゲーム機で、レースゲームを遊んでいた。

 

 夫婦はNDSのレースゲームで、赤色の甲物や果物の皮を投げて、互いの走りを邪魔して楽しく盛り上がっていたのだが、夫の方は何やら少しだけ不満げな寂しげな様子だった。


 夫は妻との距離が少し遠いことに寂しさを感じていたのだ。遠いと言っても、その距離は同じ室内で2メートルにも満たない。だが、もう少し妻の側で遊びたいのが夫の本音だった。


 今の携帯ゲーム機は、無線通信が標準搭載されている。そのため、Wi-fiなどのインターネット回線があれば、世界中の見知らぬライバルと対戦することが出来る。回線がなくても、ゲーム機とソフトが二つあれば、大抵の家庭内で無線通信を利用した対戦が楽しめるのだ。


 その昔、携帯ゲーム機で対戦するには『通信ケーブル』と呼ばれる物が必須だったことを今の若者は知っているだろうか。


 名称どおり、二台の携帯ゲーム機を繋いで通信させるアナログな物なのだが、安価で流通も行き渡っていたにも関わらず、所有者は少なかった。


 なので通信ケーブルの存在は、特に子供社会では重宝されるとともに、所有しているだけで英雄扱いやVip待遇を受けることも多かった。


 さて、そんな夫もかつては通信ケーブルで対戦ゲームを楽しんだ世代、というかそれがきっかけで恋愛と結婚にまで発展した稀な経験をしていた。


 その昔、バンザイというメーカーから発売された、白鳥の一撃ワンダ・スワン(略してWS)という携帯ゲーム機があった。


 その携帯ゲーム機で対戦するには、通信ケーブルが必要不可欠だった。妻は高校当時、そのWSのパズルゲームを学校で遊んでおり、夫はその出会いとキッカケ、対戦を口実にお近づきとなるべく、わざわざWSと通信ケーブルを購入したのである。


 紆余曲折あり、二人はWSで対戦する交流とともに交際へと発展したのだが、夫は当時、いつも忍ばせて持っていた通信ケーブルに関する熱酸あつすっぱい思い出がふたつあった。


 ひとつは『距離の近さ』である。WSの通信ケーブルの長さわずか30cmであり、それを二台で繋ぐと互いの距離は思ったより近い。年頃の男女が遊ぶには、少々ばかりドキドキする距離だった。


 夫は当時、自分の体臭が相手に不快にならないか心配するとともに、妻となる女性のほのかな香りに、様々な思い巡らせたものだ。


 ふたつめは『雰囲気』である。夫は彼女と付き合いだしてからも、日々、WSで対戦を繰り返していた。若き男女たるもの、恋仲であれば時にはで、その関係の証を求める。要するにキスがしたかったのだ。


 初めてのときは、たまたま良い雰囲気に巡り会えたのだが、二度目以降、どうしてもそのタイミングを掴めずにおり、夫は考えた末に次のような行動をとった。

 

 ある日、二台のWSのソケットに接続された通信ケーブルを利用するように、それを絡ませたり、ほどくフリをしながら彼女ごとたぐり寄せて、そっとのである。


 『ポケットの通信ケーブルを使ったチュウの思い出』

 

 NDSなどの携帯ゲームに通信ケーブルが不要なこの時代では、きっと味わえないであろう、少しばかり強引な青春の知恵だった。


(終)

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