第28話 見るはずだったもの

 ギャクラ王国、城の最上階にその部屋はあった。上方にある小窓から日の光が差し込み、全体を薄く照らしている。中央には城の中で最も大きく、贅を尽くした椅子が置かれている。

 玉座に腰掛けた王に少年が一枚の紙を差し出した。そこに書かれた内容を一瞥し、少年は王に向けて問う。


「父上は……あれでよかったのですか?」


 彼はレオン・ラージュエル。王を父と呼んだことからも分かるようにこの国の王子である。

 彼が渡したのはレイル・グレイに関する報告書である。そしてその最後には「勇者候補認定」の文字が。

 勇者候補に認定することは、彼を国から旅立たせてしまうことを認めることと同義であった。

 レイル・グレイは少数で暗殺者や冒険者の真似事をさせるよりも、国に留まらせ、その知恵と発想で技術や政治を任せた方が国にとって利益になったのではないか。

 レオンが王子として王に尋ねたのは、レイルの運用についてだった。

 友人としては自由に幸福であってほしいと願っている。そのためにはお飾りの制度で後押しするぐらいなら協力することもやぶさかではなかった。

 しかし父は違う。少なくともレイル・グレイが相手であれば、個人的な情があるとは思えなかった。息子の友人、だけでは王が便宜を図るには弱い。

 そんな王からの返答はレオンにとって意外なものだった。


「お前はあの男を見くびっている」

 

 そこに込められていたのは否定的な評価だった。

 

「あやつは他国にいてさえ、いてこそ利益をもたらすだろう――いや、言い訳はよそう。あの男は不気味だ」


 初めて聞いた父の弱音にレオンが狼狽えた。


「不気味?」

「お前たちがあの男に何を見ているのかは知らないが、あれはいびつだ。大人ぶっているわけでも、子供のフリをしているわけでもない」


 自然体のままに、大人と子供の両面を抱えている。

 国王が初めてレイルという人間と出会ったのは、玩具の取引の時だった。レイルは玩具チェスを使って貴族の力を弱体化させることを提案した。

 提案するレイルに気負う素振りはなかった。政治を大きく左右する人間というのは多かれ少なかれ、その影響を、利害を考えるものだ。しかしレイルはその案を採用するかさえどうでもよさげであった。影響を理解した上で、だ。

 彼にとっては、貴族の力関係など心底どうでもいい、ということだ。

 

「私はあの男をこの国で御する自信がない。手綱を握れとはいわん……あの男から目を離すなよ」


 その時、扉が突然開いた。

 しかしここは玉座の間。無断でそのようななことをして許される人物など限られている。


「だから申しあげたではありませんか」


 そこには微笑を浮かべた美少女が立っていた。こぼれ落ちるは艶やかな金髪、その輝きは室内であろうと周囲の調度品に見劣りしない。まるでその髪に合わせたかのような碧眼が細められて、二人を見つめる。

 レオンの双子の妹にして、この国の王族が一人、レオナだった。


「お前こそなんだ。あんなにレイル様、レイル様と騒いでいたくせに」

「お兄様はおかしなことを仰ります。最初はあれほどまでに私とレイル様が近づくことを嫌がっていたというのに」


 俺は成長するんだよ、とレオンは心の中で反論したが、実際最初は嫌がっていたので何も言わない。成長というよりは、許容範囲が広がったとも言えるし、レイルに対する誤解が解けたとも言える。もしくは、親しくなり懐柔されてしまった、とも。

 

「それはなんだ?」

 

 王がレオナへと呼びかけた。

 視線の先にあるのは彼女の手元にある紙の束だ。

 

「レイル様にいただきましたの。知識、発想、商品の設計図……要するに、金の卵を産む鶏ですわ」

「何故……」

「レイル様はお出かけになられるので、私がこれを自由に使っていいと言われましたの。儲けたお金の取り分はレイル様が六ですわ」

「……好きにしろ。武器になるものはないな?」

「もちろんですわ、お父様」

 

 今もレオナの手腕によってレイルとレオナの資産は増え続けていた。学生時代に渡され、レオナが機を見て世に出している。

 レイルは学生時代にもそれなりに稼いだが、その金を元にさらに増やしているのがレオナである。

 レオナの取り分を投資しているのに、その増加をレイルに半分譲るあたり相当入れ込んでいる。


「レイル様なら心配ございません。そのうちにまた帰ってきますもの」


 基本的に、レオナはレイルを慮ったり、憂えるといったことをしない。

 レイルという人間への信頼、そしてあくまでもレイルのために為す全ては自らのため、そして国のためにある、そうした根底にある動機の在り方が彼女をそうさせていた。

 それに、手紙が届くうちは無事であるとわかるのだから、と続けた。


「レイル様ですもの」


 薄く、薄く微笑んだ。その言葉が滅多に見せない彼女の本心であり、それが心からの微笑であることを、そこにいた家族だけは知っていた。



 ◇



 南の国境までやってきた。

 主要な街道を遮るようにして何メートルほどかの壁が横に広がっている。壁の上は人が見回りのために歩けるようになっている、らしい。登ったことはないし、おそらくこれからもないだろう。

出入りならばそこまで手続きは必要ないのだから。勇者候補証でも、冒険者カードでも出られるし、商会の身分証でも通れる。

 特にこの国は緩い。商業を重んじることもあり、商人が出入りしやすくしているのだろう。


 俺たちは当然のように国の外へと出ることができた。


 そして今は次の国のある南へと向かっている。

 その道中、偶然にもギャクラ国の騎士団と出会うこととなった。

 彼らは休憩中だった。馬車に積んでいた荷物から食事を取り出して辺りに広げていた。

 俺たちは借りていた馬車を国境のところで返してしまったので徒歩だ。

 

 視界に入ってしまった以上、向こうもこちらに気がついていることだろう。

 下手に迂回しようものなら怪しまれるので、後ろめたいことなどないと近づいていった。挨拶をかわして通り過ぎようと来た時、団長と思わしき人に誘われた。

 

「よければ君たちもどうだい?」

 

 言い分としては数が多い方が魔物も寄ってこないだろうとのこと。ごもっともだ。俺たちもちょうど昼食をとろうとしていたので、そのままともに食事を取ることになった。食料は自前で用意したが。


「お仕事お疲れ様です」


 簡単な挨拶とともににこやかに話しかける。

 自己紹介を終えると、団長らしき──しかし団長にしては若い男性の眉がピクリとあがる。


「レイル……君はもしかしてレイル・グレイかい?」

「ええ。そうですが……どこかでお会いしましたか?」


 年齢は三十手前ぐらいか。人懐っこい雰囲気のするその表情と涼しげな瞳はさそがしモテるだろうと思われた。

 彼はシルバ・ドーランドと名乗った。


「そうか……こんなところで会うとはね。いつか会いたいと思っていたんだけど、君の噂からそのうち城に仕えることになるかと思ってそのときに会おうと思ってたんだ」


 まさか旅立っているも思わなかったと言う。

 目の前の人は俺の何を知っているというのだろう。

 二人で話がしたいと言われた。

 

「噂は聞いていた、ですか……」

「悪い噂もあったが、半々、といったところかな」

「ははは……お恥ずかしい。噂通りでしたか?」

「そうだね。年齢よりは大人びている、というのはそうかもね」

 

 それなら良かった。男はみんな少年の心を忘れぬとは言いたいものの、年相応だねと言われるのは少しばかり不本意だ。幼い演技をしているわけでもないのだから。

 

「話は変わるんだけどね。今から十年ほど前のことだ。僕はある貧民街に訪れた」


 貧民街と聞いて、生後三年間の嫌な記憶が蘇る。


「そこで僕は奇妙なものを見た。全焼した家屋の跡地なんだけどね」


 嫌な予感がする。シルバさんはじりじりと確かめるように話を続ける。


「周りの住民は野盗にでも襲われたんだろうって話していた。でもおかしなことが一つだけあった。焼死体は二つ。おそらく夫婦のものだろう。何度も刺された痕や頭を殴ったような痕があった。そして、周囲には子供の生活していた痕跡があった」


 間違いない、それは俺の生まれた家だ。この人は確信こそ持てないまでも、俺の過去に気づいている。

 どうする? とぼけた方がいいのか?

 混乱している俺に追撃をかけるようにシルバさんは言った。


「それがあったほぼ直後、奥方が亡くなってしばらく経っているグレイ家に隠し子がいたことが判明した。しかも隠し子だとジュリアス様は言っているが、血は繋がっていないことがまことしやかに囁かれていた。それが君だ」


 突拍子もないことを思いつく奴がいたものだ。あんな手がかりから浮浪児と俺をつなげるなんて、な。ここまでバレていては、とぼけたって無駄だろう。

 一体何が目的なんだろうか。全然読めないのが苛立たしい。

 

「同一人物……であってるかい?」


 決定的な言葉を口にした彼に、口封じをするかどうかを考えながら誤魔化すことを諦める。金で黙るならいいが……俺の評判はさほど良くないから証拠がなくとも言いふらされると厄介だ。


「そうですね、お察しの通りかと。そして俺は――」

「そうか、良かった……」

「えっ?」

 

 虐待の復讐に親を殺した。そう言おうとしたら不意に抱きしめられた。抱きしめられた? わけがわからない。同情でもしているのか?

 殺すほど思いつめることがあったんだろうなんて思っているのか。


「よかった……本当によかった」


 シルバさんは俺のことを抱きしめたまま繰り返した。


「あの時は奴隷商に売られたのかと思ったんだ。どうにか無事を確認できないかと。死んでいなくて、こうして一人立ちできるまで育っていてくれて嬉しいよ。ずっと気になっていたんだ」


 俺が殺したことはわかってないのか。

 完全に心配だけでそんなことを覚えていたのか。

 

「あなたは……いつもそうなんですか?」

 

 純然たる疑問だった。

 十年前、たった一度知っただけの子供の安否をそのまで気遣えるものなのか。ただの予測に過ぎず、顔すら見たことのない相手のことを。

 

「そうだな……誰かのことを心配しすぎだ、と言われることはよくある。ここまでなのは自分でも珍しい方だと思うが」


 いつもこれならさぞかし生きづらいだろうと思ったがそこまででもないらしい。

 

「すまない。取り乱してしまったな。また何かあれば連絡してくれ。できる限りのことはしよう」


 そう言うと彼は颯爽と立ち去っていった。

 


 騎士団はどうやらこの先にある『自由の街』の治安維持のために行くらしい。『自由の街』というのは国家に所属しない自治区として機能している街の俗称だ。税金や規則がないために自由がきくということでそう呼ばれている。

 当然悪事も蔓延りやすい。本来ならば治安維持は国内に限るのだが、その被害が国内に及んだ場合や上が目に見える実績が欲しい時、誰かの要請などその時によって理由は異なれど稀にその粛清に向かう。

 あの規模の騎士団が向かうと、もしかすると今回で壊滅するかもしれないな。


「結局なんだったのー?」


 アイラは俺が一人連れ出されたことに心配していた。


「俺が生まれた場所を知っている人だったよ」

「じゃあ──」

 

 アイラの目がすっと細められる。指先は腕輪に添えられており、いつでも中のものを出せる状態だ。

 

「いや、俺が親を殺してまで逃げたとは思ってなかったよ」

「なーんだ、よかった」

 

 アイラも俺と同じことを考えたらしい。

 指先が離れ、警戒を解いた。俺に少しばかり似てしまったのがこそばゆいやら申し訳ないやら。


 跡を見た彼が気づかなかったということは、俺が殺したことはバレやしないのかもしれない。

 どうやらシルバ・ドーランドという人物は底抜けのお人好しであったようだ。疑ってばかりいる俺が馬鹿みたいだ。

 多分、もう会うことはないのだけど。

 

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