第2話「わたしメリーさん……硝煙と血潮をこよなく愛する雌犬なの」

「呼ばれてみれば、物騒な異世界ね」

「はいです。散らばる骸の装備から察するに、技術水準は高くなさそうですが」


 ふいに現れた、奇異な服装をした二人の少女。

 短い会話のやり取りから察するに、二人の少女は異世界から来たらしい。


 ――なぜなの?

 ――私が召喚したのは1名のはず。


 首筋に刀を添えられる姫君が、理解不能な状況に悩んでいると。

 騒ぎを聞きつけた兵士たちが、玉座の間に流れ込む。


 だが、


「俺が言わずとも、ふたりとも分かっているな?」

「ええ。あたしに任せて」


 白いワンピースを着た少女が、トトンッとステップを踏んで前に出る。


 かわいい女の子だった。

 黒髪ショートで真面目な雰囲気、イメージは近所に住む幼なじみ。

 基本ツンツンでも、頭を撫でるだけでデレてしまう、チョロい系のヒロインだ。

 そんなメリーさんが握るのは、純白の色彩が目に眩しい日傘だった。

 皮膜に防弾繊維を採用し、骨組みは強固なチタン製。


 そして――


「穴あきチーズにしてあげる」


 メリーさんの日傘から、ドパパパパッ!!!と連続した射撃が放たれる。

 玉座の間になだれ込んだ兵士たちが、次々と斃れていく。


 メリーさんの日傘の軸は、ライフルの銃身だ。

 高威力の7.62×51mm弾を連続発射する、兵器の構成部品に過ぎない。

 薙ぎ払うように放たれた掃射は、兵士をドミノ倒しのように殲滅していく。


 だが、


「――腕の立つやつがいるようね」

「いかにも」


 片手に水晶球を持った、怪しげな風体の男が立ちはだかった。

 男の周囲には、淡く光るバリアーらしきもの。

 それは、


「手品にしては出来が良すぎて、魔術というにはしょぼいわね」

「吾輩は魔術師ヌメッホ。中位に階する魔導の使い手なり」

「素敵な自己紹介をありがとう」

「ねえ、メリーちゃん。あいつ、私にやらせてよ」


 メリーさんを制して前に出たのは、白装束を着た黒髪ロングだった。

 スレンダー体型で、憂いのある大和撫子な容姿。

 母性を感じさせる表情からは、知的で頼りになるお姉さんの雰囲気が漂っている。

 井戸娘と呼ばれる美少女は、キュートな瞳を「くわっ」と見開いて。


「あなたのハートに侵略☆しちゃうぞ!」

「ふぐぉっ!?」


 ヌメッホと名乗る魔術師が、足の小指に走った激痛で呻いた。

 視線を下げると、前面にガラスが張られた四角い箱が小指を潰している。

 それが「ブラウン管テレビ」と呼ばれる家電であることを、ヌメッホは知らない。

 ただ、それが質量兵器として恐ろしいことが分かった。

 つまり、ぶつかると痛い。


「あぁ……あっ……」


 首筋に刀を添えられた姫君は、震える喉で不明瞭な音を紡いだ。

 テレビが浮かんでいた。

 井戸娘の周囲に、光り輝くブラウン管テレビが、無数に浮かんでいたのだ。

 腕を組んで貧乳を寄せて上げる井戸娘は、愉悦に満ちた口調で言った。


井戸娘の昭和遺産リング・オブ・スクエア――デカくて重たいブラウン管テレビを召喚して、自在に操る井戸娘の異能なんです」

「なんという……でたらめな魔術……」

「CDやDVDなど、光ディスクに追われてVHS方式のビデオは滅びました。でも、古き良きVHSの時代を象徴する都市伝説は滅びない! ゆけ、ブラウン管! 邪魔くさいデカさで押し潰せっ!!」

「ぐおぉぉぉ!」


 無数の召喚陣リングから、古めかしいブラウン管テレビが放たれる!

 凄まじい疾さで射出された四角い箱は、床に、壁に、ヌメッホに命中して、地味に人ぐらい殺せるダメージを与える。

 放たれたブラウン管テレビは、キラキラと輝く光の粒子となって消滅する。

 ブラウン管テレビの、連続射出。

 当たれば痛い単純な技であるが、当たれば人を楽勝で殺せる恐るべき奥義だ。


 だが、今回は「痛い」で済んだ。


「貰ったァァァ!」


 あたまにたんこぶを作りながら、魔導師ヌメッホは手にした杖を振りかざす。

 放たれたのは、ベギラーマという魔法だった。

 高熱量の光線を放って、対象を焼きつくす実用的な攻撃魔法だ。


 しかし、


「えへ、甘いです」

「なにっ!?」


 井戸娘は、宙に浮かんだテレビ画面のひとつに吸い込まれる。

 確死の熱線は、古びた家電を焼きつくすだけ。

 画面の世界に逃れた井戸娘には、一切のダメージは与えられない。


 攻撃を無力化されたヌメッホは、背後に何かが出現したのを感じた。

 後ろを振り返る。

 100台近いテレビが空中に浮かんでいた。


 異様な光景に、ヌメッホは息を呑む。

 なんだアレは。あのガラス張りの箱はなんなのだ。


 驚き狼狽するヌメッホは、テレビの電源が入るのを見た。

 100台近いテレビが、一斉に点灯したのだ。

 100台近いテレビ画面に、100人近い美少女の笑顔が映しだされる光景を。

 寸分変わらぬ100近い美少女の笑顔が、自分1人に向けられるのを。


 言葉を失っていると、画面の中で美少女が笑った。

 くすくす、くすくすと、


 100台近いテレビが、100人近い美少女が、100人の怨霊が。

 くすくす、くすくす、くすくすくすくす。


 そして、伸びてくる。

 100台近いテレビ画面から、

 細い指が、細い腕が、白い指が、白い腕が、井戸娘の腕が、

 腕が、腕が、腕が、腕が、


「ひゃっ……ひゃぁぁぁぁぁぁぁっっ!」


 恐怖に絶叫したヌメッホは、その場で失神してしまった。

 すると、たくさんのテレビは消滅して。


「てへっ☆ やりすぎちゃいましたかね?」


 1台だけ残ったテレビから。

 照れ顔のイド娘が、上半身をブラウン管から伸ばして「てへぺろ☆」。

 カタツムリっぽくて、微妙にキモい。

 戦いを黙して見守っていた冥介は、茫然自失でお口あんぐりの姫君に言った。


「貴様に説明を命じよう。俺をこの世界に召喚した理由を」

「……は、はいっ」


 でたらめな強さに震えながら、姫君はかすかな期待を抱いていた。


 ――この人達なら勝てるかもしれない。


 臣民を混乱に陥れている、異世界から迷い込んできた怪異にも。

 姫君(推定Eカップ)は、わななく喉で言った。


「異世界の妖怪――てけてけが……」

「ほぉ?」


 冥介の目元が、嗜虐の愉悦に細まった。

 ――妖怪「てけてけ」。

 それは地球でも有名な都市伝説、人にあらざる怪異だったからだ。

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