第41話・前夜

 作品ができても、窯を焚く前に準備すべきことはまだまだある。窯に火を入れるには、マキ(割り木)を用意しなければならない。しかし若葉家では、マキのために金を使ったりなどしない。タダの材木をさがしてきて、人力でいちいち切って、割って、マキにするのだ。材木を確保するには木の持ち主との交渉が必要で、さらにそれをもらい受けたとしても、窯場の敷地内にストックする場所が必要だ。そしてストック場には、雨露をしのぐ屋根が必要で・・・と、気の遠くなるような逆算の論法。要するに、また土木工事がはじまるのだった。

 タダの材木は皮算用するとして、まずはそれを運びこむ屋根小屋を建てる。ちょうど窯の横におあつらえ向きのフラットな場所があったので、利用することにした。竹をなぎ倒し、雑草を刈り、平らに整地し、スペースを確保する。あとは屋根だが、もちろん材料確保も大工仕事も自分たちの役割だ。屋根は、四スミに柱を立て、梁をわたし、天井にトタンを打ちつけるだけの単純なものだ。オレたちはすでに、登り窯づくりと平行して窯を覆う掘っ立て屋根もつくっていたので、こんな仕事はお手のものだった。材料はすべて中庭に落ちている。・・・いや、保管してあったと言わなければ失礼だろうか。太陽センセーの驚くべき先見の明。こういった事態を見越して、すでにいろんなものが拾い集めてある。ただの趣味か、貧乏性の収集ヘキだと思っていたのは、とんだ見当ちがいだったようだ(そのセンも濃いが)。ガラクタの中から屋根の材料になりそうなものをせっせと選んでは、山道を運び上げ、てきぱきと屋根小屋をつくった。

 つづいて、眼下の公道から小屋につながるケモノ道を切りひらいて、マキ材を搬入する登攀ルートの足場を固めた。草も刈りこみ、デコボコもならし、台車がスムーズにのぼれるようにしなければならない。重大事の前には些末な付随作業が多いものだ。しかしこうして周到に準備を重ねるうちに、窯焚きへのモチベーションはつのっていく。

 さて、幸いにも材木は近くの産業廃棄物処理場で分けてもらえることになった。オレたちは、知り合いから徴用した軽トラの荷台に乗りこみ、いそいそと現場に参上した。そこには、昭和時代に電柱として活躍したとおぼしき丸太や、巨大な建築廃材が野積みにされていて、まるで宝の山だった。

 冷たい小雨そぼ降る中、すぐさま作業をはじめた。丸太の山から程度のいいものを運びおろす係と、それをチェーンソーで適当な長さに断裁する係、それをまたトラックに積み上げ、若葉邸までピストン輸送する係にわかれ、てきぱきと仕事をこなす。役割分担とはいえ、たった四~五人しか人手がない。あっちに狩り出され、こっちに力を貸し、結局走りまわることになる。しかし窯づくりで心をひとつにした者たちのチームワークは、ここにきて成熟していた。

 ここでアカギの他にもう一人、重要な人物を紹介しておかなければならない。「代々木くん」というオロカ者だ。登り窯づくりの初期段階から参加している、訓練校製造科の出席番号13番氏は、四角形だけで構成された無骨な体躯を持つ33歳。顔のパーツが中央にかたよって、常にすっとぼけた表情をしている。肩にハンガーを入れっぱなしのようないかつさと相まって、オオアリクイそっくりの風貌だ。昼休み野球部では破壊的豪打者であり、学校の外では空手家でもある。それでいてだれとでもあたたかく触れ合える、愛すべきおっちょこちょい男。それが代々木くんだ。

 また入校早々、空手道場でいきなりろっ骨を骨折、数日後には前歯を数本折り、それが癒えるとすぐに蹴つまずいて足を骨折するというツイていない男でもあった。不吉の出席番号・13番はダテではない。しかし松葉杖生活をしながらもろくろを挽きつづけ、週末には爆音を轟かせるバカ改造車(こんなキャラばっかで申し訳ない)で山を越えて登り窯づくりに通いつめるという根性も持ちあわせている。彼はのちにもっと大きなケガを負うことになるのだが、それは持ち前のやる気とおっちょこちょいが連動して引き起こす、最悪の事件なのだった。

 その話は後述するとして、代々木くんのバカ力と意外な器用さ、几帳面さは、窯づくりの大きな戦力となっていた。オレたちは協力して丸太をかつぎ、輪切りにし、トラックに積みこんで、せっせと若葉邸に運んだ。

 運びこまれた材木は、たちまち中庭に小山を築いた。雨が本降りになる前に、今度はそれを山の上のマキ小屋に移さなければならない。運搬には、工事現場で砂利を運ぶときに使う「ネコ」と呼ばれる一輪の台車が役立った。これも若葉家の中庭に落ちていた。この庭はまるで、欲しいものがなんでも出てくるドラえもんのポケットなのだ。

 輪切りの材木を、一輪車に載せられるだけ載せてロープで結わえつけ、それを後ろから押す者、サイドから支える者、上からロープで引っぱり上げる者の三人がかりで山道を運び上げる。

「せーのっ!」

で、満身の力をふりしぼる。湿気を帯びた木塊は岩のように重い。一瞬でも気をゆるめると、一輪車はいっきに何メートルも後退し、あらがいようもなく横転した。ぬかるみはタイヤをくわえこみ、濡れ落ち葉で足もとはつるつるとすべる。肩を濡らす雨は、からだの熱気でたちまちもうもうとした湯気になった。

「はあ、はあ・・・」

「ぜえ、ぜえ・・・」

 三本ほどの丸太をようやく運び上げ、束の間、荒い息をととのえる。これほどしんどいとは思わなかった。この調子でピストン輸送など、正気の沙汰ではない。一回の登攀だけで、全体力を使い果たしてしまうのだ。

ーほんとにこんな原始的なやり方しかないのか・・・?ー

 素朴な疑問が頭をよぎるが、言葉にはしない。弱音を吐いたら負けだ。カラの一輪車は休むことなく山をくだり、再び満載されて山をのぼる。

 こんな往復運動を、日が暮れるまでくり返した。体力は常時エンプティだったが、休みたいとは言いだせなかった。それは、となりで青筋を立てるオオアリクイたちが、その言葉を決してこぼさなかったからでもある。バカは伝染するものなのか。一歩、一歩と足場をさがし、疲労困憊でガクガク震えるつま先を山肌に立て、パンパンに張った腕で一輪車を押すしかない。仕方なくのぼり、仕方なくくだり、仕方なく満身の力をふりしぼる。

 ついに最後の荷が山をのぼり終えたとき、小屋は、見上げるほどの材木を飲みこんで満杯状態となっていた。オレはほっとして、雨上がりの草っぱらに突っ伏した。食いしばっていた歯をほどいたら、もう、立ち上がるほんの少しの力も残っていなかった。他の連中もそうだったが。

 それ以降も、着々と窯焚きの準備は調えられた。

「焼き締めで鮮やかな自然釉をのせるために、松のマキが必要じゃ」

と御大から命を受けると、オレたちはすかさず山中にトラックを走らせ、草むらに踏み入って松の倒木をさがした。

「灰が必要じゃ」

と言われると、若木を焼いて燃えカスをかき集めた。

 そんな作業と平行して、作品づくりもすすめた。ぐい呑みや茶碗、小皿、鉢、土鍋などもろくろで挽いた。ビアマグも挽いておくように、と申しわたされた。初窯を焚き終えた後の祝杯用に使わなければならないからだ。登り窯づくりに参加した歴代メンバーにも呼びかけ、全員に焼成への参加をうながした。登り窯づくりにたずさわった以上、窯焚きの機会だけは逃すわけにはいくまい。その実現に向けて、オレたちは加速していた。野天でチリチリと首すじを焼いた猛暑はすでに遠く、今や秋も深まり、樹々も赤く色づこうかという季節にさしかかっていた。

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