第12話 ノワー

 ミオには姉が一人いた。

 血がつながっていなかったんではないのか、というのが、調べて分かったことだ。

 これだけ探しても見つからないのは、やはりおかしいと、ミオ、ユッカ、ジョオンの出した答えだった。

 死んでいるとしたら、記録されているはずだ。

 でも。

 どこからも出てこなかった。

 ミオにつながることを調べることになったのはユッカの直感だった。

 ジョオンは、ユッカのその直感は必ず信じることにしている。

 ミオは二人に感謝し、手伝ってもらうことにした。

 そして、三人は、ある人から手紙をもらう。


 その手紙は複数の人間の手を渡ってきたもので、とても手が込んでいた。


 内容はコンピューター内部への侵入の仕方が書いてあった。

 手紙を受け取ったとたんに調子が悪くなったミオにかわって、二人が行くことになった。

「ごめん、行けなくて」

 アレルギー性の疾患が突発で出たことがわかったのだが。

 なんのアレルギーなのかはわからずじまいだった。

 ときに食事を抜きでぼうっと過ごしてしまうせいもあるかもしれなかった。

 食べ過ぎると力がセーブできなくなる。

 と、ミオは知っていた。

 八分目までしか食べない。

 あと肉は極力食べないのだ。

 活性化してしまうと、人よりも跳躍してしまうし、動くのも早くなる。

 でも、食べるのを控えすぎるとこうなる。

 ミオは病床から、二人を送り出した。



 コンピューター群は、地下にあった。

 政府用地下通路で途中まで行くと、パスをはずすこともできた。

 中へと入ると、エレベーターでさらに地下に降りる。

 おりてみると、小さなモニターがひとつ光っていた。

「お前たちは」

「大事な友達のことで来ている」

「友達ね」

 と、コンピューターが言った。

「ゾンビの姉を探している」

「私にできる情報提供はそれではない」

「どういう」

 ぱあっと、大きなスクリーンが左に出た。

 赤ん坊が真っ二つになってふたつのケースに入っていた。

「なんつー悪趣味」

「ひどい」

 だが、そのふたつの赤ん坊がどんどん発達しながらふたつの赤ん坊になっていく。

「これだけか」

「これって、ミオなんじゃ、ミオって書いてある」

 ユッカが言うと、光が消えた。

「時間切れか」

「はやく逃げなさい」

 コンピューターの声が言った。

 

 同じ通路を使って戻る。

 ミオは三日ほど入院して出た。


 そして、自分のことを知らされたのである。


 ミオのなかで、姉はどんなものだったのだろうか。

 本人もよくわからないのだった。

 姉に連れられて孤児院に入って、でも、姉は入らなかった。

 あてがあると言って。

 顔がどんな顔だったのかも思い出せないのに、そのとき降っていた雪が真っ白でとても美しかったのを思い出す。

 なぜ、姉はひとりどこに行くつもりだったのだろうか。

 足取りはまったくつかめなくなっていた。


「ミオ」

「ん」

「気を落とさずに」

「大丈夫、自分が人と多少違うのはしょうがないと思ってる」

「そうか」

 ジョオンが、植物に水やりをしている。

「ユッカ」

「なに」

「仕事はいいのか」

「あ、そうだった」

 アジトにしている古いパブの壊れた店は、好意で貸してもらっていた。

 ミオの持っているカードがなり始める。

「お前、なんでそんな高い道具持ってるんだ」

「クレアにもらったんだ」

「へ」

 カードに文字が流れだす。

「そういえば明日着くって言ってた」

「そうか」

「今日はどうするんだ」

「とりあえず、探ってみるよ」

 そうして、探りに行って、自分では見つかってないと思っていたのだが。

 襲われたということは、見つかっていたってことだ。


 かいつまんで説明すると、クレアが言う。

「へー、そんなアジトがあるの」

 クレアは面白そうだ。

「君はちゃんとしたセキュリティーのところに住まなきゃ」

「大丈夫よ」

「大丈夫じゃないよ」

「だってー」

「まあ、昼間遊びにくるくらいならいいんじゃないか」

 ジョオンが言う。

「話の途中だけどお出ましになったわよ」

 ユッカが遠くを見つめる。

 病院内での接触は避けられた。

 出口をあとにしたところだ。

 黒服の背広が二人。

 そちらをユッカとジョオンが担当する。

 真ん中を歩いてくる男がいる。

 黒い服に、黒い髪。

 シャープなあごと、どこまでも無機質な視線。

「ミオのもう一人」

 クレアはそう気づいた。

 この星の者の血をつないでいれば聞こえるはずの声を発してみる。

 ミオがおどろいたようにこちらを見る。

 彼は耳のヘッドホンのようなものを少し動かす。

「閉鎖遮断装置、直につないでるタイプ」

 クレアが、小さく言うと、身構えた。

 ミオが、今日は病院で点滴うけたから使える、かな。

 と言いつつ、輪を出した。

 内側を持つと、ぎゅん、と投げた。

 男の長い髪を切り落として、戻ってくる。

 ぱっと、刃のない部分をつかむ。

 男はのけぞり、銃をつかむと焦点を合わせてくる。

「僕のもう一人」

 ミオが語り掛けた。

「生きる道を」

 だまって、男が発射した。

「間違えるな」

 きん、と音がして、ミオがそれを跳ね返す。

 ホルダーつけてきてよかった。と、上着の間から銃を出す。

 銃を狙って撃った。針の出るほうではなく、もっと大きな銃だ。

 殺すわけにはいかないと思ったからだ。

銃をふきとばされて男は地に臥す。

が、すぐに横飛びになる。

そこをジョオンが取り押さえて、クレアがヘッドホンを外した。

「言語機能をロックされてるのよこの子」

「言語機能」

「うん、普通にはしゃべれないのよ」

 クレアがそう言いながら、ひどい、と言いつつ頭を撫でた。

 男が起き上がる。

 きょとんとしている。

「ミオ、感知できるでしょ、言葉」

「クレアも」

「私は、人間が混ざってると聞き取りづらいのよ」

「そうなんだ」

「だから使わないけど」

「そうなんだ」

「さてと」

「ん」

「私たちの仲間になりなさい」

 いきなりクレアが言った。

「わからない、ことば、テロ、任務」

 男がつうと、涙を流した。

「これは? なに、任務、じゃない」

「どうするよ」

 言ってる間に、黒服がまた集まってくる。

「とりあえず逃げるか」

「ああ」

 その泣いてる子を連れて走り出す。

「事件はこんな形で終わってもいいのか」

「終わらないよ」

 ミオが言った。

「ノワーがなにかを知っていたはずなんだ」

 と。

 それだけ言うとあとは黙っている。

 

 アジトにつくと、とりあえず食料を漁り出したミオである。

 ちょっとコントロールしづらくはなるけど、食べるよ。といいながら、パンを食べている。

「私こんなに食べるミオ初めて見た」

「力を使うとおなかがすくんだよ」

「そうなんだ」

「そう」

 連れてきた男を、ジョオンとユッカで見張っている。

 クレアが近づいた。

「私の名前はクレア。言葉はどれくらいわかる?」

「わかる、はわかる。人、言葉、任務」

「自分がテロリストなのは?」

「? テロ、実行、聞いた」

「そうなの」

 クレアはその言葉の端々にある事情を一個ずつ汲む。

「テロの道具にしたってことだろー、要するに」

 ジョオンがそういうと、腰に手を当てて、ふうと息をつく。

「そうなるわねえ」

「ミオ」

「なに」

「この子と接触してみて」

「ん?」

「手をつないでみてくれる」

 パンをまだ食べながら来て、手をつないだ。

「ブロックされてる」

「わかる?」

「うん」

 ユッカが聞く。

「なになに、どういうこと」

 とりあえずパンを置いた。

「この子は、脳内にキーワードを入れないと解けないようになってるタイプの子だわ」

「僕もそう思う」

「なんでわかるの」

「単語でしかしゃべれないけど、脳は作動してるのよ、言語機能全部殺してたら活動命令もできないから」

「そういうこと」

「うーん」

「どうしたの」

「とりあえず、おなかすかないか? 名前は?」

「WXダテン」

「ダテンでいい」

 こくんとうなずく。

「おなかすいてるってわかるか?」

 もう一回うなずいた。

「ユッカ、パンまだある?」

「あるわよ」

「私も食べたい」

「じゃあ、みんな配るわよ、食べたらまた調べものよ」

 ユッカが言いながら、パンを出した。

 クレアも一本食べる。

「今朝買ったばかりだもんな、おいしいな」

 ジョオンも食べる。

 しばらく食べる音だけが聞こえた。



「よしっと」

 銃をかちりと音をさせてクレアは筒に棒がついただけのものを出した。

「それはなに」

「精神感知式光線銃」

「んー」

「考えたら撃てる銃で、私の脳の脳波を感知して撃てるの」

「わかった」

「わかった?」

 特殊な脳波を出すクレアだけに使える銃だ。

「どうして私がこれを使えるのか、聞かないの」

「聞くことよりもそれをどう使うかだろ」

「ミオって時々そういうこと言うよね」

「君の相棒になりたいから」

「え」

「だってさ、クレアの一番そばにいたいから、そういう言葉は包み欠かさず言う」

 相棒という言葉に、クレアは微笑む。

「もうとっくに相棒じゃない」

 ふふ、と笑いあった。

 そのとき、建物の回りをなにかの気配が包んでいるのを、クレアは感じた。

 一瞬後、窓ガラスが割れ、黒いなにかの塊が放りこまれる。

「逃げて」

 クレアの一番そばにいた、ダテンがクレアをつかんだ。

 しゅーと白い煙がでてきて、吸い込んだミオが倒れた。

 ユッカとジョオンが外を見る。

「裏口はこっちだ」

「ミオ!」

 ミオは起き上がるが、さけぶ。

「クレア、先に行ってて」

「でも」

「いいから」

 ダテンがクレアを引っ張った。

 クレアはダテンを見た。

「兄弟、言うのわかる」

「!」

「ミオ」

「いいから、大丈夫」

 ミオが立ちふさがるようにドアだったものを見た。

 クレアが裏口から出て行ったのを見送った後、目を大きくあけた。

「姉さん……」

 ミオが、そう口にした――。



 

「早く、乗って」

 ユッカが車を回してくる。

 ジョオンはバイクだ。

 ダテンとクレアが乗り込む。

 走り出す。

「私、ちょっとマスターコンピューターに会ってみる」

「え」

「割り込みかければいけると思うから、行ってくる、次の交差点を右へ」

「右!」

 割り込んで猛スピードで走り込む。

 自動運転の制御を切って、さらにスピードを出す。

「ここでいいわ」

「こんなところで」

「うん」

 クレアが下りる。

「私、一人で大丈夫だから」

「ほんとうに?」

 ユッカが言った。

「大丈夫」

「じゃ、これ、うちの店の名刺。終わったらここで集合ね」

「わかった」

 クレアが、リュックの中からサングラスを出した。

 かけると、スイッチが入り、きゅうんという小さな音をたてた。

 裏道を抜けて、自動のボードに乗ると、宇宙港跡までの道を選ぶ。

 観光名所としても有名な場所で、幽霊スポットとしても有名だ。このご時世にと思うなあと、クレアのダッドであるノスタルジアが言っていたが。

 クレアは、幽霊に関してはどっちでもいいと思っている。

 出ても出なくても、同じことだ。

 ストップすると、駅の奥まで歩く。

 古い扉が立っている。

 クレアが前にたつとひらいた。

 そのまま中に入る。

 大統領のDNAを持てば、この手の扉は全部開く。

 人はデータの乗り物なのだとも思う。

 不思議だ。

「よう」

 声がした。

 クレアが見上げると、天井に人が立っていた。

「まだ生きていたの」

「まあな、有機アンドロイドの性能をなめるなよ」

「うん」

「クレア、だったな」

 とん、とその細身の男は降りた。

 顔半分に仮面をはめている。

「相変わらずここの番人なのね」

「まあな」

 言いながら、手をとって傅く。

「お嬢さん、ではパーティーに」

「わかったわ」

 歩き出した。


 マザーコンピューターにゆらぎを与えたのは、誰だったのか、ゆらいでいる彼女は、クレアの通る道をカラフルに彩る。

「ようこそクレア」

 狂っているようにも見える。極彩色に染まったルームに赤色のソファーがひとつ。

 ここを作っている人間はどうやってここに来たのだろうか、とクレアは思う。

「疑問符がいくつもある、という顔をしているな」

 男がそう笑ったあと、おもしろそうに目を細める。

 スクリーンが下りてくる。

「似てるから気になるの」

 クレアがそうつぶやいた。

「相似ということか」

 くりんとした目の、少年がスクリーンに現れた。

「鏡みたいな感じ」

「そうなのだな」

 少年は瞬きを一回すると、考え込む。

「知らないほうがいいこともあるかもしれないぞ」

「それでも、今の状態を打破しなきゃ」

「では、ゲームをしよう」

「命をかけて?」

「そうだ、あのときと同じようにな」

 スクリーンが消えると、銃がそこにあった。

「入っているのは一発。僕が撃ち抜かれた場合は情報を渡して、好きなことを聞いてあげよう」

「うん」

「パスは一回」

「わかってる」

 クレアは慎重に銃を取り上げると、頭に当てる。かち、と音がして、引き金をひいた。  

 机の上に置くと、少年が現れ、彼が銃を持つ。

 頭に当てず、パス、と言った。

「私もパスよ」

 クレアが言う。

 やれやれという顔で、少年がこめかみに銃口を当て、引き金を引いた瞬間、バンという音とともに少年の映像が乱れ、スクリーンと机がなくなる。

「ドリーム社の仮想現実の実現化システム、地球で起きてる異常の中身と同じ空間なんだけど、君には関係ない話だったね」

「興味ないわ」

「最初から弾がどの位置に入ってるのかわかってた顔だもんね」

「うん」

 クレアは、大きなビジョンのスクリーンの少年を見た。

「君の彼氏さんに言えることは」

「うん」

「お姉さんは探さないほうがよかったね」

「どういうこと」

「ふむ、君とは長い付き合いだし、まあ。テロ集団の上なんだよ、今はね」

「そうなの」

「そう、催眠の上手い子だ」

「知り合い?」

「ここまでは来られなかったがね」

「ふーん」

「で、君の彼氏のアジトを、テロ組織の中心として攻撃するてはずになってる」

「どういうこと」

「テロの首謀者が、現在の特殊部隊のトップだってことはばれないようにしてる、ってことだ」

「そこまでわかっててどうして止めないの」

「君が来るのにかい?」

「アジトにミオいるのよ」

「いまごろどうしてるかなあ」

「教えて」

「まだ生きてはいると思うよ、テロ首謀者の死体がいるし」

 クレアが立ち上がった。

「助けなきゃ」

「そうだね、急いで」

 クレアが、走り出した。

 

 途中で、無人タクシーを拾い、一路、アジトへと向かった。

「どういうことだよ」

 縛られて、ユッカとジョオンが叫んでいる。

 クレアは、アジトの二階に樋伝いに上がり、下をうかがう。

 下の人間がいなくなって、ユッカの叫んでいる声が聞こえる。

 クレアはほぞをかんだ。

 店に戻る前にミオが心配になったのか、それとも。

「ずるいぞ」

 ジョオンが叫ぶ。

「ミオの声で電話かけてくるなんて」

 ユッカが言う。

 ミオの声をまねて電話をかけて、ジョオンたちを呼び寄せたのだとわかる。

 電話は、最初の時期に一番原始的で作りやすいからという理由で導入され、今もはりめぐらされている。

 クレアは慎重に、下の気配が、ユッカとジョオンとミオになるのを待つ。

 外に止められていた車が動いて、いなくなる。

 クレアが下りて、ユッカが大きく目をあける。

 静かに、というと、クレアはナイフでユッカとジョオンの縄を切る。

 奥でぐったりしたミオを助ける。

「背負っていくから」

 ジョオンが言うと、ミオを背中に背負い、アジトの裏から逃げた。

 次の瞬間、ドオオオンという音とともにアジトが崩れる。

 離れたところに止めたタクシーに乗り込む。

「まずいときにかくまってくれる人ってだれかいる?」

 クレアが言うと、ユッカたちは答えた。

「孤児院しか」

「OK」

 ぐったりと目を閉じたミオは、そのまま一晩寝たままだった。



「姉さん」

「短い間だったけど、あなたと兄弟だったのは楽しかったわ」

 女は、ミオにそういうと、銃を数発撃った。

「ねえさん」

 心臓に打ち込まれた弾がゆっくりと外に排出されるのが感覚でわかる。

 目をあけると目の端に、クレアがゆがんで見えた。

「クレア、大丈夫だった?」

「私のことより自分を心配してよ」

「姉さんは」

「いないわ」

「ここは」

 動くと、弾が肉からぽろりと落ちた。

 孤児院だ。 

 とわかる。

「クレア」

「なに」

「できれば、両親のもとに逃げてほしい」

「できないわ」

「なぜ」

「私の問題だからよ」

「君の?」

「うん、私も同じような実験の被験者だから」

「わかった」

「たぶん根が一緒なの」

「うん」

「あなたのお姉さんの話、詳しくして」

「わかったよ」 

 ミオは語り出した

 

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