第15話「わたしメリーさん……花粉へっくちょい」


「今日も1日疲れたわ……」


 王城に用意された私室で、メリーさんはひとりごとをポツリ。

 床に敷かれた畳と、ホームセンターで買った布団一式。

 他に家具らしいものといえば、電気スタンドだけ。

 さっぱりとした部屋は、異世界で唯一のプライベート空間だ。

 静かで、平和で、穏やかで。

 この部屋にいる時だけは、カオスな異世界ライフがウソみたいに思えてくる。


「今日は、異世界で寝ちゃおうかしら……」


 制服のまま布団に寝転んで、メリーさんはポツリ。

 まぶたを閉じて異能を発動すれば地球に戻れるが、今はとにかく疲れていた。

 体はそれほど疲労していないが、精神面での疲弊が激しい。


「……守谷君」


 まぶたを閉じれば、彼の間抜けな顔が思い浮かぶ。

 同じクラスの男子で、クソ馬鹿で、どアホで、乙女心が読めない、大好きな人。

 だけど、自分以外の誰かが好きな人。


「……ばっきゃろぅ」


 どこの方言か分からない罵倒が、疲れきった口から出てくる。

 思えば、異世界での生活も現実逃避なのかもしれない。

 なにかに熱中していれば、その間だけは、守谷のことを忘れられるから。

 守谷に愛されている、あの女への憎しみも忘れられるから。


「……あたしって、ホントばかぁ」

「存じている」


 突然ドアが開いて、少年が姿を見せた。

 ど失礼な侵入者に、メリーさんはボソっと苦言を吐くのだ。


「女の子の部屋に入るなら、ノックぐらいしなさいよ」

「メリーよ。貴様は地球で失恋したそうだな」


 部屋に押し入った冥介は、布団の上のメリーさんに言う。

 それを聞いて、メリーさんはジト目でポツリ。


「九條君には関係ないことでしょ……ええ、そうよ。ものの見事に失恋したわよ。右ストレートでハートブレイク。ヘビー級のパンチでロマンチックがクラッシュ。乙女心は傷心ハートで、恋に染まったハートマークはヒビだらけよ」

「失恋で落ち込む姿など、貴様には似合わぬ」

「なにそれフォーロー? それで慰めてるつもり? かわいそうな負け組ガールのあたしを? ……ほっといて」


 頭から布団をかぶって、現実逃避のふて寝。

 現実を拒絶する布団の上から、冥介の言葉が浴びせられる。


「昔の男が忘れられないのなら――俺が忘れさせてやろう」

「…………」


 メリーさんは、布団をかぶっているので何も見えない。

 だけど、耳だけは聞こえる。

 不穏すぎる衣擦れの「しゅるっ」という音を、疲れた脳に届ける。

 マッハで意識が覚醒すると、聴覚はさらに研ぎ澄まされていく。

 衣服を畳に落とした「パサッ」という音や、ベルトを外す「カチャッ」という音も聞こえる。


 それは、脱いでる音。

 たぶん、冥介が服を脱いでる音だ。

 女の子の寝室で、冥介が服を脱ぎ捨てる音だ。


 つまり……

 現実逃避の布団から、目だけを出したメリーさんは。

 全裸の冥介に、冷め切った声音で言うのだ。


「失恋で弱った女の子を手籠めにしようとは、さすがのゲスね」

「昔の男を忘れるには、この方法が一番と考えてな」

「……いいわよ」


 無感情にメリーさんは呟いて、布団を「ぱさっ」とめくった。

 その場で立ち上がると、制服のブレザーを脱ぎ捨てる。

 ボタンを外してシャツを脱ぎ捨てる、背中に手を回してブラを足元に落とす。

 下も脱ごうとしたが、


「スカートは履いたままがいい? あと、パンツとか脱がせたい系?」

「貴様の好きにするが良い」

「そう」


 メリーさんは、自分でスカートとパンツを脱いだ。

 くしゃくしゃに丸まった布切れを、ポイッと枕の向こうに投げ捨てる。

 そして、布団にごろんと寝転がって。


「目……閉じてるから……好きにして……」

「ならば、俺の好きなようにさせてもらおう」


 まぶたを閉じる。

 全裸の冥介が、全裸の自分に覆いかぶさってくるのを感じた。

 もうどうでもいい。自暴自棄。

 彼との恋を諦める、何かのきっかけがほしい。

 メリーさんは、全てを受け入れるつもりでいた。

 不器用な冥介なりの優しさなのだろうと、ありがたく受け入れることにした。

 だけど、まぶたを閉じると浮かんでくる。

 クソたわけな鈍感バカで、自分がほしいと願った、大好きな男の笑顔が。

 流した涙を見られないように、メリーさんは枕で顔を隠した。

 そして、何気なく言った。


「初めてだから……痛くしないでね……」

「安心しろ。痛みはない」

「……九條君。ちょっといいかしら?」


 メリーさんは、枕で顔を隠したまま言葉を続けた。


「九條君の声って低音だったわよね? 女の子みたいに高い声だったっけ?」

「どうであろうな」

「あと、いまあたしの上に乗ってるわよね?」

「いかにも」

「九條君って、こんなに柔らかい肌触りだったっけ?」

「さぁな。自分の肌の質感など、これまで興味を持ったことはない」

「あと、かなり膨張してるわよね……胸とか」

「動きの邪魔にしかならぬが、胸の大きさだけは致し方ないな」

「……見るわよ」


 メリーさんは、枕の目隠しを外した。

 全裸のメリーさんに、全裸の美少女がまたがっていた。

 それは、つまり、


「九條君がぁぁぁっ!? 女の子になってるぅぅぅっっ!!?」


 全裸のメリーさんに、黒髪ロングで前髪パッツンの大和撫子がまたがっていた。

 上向きの美乳は推定Dカップで、腰回りは至高のくびれを魅せている。

 白くてキメ細やかな美肌は、どんな化粧品のCMよりも透き通っている。

 高貴で和風な見た目のイメージは、華族や皇族の子女だ。


 そして、

 右手には「のような」が握られていた。

 もぎたてのに他ならぬだ。

 魔法でをもいで女の子になった、全裸の冥介が言うのだ。


「先ほど、ギルドから連絡が来た」

「ど、どんな……?」

「魔法学園への入学だが、あいにく定員らしい」

「そ、そうなんだ……」

「いま空きがあるのは、魔法女学園だけだそうだ」

「へ、へぇ……」

「このままでは、なろうテンプレ通りに魔法学園に入学できない。そこで俺は考えたのだ――女になれば問題は解決すると」

「……で、その右手の名状しがたきのような……どうするのよ」


 全裸のメリーさんの頬を、一筋の汗が流れた。

 嫌な予感がする。嫌な予感しかしない。というか嫌なことが起きる。

 この場から逃げ出そうとするが、冥介――ではなく冥子ちゃんが、マウントポジションで裸体をホールドしているので、まったく動けない。


 全裸のメリーさんに、全裸の冥子ちゃんがマウントポジション。

 かなりアレな光景だが、冥子が握るは、さらにアレな代物だ。


 まさに、理想の男性器であった。

 その美しさは、完璧なる調和の生み出す美であった。

 大きすぎず小さすぎず、太くはないが細くもない。

 それは、まさに『美棒びぼう』である。


 女性の美しい胸を『美乳びにゅう』と表現する。

 九條冥介の股間から取り外された男性器は、まさに『美棒びぼう』なのだ。

 微棒びぼうでも、貧棒ひんぼうでもなく……待てよ。

 たしか、男性器における巨乳は『巨根きょこん』だったハズ……

 だから、正しくは『美棒びぼう』ではなく『美根びこん』で、『貧棒ひんぼう』ではなく『貧根ひんこん』で、『巨乳』のさらに上は『爆乳ばくにゅう』だから、『巨根きょこん』のさらに上は『爆根ばくこん』だったり……なんか攻撃力がヤバそう……とか、濃厚な描写をすると怒られそうなので、ここで終わりたいと思う。

 ビコーン、キョコーン、バッコーン、ヒンコーン。


 とにかく、冥子ちゃんは犬歯を剥き出しに嗤うのだ。

 新鮮なを頭上に掲げて、全裸のメリーさんに言うのだ。


「昔の男を忘れられぬのなら、いちど女をやめて男になってみるのも――」

「嫌よ! つーか、わけがわかんな――むごっ!?」

「クククッ。暫くのあいだ、メリーに俺の男性器を預けよう」

「むぐぅー!? もがぁー!?」

「男の快楽を得るなど多少の戯れなら許すが、傷を付けぬよう丁重に扱うが良い」

「ふぐぅー!? ひみゅー!?」


 顔に枕を押し当てられて、

 股間にらしきを押し当てられて。


 メリーさんは『処女』は捨てずに『女』だけを捨てた。

 そして……


 …………

 ……

 …



 翌日――

 魔法女学園に向かう、馬車の車内。


「あれが魔法女学園か! 異世界学園ラブコメに出てくる洋館風の外観だな!」

「はいです。無駄に巨大な闘技場が完備されているハズです」

「えっぐ……ふともも……閉じられない」

「メリ太郎よ。元男としてアドバイスしてやろう。アレを太ももの上に押しやるように足を閉じるのだ」

「はいです。アレがあっても日常生活は送れますから♪」

「ふぇぇぇーん」

「男になりたてのメリ太郎も、じきに慣れるであろう」

「ひっぐ……朝のトイレで……ズボンのチャックに……皮が挟まって……ひっぐ」

「この間抜けが。大事な俺のモノを傷つけるな」

「わかります。あれ痛いですよね♪」

「うぇぇ~ん」


 馬車の車内で、二宮メリ太郎が泣いていた。

 その容姿は、黒髪を短く整えた、男装の麗人と見間違うほどの美少年だ。

 冥介から純白の学ランを借り受けて着こなすメリ太郎は、お嬢様に仕えるイケメン執事の風情がある。

 九條冥子は、異世界から輸入した黒いセーラー服を着ていた。

 最初はメリーさんの制服を着ようとしたが、腰回りが細すぎるのと胸のサイズが大きすぎて着れなかったのだ。

 性転換前はBカップだったメリーは、自分より細くて胸がでかい冥子を憎んだ。


 馬車の車内では。

 アレを押し付けて性転換した美少女と、元々アレが生えてる都市伝説の美少女が。


「冥子ちゃん。女の子のトイレ作法って知ってます? 前から後ろに拭くんです」

「ほぉ? それは初耳だな」

「あとこれ大事なことなんですけど、女の子にはオリモ――」


 メリ太郎を無視して。

 わいわいきゃーきゃー、ガールズトークをしていた。

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