第26話 手にする僕のデスティニー

 そなたはもう、十分に強い!なぜにまだ魔王を倒せぬのか?


 人間は、いざという時に奮うタイプと臆するタイプがいる。僕はどうしても失敗のイメージしか先行して浮かばない人間だ。


 ネガティブでも失敗してもいい。誰も責めません。後悔もしません。だけど、今日だけは、震える…いや、奮える僕でいさせてください。



 1999年7月16日(金) 午後12時40分

 僕は鯨武さんを待っていた。場所はいつもの屋上ではなく、学校の裏門だ。別に気まずさや後ろめたさでこの場所を選んだわけではない。ただ、互いの自転車置き場に近いこの場所を選んだだけのことである。


 ただ、同級生に見られるのが恥ずかしいという思いだけは、拭いきれなかったので、少し生徒が少なくなる時間に意図的にずらしたことは先に反省しておく。


 …どこか遠くか近くかわからないけど、セミの鳴き声が聞こえる。いつも彼女を待つ屋上からは聞こえない音だ。なんだか、夏の風物詩を聞きながら恋焦がれる相手を待つというのは、何だか新鮮というか、初めて彼女に関係した夏らしさが味わえたような気がしてくる。


 セミの鳴き声が徐々に早くなるにつれて、僕の緊張と鼓動も早く高鳴っているような気がしてきた。


 なんて、詩人もどきな気分に浸っていたら、少し離れたところ校舎の角から見慣れた女子の姿が見えた。鯨武さん……と、あれは、明日香さんと、美鈴さん?


「ごめんね百式君、待った?」

「いや、今、さっき来たところだよ」

 以前に少しだけ叶った、憧れのデート待ち会話。今回は以前のように、たじたじとした状況ではなく、自然に叶った。ただ前回と違うのは、その相手が鯨武さんではなくて、美鈴さんというところである。


「じゃあね、由美。しっかりね」

「ファイト、ファイト!あ、百式君、私たち見送りだけだから、安心してね」

 二人はからかうように、それでいて後押しするように、鯨武さんを一歩前へと進ませる。鯨武さんは眉を軽くしかめて少し困ったような、照れたような顔をしていた。


 僕と鯨武さんは、互いの自転車に乗る。そして後ろを軽く振り向いて、彼女たちに手を振りながら裏門を出た。



「学校が午前授業で終わる日って、休みの日よりも嬉しくない?」

「あ、わかる。凄く得した気分になるよね」


「次の日が祝日休みなのを、学校で知ったときはどう?」

「最高だよね。授業の終わりまでが、いつも以上にワクワクする」


「元々、自分の物なのに、鞄から100円玉が出てきたら嬉しいよね」

「500円玉以上なら、一生遊んで暮らせるくらいの気持ちになれる」


 自転車のペダルを踏みながら、僕と鯨武さんは夏の陽射しを浴びながら、互いの『学校あるある』話で盛り上がり気分を高揚させる。どれがどちらの意見と返事かは覚えていない。


 僕の今日のプランは至ってシンプルだった。まずファミレスで昼御飯を食べる予定だ。まあ、本来であればもう少し小洒落たお店に行くべきなのだろうが、はっきり言って鯨武さんは、かなり庶民的だ。なので無理に着飾ったり背伸びをする必要はないのだ。


 昼御飯の次はゲームセンターだ。特に目当てのゲームはない。前回と同じように、リズムゲームや対戦ゲームで、成り行きのまま楽しく遊べればいい。


 そして、最後に近くの公園にでも行ければと思っている。そこでなんとかタイミングを見つけて…いや、作って鯨武さんに自分の気持ちを告げるつもりだ。


 きっと僕はここで緊張するだろうし、カッコ良く決めることはできないと思う。失敗するかもしれないし、悪い結果に終わるかもしれない。


 だけど、それでもいい。このまま、いつまでも、ぐじぐじと悩み続けるよりよっぽどいいじゃないか。それは、昨日に読み直した本に書かれていた言葉の受け売りだが、やらなかった後悔だけは絶対にしたくない。それだけは決めていた。



 1999年7月16日(金) 午後1時12分

「…サイダーもコーラも、炭酸が抜けてからだって美味しいと私は思うな」

 鯨武さんはクリームソーダを飲みながら、楽しそうに炭酸飲料における、炭酸の有無について話しながら微笑む。


 市内にあるファミレスに腰を据える僕たちは、そこで各々の注文をして腹と楽しさを満たしていた。


 こうしていると、僕らはまるでもう付き合っているんじゃないだろうか?僕はそんな錯覚に陥りそうだった。


 わずか一ヶ月前の僕は、女子と話すだけでも生命力を削られるような貧弱な男だった。今でも、ちょっとしたことで脆く崩れるハリボテのような自信と経験だけど、こうして友だちでありライバル(?)だけども、好きな女子と自然に会話が出来るようになるなんて、思いもしなかった。


 好きだ。僕は本当に彼女が好きだ。無器用な形だけど、この気持ちをどうにか伝えたい。感謝にも似た感情ではあるが、決して若さゆえの不健全な気持ちを抜きにして、もっと鯨武さんと先を歩きたい。それが僕の本音だった。


 …鯨武さんとしばらく、楽しく話をしていたら、時計はあと十数分で午後2時をまわろうとしていた。いけない。そろそろ次の行動に移らないと、そう思った瞬間だった。


「あのね、百式君。実はだけど、私もうすぐ用事があるの」

「え?」

 鯨武さんが何やら申し訳なさそうに口を開き、僕は即座に返事をする。


「だから…2時になったら帰るね。ごめんね」

 両手を合わせながら、鯨武さんは僕に謝る。


 え?え????あ、帰る???と、あれ。

 僕の頭の中は一気に混乱した。このあとのゲーセン、そして公園での告白プランは…。あまりの予定外の事態に、今すべてが破綻しようとしていた。


 このままでは、すべてが終わってしまう。また、次は月曜日?何時に?屋上?裏門?じゃあ、月曜日の約束を今からしないと。だからそのために鯨武さんに伝えないといけない言葉は?まずいまずい。帰られちゃうと土日を挟んで、だから。



「あの、僕…鯨武さんが好きなん…だ。だから付き合ってください」


 

 焦りのあまり、僕の愛の告白は、世界で指折りの格好悪さで幕が開けた。

 

 鯨武さんは、表情を変えずに僕を見ていた。ただ、普通より瞬きが多く感じるとともに、時おり目線を落としたり戻したりしている。きっと、予想外の事態なのだろう。僕だってそうだ。


 告白から十秒も経っていないと思う。店内は客や店員呼び出し音で賑わっていたが、僕は集中状態のあまり、一時間授業のような長さに感じられるほどの静寂を体験していた。


 鯨武さんは少しだけ、ほんの少しだけ口許が笑ったように見えた。だけど、目は少しだけ寂しげに細くも見える。


 どっちだ?答えはどっちだ?いけない。頭の中が真っ白になってきた。極度の緊張のあまり、僕は今にも「なーんてね。冗談だよ」と言いそうなくらい、逃げ出したい気持ちになった。もう駄目な気がしてきた。



 しっかりしろよ!!

 Fami-com【アンデッドハンター】1987年7月3日発売


「最初に屋上で会ったときは一目惚れだった。キッカケはゲームだった」

 僕はポツリと呟く。か細いけれど、彼女に届けと願いを込めて。




 時にはプライドを捨てる決意も、必要ということを忘れちゃいけない

 芸夢BOY【井の中の蛙に大鐘は鳴る】1992年9月14日発売


「初めてガンソルの対戦でボロ負けしたとき、最初はもう会わないつもりだった」

 ゲームを通じて上から目線で仲良くなろうとしたことを反省した。 




 駆け抜けろ 駆け破れ ナイト!

 Fami-com【ボンバーチャンピオン】1987年8月7日発売


「何度も、鯨武さんへの好意を諦めようと思った。友達でもいいと思った」

 だけど、立ち止まる直前、やっぱり諦め切れずに僕はまた走り出した。




 理由いいわけとの対峙にはもう飽きた

 Fami-com【メタルマキシマム】1991年5月24日発売


「いつも調子に乗って、最後に失敗する自分が嫌で自信が持てなかった」

 だから、僕は変わろうと決意した。 




 レベルアップですぜ あんたも せいちょうしたもんだ

 芸夢BOY【エクスカリバー伝説】1991年6月28日発売

 

「だけど、鯨武さんは何事も否定せずに、前向きな生き方を僕に教えてくれた」

 まだまだ頼りない男だけど、前へ前へと進めるように頑張りたい。




 少しは強くなったようですね

 Fami-com【ケリナグーレ】1989年7月21日発売


「鯨武さんのおかげで強くなれた。こうして勇気を出すことができた」

 君といれば、僕はもっともっと強くなれると思う。




 そなたはもう、十分強くなった!必ずや魔王を倒せるであろう!

 超Fami-com【ドラグーンクエスト1・2】1993年12月18日発売


「もう一度、言うね。僕は鯨武さんが好きです。付き合ってください」

 成功しない原因に悩むのではなく、成功する方法を常に考えたい。


 

 僕はすべてを出し切った。もう何を言っても、どんな最強呪文を唱えてもMPが足りないハッタリの小悪魔にもなれそうにない。


 不思議と緊張はしていない。むしろ、清々しい気持ちだった。どんな結果になっても誰も責めない。後悔もしない。


 そんな僕が披露した一世一代の愛の劇場を聞かされた鯨武さんはというと、いつの間にか両肘をテーブルに着いて、両手で顔を覆っていた。


 少し、と喩えるには、あまりにも感覚が麻痺した長いような短いような時間だけが過ぎてゆく。店内の時計の針は、もうすぐ午後2時を指そうとしていた。


 このまま、ずっと返事をくれなかったらどうしよう。もしくは『ごめんなさい』と言われたら…。冷静になった途端に少しだけ(本当に少しだけ)不安が押し寄せそうになる中、かすかに僕の耳に届く「うん、いいよ」の鯨武さんの声。


 え?今、「いいよ」って言った?僕は鯨武さんの方に顔を向ける。

 

 鯨武さんは、両手で覆った顔、右手の中指と人差し指の間から右目だけを覗かせて、僕の方を見ながら、小さく何度も首を縦に振っていた。


     ◆


―――「あの時は、死ぬほど嬉しかった」

 思い出すだけで恥ずかしいけど、最高に幸せな瞬間だった。しかし。


「でもねえ、ファミレスでいきなり告白って」

 妻はあの、ムードもへったくれもない告白を笑いながら、いつも思い出す。それは別に構わないのだが、ひとつだけ困ったことがあった。


「由美さん。いい加減にファミレスに行く度に、その話を節子にするのはやめてくれないか」


 実はあの時、僕が妻に告白したファミレスは、あれから17年経った現在でも、我が家から車で10分ほどの場所で営業を続けている。


 年に数回だが、妻と娘と三人で外食に出掛けるのだが、その度に食事中や注文の待ち時間中、娘に「パパったら、昔ここでママに好きって言ったのよ」と教え込むのはやめてほしいものだ。幸せな悩みだとは自覚はしているけど。


(つづく)

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