第9話 中央都市のともだち

 クレアは夏休みに冒険することを二人の親に許された。中央都市へと列車に乗っていた。十四歳になった。もちろん危ないことがあったらすぐに連絡できるようにしてあるし、荷物だって最小限にした。

 ジーンズに半袖のシャツを着て、帽子をかぶって、指定席に座ってじっと前を見つめていた。

 ノスタルジアの弟たちが――ノスタルジアは両親が早く亡くなったが弟と妹がいる。ホテルをやっていて、一部屋貸してくれることになっていて、一週間の滞在だった。

 クレアと同じくらいの歳の女性客が多いので華やかだ。

 バカンスの時期、中央都市では人が減る。皆休みをとって都市から消えるからだ。逆に地方の子たちはこの時期に格安の列車をとって都会に買い物に出る。最新のファッションに身を包むためだ。

 中央都市の中心部に近くなるに従い、ファッションの中心である区域で人がどっと下り、クレアが下りた駅は、人があまりいなかった。

 クレアはファッションに興味がないわけではない。

 ノスタルジアが一時期ファッション関係の仕事をしていた関係で――いったいいくつの職を転々としたのか。センスが良くて、服を選んでくれていたおかげでクレアは服を見抜くセンスを磨いた。

 ノスタルジアのことをダッドと呼ぶクレアだが、服を選ぶときは、二人で買物に行くことが多い。

 ストライクとは、あまり外出などはしない。

 でもどちらも大事な父親である。

 女の子はお洒落に関してはみんな戦ってる。とクレアは思う。

 どんな地味な子だって、自分を表現しているのだ、全然みなりに構わない子は、そう構わない子という自己主張をしている。

 そう思う。

 クレアが都市に出るのは、友達に逢うためだった。



 最初に彼に出会ったのは、十三歳の夏だった。

 去年のことなのにすごく以前のことのような気もする。

 

 両親であるノスタルジアとストライクとともにそのホテルに泊まっていて、クレアは買い物に出た。

 日用品で必要なものがあったからだ。

 そこで、たかりを見た。

 クレアは、ストライクから体術を、ノスタルジアからは銃の手ほどきをうけていた。細身で華奢に見えるのは着てる服がデコルテを出すタイプであるからで、腹回りは割れるくらい筋肉がついている。

 守られてるだけの娘ではなかった。

 ここでは一人で出歩くのは危険なのだ。

 それも夜に。

 だが、ストライクもノスタルジアも、彼女を縛りつけたりしなかった。

 つまりは、放任主義、というか。

 彼女の能力を十二分にわかっていた。

「やめなさいよ」

 と、クレアが言いながら一人目の男の顎を蹴りあげて吹っ飛ばした。

「なんだお前」

 もう一人のナイフを持ったキャップをかぶった男が切りかかってこようとする。

 クレアはさっと身をひるがえし、次の瞬間男のこめかみに銃を突きつける。

 顎がずれた一人は逃げ出し、銃をつきつけた男は財布を放って逃げて行った。

「助けたけど、その顔はもしかして余計なことしたって顔?」

 クレアが言う。

「……ありがとう」

 女のか男なのかわからないほど殴られていたが、声で男だとわかった。

「よろしい!」

 クレアが言う。そして傷を覗きこむ。

「大丈夫?」

「うん、あいつら、ここらへんでは新顔だから」

「新顔?」

「ん、うん」

 クレアは上から下まで見た。

「歳。いくつ?」

「十五歳」

「背が低いのね」

「気にしてる」

 と彼が言うので、クレアは笑った。

「君はここに住んでる?」

「うん、君はどこに住んでるの」

「過疎地よ。ここには観光で来たの」

「ふうん」

 中央都市と一言で言うが、その範囲は広い。

 いくつかの区画に分かれていて、その区画ごとに雰囲気が違う。

 クレアは詳しいことは知らないが。

 いつも車で来るときは端っこのマーケットに入って出てくるだけなのだ。

 もっと奥まで行くと、都市の中心に出るという。

 区画内の道路と建物は過密状態で、建築法など無視で縦横無尽に建物が立っている。

 それを貫くように電車が入っていくのだ。

 その中心部に近い区画で、クレアたちは宿泊していた。

「んー、あのさ」

 クレアが聞いた。

「傷、もう治ってるのね」

 顔の傷が治っていくのを、クレアは見て言った。

「特殊能力?」

「ん、傷の治りが早い以外は普通だから」

「新顔以外にはどう思われてるの」

「ゾンビ」

 あ、そういうこと。

 とクレアは言いつつのびをした。

「……でもそれにすぐ気づくのは珍しい」

「大体の人が気づかないこと?」

「そうだな」

「でも私は気づいたでしょ」

「大体の人じゃないってことだろな」

「ね、明日もここにいる?」

「いるよ」

「明日、一日一人で回ることになってるんだけど、一緒に遊んでくれない?」

「いいよ」

 少年は言った。

「私はクレア」

「僕はミオ」

 本名はミオツクシ。

「ミオね、よろしく」

 手を出すと、握ってくれた。

 あたたかい手だった。


 次の日、ストライクとノスタルジアはゆっくり温泉につかるというので、二人はそのままにして、クレアはリュックを背中に背負ってジーンズとシャツ、髪をしばってキャップの後ろから尻尾のように出して外に出た。

「二人とも、家で風呂に入ってるのに、なんでそんなに温泉好きなのかしら」

 クレアはそうつぶやきながら道に出る。

 でもそうね、私も風呂は好きだし、温泉は嫌いじゃないし。体のデトックスにいいとかって話も聞いたことあるし。

 などとも考える。

 クレアはまだまだ温泉の良さがわからない十代だった。

 昨日の路地に少年が立っていた。

 髪は茶色がかった黒で、目は黒に近い茶、昨日の傷はどこにもない。

 ミオが手を上げた。クレアも手を上げてにっこり笑った。


「で、どんなところに行きたいんだ」

 ミオが聞くと、クレアは首をかしげた。

「映画とか?」

「じゃ、デートみたいじゃないか」

「デートでもいいわ」

 と、クスクス笑いながらクレアが言う。

「冗談だろ」

「本気よ、面白いもん、ミオ」

 ミオは、クレアの手を引くと歩き出した。

「映画館、こっちだ」

「うん」

 耳まで真っ赤なのを、クレアは好ましく思えて、微笑む。

 映画館の入り口でお金を払って、中に入る。

「映画館って二度目なの」

「二度目」

「うん、一回目はダッドと来て銃撃戦に巻き込まれて」

「映画の中の話?」

「ううん、違うわ」

「そうか」

 答えながら、ミオはポップコーンを買った。

「半分ずつしよう」

 ミオがそういうと、上映の席へと行く。

 閑散とした映画館だった。

 ミオが、映画が始まる前にぽつんと言う。

「姉さんを探してるんだ」

「お姉さん?」

「そう。ここへ仕事に来て、それからの足取りがわからないんだ」

「いくつの人?」

「今、十八になると思う」

「そうなんだ」

「うん」

 映画の始まる音が二人を黙らせた。静かに、映画は始まった。

 日常を切り取ったような、どこか静かな映画だった。

 クレアは、ポップコーンを食べながら、時々へまをする主人公にはらはらしたりして、二時間を過ごした。


「お腹すいた」

「ああ、どこか入ろう」

「レストランとか?」

「いい店がある」

「うん、じゃ、そこに」

 歩き始めて数歩、向こうから昨日の二人組が、後ろに巨体の男を連れて歩いてくる。

「隠れたほうがいい」

 だが見つかった。

 二人組がこちらを指さす。

「クレア」

 ミオが、前に出る。

「なに」

「僕が殴られてる間に逃げろ」

「だめよ」

 ミオのその肩にとんとんと手を置くものがいた。

「よお、お二人さん」

 ミオは顔を上げる。ぱっと顔が明るくなった。

「ユッカさん」

 人が二人立っていた。

「そっちの子は?」

 ユッカと呼ばれた細い女顔が聞いた。が、のど仏がある、男だ。

「友達です」

 ミオが答える。

「恋人未満です」

 クレアが言う。

「なんだなんだ、かわいいから紹介しろって言おうと思ったんだが」

 もうひとり、陽気なチンピラ風の男が豪快に笑う。身体が大きい。

「ジョオンさん」

 ミオが言った。

 ジョオンっていうのね。と、クレアが思う。

 向こうから来た三人連れが、こちらが四人になっても話しかけてきた。

 凄んでいる、というのか。

「おいこら、昨日の落とし前をつけにきた」

「仕返し?」

 クレアが言うと、ぴんと体操選手のように背筋を伸ばす。

「お、この子、かなりやれるほうだね」

 ユッカと呼ばれた薄紫色の髪の男のほうが言う。

「ゾンビよー、加勢してやろっか」

 ジョオンが言う。髪をまだらに各色染めた短髪だ。

「お願いします」

 ミオが言うと、おう、と前に出た。

 ぶん、と殴るフォームを取る。

 クレアはパパよりは小柄ね。と思いつつ眺める。

 自分が出ていく幕はなさそうだった。

 向こうの男が突っ込んでくるのを軽くいなして腹にこぶしをいれただけで、相手は戦意を喪失した。

「俺は、ジョオン、このあたりを取り仕切っている、新顔、ゾンビに手を出したな」

「どういう」

「こいつは俺の友達で、俺の子分なんだよ」

「危ないから逃げなさい」

 ユッカが言う。

「うん」

 友達だったのか。と、ミオがつぶやきながら、クレアの手を引いた。

 ユッカが逃がしてくれた。

「クレア」

「ん」

「お前をアジトに案内する」

「うん」

 クレアは握った手を握り返した。ドキドキした。


「しかしいい湯だったな」

「ああ」

「ホテルから数メートルでいい温泉があるとはな」

「本当にな」

 ストライクとノスタルジアである。二人ともほかほかしながら色違いのおそろいのリュックを肩にかけ、ハンバーガーを片手に歩く。

「おー、なんかやってるぞ」

「クレアではないか」

「隠れるか」

「ああ」

 男の子と二人で手を繋いでいくところまで見届けると、二人は顔を見合わせる。

「どうする」

「間違いを起こす娘ではない」

「そうだな」

「……、心配は心配だが」

 ハンバーガーをかじる。

「といいつつ足はそっちに行くなあ」

 ノスタルジアは、バーガーを食べ終わり、ストライクも食べ終わったので、ごみを近くのダストシュートに入れ、歩き出した。


「ねえ、アジトって、秘密の場所とかなの?」

「違う、けど、見せたいんだ」

「見せたいの?」

 路地を曲がると、一軒の建物が、ビルの谷間に建っていた。

 セリベ孤児院。と書かれていた。

「あ。パパの資料で見たことある」

「パパ?」

「私のパパ、ストライクって言って、孤児院のバックアップしてるの」

 その資料作りで、ここのこと出てた。

「ストライク……」

「どうしたの?」

「クレアはストライクさんの娘なのか」

「どうしたの急に」

「いや、うん」

「あれ」

 路地裏の道を、男が二人、手を上げてやってくる。

 ストライクとノスタルジアだった。

 その後ろに、ナイフを持ったユッカがいる。

 手を挙げているのが両親だと気づいてクレアが声をあげる。

「どうしたの、パパ」

「あなたたちをつけてたのよ」

 ユッカが言う。

「パパ、ダッド」

「面目ない。説明がうまく通じなくてな」

「……、いや、なんか、ノリで手を上げて連れてこられちゃったんだけど、一応、そのクレアの親なんだがなあ」

「セリベ孤児院か、最初にうちの言語指導員が入れてもらった孤児院だな」

 ストライクが手をおろしていう。

「そうだったな」

 ノスタルジアが言う。

「どういうこと?」

 ユッカが聞き返す。

「私のパパ、ストライクって言うの」

「私がストライクだ」

 そのとき、孤児院のドアがあいた。

「あら、久しぶりじゃないですか、まあまあ、ストライクさん、こちらに来ていたなら連絡くださると」

「マミーの知り合い?」

 ユッカも出てきた女性に聞く。どうやら、ユッカも、ここの出身らしい。

「この方は、孤児院とか路上生活している子供たちの文盲を少しでも減らそうとなさってる方よ」

「ストライクだ」

「ミオ、なんでぽかんとしてるの」

 クレアが言う。

「僕は、ここから出るために文字を習ってて、学校にも行こうと思ってて」

「うん」

「その奨学金をもらうのにテストとかしてて」

「うん」

「ストライクさんが絵本作家だって聞いて」

 すごく憧れてて。

「そうなんだ」

「握手してください」

 ミオが一歩前に出た。

「君の名前は」

「ミオです」

「クレアと仲良くしてくれるかね」

「はい」

「僕とは握手は」

 その顔立ちの整ったほうも男であることに、ミオがたじろぐ。

「私ね、パパが二人いるのよ」

「ああ、クレアは私と、こちらのノスタルジアの娘だ」

 ストライクが言う。

 話がまとまり、クレアとミオはデートの続きを、ストライクとノスタルジアはお茶をごちそうになることになった。

 ユッカとジョオンは、あんまり路地裏とか行くなよ。

 と告げて、午後から教会で仕事だと言って出て行った。

 ジョオンが、教会の仕事をしていて、ユッカも手伝うのだと言っていた。

 


「クレア」

「なに」

「来年も来るのか」

「うん、来るよ」

 クレアはそう答えた。

「学校に行く手続きとかあると思うけど、大学は中央都市って決めてるから」

「大学」

「私、もう学科単位は高校生卒業レベルまで取ってるから」

「そうなんだ」

「うん、私のパパ、あ、ストライクのことね、パパは、もともと十代後半まで言葉を獲得できなかったの。でも、すごい集中力とかがあって、文字を覚えたら、すぐに本を読むようになったんだって。で、財閥でお金のある家に事情があって引き取られて、で、そこで反対派と穏健派がいてパパ苦労したけど」

「うん」

「仕事で成功して、今は小説を書いてるのよ」

「そうなんだ」

「私のことももうちょっと興味持ってよ」

「クレアはクレアであるだけで十分魅力があると思う」

 そう答えて、ミオはぎゅっと手を握った。

「お姉さんも孤児院の人?」

「ううん、一緒に暮らしてて、こっちのほうへ仕事に出たきりで。僕はそれを追いかけてきて、孤児院に入ったんだ」

「そうなんだ、あのさ」

「なに」

「システムを使ってお姉さんを探して見る?」

「できるの」

「たぶん、人探しくらいはできると思う。生体コンピューターなら制御できるし」

「生体?」

「あー、うん、中央都市の奥にあるコンピューターは、人間の脳を培養したものにつなげられてるのよ」

「知らなかった」

「うん」

「僕は、言葉が昔は良くわからなかったこともあるんだけど、クレアの言葉はわかりやすい」

「そうなの」

「うん、言葉、覚えるの面白い」

「じゃ、どこで入ろうかな、お腹すいたし、ファミリーレストランでもいいからはいろ、私おごったげる」

「僕が払う」

「じゃあ、折半」

「わかった」

 二人でレストランに入る。

 ハンバーグとパンのセットにして、食べ始めた。

 クレアは、鞄から一枚の紙を出した。

 紙に見えるが、シリコンの上に塗料型のウィンドウが塗ってある簡易パソコンだ。

 とんとん、と指先で叩くと、立体画面が浮かび上がった。

「お姉さんの名前は?」

「ノワー」

「ノワー、ね、検索して」

 言いながら、手をかざす。

 指先が紙に触れると、きれいに消えた。

「ミオの波動から兄弟に近い波動を探したわ」

「うん」

「でも、情報は二年前」

「そうか」

「でもここに来たことは間違いないし、ここで調べるのは大事だと思う」

「うん、姉さんは姉さんの人生があって――僕はもう姉のことを心配する必要はないのかもしれないって最近思うんだ」

「ミオにもミオの人生があるでしょ」

「うん」

「来年、もっと背が伸びてるかな」

「伸びてクレアをびっくりさせる」

「がんばって」

 ふふふ、とクレアが笑った。




 列車が、中央都市の中心に近いところで止まる。

 クレアは、改札で待つ彼を探し、ゆっくり手を上げた。

 夏休みが、始まる。

 


 

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