姉の死

第3話

「ここには来てないけど。いないの? じゃ、私も心当たりを捜してみるね」

 そう言って受話器を置いた。

 姉には六歳と四歳になる女の子がいる。

 来年は小学生になる姪のために、先日一緒にランドセルを見に行ったばかりだ。赤にしようかピンクにしようか迷う姪に、「黒にしたら?」と冗談で言った私に、姉は本気で怒っていた。

 母親の話によると、昨日の夜から行方が分からないらしい。

 今の姉に、子どもたちを置いて出て行く理由も見つからない。

「どこにいるの……」

 そう思った瞬間、首の後ろがチリチリと熱くなった。


 嫌な予感……感覚――


「まさか……」

 そんなはずはないと思いながら、私の手は仕事を休む電話をかけるために受話器を取っていた。


 心当たりを探すといっても、姉の交友関係は母の方が詳しいに違いない。私はとりあえず実家に帰ってみることにした。

「ただいま」

「おばちゃーん!」

 声を聞いて駆け寄ってくる姪たち。

「お姉ちゃんとお呼びっ!」

 これもお約束の返事。

 しかし、何か違和感がある。そうだ、いつも笑顔で迎えてくれる姉がいない。

 家に上がり、心配そうにしている母に「連絡あった?」と聞いてみた。

「ううん、まだ。心当たりは全部当たってみたんだけど、どこにも……」

「そうなのね。義兄さんは?」

「仕事よ。どうしても休めないんだって」

 義兄はなんというか、そういう人なのだ。自分の妻が行方不明でも、始業の三十分前には会社に着いていなければ気が済まないような人。

「そっか。でもお姉ちゃんどこに……」

 言った瞬間、またあの感覚に襲われた。首の後ろがチリチリと痛む。


 ――行かなければ。でも、一体どこへ?

 ……川へ


 そんなことが果たしてあるのか。ただ夢で見ただけの場所へ行くなんて馬鹿げてる。

 でも、私の中の何かが急かしている。


 行かなければ――姉のところへ


「あんた、もしかして何か知ってるの?」

 私の様子を見た母が心配そうに腰を上げた。

「ううん、何も。でも、よく分からないんだけど、なんか行かなくちゃいけない気がして」

 そう言いながら出掛けようとすると、姪たちもついてくると言う。母親のいない家にいても退屈なのだろう。幼い二人に留守番をさせるわけにもいかないし、一緒に連れて行くことにした。

 このとき姪たちを置いて行っていれば運命は違っていたのか。私は後に悔やんでも悔やみきれないほどの後悔をすることになった。


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