第16話 魅力的な瞳

彼女がいつ食事をしているのか謎だった。僕の前ではいつもワイングラスを傾けて、赤い色に透かした光景を見ていたから。一人暮らしと聞いていたが、あまりの広さに驚いた。4LDKの間取りに高級家具や壁には有名な絵画が飾られている。世間知らずの僕には眩しすぎて目が潰れそうだった。美琴さんは僕をリビングに通すと待つように告げた。


だだっ広い部屋に一人残して、美琴さんは一つの部屋へと姿を消した。時刻は真夜中の0時を少し過ぎていた。インテリアにこだわった部屋模様、外と部屋では空気さえ違う。風俗店の事務員がこんな高級マンションに何故住めるのか不思議だった。を貰っているのか?それとも彼女は鏡さんの愛人かもしれない。


絵に描いたような高級な暮らしに、自然とよからぬ想像をしてしまう。革製のソファーに腰を沈めても、ボロアパートに住んでいた僕には座り心地が悪かった。普通なら座り心地は最高に良いと決まってる。だけど僕の肌には合っていない。きっと今の僕には擦り切れた畳で十分なんだろう。こめかみ辺りから一筋の汗が垂れた時、美琴さんが服を着替えて戻って来た。肌がうっすらと見えるぐらいのワンピースに生足というスタイルだった。その姿に生唾を飲み込んで喉が鳴ってしまう。ゴクリゴクリとキッチンでコップに入れた水を飲む彼女に、僕の生唾を飲む姿が妙に被った。


「お腹空いたでしょう。すぐに用意するから待っててね」


今から作るのか?と思う前に、僕は他ごとを考えていた。寒がりのくせに、美琴さんの格好は薄着に近い。そう思ったけど、部屋の中はすでに暖房が効いていると音で気づいた。それならうっすらと額に汗を掻いた理由も納得できる。僕は長袖を脱いで、ソファーの背もたれへ橋を掛けるように置いた。半袖一枚になると、美琴さんが僕の姿を見つめていた。


「僕ちゃんには暑いかしら?私の肌に合わせているからね。我慢してちょうだい」と冷蔵庫の中身を確認しながら言った。


平気ですと言ってから、僕は美琴さんの手際の良さに目を離すことができなかった。あっという間に、美琴さんは次々とダイニングテーブルへ料理を並べた。キュポンという軽やかな音が聞こえて、完成された料理が並び終わる。軽やかな音の正体はワイン。美琴さんはワインガラスを二つ並べて、タイムカードを差し込んだ時に感じた、魅力的な仕草でワインをグラスに注いだ。瞳で人の心を動かすことは、魅力的な女性しかできないだろう。僕は瞳の合図を本能で感知して、ダイニングテーブルに並んだ料理を、ソファー前のテーブルへ運んだ。


「上出来よ、僕ちゃん」と美琴さんはワイングラスを揺らしながら言った。


僕は褒められることに慣れていない。だからこそ、美琴さんに褒められることは、性にも似た快感を感じるのだった。僕の心は完璧に鷲掴みされていた。もう一度言おう。僕は美琴さんに心を鷲掴みされたんだ。

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