私の死?

第19話

 私はいつも車で通勤している。

 その日も車で会社に行ったはずなのに、帰りはなぜか車を置いて電車で帰ろうとしていた。

 駐車場から駅へ向かおうとした時、首の後ろがチリチリと痛みだし、動けなくなった。


 ――誰かくる


 会社近くの公園の方向から、誰かが歩いて近付いてくる。


 ――彼だ


 よく知っているような全く知らないような。でも、なんだかひどく懐かしい感じのする彼が、ゆっくり私に向かって歩いてくる。

 逃げることも、泣くこともせず、ただ立ちつくす私。

 ゆっくりと、微笑みながら、私の前に立つ彼。

 私はじっと彼の目を見つめる。

 とても優しい春の陽だまりのような瞳。

 微笑んだまま、彼はゆっくりと私に両の手を伸ばす。

 細くて長い指。この綺麗な手を私は大好きだと思った。

 桜色のあたたかい指が私の首にかかる。


 ――私は、この時を待っていたのかもしれない


 恐怖などなく、不思議な安堵感と甘美な感覚に包まれる。

 スッと意識を失いながら、桜の木に吊るされる自分が見えた時……


 カクンと首が前に傾げて目が覚めた。

 ハッとして顔を上げると、右斜め前の彼がじっと私の目を見つめていた。




 隣の席から話しかけられ、彼は私から目をそらした。

 まだ寝ぼけているのか、頭がぼんやりしているまま彼を見る。


 あまり目立たない顔立ち

 決して悪くはなくスッキリしているが、影が薄いというか

 記憶に残らないような感じ


 次に、グラスを持つ手に視線を移す。


 細くて長い指


 薄暗い店内では色まではよく分からないが、その綺麗な手に私はしばらく見とれていた。しかし、彼がグラスをテーブルに置いた瞬間、ゾクッと寒気がした。

 首の後ろだけが妙に熱くなり、チリチリと痛みだす。

 眠気が吹き飛んだ。


 私は、彼に殺されるのだ

 あの手で首を絞められるのだ


 彼と、目が合った。

 ゆっくりと微笑む彼。


 ――怖い


 ゆっくりと恐怖が押し寄せてくる。

 微笑んだまま、彼が目の前の料理を取るために手を伸ばした。

 その瞬間反射的に椅子を引いて、大きな音を立てながら思わず立ち上がってしまった。

「私……ちょっと疲れてるみたい。お先に失礼させてもらうね。あとはみんなで楽しんで。今日はありがとう」

 勢いで立ち上がったそのまま、周囲に挨拶をして店を出た。


 次は私。なんとなく分かっていたのかもしれない。

 眠れなくなったのは、誰かが死ぬ夢を見るのが怖かったからではなく、自分が死ぬ夢を見るのが怖かったから。

 でも、見てしまった。次は、私の番。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る