7話 北進、それぞれの思惑

 フラーズ、サンデル侵攻の噂はフリューゲル子爵の軍勢が国境の砦へと移動を始めたことで現実味を帯びることになる。

 ここからの話はその数日前、ウィルゼールで行われた軍議の様子である。


「では、始めようか。と言っても残り一割程度の内容だが」


 普段から痩せ型のアマトだがその日はいつもに増して痩せ細って見えた。その原因はアマトと対照的に肌が艶めいている女性二人と朝早くにウィルゼールを去った少女だろう。

 誰もがそれを見て見ぬ振り。言ってしまったが最後ロイの両頬の様に赤く膨れ上がってしまうと分かっているからだ。


「彼我の戦力は見積もりで4000:5000。その5000の内大半はエルレディオと向かい合う敵の砦へと集中するだろう。これの攻略の目処は立っているが問題はその後だな」


 今回の議題の大まかな内容は後詰め、一月前にもそれの議論はされていたがサンデルの砦を越え、その勢いを維持したまま本陣である城塞をどうやって攻略するかが議論されていた。

こういった会議を開くにおいてアマトはすでに自分なりの結論を出している。だがそれで視野を狭めることがないようにそれを言わずに意見の交換を促している。


「数だけ見れば圧倒的になるだろうけど、それでもゴリ押しはねぇ?」

「少数精鋭で攻めれば機動力は上がるけど向こうさんが準備済みだったら結局意味無いしなぁ」

「……でも足止めを食らうのはいけない。速攻で行くべき」

「いっそ国ごと兵糧攻めにしちゃう?なんて……」


 実際その思惑はこれまでもうまくいっており自身の計画を加筆修正することで今まで続くフリューゲル子爵の勝利があったといっても過言ではない。


「アマトがあいつに乗って一人で無双すればいいと思いまーす」


 面倒臭くなったのかロイが投げやり気味に意見を出す。とは今は静かに屋敷の蔵の中で眠りについている怪物のこと。その存在は目撃した兵士の中でのみの秘密とされている。一か月前の平野での開戦、アマト帰還とともに禍々しい活躍を存分に見せつけたキマイラ。それを自身の目で目撃したロイがその考えを真っ先に出した。

しかしやはり稚拙という他ない。単騎での攻撃など戦略はおろか戦術の基準にすら至っていない。

 だがその意見がいずれ上がることは誰もが予想していたのか異議を唱えられる者も居なかった。


「無理だ」

「なんで!?」


 だがにべもなく却下される。稚拙でもそれを圧倒するだけの説得力があると思っていたのかロイが一番強く反応する。


「単騎の無双など戦術ですら無い。それにアレの存在はある時までは秘匿する必要があるんだ」

「それじゃあ結局今まで通りの編成か……」


 肩を竦めいささか大げさに落ち込むそぶりを見せるロイ。

アマトが立ち上がりその肩に手を置く。意地の悪い笑みを見せながら。


「そこでだロイ、お前に課題をくれてやる」


 アマトの言葉にロイの顔が青ざめる。ロイに嫌いな言葉第二位が『課題』だった。その理由は置いておくとしてロイにとって大きなショックだったことは間違いないだろう。


「今日からエルレディオ砦到着までにサンデル攻略の策を百と三つ考えておけ」

「んな無茶な!」

「反対の者は?」

「はいっ!」


 ロイだけが力強く手を挙げる。誰も虎の尾を踏む様なことはしたくないということなのだろう。しかし多数決には抗えなかったようだ。


「圧勝の様だな」

「横暴だー!本書いて暴露してやる!」

「やってみろ、握り潰してやる」

「えーそれでは次の議題に」

「……分かった」


 空気が読めているのかマイペースなのか本人以外わからないが絶妙なタイミングで仕切り直しを迫るリム。

 何にせよ一気に場は沈静化し元の落ち着きを取り戻した。


「えっと、次の議題は勝利後のサンデル領土の統治について?」

「……気の早い」


 サンデルに勝利したという前提ありきの議題にその場の全員が口を閉ざした。

 フラーズの急進的な拡大方針はその弊害として侵略後の領土の管理がおざなりになる傾向があった。

 その土地の行く末は指揮を取った騎士や貴族に一任される。前者は国の所有物として管理を移す、もしくは成り上がりの貴族となる者が多い。一方で貴族にその権限が与えられた場合は直接その貴族が統治する、自身に近い者を選び統治させるなどの権益優先の思考で戦後処理がなされることも珍しくなかった。


「これは、アマトさんの領地が増えるんですか?」


 その方面に完全に無知なフィリアが周囲に問いかける。


「それはそうだが、実際の領地の運用は誰に任せるかということだ」

「俺はイヤだぞ!これ以上仕事を増やされて堪るか!」


 誰も聞いていないのにロイが拒絶した。


「……グリフィスは?」

「ランディア君とかも良いかもね」


 皆それぞれの意見を述べるが自身が積極的に関わろうとする者は誰一人居なかった。執政は兵士として以上の能力を必要とする。自分こそが適任だと声を大にすることはなかなか出来ない。


「じゃあこれも保留か。ロイ」

「ん〜……え?は!?まさかそれも俺が考えるのか!?」


 ロイがまたも抗議するも今度はアマトは何も言おうとしない。だがその眼が語っている。『当たり前だろう』と。


「……ちくしょー!覚えてやがれー!」


 目元にうっすらと涙を浮かべながら脱兎に如くロイは部屋を飛び出していく。よほど頭脳労働が嫌いなのか、それともアマトの『命令』の重圧が大きすぎるのか、おそらくはその両方だろう。


「アマト君、あまりロイさんいじめちゃダメだよ?」

「そんなつもりはないさ、それだけの能力がロイにはある。見ていなよ、あいつは必ず結論を出すから」


 その言葉はアマトとしては何気ない一言だったのだろう。だがそれを耳にした者達はフィリアを除いて全員が面食らっている。


「なんだ?」

「……変わった」

「今までのアマト君なら絶対に言わなかったよね。今までなら『死中の活という言葉があってね、極限まで追い詰めればどんな小物でも伸びるんだよ』とか外道な言い返ししてきたのに」


 一組織のおさであるにもかかわらずひどい言われようである。だがアマトにも思い当たる節があるのか苦い顔をするだけで言い返すことは無かった。


「今の方がずっといいと思うよ!」

「そ、そうか。まぁそう言うならこのままで良いか……よし丁度ロイもいない。最後の議題に入ろう」


 照れ隠しの一環なのかすぐに次の話を進めようとする。だがその心境を見破られているのか周囲の目線が妙にほほえましく、それがアマトの神経を擽る。

 結局それが解消されるまでの数十秒間、アマトは気恥ずかしさからか、咳払いで雰囲気を戻すまで言葉を発することが出来なかった。


「題して、『サンデルは我々の味方になり得るか?』」



 ☆☆☆



「団長、もうすぐエルレディオですね」

「ああ」


 ちょうど同じ頃、フラーズの他の地域からエルレディオへ向かう一団がいた。セオドア・ロウスター率いる騎士の一団総勢800人。先頭に立つのはアマトと賭けを行なった件の三人組である。


「しかしあの男、どんな命令を出してくるのか」

「契約は契約だ。砦の攻略の際には従うしかないさ。肝心なのはその後だ」


 賭けに敗れた彼らは相場よりはるかに安い金額でアマト率いるサンデル攻略軍の一翼を担う事となった。

 だがその内容において騎士団の行動はあまり多くの制限を課されてはいない。

ならば彼らは自身の判断で可能な限りの戦果を上げる事で勝利の報告に『ロウスター騎士団の目覚ましい活躍により』という一文を加えようと画策していた。


「サンデルに攻め込む際の取り決めは一切なされていない。ならば」


 元々、アマトに仕えているわけでもない彼らに忠誠などあるわけがない。


「そこが手柄を上げる一番のチャンスというわけですね」

「その通り、砦の攻略はあくまで前哨戦。肝心なのはその後だ」



 ☆☆☆



「フリューゲル子爵がエルレディオへ向かったか」

「はい、開戦は間もなくかと」


 フラーズ王都ジュレール。その王城の私室にてフラーズ国王ガリウスが側近の報告を受けていた。フラーズの内地はその広大な領土もあってか大きな脅威にさらされることはなく、今一番大きくかつ注目されているのはやはりというべきかアマトのサンデル攻略であった。


「こちらの数は?」

「戦力はウィルゼールの連中にロウスター騎士団を加えて7000程度となります」

「……騎士団か」


 どうやって協力にこぎ着けたのか、アマトは貴族からの評判は良、悪に二分されるが騎士団からの受けは概ね不評だった。『清廉なる貴族』という印象が年々困窮する騎士団と正反対になってきていることによるものだろう。


「しかし陛下、何故あのことを伝えられなかったのですか?」

「今回の戦であの男の真意を確かめる」

「真意?」

「私はあの男を信用してはいない。奴は貴族としての姓を持ちながら生まれは定かでは無い。分かっていることは亡きイグニス・フリューゲル子爵が何処かから連れてきたということだけ。そんな者を簡単に信じられるはずがない」


 私情が混じっている部分はあるが言っていることは正論でもある。

国への帰属意識が薄い者がその組織において重要なファクターを占めるようなことが起きては後々首を絞めることになる……アマトがそれに該当する確証があるかはさておき。


「それに奴は……」


 口を滑らせるところだったのだろうか、言葉を途中で断ち切る。だがその顔は苦虫を噛み潰したように周囲に不快感を主張している。


「陛下……?」


 明らかに様子が変わったガリウスを案じるように側近が声をかける。


「何もない、下がってよい」

「は、はっ」


 だがガリウスは何とか平静を取り戻し部屋から下がらせる。完全に気配が消えたとき、ガリウスは抑え込んでいた負の感情を爆発させた。


「アマト…フリューゲル……!」


 ガリウス・フラーズは75期生としてに騎士学校へと入り、武芸の方面でその才能を周囲に称賛される日々を送っていた。

 事実、剣の扱いでは並大抵の相手では太刀打ち出来ないほどの腕前であったことに加えてそれ以外の武器も並み以上に使いこなせる。まさに神童としての人生を送ってきた。二年間は。

 ある年突然ガリウスの一つ上の74期生に一人の生徒が飛び級のような扱いで入ってくることになる。

その男は文字通りの天才だった。あらゆる武器を教官含め誰よりも使いこなし、目的を果たすための作戦立案、先頭に立つ際の威厳、迷いなく指示を出す時の自信に満ちた顔、人を引き付けるカリスマ性。王族に求められる多くの才能をその男は持ち合わせていた。

すべての面において自身の上位互換、ふと耳にした噂に憤慨したガリウスは一騎打ちを所望し、そして完膚なきまでに叩きのめされた。

 それ以来、ガリウスはその男への劣等感と王族としてのプライドによって屈折していく。、と。


「私の国に貴様は必要無い。死んでもらうぞ」



 ☆☆☆



「何も無し、と」


 アマトの護衛であるフィリアはアマトと常に行動を共にする……ということはなかった。アマト、リム、ノルンがエルレディオ砦へ向かった後、ウィルゼールの留守を任させる事となった。本人としては護衛として本格的に役割を果たせると張り切っていただけに大仰に肩を落とした。

 その間フィリアにある命令が下されていた。フリューゲル邸内のすべての部屋を調べ、私信などの類を発見次第別の紙に書き起こすこと。

アマトにとって多くの兵が外出し、多くと知り合って間もないフィリアが残ったことは好都合だった。

 戦略を練る上で相手にそれが知られることはあってはならない。獅子身中の虫を探し出すことがフィリアに与えられた命である。

 立派な響きだがそれを実行する本人にとっては空き巣に近いことをしているのだ、気分がいいとは言えない上に今の今まで収穫はなし。あったとしても裏切りや内通とは全く縁のないものばかりで、中には見られことを知れば自害しかねない赤面モノの自作詩集まであった。後ろ暗い思いを抱えながらそれでも作業を止めはしない。


(……じゃあ後はアマトさんの部屋を調べて)


 いよいよ最後、といってもアマトの部屋には紙の類は多数存在しているのが当たり前、


「きゃっ?」

「どわっしょい!?」


 まさかのハプニング、扉に手を掛けた瞬間目の前には一人のメイドがいた。


「どうされました?」

「いえ!ちょっと落とし物を探してて……」


 咄嗟の言い訳としては悪くないだろう。自分のインスピレーションを心の中で褒めるフィリア。


「そうですか、でも服が汚れたら……」

「だ、大丈夫ですから!」

「……分かりました、では」


 立場上はフィリアの方が上という扱いになっているが生まれてから一度も誰かより偉くなったことがないのでついフィリアはへりくだってしまう。

 一方で相手は何を思ったのか表情に出すことなくその場を立ち去っていった。

 誰も見ていない状態でアマトの部屋に一人。もしフィリアが自分本位で生きていたなら衆目にはとても晒せない光景が広がっていたことだろう。


「よし、何も無し」


 むろん今のフィリアの優先事項はアマトからの命令だった。そして今日行う分のすべてを果たした今、次に行うべきことは、


「で、次が図書館かぁ……」


 ノルンから与えられた命令だった。



 ☆☆☆



「それで彼女に図書館の整理まで任せたと?」

「……そう」

「…………」


 フィリアに自身が命令を出した後、さらに命令がなされていた。

その事実を後から知ったアマトはエルレディオへ向かう足を緩めることは無かったが頭を抱えることとなった。

 アマトの中でフィリアの評価は概ね優秀、といったところだった。だから身内のあぶり出しという危険な命を任せたのだ。だがそれを終えて屋敷の地下の図書館の管理を任せるとは、さすがに許容量を超えるのではないだろうか。


「『馬鹿じゃないの?』って言いたいんだよ。ね、アマト君」

「……私、頭良い」

「うんうん。頭は良いよね」


 さらに身近で別の問題が生まれようとしている。自然体で付き合えるのは良いことではあるが、もう少し歩み寄ろうとすることはないのだろうか。

リムは悪意なしにノルンを小馬鹿にし、ノルンはフィリアを顎で扱い、フィリアは淫乱、ノルンはさらに淫乱。日に日にアマトの胃は悲鳴を上げる回数が多くなってきている。


「ところでアマト君。『課題』をロイさんが出来なかったらどうするの?」

「……え、あ、うん別に、どうもしないさ」

「え?」


 そのリムが話題をそらしてくれたことに感謝しながら簡潔に二人に説明する。


「今回はあいつがこの行動に出ること自体に意味があるんだ」


 そう言って懐から一枚の紙を取り出しリムとノルンに手渡す。

アマトの真意を図りかねていた二人もそれで一つの結論に至る。


「ふーん、成る程ね」

「……勝ち筋は見えた?」

「ああ、王国としてのサンデルには明後日には地図から消えてもらう」


 アマトは二人に見えない位置で一人静かに笑みを浮かべている。



 ☆☆☆



『絶対にお前の鼻明かしてやるからなあぁぁぁ!!』


 ロイが残していった言葉、飛び出していったのは部屋だけでなく街そのもの、ウィルゼールまでも含めていた。

 日が沈み始める現在、ロイはフラーズ北方の砦エルレディオの一室でひたすら思案に耽り、アマトに言われた通り、103種のサンデル攻略法と戦後処理の手段の模索に追われている。


「少しは休んだらどうだ?」

「いや、今いい所なんだ、あと半分」


 先行して砦に赴き、戦いの準備の陣頭指揮を執っていたフリューゲル領序列三位の男、グリフィスがロイを気遣うもロイは必要ないと休息を取ろうとしないどころか疲れを見せようともしない。


「だからと言って……」

「じゃあお前はアマト直々の命令を受けてもゆっくりしてられんのか?」

「……分からん」


 グリフィスは無理だと即答するだろうと考えていたロイだったが真逆の回答を聞き思わず作業していた手を止める。


「何故アマト様はどうしてこうも急に事を為されるのか、俺には分からん」

「意外だな、お前はもっと盲目的だと思ってたけど」

「心外だな、お前はもっと懐疑的だと思っていたが」


 露骨なまでにアマトに忠実なグリフィスと怠惰でアマトに反抗的なロイ。見た目だけではそう思えるかもしれないが実際には彼らの性質はその真逆。

 グリフィスは自身が絶対的な忠誠を誓うが故に自らの主人にも完全性を求めている。

 一方でロイは怠惰な性格が表に出やすいもののアマトに対し全幅の信頼を寄せている。それを前提として行動原理が成り立っている。常勝無敗のフリューゲル子爵の命をこなせばそれは輝かしい未来へとつながっている。それを信じているからこそロイは何の迷いもなく忠実に従い行動に移すことが出来るのだ。

 互いの認識が今まで反転していたことに二人が気付いたことは彼らにとって良いことかそれとも……


「お夜食ですよ〜」


 見計らったタイミングで一人の女が部屋へと入ってくる。リンディス、すぐにアマト達も合流するが現在エルレディオの隊長格では紅一点である。その彼女が両手に抱えて持ってきたのはその兄、ランディアの自信作の肉料理とサラダ。盛り付け方に所々隙間や違和感があるがリンディスが言うには気のせいのようだ。


「無理しちゃ駄目ですよ。下手な案出したら子爵様になんて言われるか」

「大丈夫だ、ある程度はまとまってるから。それに、この課題は終わらせられなくても問題は無い」


 自分は全て分かっているのだと牽制するようにしたり顔で語る。

それにグリフィスは奇妙な感覚を覚える。先程までのロイの言動は寝食を削ってまでアマトの意のままに動く忠臣のそれだ。思考を放棄した肉の塊。

だが今はまた別の、アマトの意を理解し行動することで自身がアマトの最大の理解者であるのだと周囲に知らしめる様な強かさを感じさせている。


「実際、アマトは俺がどんな案を出しても砦攻略に関しては採用することはないのさ。肝心なのはその後だ」

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