その3(全3回) 援軍は、たった102名なのか!?

 2つの人影の調べは、すぐに終わった。


「両名とも、帝国軍に所属する軍人であることはまちがいない」


 というわけで、2人はフミト皇太子の執務室に案内された。


 大きな人影は、アルキンという。がっちりとした体格の大男で、年齢は30代になったばかりとのことであった。


 階級は帝国軍の大尉。「百人隊の隊長」らしい。


 小さな人影は、クリーという。ほっそりとした少年で、まだ15歳らしい。


「階級は大佐!?」


 ヤマキ中将は、あどけないクリーの表情をまじまじとながめる。


 目つきはしっかりしているが、体つきは丸みをおびており、武芸に通じているようには見えない。


「失礼だが、15歳で大佐ともなりますれば、皇族か、やんごとなき家柄のご出身か?」


「ミン族の者だ」


 クリーは、そっけない感じで答えた。


 しかし、その声色にはあどけなさが漂う。


 ミン族と言えば、数世代前に異世界から移住してきたと言っている少数民族だ。


 その伝承によると、もともとミン国に居住していたが、あるとき東北からジン国が侵略してきて、ミン国は大混乱におちいった。


 このとき、「桃源郷とうげんきょうにつながる」と言われている洞窟をぬけ、こちらの世界に避難してくると、そのまま住みつくことになった。


 そして、祖国の名をとり、「ミン族」と名乗るようになる。


 洞窟はと言うと、数十年前の大地震で崩壊したらしい。


 まあ、眉唾物まゆつばものの話だ。


「しかし、こんな役職と言うか、任務と言うか、聞いたことがないぞ」


 ヤマキ中将は、けげんそうに文書を見ている。


 それはクリーの所持していた帝国軍の辞令で、こう書いてある。


『クリー・ミンを近衛兵団このえへいだんづき情報参謀じょうほうさんぼう補佐ほさけん特命とくめい勅使ちょくし代理だいりに任ず』


「たしかに、おもしろい」


 フミト皇太子は笑う。


 クリーはクールな表情をくずさない。


「しかし、近衛兵団と言えば、おばあさまの護衛役だが、きみはおばあさまとも会ったのか?」


「会った。そして、頼まれた。殿下のことを生還させてほしいと」


「そうか……。まいったな。おばあさまに言われると、決意がにぶる」


 苦笑いするフミト皇太子。


「それと殿下宛てに、手紙をあずかった」


 クリーは懐から書状をとりだし、フミト皇太子の前にひざまずくと、うやうやしく差し出した。


 フミト皇太子は、最後まで目を通す。


「クリー大佐は、おばあさまのお気に入りのようだね」


 笑顔で言いながら、手紙をヤマキ中将に渡した。


 そこには、フミト皇太子の身を案じる言葉、それから兄弟の不仲を嘆き、仲良くなる日を毎日のように神仏に祈っているという言葉、そして最後に書いてあったのは――。


『連邦のもくろみが発覚してすぐの話です。わたくしの古い友人に援軍を要請しました。クリーは、千軍万馬にも匹敵するでしょう』


「よく分からないのだが――」


 ヤマキ中将は、めずらしく困ったように言った。


「――取調官から、クリー大佐らは援軍に来たと言っていると報告を受けたが、それは真実か?」


「はい。まちがいない」


「その援軍とやらは、今どこに? また規模は?」


「規模は102名、残り100名は配置についている」


「「102名!?」」


 フミト皇太子も、ヤマキ中将も、あっけにとられた。


「アルキン大尉は、百人隊の隊長でしたね」


「うむ。――失礼いたしました。さようでございます。殿下」


「となると、クリー大佐、アルキン大尉、そして百人隊の戦士たち。これが援軍の総勢……?」


「はい」


 クリーが、ぽつりと言う。


「中央の連中は、自分らをバカにしておるのかっ!?」


 ヤマキ中将は、歯ぎしりしながら悔しがる。


(中将、それは大佐と大尉に失礼だぞ)


 フミト皇太子は思ったが、声に出なかった。


 さすがのフミト皇太子も、がっくりしていたのだ。


 少しは期待していただけに。


(もはや自決しかないか)


「戦争は数ではない。道理が支配する」


 クリーが言った。


「「?」」


「わたしが来た以上は、必ずや敵軍を退けて見せる」


「クリー大佐、貴様は軍人としての敢闘精神を言っておるのかもしれん――」


 そう言うヤマキ中将は、あきれたような口ぶりだ。


「――自分もその大切さは認める。だが、わずか3万と、まあ正確には3万をきってしまったが、それに加えて102名の兵力で、数十万の敵に勝てるとでも?」


「勝てるとは言わない。だが、道理に従えば、少なくとも負けない」


「その道理とは、なにか?」


「わがミン族の故郷に伝わる昔話だが――」


 かつて強盛なウェイ国が、遠征軍を出して、ジャオ国に侵攻した。ジャオ国は、あわててチー国に援軍を要請する。チー国は、要請を受け、出兵した。


 このとき、チー国の軍師として、孫臏スンピンが従軍していた。ここでスンピンの作戦を説明する。


 まず捨て駒の部隊を編成して、ウェイ国の要害を攻撃させ、わざと敗走させた。この結果、ウェイ国軍の将軍は、「チー国、恐るるに足らず」として、油断する。


 それから主力部隊でウェイ国の首都を攻撃した。もちろん陥落しない。


 ウェイ国軍の将軍は、「チー国軍め、へなちょこの分際で、なまいきなことをしおって」と怒る。そして、首都の救援にかけつけるため、みずから足の速い軽武装の兵士だけをひきつれ急行した。


 このときチー国は、ジャオ国からウェイ国に向かう途中にある谷間に伏兵をおき、ウェイ軍をまちぶせた。先を急ぐ軽武装のウェイ軍は、これに気づかず、谷間でチー国軍に奇襲されて壊滅し、その将軍は捕虜となった。


「で、なにが言いたい?」


 ヤマキ中将は、話の長さにうんざりしたのか、イライラしている。


「今の窮地を脱する作戦について、説明している」


 クリーは表情ひとつ変えず、たんたんとこたえた。


「ははは。おもしろいことを言う。この厳重に包囲された状態で、捨て駒の部隊を出すのか? すぐに見つかってしまうぞ。貴様の作戦は、最初の段階から失敗だ」


「違う。わたしの紹介した戦例が教えてくれるのは、敵を油断させ、誘導し、術中におとしいれれば、相手が強盛でも勝てるということ」


「は?」


 ヤマキ中将のイライラは頂点に達している。


 と、ここで、フミト皇太子が口をはさんだ。


「つまり、策があるということだね?」


「はい」


「では、その策とやらを聞かせてもらえないだろうか」


 * * *


全文訳『孫臏兵法』擒龐涓

 以前、魏国の恵王が邯鄲(趙国の首都)を攻めようとして、将軍の龐涓に8万人の完全武装の兵士を率いさせて茬丘に行かせました。斉国の威王は、これを聞いて、将軍の田忌に8万人の完全武装の兵士を率いさせ、~の境界に行かせました。

 龐涓は、衛国を攻め~。将軍の田忌は、~衛国~と衛を救援~。しかし、衛国を救援することは、命令に反することになります。

 田忌は言いました。

「もし衛国を救援しないなら、どうしたらよいだろうか」

 孫子は言いました。

「南下して平陵を攻めてください。平陵は、城としては小さいですが、県としては大きいところです。人口は多く、兵力も強く、東陽地区の重要な場所で、攻めにくいでしょう。そこで、わがほうは偽装して敵をだまそうと思います。わがほうが平陵を攻めれば、南方には宋国があり、北方には衛国があり、その途上には市丘がありますが、これはわがほうの補給路が遮断されるということです。わがほうとしては敵にわが方が軍事を知らないように見せかけられ(敵を油断させられ)ます」 

 そこで田忌は、陣営を移動させて、平陵に急ぎました。~陵に~、田忌は孫子を呼んで質問しました。

「作戦としては、どうすればよいだろうか?」

 孫子は言いました。

「現場で指揮をとっているすべての貴族のなかで、だれが軍事を知らないですか?」

 田忌は言いました。

「斉城と高唐だ」

 孫子は言いました。

「~のところを取り、~2人の貴族~によって~蔵~都横巻、いずれも環涂に達しており~横巻は布陣しているところであり、環涂は戦車と兵士がいるところです。わが方の先鋒が強力で、本隊が続いているなら、環涂からの軍隊がその背後を撃破し、2人の貴族は殺されるでしょう」

 そこで田忌は、斉城と高唐のそれぞれに部隊を指揮させ、まっすぐ平陵の城を攻撃させます。すると挟笹と環涂からの軍隊が斉城と高唐の部隊を挟み撃ちにし、斉城と高唐の部隊は途中で大敗しました。

 将軍の田忌は、孫子を呼んで質問しました。

「私は、平陵を攻めてうまくいかず、しかも斉城と高唐を失い、途中で失敗した。作戦としては、これからどうすればよいのだろうか?」

 孫子は言いました。

「軽快な戦車を西に走らせ、大梁(魏国の首都)付近に行かせ、敵を刺激して怒らせてください。また、兵士を分散させて好き勝手にさせ、わがほうの兵力がわずかであるかのように見せかけてください」

 そこで田忌は、そのとおりにしました。

 龐涓は、(それを見て、斉軍をたたきつぶすチャンスだと思い)スピードの遅い輸送部隊を置き去りにし、昼夜兼行で斉軍のほうへ急行します。孫子は、間髪をいれないで龐涓の部隊を桂陵で迎撃して、龐涓を捕虜としました。

 以上のような理由で、「孫子の戦い方は、パーフェクトだ」と言われるようになりました。

 以上406字(原文の漢字の字数)。

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