第3話 ディープとファイアー

 農園の間に、道路がある。

 そこに一軒の家が建っていた。

 木造二階建て、どちらかというと古い日本の家屋に近いだろう。

 小さな一軒家である。

 朝である。 

 それも冬の朝である。

 空は曇天で、鳥が時々飛んでいる。

 きーうきーうと飛んでいるのは、このサンディエッグ惑星いたるところに住む鳥だ。サンピジョンともよばれている。

 地球にいたという鳩くらいたくさんいるからだ。サンは、サンディエッグのサン。ピジョンは鳩の意味だ。

 別段ものめずらしいものでもない。

 ここに、ディープとファイアーは暮らしていた。

 ディープはこの日、トーストを焼き、目玉焼きを焼き、ハムを切り、コーヒーを入れた。ファイアーはミルクコーヒーでないとのめないので、それも作った。

 あたたかいものがあたたかい一番おいしい時間だが、相棒が起きてこなかった。


 ツインのベッドの部屋。片方のベッドで眠る相棒に、ディープは低く声をかけた。

「起きろ」

 黒づくめの服にすでに着替えているディープは、ファイアーに向かってそれだけ言う。

「ディープうう、おはよう、あー、二日酔い」

 ファイアーが、ベッドの中から手を出したまま息絶えるようにがくんとなる。

 蒲団を剥ぐと上半身が裸だ。しっかりついた筋肉が動き、しなる。

「二度寝するな」

 ディープが怒る。

「三度寝」

 答えに、ディープは銃を構える。

「ファイアー、二度と起き上がれない体にしてやろうか」

「うー、ごめんー」

「朝ごはんだ、早く飯を食え」

 ディープが言う。

「食事が冷めるとまずくなる」

 作った食事を美味しく食べてもらえないことが一番腹が立つディープである。

「うー、いじわる。酒残ってる」

 なんとかそれでもファイアーが起き上がった。

「飲んだほうが悪い。何リットルのんだんだ、ワインのボトルが全部あいたようだが」

 ファイアーはたまに泥酔する。

「君も飲めばいいんだ」

 アルコール依存ではないらしいのだが。

「俺は最初から飲めないんだ」

 ディープは言う。

「そうですね、すみません」

 ファイアーは一旦起き上がって蒲団を取ると、下はハーフパンツであるが、またふたたび蒲団を体に巻きつける。

「いいから飯を食え、水を飲め、アルコールを抜け」

 かちゃりと銃口をこめかみにつけられてファイアーが手をあげつつ蒲団から出た。

 ディープの目が座っている。機嫌はすこぶる悪そうだ。

「はーいい」

 もともとこの家はファイアーが一人で借りていた。

 格安だったのは、サンピジョン屋敷だったからだ。

 壊れた窓から鳥が侵入し、巣を作ってマンションにしていた。

 ファイアーは鳥を追い出して、掃除をした。

 ディープはそれを黙って手伝い、二人の友情はそのときやっと締結された。

 ギルドで二人がエンゲージしたときコンピューターの相性はマイナスだったが。

 それでもなんだか運命を感じて、ファイアーのほうから話しかけ、仲良くなったというか、お互いの存在に慣れたというか。

 その家にディープが転がり込んだのだ。

 そういえば転がり込んだのはディープの住んでいたアパートが火事になったからだったが。

 エンゲージシステムを使ったバディになったのにはおたがいいろいろいきさつがある。それは別の話に譲るとして。

 エンゲージして三年間二人はなんでもやをしていた。

 エンゲージして三年経ったら会社にも所属できるようになる。

 それを目指してのことで。

 やっと三年経ち、ドラゴンの仕事をしないかともちかけられ、上司のノスタルジアとディープの波長が合ったため、仕事を受けた。

 ディープとノスタルジア、二人とも、困った相棒を持った者同志、意気投合したのだ。

 ノスタルジアは当時、仕事づめで何もかもやろうとしているストライクに彼にもっと仕事を人に頼めるところは頼んでくれと怒っていた。

 ディープはファイアーの全体的に間が抜けることが許せず、ディープはまだそれに慣れていなかったこともあって、イライラしていた。

 その後ディープとノスタルジアの二人は、一緒になるとおたがいの相棒の悪口を言いあうのが恒例になり、愚痴を言いあうために一緒にランチをするときもあるくらいだ。

 それで機嫌が直るならと、ストライクもファイアーも二人が会食するときはいってらっしゃいと送り出す始末だ。

 そのディープとノスタルジアの友情ももう七年にもなる。

 二人は、そして、ノスタルジアとストライクに時々困ったことを頼まれる。

 クレアに引き合わされたのはその七年前のことだ。

「子供」

 ディープが言った。

「事務所に女の子がいるって言ったのほんとでしょ」

「そうだが」

 ディープはファイアーの冗談だと思っていたのだ。

 そんな二人がクレアに正式に出会ったのはそこにいて二か月もたったころだ。

「私たちの子供だ、君たちに今日は任せたい。オレンジ女史もいないのでな」

 ストライクが言う。

「わーい」

 クレアが走ってくる。ファイアーが腕を開く。

 ファイアーは子供好きだ。女の子はもっと好きだ。

 というより子どもとレベルが一緒だ。

「きゃー」

 クレアは、物怖じしない性格だった。

 突進してくる。

「クレア、ヨロシク」

「うん、よろしく!!」

「クレア、僕はファイアー、このお兄ちゃんはディープ。ディープは見かけほど怖くないから安心して」

「怖いってどういう意味だ」

「そのまんまだけど」

「ファイアー」

 銃を抜こうとした。

「ストップストップ、子供の前だよ、銃はご法度」

 ファイアーがクレアを抱き上げて言う。

 今より若いノスタルジアが、ストライクにありありと不審を表しながら言った。

「ストライク、この二人で大丈夫か」

「大丈夫だ」

 なんだか自信まんまんでストライクが答える。

「大丈夫!」

 クレアがファイアーにぎゅうとだきつく。

「お兄ちゃん、よろしく」

「かわいい子じゃーん。ノスタルジアさんの子ですか?」

「そうだとも、ストライクと育ててる」

 クレアが仕事場にいることも多いので、ファイアーは何度か出会っている。

 ディープが出てきたのは最初の一回だけで普段は仕事場には出てこず、手続きはファイアーがする。

 別に、仕事が嫌いなわけではないけれど、得意なことを得意なほうがすることを決めているのだ。

 代わりにディープは料理に手を抜かない。

 仕事実戦では手を抜かない。

 今日は仕事でどうしてもといわれてついてきたのだが。

「クレア、じゃ、カフェでも行こうか、それとも動物園?」

 ファイアーが言う。

「動物園!」

「わかった」

「デートか、ファイアー」

 ディープが肩を落とす。

「こんなかわいい御嬢さんだもん」

 ファイアーが言う。

「君だって嫌いじゃないだろ」

「……、子供を扱ったことはないが、嫌いではないな」

 ディープが素に戻って答える。

「大事に預かってくれよ」

 ノスタルジアが言う。

「市場に行く用事もあったんだが」

 ディープは言う。

「一緒に行く!」

「まあ、僕らに一日任せてくださいよ」

 ファイアーが言う。

「ありがたい、どうしても二人で行かねばならないところがあるのでな、動物園に連れて行ってくれたまえ」

 ストライクが言った。地元にあるこじんまりした動物園のことだとすぐにわかる。

「はい」

 ファイアーが答え、クレアを肩車をすると、部屋を出た。

「じゃあ、動物園から回って、そのあとランチして、買い物して帰ろう」

「ああ」

 決まってしまえばディープもそれ以上抵抗しなかった。

 車の運転はディープだ。ジープに乗っている。

 軍用車を改造したものだ。乗り心地もいい。

 なんだかんだとタフな車である。

 もちろん自動操縦にもできるが、いざというときは、ほかからの干渉をうけずに運転することができる。

 ファイアーも運転できるが、今日は後部座席でクレアとずっとしゃべっている。

「ファイアーとディープとどっちがお兄ちゃんなの」

「僕のほうが年上だよ」

「ふーん」

 ファイアーのほうが年下みたいに見えるー。

「クレア」

「なに?」

「クレアはいくつ?」

「ひみつー。女性に歳は聞いちゃダメなんだって」

「そうか」

 ノスタルジアさん、教育行き届いてますね。とファイアーは笑う。

「将来は、パパやダッドみたいにばりばり仕事するの」

「そうかい」

「友達とデザインの会社を興すことも考えてるの」

「……、クレア、本格的だね」

「うん」

「友達はいくつだ」

 ディープが口をはさんだ。

「二十三歳」

「ノスタルジアさんに言ったのか?」

「ううん」

「そうか」

 ファイアーとディープは鏡ごしに目線を合わせる。

「ついてきてるよね後ろ」

「ああ、中央都市に行くんだろうと思っていたが、男一人で動物園は確かにおかしいな」

 都市への道をそれ、こじんまりした動物園への道だ。

 一本道で、人家も少ない。

「なんか、おかしいよ、黒いサングラスしてる」

「で、クレア、その友達とはどこで会ったんだ」

「パソコン」

「……。なんだか嫌な感じしないか、ファイアー」

「ディープもそう思う?」

「前からヘリがきた。止めるぞ」

 ホロつきのジープに向かい、後ろの男が降りる。拳銃を持っていた。

「なんだこいつら」

 ファイアーが言うとクレアを抱きかかえる。

「殺気がプロだな」

 ディープがのんびり言う。

「降りて来い」

 男が言った。

「どうします、ディープ」

「動物園へ行くんだったな」

「そうだけど」

 ディープが、車のボタンを押す。

 ドラゴンが襲ってきたときのために追加された機能に、防炎というのがある。

 ヘリコプターが、火炎を吐くが、間一髪で免れる。

「よくわかったね、火」

 ディープが車を走らせ始めるとファイアーが聞く。

「昔仕事で使ったんだ」

「ふーん」

「あのタイプは銃も積んでるだろう、パンクさせられたらおしまいだが、動物園でいいのか、行先」

「帰ったほうがいいのかな」

「とりあえず、ヘリも車もついてくるしな」

 ジープの防炎機能のおかげで、ヘリの音はそんなに大きくないが、声が聞き取りづらい。

「動物園の前をつっきれば、山沿いに出る道に出るはずだ」

「らじゃー」

「後ろの車をとりあえず止めてくれ、ファイアー」

 ファイアーは、通常装備の中から、小型のミサイルを発射する銃器を出す。

「麻酔弾だけどいいのかな」

「このさい、この配備だとどうなるか調べてこい」

 ディープが言いながら、ギアを変える。

「クレア、大丈夫」

「うん、大丈夫、パパたちと一緒のときもよくあるもの」

「そうか」

 あの二人、一体なにをしてきたんだろうな。

 あたまに浮かんだ素朴な疑問を振り払いつつ、ファイアーは構えて撃った。

 後ろの車のタイアに当たり、タイヤに太い針がささり、麻酔薬を充填する。

 次の瞬間車は運転不能となり、ぐるっと回転して道から落ちて畑に突っ込んでいく。

「ヘリが来るよ、ディープ」

「そこの車、止まれ」

 大音響だ。

「声がするけど、どうする」

「このまま突っ切ろう」

「わかった」

 動物園の前を抜け、上からのヘリをつけたまま、ドラゴンを飼育しているハウスが立ち並ぶあたりまで走る。

「このへんでいいだろう、止める」

「ん」

「降りよう」

 ディープが言った。

 ヘリが着地し、男が降りてくる。

「その少女を渡してもらおう」

 ファイアーが、なんで、という顔をする。

「どんな手を使ってもと言われている」

「……、私は、ストライクとノスタルジアの娘です」

 クレアが、はっきりと告げた。

「あの二人に騙されているのだよ、君にはもっとふさわしい生き方がある。われらの主人が君のことを探している」

「クレア、じっとしてて」

「うん」

「クレアの仕事相手はあんただろ」

 ファイアーが言った。

「なにを」

「仕事を一緒にしようと言って、クレアから、情報を引き出してきたわけだろ」

「クレア、大人を無条件に信用したらだめだよ」

「そこまでだ」

 パンクさせた男がディープの後ろに回っていた。銃をつきつける。

「この男がどうなってもいいのか」

 ファイアーが、あああ、と言いつつ、両手を上げた。

「子供の前だろ、ほんっとバカだよ」

 ディープ怒っていいよ。

 と、ファイアーが言った。

 次の瞬間、ヘリコプターが爆発し、男が転がってくる。

 ファイアーには、ディープが、男の鳩尾に一発くれてやってうめいた直後に、ディープの髪が少しだけ逆立って、その次の瞬間ヘリになにか物理的な力をくわえて壊したのがわかった。

 エスパーとしては一流以上。

 逆上すると手に負えないのだ。

 ファイアーも逆上することはあるが、ディープとはタイプが違う。

「さて、帰ってくれるかな? 俺たちは動物園に行く用事があるんだ」

 ディープが、倒れた男を覗きこんだ。

「ひい」

 ディープが、ファイアーのところに帰ってくる。

「じゃ、行こう」

 ファイアーが言い、三人はジープで引き返し、動物園へと入って行った。


 

 


 あれから七年。クレアは十四歳だ。美人に育った。

「まあ、いろいろあったよね、クレアとは」

「そうだな」

 言っていると、二階の窓があいた。

「来たわよ」

「クレア」

 じゃじゃ馬が来たか。

 とディープは嬉しそうに言いすてる。

「なによー、ねえ、質問があってきたの」

「なに?」

 ファイアーが聞き返す。

「二人って結婚してるの?」

 ぶは! と、二人同時に紅茶をふいた。

「ごほごほ」

「げほんげほ、クレア、冗談でもやめてくれ」

 二人は、げんなりした。

 間違われることも決してないとは言わないが。

「クレア」

「なに」

「同じ質問をストライク主任とノスタルジアさんに言ったことあるのか」

「あるわ」

「なんて返事を」

「困ってから、してるって」

 それは困っただろう。

「……これは弱音を握ったことになりませんかディープさん」

 ファイアーが聞く。

「……ゆすりなんてしたら返り討ちになると思うが、したければ止めないが」

 ディープは天井をあおいでから、言った。

「……、いやいやいや。そんなことしないって」

 ファイアーが、紅茶を飲み始める。頭痛いのどっかいったよ。とぼやく。

「で、二人はほんとにしてないの」

 クレアが聞く。

「エンゲージシステムについて誤解してないか」

「だって、エンゲージって、婚約ってことでしょ」

「ああ」

「だったらその次は結婚でしょ」

「……、なんというか、あの二人に育てられたのになんでそんな常識を」

「いやいやいや、ディープさん、口が悪い」

 そうか、結婚かあ。

 と、ディープがぼやく。

 この七年でいろいろ変わったことがあるとすれば、ディープの軟化だろう。

「ウルと一緒に今日は仕事でしょ、一緒に行けって」

「クレア」

「ん?」

「一応俺たちは男で。君にいろいろしたりするかもしれないぞ」

 ディープは言う。

「ん、信用してるし、私の射撃の腕前、ダッドの八割くらいよ」

「……、銃、教わったのか」

「十歳の時には撃ってたわ」

 クレアの言葉に、ディープとファイアーは、溜息をついた。

 サンディエッグで生き抜くためにはそれくらいのことはしなければならないだろう。

「見かけより強いんだって!」

 クレアが笑う。

 ゆるく縛った髪、シャツにカーゴ。

 足はブーツを履いている。

「迷っただろうなあ」

 ファイアーが、痛む頭を止めるために薬を飲む。

「銃教えるの」

 二日酔い専門の薬だ。

「じゃあ、行くか」

 ディープが、ウル、と小さく言うと。それまで犬の置物のようにソファーに寝転がっていたスナオオカミが、顔を上げた。

 砂狼は、この惑星の犬の仲間で、ファイアーが怪我をしているのを拾った。

 ディープの言うことをよく聞き、ファイアーについては同胞だと思っている気配がある。

 ジープは三代目になったが、相変わらず軍の払い下げを使っている。

 三人と一匹は、ジープで走り出した。

「あのさ」

「なに」

「七年前、コンピューターで知り合ったって言ってただろー」

「ン、あー、あれね、パパが破棄したコンピューターで遊んでたら繋がっちゃったのよ。で、ダッドにパパと一緒に叱られたわ、あとで」

「そうか」

「そうだったんだ」

 ディープがハンドルを切った。

「来たぞ」

 ドラゴンが現れた。

「どう、クレア」

「んー、なんかうまくつながらない感じ」

「もうちょっと近づいてみるか」

「ううん、興奮してて声が届かない感じよ」

「じゃあ、麻酔かな」

「そうね」

 クレアが言う。

 クレアは、ドラゴンと話ができる能力を持つ。

 クリーチャー全般と会話ができるが、ドラゴンとの親和性が高い。

 どうしてその能力を持っているのかはディープもファイアーも聞かなかった。

 興味のあることでもなかったし、能力は使えればいいのだ。

「クレア」

「なに」

「僕ら、やっぱり結婚してるんだ」

「何を言うんだ、ファイアー」

「やっぱり!」

 ディープがハンドルをミスしかかる。

「なんてね。ディープ、どうせこのままずっと僕ら一緒なんだし、結婚してもいいよ」

「馬鹿を言うな!」

「だって、ディープ、前に付き合ってた子が死んでからずーっと恋人なしだし」

「その話はするな」

「ディープ、もうこのさい、ぱーっと言ったほうがいいよ、つらいことはためこんでいていいことないし。僕にしよ、僕に」

「ファイアー」

 ドラゴンがこちらを向いた。クレアが言う。

「来るよ、ドラゴン」

 二人の痴話げんかの合間を縫ってクレアがさけび、銃を装備しているウルも立ちあがる。

 砂狼は日本のオオカミに形が似ている。

 惑星の砂漠と草原の間に生息するが。

 二十世紀にほろんだという犬の仲間だ。

「ウル、走れ」

 ジープから飛び降りて、その強力な足のばねで疾走する。

 横腹につけられた装置のスイッチを、ファイアーが手元で押した。

 ウルが跳躍した瞬間、網が発射され、ドラゴンの頭を封じる。

 火を吐くドラゴンがいるという情報は事前にあった。

「行くよ」

「うん、とりあえずおとなしくさせてみて」

「わかった」

 クレアの言葉に、ジープを止めて、次にファイアーが飛びだす。

 ディープはそのまま引き返し、クレアを安全圏まで連れて行くと、姿をけし、次の瞬間、ファイアーの隣に現れる。その肩に触れると、次は空中にとどまる。

 ファイアーが、銃器を発射させ、腹にぶち込んだ。

 ゆっくりと、ドラゴンがおとなしくなる。

 おとなしくなると同時、小さな音を立てた。

 超音波で会話すると言われているが、たまに人に聞こえる範囲の声を出すこともある。

 地上に下り、ディープが掻き消え、次にクレアを連れて出現する。

「どうだ」

「うん、おとなしくなった。女王かって言ってる」

「女王」

「うん、ドラゴンはみんな私をそう呼ぶわ」

「大丈夫よ、捕獲に来ただけだから」

 人間の住む土地が広がるに従って、ドラゴンやほかの生き物の居場所がなくなった。

 それを憂いたのが、ストライク率いるLISである。

 その集団が行っていることに賛同する金持ちや企業も多い。

 逆にD団という通称の、LISと異なる集団で、LISになにかと、ファイアーの言ういちゃもんをつけてくる団体もある。

 それらとの抗争も、最近は多い。

「なんか、別の集団から逃げてきたみたい」

 クレアが言う。

「あ、眠っちゃう」

「麻酔効いたか」

「どうする」

「捕獲部隊がすぐにこちらに向かってるらしいしな、こいつを追いかけてくる別の集団と鉢合わせする可能性もある。ここで待つか」

「そうだね」

「どうした、ファイアー」

「怒らないの」

「……、お前の冗談に付き合うのも仕事のうちだ」

「んー、ならいいや」

「ん」

「仕事ならいいよ」

 いらない。と答える。

「ファイアー」

 ディープはだまってファイアーの背中にふれた。

「こういう時に、そういう手はずるい」

 ファイアーが真っ赤になる。

 ディープは触れるだけで心をつたえることができる。

「今は、僕だって君が一番大事だ」

 ファイアーは言葉にして、そしてクレアを見た。

 クレアは黙って夕陽を見ていた。 

 そして言ったのである。

「エンゲージって、そうね、二人はまだ婚約中ってことよね」

 と。

「あ、ああ」

「じゃあ、結婚式呼んでね」

 言われた二人は、ああ、うう、とか答えて終わりにした。

 


 捕獲部隊が無事到着し、ドラゴンを追いかけてくるものもいなかった。

 

 あとで、ストライクとノスタルジアがD団の本部で暴れていたために捕獲されなかったことがわかるが、別の話である。

 

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