第13話「わたしメリーさん……………………なの」


 ゴブリンというモンスターは、侮れない雑魚である。

 単体では大したことはないが、ゴブリンは群れを作り、幼児程度の知恵を持つ。

 武器や防具を身につけ、毒や罠を操るなど戦術の概念を持つ。

 先進的な一部集団では、経済の概念や、原始的な宗教すら持つという。


 ゴブリンというモンスターは、人間と相性が悪い。

 高い繁殖力を持つゴブリンは、人間の女性を妊娠させる能力を持つ。

 巣穴に連れ去られた女性の運命が、どのようなものかは語るまでもないだろう。

 多くの女性は巣穴で命を落とし、奇跡的に救出されても心に傷を負う。


 そう――

 ゴブリンの巣に連れ込まれた、Aさんのように。

 Aさんは、ゴブリンたちの慰みモノにされた、地獄の日々を語る。


「私がゴブリンの集落に向かったのは、

 ゴブリンが雑魚モンスターであると聞いたからです。


 私は冒険者でした。

 いつか英雄譚の登場人物になろうと、冒険の日々を過ごしていました。


 幼なじみの勇者とは、将来を約束していました。

 Sランクの冒険者になれたら、海の見える教会で結婚式を上げようと。


 でも、彼はゴブリンに殺されました。

 私の所属するパーティーが挑んだのは――

 この地域で最大のゴブリンの群れだったのです。


 私は僧侶でした。

 毒槍で倒れた勇者の骸に、覚えたての回復魔法を唱え続けました。


 そんな私を……

 ゴブリンたちは……

 巣穴にしていた洞窟に連れ込み……


 暗く湿った不潔な穴蔵で、屈辱の日々が始まりました。


 毎日、ゴブリンの慰み者にされました。

 手足には粗末な木枷が嵌められ、与えられる食事も酷いものでした。

 地獄の日々を過ごす私は、自ら命を断つ勇気もなく、ただ現実を受け入れました。

 どうせ助けなんてこない。ここで朽ちるしかない。


 涙も枯れた頃――その人は来ました。


 巣の中のゴブリンが慌てだして、今までにない大騒ぎが起きました。

 ゴブリンの巣は、まさにパニックでした

 総数1000匹を超える、巨大なゴブリンのコロニーに。

 かつてない危機が訪れたのです。


 危機を招いた侵入者は、人間の少年でした。

 黒髪の少年が、ゴブリンの巣穴に足を踏み入れたのです。


 はじめに見えたのは、闇に鮮やかな純白の衣装でした。

 幾度となく返り血を浴びたであろう衣装は、真紅と純白のまだら模様でした。


 つぎに目撃したのは、嗜虐に歪んだ少年の笑顔でした。


 惹き込まれるほど美しく、

 吐き気を催すほどおぞましく、

 死を覚悟するほど恐ろしい。


 それは、救世主ではありませんでした。

 ゴブリンの巣を襲撃した彼は、私を助けに来たのではないのです。


 ――殺しに来た。


 彼は、ゴブリンを殺しに来ていたのです。


 正義や仁義は欠片も考えず、己の歪んだ欲求を満たす為だけに。

 その少年は、単独で千匹のゴブリンが跋扈する、不潔な洞窟を襲撃したのです。


 私の目の前で、黒髪の少年は刀を一閃しました。

 ゴブリンの首が切断されました。

 切断面から吹き上がる血潮が、低い天井に当たって垂れました。

 二挺揃いで扱われる短い杖からは、雷鳴のような轟きと火焔が噴出しました。

 少年が動作するたびに、ゴブリンの骸が増えました。


 虐殺を続ける少年が、私の存在に気づきました。

 ニヤッと嗜虐の笑みを浮かべて、パチンッと親指を鳴らしました。


 すると、四角い箱が出現しました。

 箱は不思議な魔法で稼働しているらしく、別の場所の景色を映し出していました。

 森の中にある、古びた井戸の映像でした。

 白い衣装を着た少女が、地面を這ってこちらに迫ってきます。


 前面にガラスが張られた箱から、


 白い衣装を着た、

 黒髪の少女が、

 にゅるっと、


 こちらの世界に、侵略してきたのです。


 恐ろしい少年は、私を箱の中に押し込ました。

 その箱は、転移魔術か何かの触媒だったのでしょう。

 気づけば私は、ゴブリンの巣となっている洞窟の外にいました。

 少年と少女も、洞窟の外にいました。


 純白の衣装をゴブリンの臓腑で赤黒く染める少年は

「巣穴には、あと何体のゴブリンがいる?」

 と、私に訪ねてきました。


 私は、少年が恐ろしくて声が出ませんでした。

 怯える反応を「まだたくさんのゴブリンが生き残っている」と受け取ったのか。


 ニヤニヤと嗤う少年は、私に兜を渡してきました。

 顔全体を覆うデザインの兜で、息を吸い込むたびに「シュコー」と音がしました。


 私に、風変わりな兜を被せた少年は、

 傍らの少女に「始めろ」と、愉しげに命じました。


 少女は「ガスボンベ」という、不思議な道具を操作しました。

 洞窟の入口に向けて、何本かの「ガスボンベ」が放り込まれました。


 しばらくすると――


 巣穴の奥で防衛線を敷いていた、ゴブリンが飛び出しました。

 口から泡を吹きながら、瞳は充血して真っ赤で、今にも死にそうな様子でした。


 嗤いながら「他の出口は、爆薬で塞いである」と言いました。

 ニタニタと「毒ガスに炙られても、逃げ場所はこの出口しかない」と言いました。

 嬉しそうに「ぶろーにんぐ・えむつー・じゅうきかんじゅう」という。

 これまで見たこともない、鋼鉄製の兵器に手を添えました。


 外観をしいて例えるなら、設置型の大型機械弩「バリスタ」に近いです。

 鋼鉄の兵器に手を添える少年は、喜色に満ちた表情で言いました。


「ゴブリンの未来は2つだ――毒ガスで死ぬか、こいつの昼飯になるか」


 虐殺が始まりました。

 雷を思わせる音が連続で轟いて、ぶろーにんぐの先端から焔が出ました。


 未知の魔法は、死にかけたゴブリンを殺しました。

 次から次に、ゴブリンを蹂躙しました。


 凄まじい威力の魔法でした。

 腕に当たれば腕がちぎれ、頭に当たれば頭が破裂し、岩でも盾でも砕きました。

 どんな防具でも、その魔法を防げないと思いました。


 少年は、愉悦混じりの口調で

「100m先にある、厚さ20mmの鉄板も貫通する」

 と、言いました。


 私は、恐怖に震えて何も言えませんでした。

 ニヤニヤと嗤いながら、未知の兵器でゴブリンを殺し続ける少年の姿が。


 私には――

 ゴブリンよりも恐ろしいバケモノに思えたからです」


 ………………

 …………

 ……

 …


「冒険者のギルドにようこそ。

 あら、駆け出し冒険者の九條冥介さんね。

 初心者クエスト「ゴブリンを3体討伐しよう!」をクリアしたの?

 ごくろうさま。報酬の「皮の盾」よ。

 ところで、九條冥介さん。

 あなたは、全ての初心者クエストをクリアしたわね。

 ということで、はい。

 ギルドに正式登録した証、ギルドカードをプレゼントよ。

 再発行には50Gが必要だから、無くさないでね」


「ありがたく頂戴しよう。ところで受付嬢よ。正式なギルドメンバーに認められた俺は、なろうテンプレ通りに行動すべく、魔法学園への入学を希望したいのだが?」

「承ったわ。学園には入学希望の申請を出しておくわね」

「クククッ、迅速に頼むぞ」


 ニタニタと嗤いながら、受付嬢に進路希望を告げる冥介。

 それを眺めながら、メリーさんは思うのだ。


「剣と魔法のファンタジー世界で、毒ガスを実戦投入するとか……」

「大丈夫ですよ。異世界は毒ガスや化学兵器の使用を禁じた『ハーグ陸戦条約』を批准していませんから♪」

「イドちゃん……あのガスボンベ、側面にヘブライ語が書かれてたけど」

「入手経路は秘密なんです、えへっ☆」


 和やかに会話する都市伝説の少女たちに、冥介は言うのだ。


「少し時間ができたな。メリーよ、時間つぶしに適した、なろうテンプレな展開はあるか?」

「そうね……せっかくだし、覚えてみる?」

「ほぉ? 何をだ?」

「決まってるでしょ。異世界の醍醐味――魔法よ」

「クククッ」


 メリーさんは、この時は知らなかった。

 井戸娘が、金にモノをいわせて『禁呪』が記された魔導書を購入してたことを。

 それはもう、ロクでもない禁書を所有していることを。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る