モノクローム・サイダー  ~ After confession ~

1日目 勝負あり!

 「まあ、一本と言わずに」

 妻は、僕に笑顔でフライドポテトの紙ケースを差し出してくれた。


 少し所用で出掛けていた休日の午後3時。僕は帰宅して玄関を開けると、何やら微かに鼻腔と食欲を刺激する、油の温もりの香りが漂っていた。


 どうやら、僕が出掛けている間に近所のハンバーガー店で買ってきたらしく、リビングでは妻と娘が仲良く、Lサイズのケースからの溢れんばかりの細長いフライドポテトを食べたり、食べさせあったりして楽しんでいた。


 そんな妻と娘の美味しそうなやりとりを見ていると、僕も混ぜてほしいものだと思うと同時に、何だか無性にフライドポテトが食べたくなってきたので、妻に「一本ちょうだい?」と訊ねたら、妻は僕に遠慮することないよう、返事をした。


 妻のその返事に僕はあの頃を思い出す。妻と出会い、ようやく恋仲となった初々しくて小恥ずかしいあの話を。


 妻とは高校三年の頃に出会った。色々とあって、僕は彼女に告白してようやく付き合いだしたのだが、互いに恋愛経験がなかったので、特に僕は男として彼女をなかなかリードできなかったことに、ため息ばかりついていた。


 付き合いだして一週間かそこらだろうか。ある日、僕らは一緒に街中へと出掛けた。いわゆるデートってやつだったのだが、僕はひとつの目的を抱いていた。


「彼女の手を握りたい」


 この目的を達成するべく、一緒に歩いたり、隣に座ったりしたときなど様々な場所やタイミングを見計らって静かに手を握ろうとしたのだが、実行できなかった。


 告白したときの勇気はどこへやら。そんなこんなで楽しい時間は過ぎてゆき、気が付けば僕の勝負の場も終盤である。


 喋りながら公園を散歩していた僕らだったが、話題も少し尽きて静かに歩いていた。そこで、今こそ手を握るときだと決意したのだが、僕はついうっかりして彼女にこう言ってしまった。


「あ、あの、小指だけ繋いでも…いい?」


 頭が半分真っ白で緊張していたとはいえ、僕はとんでもなく格好悪い発言をしたとことに後悔した。


 そもそも許可を求めるってなんだ?男としてあまりに小者な発言に、ある種の絶望感も漂い出した瞬間だった。


「まあ、一本と言わずに」

 彼女は、そう言いながら笑顔で手を差し出して、そして僕の手を優しく握ってくれた。


(終)

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