パレットなSummer Festival!(12)

「あーんっ」と大きく口を開け、あさぎちゃんが綿あめにかぶりつく。

「んぅ~っ! あまぁ……」


 真白い砂糖雲に口元を埋める彼女の姿はなんとも幸せそうだった。


「あさぎちゃん、綿あめおいしい?」

「うん! うちな、綿あめって『おまつりぃ!』って感じがしてめっちゃ好きやねんっ」


 もふもふと食べ進めながら紡がれた声色は甘くて、なんだか耳にくすぐったい。

 この姿を見れただけでも、今日はあさぎちゃんとお祭りに来て良かったと思えた。

 でも、


「……ふぇ?」


 そうやってひとりで笑っていると、幼さの残る瞳がじぃっとこちらを覗き込んでくる。


「浅緋、お姉ちゃん?」

「あ、ごめんね。なんでもないの、ただ――」


 あたしは今、自分がきっと彼女と同じ想いでいるんだと伝えたくなって、


「――あたしもね、すごく『お祭りっぽいなぁ』って――思ってただけっ」


 あさぎちゃんの持つ綿あめを小さくちぎると、ぽいと舌の上で溶かした。


「ふふ……甘くて、おいしいね」

「えへへっ――せやろっ?」


 また、少女の口が綿雲へと寄せられる。

 しかし、再びあさぎちゃんの甘めかしい悶絶が聞こえた直後、


「ちょっとお二人さん!」


 手を後ろへ回し、何か隠し持ったほのかが、まるで真打登場とばかりに声を張った。


「確かに綿あめもお祭りって感じするけどさ、それならこっちも負けてないでしょっ!」


 にっと笑って歯を見せられた次の瞬間――勢いよく両手が差し出される。


「これって……」


 ほのかが手にしていたモノは、透明色を光に乱反射させる三本のガラス瓶。


「ラムネやねっ!」


 屋台のクーラーボックスから引き上げられたばかりなのだろうそれらは、朝露のように冷水を滴らせて涼し気だった。


「ちゃんと三人分あるよ。私からのおごりっ」

「ありがとう、ほのかちゃん!」

「どういたしまして。ほら、浅緋も」

「ん。ありがと」


 ひんやりしたガラスの感触が手のひらに気持ちいい。

 だからつい、受け取ったラムネを頬に当ててみたくなった。


「んっ――ふぅ……」


 熱が奪われていくような感覚は心地よく、思わずため息をこぼしてしまう。

 けれど。


「そんなことしてるとぬるくなっちゃうよ?」


 親友にからかわれた途端、それがすっごく恥ずかしくなって、ぱっと瓶を遠ざけた。


「そ、そんなにすぐぬるくなったりしないよ」


 唇をつんと尖らせ、飲み口を開けようとプラスチックのフタに触れる。

 でも、


「うんっ、んっ!」


 隣から鈴を弾いたような愛らしい声が聞こえてきて、自然と手が止まってしまった。


「あさぎちゃん?」


 水平だった目線を自分の影へと滑らせる。

 すると、あたしでできた日陰にすっぽりと隠れるあさぎちゃんが、細い指でラムネ瓶を相手に奮闘していた。

 彼女は小さく唸りながら「むっ、むっ――」と懸命に飲み口のビー玉を落そうとしている。

 だが、片手に綿あめを持ったままだからか上手く開けられないみたいで――、


「開けてあげようか?」


 ――と、ついおせっかいを口にしてしまった。

 ほんの一瞬、ラムネを差し出しながら困ったように笑う少女の姿が思い浮かぶ。

 しかし。


「だ、大丈夫っ!」


 目の前にいるあさぎちゃんはふりふりと首を振った。


「自分で開けられるからっ」


 頬を赤く染めた横顔にはむきになっている様子なんてない。

 でも、彼女には諦める様子もないみたいで……あさぎちゃんは何度も指先に力を込めた。

 その姿はとても一生懸命だ。

 『手を出すことは間違いで彼女の努力を応援するべきだ』と胸の奥が訴えてくる。

 だけど、鼓膜の内側からは『本当に見守っているだけでいいのか?』とも声が聞こえてきた。


 その結果…………胸裏の天秤は後者へと傾く。

 もう一度だけ、あさぎちゃんに声をかけようと決めた。

 だって『助けてあげられる』と思ったから……。

 けれど――、


「あさぎちゃ――」

「浅緋お姉ちゃんっ」


 ――顔をあげたあさぎちゃんと目線が交わった直後、


「見とってな?」


 ……そんな、ささやかなお願いを告げられて、あたしはおせっかいを飲み込んだ。


「……わかった。『ちゃんと』見てるね」


 たったそれだけ。

 短い言葉を返しただけで目の前の少女は「うんっ、見とって!」と笑顔になる。

 それは『開けてあげようか?』なんて訊いた時とは全然違う表情だった。

 気付かない内にあさぎちゃんを子ども扱いしていたんだとわかって、恥ずかしくなる。

 でも、今のままじゃ、あさぎちゃんがひとりでラムネを開けることが難しいのも本当で……。

 だから思い出す、考える。

 自分がこういう時、どんなふうにしてもらってきたかと。

 彼女のがんばりを否定にせずに、何ができるだろうかと。


 刹那。脳裏を過ったのは、よく知る後姿だった。


「…………」

「……浅緋お姉ちゃん?」


 悩み、きゅっと結んでいた筈の口元が、蝶結びの羽をほどくようにしゅるりと緩む。


「んーとね。ちゃんと見てるからさ。でも――」


 散々迷っていた言葉なのに、

 これが正解かどうかなんて確証もないのに、

 胸の内から浮かんできた答えに……『きっとこれでいい』と思えた。


「――片手だとやりにくそうだから、綿あめだけ持たせてくれる?」


 私は持っていたかばんを肩にかけ、空いた手をあさぎちゃんへと差し出す。


「あっ」


 すると、少女の前髪が揺れた。

 彼女の視線がふさがった小さな両手に落ちてから、ぱっと浮かびあがる。

 そこには眩しいくらいの笑顔があって――、


「うんっ、ありがとぉ!」

「ううん、どういたしまして」


 ――綿あめを受け取る指先が……あさぎちゃんから頼ってもらえる今が、すごく嬉しかった。


「浅緋、すっかりお姉ちゃんだね」


 ほのかにこっそりと耳打ちされて顔が熱くなる。


「うるさい」と返しながらひじをぐいっと押し付けると、彼女は歯を見せて笑った。

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