第2話 ショッピングモール

『人類は分かり合える』

 ショッピングモール正面入口の上に掲げられた巨大ビジョンに、CMのキャッチコピーが表示された。そして矢継ぎ早に美麗な映像が入り乱れ、人の眉間が映し出されそこには額飾りがきらめいている。

『新型ノックヘッド発売中』

 CMはテンポよくスタイリッシュな曲と映像にまとめられているが、一見しただけでは何のことやら分からない。そして映像の最後には「ARK」という文字が大きく浮かび上がっている。

 巨大ビジョンにはいくつかのCMが流れるようになっており、それぞれが五分間隔で繰り返されているので、このARKのCMはかなりの頻度で一日中繰り返されていた。

 その巨大ビジョンの下を数十人の少年たちが、地面を滑るように高速移動していた。彼らはショッピングモール内に入ると、いくつかのグループごとに別れ、手当たり次第店から店へと襲撃していく。

 一方ショッピングモールの外では、少年たちよりは多少先輩格にあたる年頃の青年たちがボロなバイクで街中を爆走している。

 不良少年団である。日頃のうっぷん晴らしや、窃盗が目的だ。窃盗団という言い方が正しいかもしれない。

 複数のグループの少年たちは驚きと恐怖で逃げ惑っている市民をよそに、ショッピングモールで暴れまわっている。彼らは人ごみをかき分けるように高速移動しているが、決して人には危害は加えない。狙いは富裕層が利用するような店から、金銭や品物を盗むのみである。

「おい、このスーパージェットシューズ、すごく快適だな。今までみたいに走り回らなくてもいいぜ」

 少年の一人が楽しそうに、地面を高速で滑りながら仲間たちに言って回っている。実際彼らは地面から数センチほど浮かんでいて、特殊なシューズのかかとからの推進力でジェットのように高速移動できるのだ。

「本当だぜ。すごく速くて、バイクにも負けないくらいだ」

「さすがエンジニアは違うな。腕は確かだ」

 彼らが履いているこのスーパージェットシューズ、今日初めて使うにもかかわらず、実に見事に使いこなしている。

 中には空中回転まで繰り出して、すでに曲芸技を見せている者までいる。このスーパージェットシューズでストリートパフォーマンスが出来る日も遠くないと思わせるものだった。

「魔遊、今夜はピザといこうか」

 魔遊と呼ばれた少年、杏璃魔遊あんりまゆは軽くうなずいた。

 まだ幼さの残る顔立ちだが、目つきだけが異常に鋭い。細おもてのぎょろりとした目に見つめられたら吸い込まれそうだ。普段から口数の少ない、どちらかといえば大人しい性格だが、今は窃盗少年団の一員として活動していた。だからか、身なりに関して言えば、みすぼらしいものであった。

 一方の相方、間紋護まもんまもるも魔遊と同世代の少年で、こちらは人懐っこい顔立ちをしている。実際、無口な魔遊とは正反対に人とおしゃべりするのが好きな少年だった。護がしゃべり役、魔遊が聞き役というコンビなのだった。

 ふたりは子供の頃からの親友であり、今は戦友である。

「ご注文は何にいたしましょう?」

 魔遊と護がテイクアウト専門のピザ屋カウンターに行くと、若い女性店員がマニュアル通りの対応を示した。メイド服を着た、フリフリの格好がなんとも不釣り合いだった。

 周囲で少年たちが暴れまわっている様子が全く見えていないのか、実ににこやかだ。明らかに一般市民と違い、みすぼらしい服装の魔遊と護を見ても全く動じない。

「こいつ、ロボットハニーだ」

 ロボットハニーとは、人間に代わる労働力として開発された、自律型ロボットである。元々は独居老人のために介護ロボットとして導入されたが、次第にその活躍範囲を広げつつあった。小さな頭にCPUを詰め込んでいるので、単純作業しかできないのが欠点であるが、逆を言えば人間から単純作業労働を奪い取ったのである。当然失業率は上がった。

 護がカウンターを乗り越えて、店の内側に入り込んで、手のひらを店員の顔に向けた。

「お客様。境界線を超えられますと通報いたします。これは警告です」

「勝手にしてろ」

 護が吐き捨てるように言うと、手のひらから煙とともに爆発が起こり、ロボットハニーの顔が衝撃で吹き飛んだ。すると、さっきまで女性店員だった姿から、ただの木偶人形でくにんぎょうに変わっていた。その姿はまるでデッサン人形のように無機質である。

 そのすきに魔遊はカウンター内のピザを袋に詰め込めるだけ詰め込んでいる。

「魔遊、護、こんなところにいたのか」

 慌てた様子でやってきたのは、同じく仲間の白川春人しらかわはるとだった。横には双子の弟、丸人まるともいる。この二人も魔遊たちと同じ仲間だった。

「どうした、なにかあったのか?」

「パペットがやってくる。どうやら誰かが通報したらしい。ネットワーク上でも避難警報が出ている。すごい勢いで、俺たちの行為の一部始終がEDEN上に拡散されている」

 言うが早いか、人間の大人ほどはあるかと思われる狼の姿をしたマシンが三頭、こちらに向かってきていた。鋭利な外装パーツに覆われ、大きく裂けた口からのぞく顎には鋭い牙が光っている。

「ブレイブ・ファングか。大したことないな」

 護はこともなげに、手のひらを前に出して身構えた。また先ほどと同じ技を繰り出そうとしている。

 春人はその場でじっとブレイブ・ファングを呼び寄せるように立っている。少し顔がこわばっているが、自分を奮い立たせているかのようだ。

 おっとりした顔の丸人は嫌そうな顔をしているが、体格のいい体でどっしりと構えた。何も考えていないかのようなのんきな様子だ。

 魔遊は真顔で三匹の狼を睨んでいる。病的に細い体では到底叶うはずのない相手だが、鋭い眼光で睨みつけている。

 一頭のブレイブ・ファングが抜け出したかと思うと、四人目掛けて飛びかかってきた。

 しかし重い爆発音とともに、ブレイブ・ファング吹き飛び、地面に叩きつけられた。お腹の部分が無残にもえぐれている。護の突き出した手のひらから煙が上がっていた。

 一頭がやられて、残り二頭のブレイブ・ファングが躊躇ちゅうちょするような動きを見せた。

 それを見た春人は一頭のブレイブ・ファングに目を合わせた。一秒、二秒、三秒。すると、ブレイブ・ファングは糸の切れた操り人形のようにバッタリとその場に倒れた。

「パペットは所詮しょせんサーバーからの命令で動いてるからね。自分自身の脳を持っていないんだ。ネットワークを切断してやれば、破壊しなくても戦闘不能にできるよ」

 春人はこともなげに言った。だが、ちょっぴり額に汗をかいていた。

「なんだよ。俺に対する当てつけか?」

 護が鼻を鳴らした。

「じゃあ、最後はオラの番だな」

 丸人が面倒くさそうに一歩前に出て、残り一頭のブレイブ・ファングに近づいた。ポッチャリとした体つきの割に素早い、カンフーのような動きをすると、つむじ風が起こり、鋼鉄製のブレイブ・ファングのボディが切り刻まれた。しかし厚い装甲の表面を切っただけで、致命傷には至らなかった。

 ブレイブ・ファングは手負いのまま四人の中で一番大人しくしていた魔遊に向かっていった。

 が、鋭い牙が魔遊の喉元に噛み付いたかと思ったその瞬間、ガクンとブレイブ・ファングの動きが止まった。そしてボディの節々から煙が上がり、サーバーからの命令を受信する頭部が破裂した。

 最も残忍な破壊だった。魔遊が一体何をしたのか分からない。

「大丈夫か? 魔遊?」

 護が心配そうに駆け寄った。

「ああ、大丈夫だ。なんともない。それよりも……」

「それよりも?」

「気分が悪い。ここは人が多すぎた……」

 魔遊は元々白い肌をさらに青白くさせていた。汗もびっしょりである。

「ああ、そうだな。長居は無用だ。引き上げよう。ピザもこれだけあれば、みんなで分けられるだろう。春人、他の連中にも伝えてくれ」

「ラジャー」

 春人は返事をするとネットワークを通じて、仲間に襲撃を終えるよう連絡を取る。

「動くな!」

 四人が引き上げようとしたまさにその時、木陰から警官が自動小銃を構えてゆっくりと出てきた。最近の警察は、犯罪の凶悪化にともない、軍並みの重装備を認められているのだ。

「おかしな動きをするなよ。今応援を要請するからな。そのままそのまま……」

 まだ若い二十代と思われる警官はゆっくりと魔遊に近づいた。銃口は魔遊に向けられていた。魔遊の額には汗が流れる。

 警官と魔遊の目が合った。その時、魔遊の体から赤黒い小さな手が伸びて警官に触った。その途端、警官の様子が一変した。体がビクンと電気が流れたように直立すると、急に苦しみだした。

「あ、頭が! 割れるように痛い! 苦しい! なんて苦しいんだ! やめてくれ!」

 警官は絶叫し、自動小銃を投げ捨て頭を抱えもだえると、やがて静かになった。その場に倒れて痙攣している。口から泡を吐き、白目をき、耳から脳髄が流れ出ていた。額は大きく前に膨れ今にも破裂しそうに変形していた。

 魔遊はその場にへたりこんだ。護が肩にポンと手を置いた。首を左右に振った。

「仕方ない。こいつの運が悪かったんだ。魔遊が悪いんじゃない」

 護のなぐさめにも、魔遊の気持ちは収まらない様子で立ち上がった。表情はますます青白くゲッソリとしてる。

 当たり前だが殺人は大罪である。特に警官殺しはさらに罪が重い。だが、魔遊が殺したという証拠は恐らく残らないだろう。証人もいない。四人だけの秘密である。

 しかし今月だけで魔遊が死に至らしめた警官は、これで三人目だった。魔遊とて罪の意識がないわけではない。富裕層から金品や食料を盗むだけが目的で、殺人だけはやらない、と決めた活動のはずが、行きがかり上、守れないのだ。

 四人は騒ぎで人気のなくなったショッピングモールを後にした。広大な施設も人がいないと、どこか不気味だった。

 その中で、人の代わりに労働しているロボットハニーの店員が「いらっしゃいませ、こちらの商品はいかがですか?」と客を待っているのがどこか滑稽だった。

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