第三章 生徒会の「活動」昭和五十八年度・一学期
土曜の午後はパラダイス?
「みんな、今日はお昼はあたしのおごりだっ!」
土曜日の放課後、いつもなら僕たち生徒会役員は近所のコンビニエンス・ストアで昼食を仕入れるのだが、今日はなんと小夜子会長のおごりだということだ。
「会長、ありがとうございます」
僕がお礼を言うと、
「まあいいってことよ、人として上に立つ生徒会長として当然のことだ」
今日の小夜子会長はずいぶん立派に見えた……ついさっきまでは。
「なっ……何なんですか……この店は……」
学校と駅の中間あたりにあったその店は、とても言葉では表現出来ないくらいに怪しく、そして「汚い」店構えだ。「大衆食堂・おかめ食堂」と書かれた看板らしきものは、文字が消えかかっている。大衆食堂というのも、この八十年代ではそもそも時代遅れ感があるが、それ以上に古さを感じさせる店構え……
そして、店名にもある「おかめ」の絵も消えかかっていて怖い感じだ。どう見ても廃墟にしか見えない。
「かっ……会長……本当にここに……入るんですかぁ?」
僕は正直、とてもこの「おかめ食堂」とやらに入る気にはなれないどころか、恐怖すら覚えていた。優子ちゃんも、さっちゅん先輩も、なんだか不安そうな表情をしている。
「さよっちに前から聞いてたけど、ついにこの店に入るのかー」
さっちゅん先輩は「やれやれ」という感じで言った。どうやら小夜子会長からこの店の存在は知らされていたようだが、今まで入ったことがなかったようだ。
「さてと、入るぞ」
小夜子会長は、木製の、いかにも立て付けの悪そうな引き戸を開ける。
「やっ……やめましょうよぉ……会長ぉ~……」
「うっさい! トモも入るんだっ!」
「よっ、オヤジ、久々だなっ!」
「小夜子嬢ちゃん、久々だな」
店内では、頭のてっぺんが禿げている初老の店主らしき人が迎えてくれた。
「小夜子嬢ちゃん、今日は友達と一緒かい?」
「おう、こいつらはあたしの学校の生徒会の連中だよ」
どうやら僕たちは「こいつら」扱いのようだ。
「そいえば嬢ちゃん、生徒会長になったんだってなー」
「まあな、県立高校の生徒会長なんか進んでやる奴なんかいないしなぁ、でもまあ、なーんか面白そうだからな」
小夜子会長と店主の会話が弾む。どうやらここの常連客のようだ。
「ところで嬢ちゃん、今日は男連れかい?」
店主が僕を見て言う。
「おっ、こいつか? 春に入学したのを生徒会に拉致ったんだよ。まあ、なんか暇そうな奴だったからな」
小夜子会長からの言葉は、なんかひどい言われようだ。まあ、僕が油断して昼休みに昼寝をしたばかりに拉致られたのは間違いないのだが。
「で、そこの兄ちゃん、三人のうち誰が好きなんだい?」
「えっ……あっ……すっ……好きとか……えーと……」
店主の質問にしどろもどろになる僕……もう、いきなり変なこと聞いてこないで欲しいもんだ。
店内には、古びた木製の食卓と椅子の他に座敷席もある。店構えの「汚さ」からすれば割ときれいにしてあるが、それでも昭和四十年代から時が止まっているかのようだ。
そして壁には十数年は貼られていたのだろう、モデルさんの服装も今では見られない感じで、そして紫外線で焼けて青みがかった色調に色褪せたビールのポスターがある。正直、これはちょっと怖い。
「それじゃ、いつもの場所に行くかな」
小夜子会長がそう言って座敷席に向かう。僕たちも座敷席に入る。
「トモっ! おまえ男子なんだから正座なんかしてんじゃねーよ」
小夜子会長が僕を見て突っ込む。
「でっ……でも……僕……こういうとこだと……それに……女の子に囲まれてると……」
「いいから脚崩せよ」
「わっ……わかりました……それじゃ、お言葉に甘えて……」
僕は普段慣れてない「あぐら」になる。女の子の前で果たしていいのだろうかと思うが、まあ小夜子会長がいいと言うのだからよしとしよう。
「トモくん、なんか男の子っぽいねー」
「トモっち、なんかワイルドでいいぞ」
うーん……ワイルドとか言われても、僕にとってはあまり嬉しくないのだが……
「あっ……あのっ……優子ちゃんもさっちゅん先輩もあまり僕を見つめないでよ」
僕は彼女たちの視線が気になる。やはり女の子の前では、あぐらとかは慣れない……と言うか、ちょっと気恥ずかしい。
「さて、ご注文は何にするかい?」
店主が聞いてくる。
「えーと……僕は……何にしようかな……」
僕が壁に貼ってある「お品書き」を見ていると
「トモっ! いちいち選んでるなよ! あたしのおごりなんだからヂャンボラーメンにしろっ!」
小夜子会長は僕に『ヂャンボラーメン』なるものを頼むように言う。
「ヂャンボラーメン?? 何なんですか……? それ……」
「名前の通りだ、大盛りを超えた超大盛りのでっかいラーメンだ」
「それなら『ジャンボ』でしょ……なんで『ヂ』なんですかぁ?」
「トモ……おまえ、どーでもいいこと突っ込むなぁ……細けーことはどーでもいいんだよ、とりあえず『ヂャンボラーメン』にしろ」
「はいはい、わかりました……僕は『ジャンボラーメン』にします」
「だーかーらー、『ヂャンボ』だって! それに『はい』は一回だっ!」
僕は小夜子会長に、なし崩しに『ヂャンボラーメン』を注文させられた。
「優子もさっちゅんも『ヂャンボラーメン』でいいよな」
「さよっち、あたいは問題ないかな」
さっちゅん先輩は普段から運動してるから、超大盛りでも問題ないのだろう。
「さよちん……わたし全部食べられるかなぁ……残したらどうしよう……」
「なあに、残ったらトモに食わせりゃいいさ、男なんだからそれくらい平気だろ」
小夜子会長は何気に恐ろしいことを言う……僕は……無事にこの店を出ることができるのだろうか……
「へい、お待ち」
その声と一緒に出されたモノを見て、僕は目を疑った。
「えっ……えええええええっ!?」
どう見ても大盛りどころか、普通の三倍はある量……これが『ヂャンボラーメン』なのか……ラーメンの入ったどんぶりは、どう見ても洗面器くらいの大きさはありそうだ。それが目の前に四つもある。にわかに信じがたい光景だが事実だ。
「さーて、食うか!」
小夜子会長が早速ラーメンに箸を付ける。
「いただきまーす」
僕たち四人は『ヂャンボラーメン』を食することにする。
「あっ……意外と美味しい……」
僕の素直な感想だが、それにしても量がとてつもなく多い……果たしてこれを全部食べきることができるのだろうか……
どんぶりから出る大量の湯気の立つ中、小夜子会長も、優子ちゃんも、さっちゅん先輩もラーメンを食べている。
「ごちそーさまー」
さっちゅん先輩が早くも完食した。さすがスポーツ系女子……普段から食べる量も多いのだろうか……女の子にそんなこと聞いたら失礼だけど。
「ごっつぁんだー」
なんと小夜子会長が完食した。まったく、あんな小さな体のどこにこの大量のラーメンが入るのだろうか……不思議だ。まあ、僕がそのことに突っ込むと何かモノで叩かれそうなのであえて聞かないけど。
そして、僕もなんとか『ヂャンボラーメン』を食べ終えた。
しかし、優子ちゃんがまだ半分近く残している。
「さよちん……わたし、もう食べられないかも……」
優子ちゃんは、なんだかもうこれ以上食べるのは無理そうな感じだ。
それを見た小夜子会長が言い放つ。
「トモっ、おまえ優子の残り食えよ!」
「えっ……僕が……ですか?」
「そうだ、お残しはバチが当たるからなっ!」
結局、優子ちゃんが食べきれなかったラーメンは、僕が食べることになってしまったようだ。
「それじゃ……僕が食べますんで……」
そう僕が言ったとき、ふと頭の中にあることが思い浮かぶ……
このラーメン……さっきまで優子ちゃんが食べてたんだよね……これって……もしかして……間接キスになるんじゃ……
僕は顔が耳の先が赤くなっているのを自覚する。
「トモくん、なんか顔が赤いけど……大丈夫? 暑くない?」
優子ちゃんが僕を見つめる。
「ぼっ……僕は……なっ……何でもないって……」
何でもなくはないんだけどね……
優子ちゃんのためにもと思い、そして優子ちゃんが途中まで食べていたラーメンということを意識しながら、僕は目の前の『優子ちゃんが食べていたラーメン』をかきこむ。
そして、なんとか完食した。苦しいけど、優子ちゃんのために頑張ったつもりだ。
もう当分ラーメンは食べなくてもいい……かな。
「トモくん、本当にありがとうね」
「どうもいたしまして……優子ちゃんのためなら……」
僕はどさくさに紛れて優子ちゃんの前でとんでもないことを言ってしまったかも。
「さて、そろそろ行くか……オヤジ、世話になったな!」
「あいよ、嬢ちゃんも友達もまた来てくれよ」
僕たち生徒会メンバーは店を後にする。
僕はまだ少し食べ過ぎで苦しいけど、ちょっと嬉しい気分でもあった。
優子ちゃんと間接キス……か……
「トモっ! おまえなんでまだ顔赤いんだぁ?」
「かっ……会長っ、なんでもないですって……なんでも……」
昭和五十八年五月の土曜日……爽やかな季節だが、僕はなんだか体が暑かった……
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