第2話 ダイスを転がしたのは誰か

 地球が最後の戦争をしたのは、三十年前になる。

 すでに暮らせる惑星のいくつかに移動をしていた人々は、地球のほとんどの人間が消滅したと聞いて心を痛めた。

 内戦だった。

 さらに攻撃は続いて――どういう方法だったのかわからないが、地球を含んだ太陽系がワープ空間にすっぽりと覆われ、見えなくなった。

 戦争はそれで終わった。

 地球がなくなってしまったからである。

 しばらくは誰もその状況がわからなかった。

 やがて少しずつ地球の状況がわかってくる。

 学者たちの見解はこうだ。

 人間を含め動物たちの99パーセントは死に絶え、植物の多くは進化をしているはずだと。

 惑星サンディエッグも戦争をしていたが、からくも全滅は免れた。

 そのときどこかの研究所が研究していたクリーチャーたちが逃げ出した。

 そして星に住むようになった。

 時々は地球を思い出しながら、人々は暮らす場所を故郷とした。

 船が故郷の者もいたが。

 船の声という子供向けホラーを書いたことを思い出す。 

 地球から遠く離れた惑星サンディエッグの片隅で、ストライクは仕事をしていた。

 彼は子供向けの童話をいろんな角度で書いていた。

 書斎には童話と絵本がずらりと並んだ本棚。

 そして壁には地球のたくさんの写真があった。

 誰が写したものなのかは気にせずに、写真売りから買ったものだ。

 写真売りは、言った。

 お客さんも物好きだな。と。

 そんなにたくさん買う人は初めて見た、と。

 データでいくらでも写真を増やすこともできるのに。とノスタルジアは首をすくめた。

「紙に印刷しただけで高い金をとるだけの行商だろ」

 ノスタルジアがまずそう言った。

「そうだが」

 ストライクは言いよどむ。

 それでも欲しかったのだ。

「まあ確かに、一枚大した値段じゃないからいいが」

 十枚近く買った写真を時間をかけて本人が額装した。

 この惑星と違う地球。

 赤い星が地平線に落ちていく景色、なにかのつのを持ったしかのような生き物。

 それらはもう見られない景色だ。

 この惑星のように自然にあったものが人間の手ですべて台無しになった世界。

 でも、人はそれでも生き、社会を広げていく。

 ストライクは生きるという意味で物語を書く作者であった。

 低い本棚の上には模型がいくつも載っていた。

 模型のひとつを手に取って、ゆっくり埃をモップで拭いていく。

 もういない動物たちのオブジェだ。

 半分はノスタルジアの持ち物だ。

 半額ノスタルジアが出した、というだけで、ほとんどストライクのものだったが。

 ノスタルジアは、ああ、しょうがないなと言いながら半額出してくれた。

 その旅行は中央都市の向こうまで電車で行くたびで。

 クレアも一緒に出掛けた。

 クレアはまだ十歳だったが、二人の言いつけをよく守り、楽しそうに旅行し。

 おもちゃを欲しがるでもなく、くっついてきた。

 むしろ。

「パパ、我慢しなきゃだめよー」

 と言うくらい、ストライクはいろいろな興味をもつものに手を触れた。

「すまない、クレア」

「ダッドー」

「しょうがない、半分出すから、買っていいよ」

「もー甘いんだから」

 クレアがぽこんと口をふくらませる。

 ノスタルジアは笑いながら言った。

「ストライクはほかに趣味がないからいいんだよ、誕生日も近いし。プレゼントでいいだろ」

 などという会話があった。

 折半して買い、飾るのは書斎になった。

 地球にいたというかつての動物たちを立体映像にした動物園があるという。

 ストライクはそこに行くことを楽しみにしていたが、行こうとするたびに予定が入り、なかなか行けずにいた。


 ストライクが、作品を全部仕上げたのが昨晩おそくで、本文をエージェントに渡し、朝はしっかり食べる、と、新聞を読むのもそこそこに食事をしている。

 いつもならもっとゆっくり読んでいるのだが。

 ああ、今日は月曜日だな、とノスタルジアは思う。

 ボランティアの仕事のほうを片付けるつもりなのだろう。

 休みなしに走り続ける彼を、見守るのがノスタルジアのひとつの仕事だった。

「ストライク」

「なんだね」

「こっちの仕事のほうのリストは作っておくから、午後から目を通してくれ」

「ああ、すまないな」

「いや、いつものことだろ、そっちの仕事もやってないとバランスの問題もあるだろうし」

「おはよう、パパ、ダッド」

「クレア、おはよう」

 クレアは、今日は午前中は講義があるので、そこそこに家を出るのだろう。

「おはよう」

「今日はソーセージと玉子?」

「マフィン焼いたから食べるだろ」

「わー」

 はさんで出てきたのを美味しそうに頬張る。

 ストライクはそれを見ながら、マフィンはマフィンで食べている。

 食べる順番も決めているのがストライクで――。サラダ、肉っぽいもの、パンの順で食べることが多い。

 そのあたりが自由なのがノスタルジアで、今日はコーヒーを飲んでからサラダを食べながらソーセージを半分まで食べたところでパンにはさんで食べている。

 クレアは、出されたものをおいしくいただければいいというタイプだ。

 そのほっそりした体のどこにその量がはいるのかという量食べるときもある。

「行ってきます」

「行ってらっしゃい」

「車に気を付けるように」

「はーい」

 ノスタルジアは玄関まで出る。

 クレアはブルーのジーンズに、青色の服を着て、鞄を持って玄関に出た。

「昼に迎えに来てね、二時に仕事だよね」

「そうだね」

「じゃ、行ってきます」

 彼女を見送ると、キッチンに戻って顔を見合わせる。

「若いなあ」

「ああ」

「良く食べるよ、マフィン三つたべていった」

「ああ」

「君もよく食べるけどな」

「身体に見合うだけ食べるとそうなる」

「うん、肉料理も作るから」

「運動量は昔と変わらないようにはしている。いつなにがあっても守るものを守れるように」

「ストライク」

「なんだね」

「僕もだ」

「拭い去れんな、過去を」

「過去があって今の僕たちがいるんだ」

「そうだな」

 立ち上がる。

 家から一キロほど歩くと、クレアが通っている学校がある。

「今日は歩くと言っていたし」

「ああ」

 普段はノスタルジアが送っていくが、今日は忙しそうだと判断したのだろう。

 ノスタルジアはさて、と家事を始める。

 今日の昼はサンドウィッチを作るが、夜はスペアリブを酢で煮る予定だった。

 ディープという、年下の同僚が教えてくれたレシピだった。

 先日買い出しに行ったマーケットの肉屋の前で出会った。

 仕事終わりに買い出しに出たらしい二人に逢ったのだ。

 ディープとファイアー。

 本来はなんでもやをしていたようだが。

 ノスタルジアたちの仕事の関係者にスカウトされて来た。

 ファイアーは小柄で、よくしゃべる。男だ。

 短い金髪によくしまった筋肉。目は金色だ。

 いつも半袖にハーフパンツをはいている。

 ディープはあまりしゃべらないが、目も髪も黒で。

 ディープのほうは隙なく着た真っ黒な装束をしている。地球の動物でいくと黒豹のような男だ。

 二人そろっているとどういうわけか人が避けるらしい。

 エンゲージシステムでの作業が三年以上のバディである。

 確か七年になるのではなかっただろうか。

 ファイアーはナイフを使うことが多いが、ドラゴンを狩るときは大きな重火器を背負う。

 軽々と持つため、相当な筋力があるのだろう。

 一気に間合いをつめることができる。

 ディープはディープで手抜き仕事が得意だと自分で言うほどずぼらな性格と、繊細な部分とが同居する。

 仕事と料理には繊細な面も見せる男で。

 針のついたドラゴン専門の器具を使うときは一瞬にして掻き消え、姿を現す。いわゆるESPの持ち主、つまりエスパーである。

 瞬間移動以外の能力については会社登録時に聞かなかった。

 必要なかったからである。

 

 彼らは彼らで、ノスタルジアたちの仕事仲間である。

 ファイアーが、今日のごはんは酢で煮たスペアリブがいいと註文していて、

「それはなんだい」

 と、ノスタルジアが聞く。

「スペアリブを酢をかなり入れて煮るんです」

 ディープが珍しく答えた。

「ふーん」

「肉が柔らかくなっておいしいんですよ」

 ファイアーも答える。

 酢が肉を柔らかくするのは知っていたノスタルジアだが、それを料理に使うのは初めて聞いた。

「僕も作ってみようかな」

 と。

 レシピを詳しく聞いてきた。

「和食でそんな料理があるんだな」

 もっと調べてみると、和食には酢で煮るという料理があるようなのだ。

 中華で甘酢のあんを作ることもあるし、ビネガーでドレッシングを作ることはある。

 だが、煮るのは初めて知った。

「どうした」

「いや。圧力鍋を使わないで酢でできるらしいから、ストライク、すっぱいものけっこう好きだろ」

「ああ」

「こないだレシピおしえてもらったからさ」

 ほかにつけあわせに使うザワークラウトの調子を見る。

 今年はストライクと一緒に漬けてみたのだ。

 二人とクレアが住むのは農地が多いところで、キャベツのいらないのをいくつかもらってきて漬けてみた。

 近隣の農家の、農期でない時期はストライクたちの仕事を手伝ってもらうし、くず野菜は草食タイプのドラゴンの餌として買い取っていた。

 地産地消である。

 中央都市への電車が開通したあと、ベッドタウンになった隣まちと違い、人の流出も少ない。

 間にある山が、二つのまちの違いを作った。

 クレアたちが住む場所は、過疎地だったし、ノスタルジアはその山を越えて中央都市群のひとつにアクセスすることが多い。

 森もあるが、気候が全く違うのだ。

 広い平野には冬は寒さで凍え死ぬ生き物が出るほど寒い風が吹く。

「あ、ストライク、食べ終わったら食器洗ってくれ」

 ストライクは腕をまわしてから食器を持ってくる。

「今日もおいしかった」

「そうだな」

 三人分の食器を体を少しかがめて洗っている。

「なんか、グリズリーみたいだな」

「熊?」

「いや、この星にも似たのがいるけどさ、地球の立体図巻動物園で、一番好きだったなって」

「ああ」

「君は、動物園とかそういうものに行ったことがないって言ってただろ、最近暇な時もあるんだからさ、一緒に行こうか」

「君は私の頭の中を読んだのかね」

「行きたいんだろう」

「なんでわかったのだね」

「いやさ、たまにどこかに出かける用意してるのに出かけられないでいることがあるだろ、あれってどこに行こうとしてるんだろうとは思ってて」

「ああ」

「もしかしたら動物園かなと」

「ああ、クレアも一緒かね」

「二人で行ってもいい」

「そうしてくれるか」

 クレアに言うと恥ずかしいと、ストライクは言った。

「うん、なんか」

 僕は君が驚く顔とか見たい。純粋に。と笑いながらノスタルジアが言う。

「旅行に行ったときもそうだっただろ、君」

 好きなものの前では動かなくなるもんなー、動物の模型買ったときもそうだったけどさ。

 ストライクは顔を赤らめる。

「面白いものがあると興味が湧くのだ、仕方がない」

 子供にもどる彼が面白くてしょうがないのだ。

「ほんとそうだよなあ。まあ、君の純情さはも悪くないよ。クレアのおしめをかえるときに女性の裸を見ていいものかって言ってたもんな、昔は」

 言いながら、掃除をする。

「洗濯物干してくるよ」

 水回りの関係で洗濯機はキッチンに続くところにあり、その先がシャワーつきのフロだ。

 風呂は、いろいろあって井戸を掘ったときに、このあたりは温泉が出るんですよと言われ、じゃあ掘ってみるかと言う話になって掘ったら本当に出た。 

 ので、かけ流しの風呂である。

 いつでも入れるし、気持ちがいい。

 日本の温泉という文化をこの惑星に持ち込んだ技術者に感謝だ。

 ある男が地球の日本で立ちあがった。

 温泉が湧くところはいくつもある。

 温泉は気持ちがよく、効能もある。

 そうだ、世界中、いや、銀河中、温泉のわくところにはどこにでも温泉旅館を!

 が売りで、本当に世界に温泉旅館を作った日本のイチハラさんという人の意志を継いで、その後継者たちは今や地球が失われても銀河中に散らばっている。

 テレビの温泉番組はテレビで毎週やっているが。テレビの文化もなんだかんだと言って惑星によってはちゃんとやっている。

 この惑星にもテレビ局がある。

 ラジオのほうが番組が多いが。これは、ある程度のお金や名前があれば、けっこう簡単に局を増やして番組が持てることに起因した。

「そのうちここで温泉旅館始めてもいいかもな」

「どうしたノスタルジア」

「いや、ひとりごとさ」

「そうか」

「ああ」

 洗濯物を出して、かごに入れる。

 建物の上に行くと、屋上に出た。

 服を干し始める。

 洗濯紐にピンチで服を留めていく。

 全部干し、ああ、今日もいい天気だなと言いつつ。

 はためく洗濯ものに顔を上げる。

 この惑星の太陽はひとつ。

 月は七つある。

 このあたりの季節は大体よっつにわかれ、一年は約三百六十五日。地球とほぼ同じである。

 過ごしやすさからたくさんの移民が来たが、クリーチャーに全滅させられるなど、最初にここに来た博士と海賊によって、惑星が支配されていて、それで争いが起き、それが収まって、ドーム型の都市をいくつか作り、そのうちのひとつが中央都市と呼ばれた。

 ドームの外は今もクリーチャーたちの闊歩するところではあるが。

 農地のところもある。

 まあ、この時期は雨は降らないけどなーと呟く。

 午後までにそろえておく仕事についても考える。

 大体のスケジュールは決まっているが。

「しかし、僕もよく回復したよなあ」

 仕事のことばかりになると、食事すらまともにとらなかった時期もある。

 風邪をひいても仕事を片手に薬をのんでいた。

 病気と言えば人間が若返りシステムを使う時もある。

 一見若そうでも孫がいたりすることもある。

 それでも死はくるが。

 そんなことを思う。

 ノスタルジアは本格的に体を壊し、ストライクが一番心配した。

 クレアはよくわかっていないようだった。

 ノスタルジアは、そのころよく夢を見た。

 独房に入っていた時期の夢だ。

 ストライクが助けてくれなければ、今頃ここにはいない。

 あのまま刑も決まらぬまま牢で暗殺されて最後だったはずだった。

 夢からさめ、ゆらりとコップに水をためて飲もうとして、なぜか泣き出した。

「ストライク」

 呼んだ。心配したんだろう、ストライクが後ろに立っていた。

「僕を助けてくれ」

 体が言うことをきかなくなって初めて声を出せた。

 水を取り落とし、声を上げて泣いた。

 捨ててきた故郷、捨ててきた両親の墓。すべて捨てたと思っていた自分が使えるのだと思ってよろこんだこと。

 無理をし続けたこと。

 助けてくれ。ストライク。と。

 初めて誰かの名前を本当に呼んだ気がする。

「私はここにいる、ノスタルジア、君がいつ助けてくれと言うか待っていた。君を助けよう」

「ストライク」

 生活と仕事でいっぱいいっぱいで、深夜まで仕事でいっぱいだった。

 それがたのしかった。

 それが生き甲斐だった。

 兵士をやっていたときほどのことはないと思っていたのだ。

「ノスタルジア、もう大丈夫だ、私も君をささえる。君が私をささえてくれたように」

 だが、いろいろなリスクをかいくぐりながら、体は正直だった。

 医者に行き、いくつか副作用の少ない薬を処方された。

 軍にいたときに使っていた集中させる薬も、処方してもらった。

 昔よりも断然服用しやすくなっていて、しばらく薬と眠りで体を治した。

 無理をしないようにするようになった。

 ストライクが、そんなノスタルジアをほっとした視線で見つめる。

 それが暖かくて、ノスタルジアは家族を取り戻したのだと思った。

 ストライクの人生に比べたら、ノスタルジアの人生は山が少ないほうだと。

 のちに知ることになるが。

 副作用の少ない精神の薬をもらったが、栄養をとるようにし、毎日クレアの見舞いを受けているうちに、ノスタルジアは笑うことを覚えた。

 親ばかと言われてもいい。

 クレアは目の中にいれても痛くない我が子になった。

 クレアを本当の我が子として、自分の中で育てることを承諾したのだと、そのとき思った。

 ストライクと生きていくということも自分で納得して決めた。

 クレアを二人で育てて、一人前のレディにして。

 ストライクとは全部話すと約束したが。

 その前に、自分が伝えられることは全部彼女にしてあげよう。

 自分がかわいいと思える、自信のある女性になるために、いろんな人と出会わせよう。かわいい恰好をさせよう。

 かっこいい恰好もさせよう。

 友達とどう付き合うかは彼女が決めるだろうが。

 家事もすこしずつ教えて。

 そして、自分が一番得意な銃を教えよう。

 そのことではストライクと何度も話しあった。

 だが。

 僕の人生も知ってほしいんだ。

 というノスタルジアに、ストライクは承諾した。

 銃は撃たないなら撃たないほうがいいが、それを使わなければならない場面は、この惑星にはいくつもあるのだった。

 ノスタルジアは、屋上から降りるときに、自室に寄り、銃のホルダーを肩から下げると、上からジャケットを着た。

 

 最初にクレアを一番地下にある射撃場に連れていたとき、クレアはふるえた。

「怖い」

「僕が怖いだろうクレア。銃は人の命を奪うことができる」

 ノスタルジアは、殺気を隠さなかった。

「うん」

「でもな、クレア、人がいっぱいいるところでも殺人鬼を動かなくさせることもできる武器なんだ」

 ノスタルジアが、そういう。

「うん、ダッドが倒したってわかったから、私、習う」

 ノスタルジアとクレアが一緒に市場にいて、銃を発砲した。

 次に引き金に手をかける前に銃を持ち上げた腕に命中させたのをクレアは見ていた。

 ノスタルジアは、そのままクレアとそこを立ち去った。

 男は銃を放り出してゆかをのたうちまわっていた。

 そのうち警察がくるだろう。

 けが人が出たようだったが、二人はそこを後にした。


 そのままここに来たのだ。


「習ってみるか……」


 とだけ言った。


 クレアは、初めて手を握った幼いときと同じようにうなずいた。

 ノスタルジアは銃を少女の手に握らせた。


 

「風呂に入ってくる」

 ストライクがそういう声が聞こえた。

 事務室の白い壁に昼の日光が射しこんでいる。

 白い光は、心地よい母の子守歌のように暖かくなり、ノスタルジアは少し眠くなっていた。

「ああ、気分転換か」

 昼になっていた。

 仕事は終わったんだろう。

 つらつらと過去が頭の中を通過した。

 過去は今につながっていた。


 ストライクは風呂に入ると、湯船に体を鎮める。

「クレア、私とノスタルジアの子供だ」

 ストライクは、結婚を前提に付き合っていた女性がいた。

 その彼女に、クレアを連れて行って、そう言った。

「あなたとは付き合えない。誰かほかの人を見つけてくれたまえ」

 男の言葉に、女はふっと笑った。

「わかった」

 と。

「いいの、ストライク、本当の事を言ってくれてありがとう。だいすきだったわ」

 女はそう告げた。

 ストライクは、子供を二人で育てることになったと正直に彼女に告げた。

 自分たちふたりで守っても守りきれるかどうかわからない子供を。ということは伏せて。

 だから、彼女とは別れたのだ。

 それから紆余曲折あり。

 クレアとノスタルジアとごはんを食べていて彼女にふたたび逢った。

 彼女には旦那がいて、子供もいた。

 そして彼女はしばらくストライクを見ていたが。

「お幸せに」

 とだけ言った。

 なにか勘違いしていたのではないんだろうかと、ノスタルジアがつぶやいていたが。

 なにもバカ正直に自分と育てるなんて言わなくてよかったはずなのだが。と、ノスタルジアは言うだろう。

「それでも、ノスタルジアとクレアを育てるほうが先決だった」

 と、一人つぶやく。

 ストライクは嘘がつけないのだった。

 風呂を出る。


「なんか、また抱えてるな」

 と、ノスタルジアは思う。

 ノスタルジアはだから時々心配なのだ。その優しさと正直さが彼を傷つけることがあることがある、だがそんなことは大人なのだ、対処するだろう。でもそれで無理をしたら。

 と、ノスタルジアは思う。

 バランスが崩れたら、やってはいけなくなる。自分と同じように。

 だがストライクはタフだった。

 仕事を増やしても、なんとかやり遂げてしまう。

 自分とは違った。

 この仕事も、次の世代へと渡していく時期もくるだろう。

 そのときまで、自分たちは走らなければならないのだから。

 ストライク。

「しかし、まあ。昔に比べたらましかー」

 仕事の合間にコーヒーを飲んでから、地下に降りていく。

 

 銃を手にとって、薬のない状態でどこまで精度を上げられるのかやってみる。

 集中することで、音のない世界に没頭する。

 心の中が静かになり銃弾を十発使った。

 そのあと弾を込め、安全装置をつけなおしてホルダーにおさめた。

 腕はなまっていない。

 すべての弾を同じ場所に命中させると、ノスタルジアは息をついた。

 クレアも同じくらいまでの集中度にさせることもできた。

 それは勉強に役立ったらしく、単位制の授業をとっている。

 基礎授業は一年で卒業し、現在は高校生クラスと大学生クラスの単位の授業と、並行して一般中学生クラスにも所属している。

 勉強して、年上の友人もいるようだが、やはり、同じくらいの歳の友達も必要だろうと、そういう単位の取り方を家族で話しあって決めた。

 いろいろあるようだし、いじめなどもあるようだが、クレアはすくすくと育った

 

 昼ごはんはサンドウィッチにし、玉子とハムのものとシーチキンと玉子のものを作る。

 野菜のも作る。

 作り終えて、ストライクの書斎に持って行く。

「ごはん」

「ああ、助かる」

 風呂からあがってストライクは、執筆した作品の手なおしのために書斎にこもっていることにしたようだ。

 風呂に入ってスイッチを切り替えて仕事にかかる。

 その間事務所での対応はノスタルジアの仕事だった。

 というより、雑務関連はだいたい彼の仕事だ。

 ほかに事務員を雇ってもいいのだが、そうすると機密も漏れやすくなる。

 ノスタルジアはそのことを警戒した。

 月曜日の仕事は、大概嫌なものじゃないだろうか、とノスタルジアは思う。その日、オレンジ女史の機嫌は最悪だった。

「仕事のスケジュール、今季は全部出てる?」

 玄関のところで鏡に向かってネクタイをしているノスタルジアに効いた。

「ああ、出てるよ、クレアは単位しだいで来るけど」

「そう」

 オレンジ女史の仕事はドラゴンの様子を見るのもあったし、飼育担当者との摺合せもあった。

 ノスタルジアがコーヒーを入れて飲んでいると、オレンジ女史が扉を叩いた後入って来た。

 事務所までは社員なら自由に入れる。

 オレンジ女史は首にカードを付け、名前のもとになったというオレンジの髪をかきわけた。

 朝からあちこちに当り散らしてきたようだ、ドアを乱暴に閉めた。

「生理でもきたのかい」

 ノスタルジアがそう聞いて蹴り飛ばされる。

「痛い」

 ノスタルジアが叫ぶ。

「あんた顔以外いいとこないんだから軽口やめなさいよ」

 言い合いながら事務室に入る。

 白いワンピース姿で部屋にやってきたクレアが

「ダッド、言い過ぎよ」

 と言いつつ、私にもコーヒーと言って、ポットからコーヒーをつぐ。

「うーん、ソフトに言ったんだが」

「どこがよ」

 オレンジは苦虫をかみつぶした顔をした。

「夫婦喧嘩はほどほどにね」

 ノスタルジアがさらに言う。

「どこで見てたの」

 どうやら、本当に夫婦喧嘩してから仕事に来たようだ。

「当たったか」

「あんた、ほんといやな性格よね」

 言い合いながら、書類のセットを受け取り、部屋を出て、オレンジのあとをノスタルジアとクレアがついていく。

 ノスタルジアはいつもの水色のシャツにズボン、ネクタイ。それに対して、オレンジは長袖のシャツにカーキ色のズボンをはいている。

 クレアの白いワンピースには汚れひとつない。

 ノスタルジアは車庫を開ける。

 ジープを用意していた。

「僕は今日は内勤だから、あとよろしく」

「わかってるわよ」

「ダッド行ってくる」

「ん」

 クレアがハグしてから出かける。

「クレア」

 ジープに乗りこんで、オレンジが笑う。

「はい」

「女同士、いろいろしゃべっていきましょうか」

「はい」

 クレアは嬉しそうに笑顔を作った。

 ジープを運転して、オリのあるところまで二人で行く。

 ドライブだ。

「クレア」

「なに」

「彼氏とかできた?」

 オレンジは笑ながら聞く。

「なんでそう思うんですかー」

 クレアはそう言いつつも嬉しそうだ。

 女子同志で、好きな男の子の話しをするのは、いつだって秘密めいてそれでいて嬉しいことなのだ。

 いつになっても楽しいことなのだ。

 それが、彼氏のことから旦那の事になり、息子の事になり、アイドルのことになっていくものであっても。

 クレアはまだ、その最初の入り口にいた。

「クレア、きれいになったから」

「好きな人はいるの。でも、かなわない恋だから」

「クレアでも? あなたかわいいんだから、アタックしてみなさいよ」

「うーんずっと片思いしてる学校の同級生がいるの」

「せっかくだから告白しなさいよ」

「うん。友達にも言われる」

 クレアは少し口を閉じ、それから話し始めた。

「付き合うのが怖いの」

 と。

 もし告白して嫌いって言われることよりも、付き合っていくのが怖いの。

「……、どうして?」

「私にはママがいないから」

 オレンジが絶句した。

「パパもダッドも大好きで、私の最高の恋人よ」

 クレアはそう言うと少しはにかんで笑った。

「大好きなの、二人とも」

「そうね」

「私の友達にはいろんな子がいて。父子家庭だって珍しくないし。それをハンディだとは思ったことはないの、でも」

「うん」

「普通の男の子って、不思議でどうしていいのかわかんない」

「あんたの親とそう変わらないもんよ、男の子って」

「うん」

「ディープとかファイアーとか見てたって、ああいうもんよ」

 オレンジには、旦那もいるし子供もいた。

「そうですか」

「ま、恋してるときは特別だけど?」

 くすくす笑いだした。

「今日はなんで機嫌が悪かったんですか」

「ほんとに旦那と喧嘩したのよ。仕事のことで」

「大丈夫ですか」

「キスして出てきたから大丈夫よ」

 いつも喧嘩をしている二人の夫婦。

 クレアはその娘とも仲がいい。

 一緒にいたずらをして回る悪友であったが。

 彼女のほうは法学がどうしても学びたいと、中学卒業後、中央都市の特別授業科に進学が決まっている。

 クレアは、いまのところなにになるかということは決めていない。

 このままドラゴンの仕事にかかわるのか、それとも、ストライクと同じような創作の道に入るのか、と。

 クレアは小説を書いていた。

 惑星間を航行する少女だけで編成されたチームによる海賊稼業の話だ。

 その物語はゲートを通るところで、女の子の派手な喧嘩から始まる。

 モデルはオレンジ女史だった。

「いつかでも、私もここをでるかもしれないし」

「そうね」

 オレンジの旦那は普通の仕事を、中央都市まで車を飛ばしてしている。

 マーケットの会社の管理の仕事だと言っていた。

 忙しいのだ。

 オレンジだとて忙しい。

 子育てのロボットもあるが、ベビーシッターを頼んで子育てし、クレアと同じ歳の娘が自分の進む道を選んだこともあって仕事を少し減らしてもよくなったのだ。

「このドラゴンたちの仕事をやめろってね」

「どうしてです」

「危険だからって」

「ここの子は全部おとなしいです」

「そうね」

「私は、でも、ドラゴンたちが、私にかしずくのが不思議なの」

「かしずく?」

「そういうのが一番しっくりくる感じなんだけど。彼らは、時々私のことを女王と言うわ」

「そう」

 オレンジ女史が、黙った。

「あなたの両親は、十五歳になったら全部あなたに話すらしいから、私からは何も言えないけれど」

「うん、わかってる」

 クレアは本当はすべてわかってるのではないかと、オレンジは思う。

「いつか、運命を感じることに逢うかもしれないわね」

 オレンジはそう言った。

「そうなのかな」

「どう選ぶにしても、自分を信じて進むことね」

 笑った。

「わかった」

 ジープが、大きな建物の扉に近づく。

 ロックのキーの数字を叩く。

 ドアが開いた。

 ドラゴンが立ちあがる。

「おはよう」

 クレアがそう言って、笑いかける。

「調子はどう?」

 白いワンピースで、後ろ手で近づく。

 ぱっと両手を開いた。

 ドラゴンも開いた。

 クレアはくすくすと笑う。

「あなたはいつも面白いのね、大丈夫よ、私は」

 オレンジはそれを見ながら、ため息をつく。

 ドラゴンたちの集合意識を操った女がいたことを、オレンジは、それを暗殺する部隊のほうにいて知っていた。

 その女は、政治で最高権威に上り詰めた。

 そのとき敵だった男と、今は喧嘩している。

 大統領が女性になったとき、DNNという組織が作られた。

 それと対抗するためにLISが動いた。

 LISは、ドラゴンを軍に使おうという人間たちと真っ向から対立し、クリーチャー及び、先住生物についての保護を行うことになり、リーダーとなったのがストライクだった。


 クレアが生まれたのは、この惑星の東にある中央都市と呼ばれる都市だった。


「どうするストライク」

「上るしかあるまい」

 二人が命じられたのは女性の大統領の暗殺から大統領を守ることだった。

 だが。

 そのなかで秘密裏にされていたのは、少女を奪還することだった。

 下には銃を持った人間がうろうろしている。

 二人はどんどん上に上がった。

 オレンジの髪の女を探して、少女を確保するために。

 施設にいるある少女を殺すようにオレンジ女史は言われたが。できなかった。

 オレンジ色の髪の女が、立っている。

 二人は撃てなかった。

 いや三人は動けなかった。

 オレンジには、クレアと同じ歳の娘がいたのだ。

 少女はよちよちと歩いた。

 殺せなかった。

 オレンジは組織にいられなくなり、三人はとある施設に少女を隠した。


 二人はそれを行ってから、兵士の仕事をやめることにした。

 だが、その前に呼び出された。


「殺されるかな、僕ら」

 ノスタルジアはそうつぶやく。

「その覚悟はできている」

 ドラゴンが、ビルの外を舞っていた。

 それを背景に、女は立っていた。女王陛下と、暗号で呼ばれえていた女だった。

「ドラゴンは私にかしずく。ストライク、ノスタルジア、と言ったわね」

「はい」

「ドラゴンを大量に呼び寄せて街を襲わせ、それを押さえるために軍事官房から命令を下す。その手際がよければ、次は大統領だって思った」

 笑顔のない顔は、ノスタルジアでさえ凍りつくほどの殺気を持っていた。

 あの子は。と、ノスタルジアがからからにかわいたのどから声を絞り出した。

「クローン技術ですか」

 ストライクが聞いた。

「あの子は私よ、でも私じゃない。完全体としてクローンをつくるためにいろんなことをしているわ」

「どうしてあなたは」

「この惑星を、私の父の惑星を、地球の言いなりにしない」

「だから壊したのですか、ワープ航路を」

「航路を壊したのは父よ。だから、私はその意思を継ぐ」

「そうですか」

「そうよ、クローンで大きくなったのはたったひとり。育てるのも殺すのもリスクがあるわ」

「育てる」

 ストライクが、即答した。

「ありがとう。私は大統領でいる間は、決して悪いようにさせない」

 次の日の晩、彼女は大統領になった。

「ストライク、じゃあ、一緒に育てよう」 

 ノスタルジアが言った。ストライクもうなずいた。


 ノスタルジアとストライクはクレアを施設に連れに行くとエンゲージシステムに干渉し、少女をクレアと名付けて親になった。

 オレンジ女史は、その部下になることで、表向きドラゴンの管理者になった。

 

 クレアは、大人たちの秘密に守られていた。

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