「同質化と差別化」 ー今の人は必要な物を買うのではなく気持が動く物を買うー


「これ、いいですね。」


店にはいるなり開口一番三木がいった。

一瞬、何を言われているか解らなかったので、視線の方向を見ると、節分用に子供向けに作った鬼の顔をしたクリームパンと、金棒の形をしたパンだった。


「二つでワンセットというのはいいですね。売上も上がるしこれは近隣の大手ではみませんでした。『差別化』の材料として使えると思います。」


めったに誉められることがないので、そう?と、ちょっと戸惑いながら答えると、


「まあ、もしかしたら来年は『同質化』されてしまうかもしれませんが、少なくとも今年は大丈夫でしょう。」


――――同質化?

聞いたことのない単語にひっかかった。


「なあ、『差別化』っていうのはなんとなく解るんだけど、『同質化』っていうのはどういうことをいうの?」


そう質問すると、三木は、なるほどとこちらに向き直り、


「『差別化』というのは一郎さんの想像の通り、自分達のお店にしか提供できないことを行い、自分達を選んでもらえるようにすることです。


商品はもちろんのこと、お店の雰囲気、パッケージ、コンセプトなどなど、、、一番の差別化ポイントはいつも言っている通りもちろん人間です。


そしてご質問の『同質化』というのは相手が提供している物と同じ物を出して相手の『差別化ポイント』を無くす戦略のことです。


解り易い例を出すと、価格で勝てないモスバーガーが差別化を計るためテリヤキバーガーを開発しました。


人気と気づいたマクドナルドが同じ物を資本の力を使って価格を安くして出しました。ってやつですね。」


「うわ、大手汚い!」


「いやいやこれは立派な作戦ですよ。大手だって最初から大きかったわけじゃないし、せっかく築いた城をやすやすと明け渡すことはできないでしょう。


ともあれ、『同質化』は通常は大手がとる戦略です。

物が同じ、または『同じと思われた場合』は、価格が安い方を消費者は選びます。


実際、ここのあんパンより、スーパーのあんパンのほうが安いですよね。だから苦戦しているわけで、、


最初にお会いした時にお話ししたとおり、味がいいと言ったところでそれは食べないとわからない。


いい物をつくればいつかわかってもらえるの『いつか』は5年後になるか10年後になるかわかりません。」


そういうと、こちらに顔を近づけ、ニヤニヤしながら聞いてきた。


「だから?そのためにやることは?」


期待されている答えをそのまま言うのは悔しかったが、それしかないので、


「情報を出す。」


とぶっきらぼうに答えると、正解です。といって三木は笑った。


そして、すぐにその鬼の顔のパンと金棒のパンを写真に撮って、フェイスブックにアップした。


なぜ、すぐやらかなったんですかと三木に問い詰められたが、毎年のことで、しかも必ず売れ残るのでそれほど大事だと思っていなかったのだ。


ところが、次の日から不思議なことがおこった。鬼の顔のパンと、金棒のパンが売れた。週末に至っては売り切れるほどだった。


毎年やっているけど、こんな事は初めてだった。

そのことを三木に話すと


「そうですか、、推測ですけどね、こういうパンを好むのは小さいお子さんがいるご家庭だと思います。


そういったご家庭はこの街だと郊外に住まわれていることが多いみたいですね。


そして、ここの商店街に買い物にくる地元の方と見受けられる人は、いささかお年を召していて、いわゆるお爺ちゃん、お婆ちゃん世代。お孫さんでもいれば買うでしょうが、正直マーケットと合っていなかったのだと思います。


ところが、フェイスブックを通じて、、、連動しているツイッターを通じて、郊外に住む小さいお子様がいる人に情報が届いた。


その情報は気持を動かし、車に乗ってでもお店に来たいと思った。」


たったそれだけのことで、、、困惑を隠せない。

三木は続ける。


「気持が動く、、、これは今の消費においてとても大事な事です。


今の人は必要なものではなく、気持が動く物を買うんですよ。


豊かな時代になって生活において絶対必要なものが少なくなり、また、そういったものは大手がきっちり取りそろえるようになりました。


と、いうことはこのお店だったり、商店街や、中小企業は"それ以外"で魅力を出さなければいけません。


この間の話の『差別化』と呼ばれるものです。


『今の人は必要なものを買うのではなく、気持が動く物を買う。』とは簡単にいってしまうと『ワクワクするか』です。


どやったらお客様に『ワクワク』してもらえるでしょうか?


昔だったら、洗濯機が来ることで、洗濯が楽になる!

車を買えば、遠くに出かけることができる!


そういうことが『ワクワク』でした。


今はどちらも当たり前ですよね、、、、


レストランに行く?

これも当たり前ですよね?

新しい洋服を買う。

ユニクロがあるし、そんなに珍しい話でもないですよね?

どうやったら気持が動くでしょう?


今回、このパンがいいといったのはそういう部分も含めていいといいました。これは気持が動くと思ったんですね。


さらに、子供がいない人でも、このビジュアルなら写真をとってフェイスブックとか、ツイッターにアップしたいと思うでしょう。


必要な物を買う場合、買い物の場所は近ければ近いほど有利になります。


半径数百メートルの中にコンビニがある現代では、そこを越えてお店に来てもらうのは大変なことなんですよ。


私は『コンビニの川』と呼んでますが、今回のパンはその川を渡ってまで来てみたい魅力があった。


そしてそのきっかけはたった一度の投稿。


何度も言っているじゃないですか、『一行の手間を惜しまない』ですよ。」


一行の手間を惜しまない。何度聞いただろう、、解っているつもりだったけど、全然解っていなかったのかもしれない。


空っぽになった節分用のパンの棚を見てそう思った。


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