第13話 初恋の予感

事務所へ来るように言われたので、その足で事務所に向かった。女性たちの部屋を通り過ぎた時、彼女たちの姿はすでになかった。時刻は真夜中、この時間帯の店は静かな雰囲気が漂っていた。照明の消えた廊下にはフクロウが隠れている雰囲気もあった。よくよく考えたら、店の女性はユリさん意外、僕は誰とも会っていない。だから頭の中で考えたのはアゲハさんという女性。まあ、単なる興味本位である。とにかく今日は疲れた。身体は疲れていなかったけど、初めてのことばかりで気疲れがあった。


ヒロさんの姿もなかったので少し寂しい気もしたが、色々と教えてくれたヒロさんには感謝していた。この職場が以下に世間から勘違いされているか、だけど実際はどんな仕事も同じもんだと思った。高校も行かなかった僕と、大学まで行ったヒロさんで冴え、同じ職場で働いているのだ。


着替えるのが面倒だったので、制服のままで事務所の扉をノックした。失礼しますと、部屋に入ると、タイムカードを手に持った美琴さんが立っていた。その姿に見惚れたのは、僕が第一印象で感じた姿を見せてくれたからだ。白くて細長い腕に指先まで美しい比率を残して、魅力的にタイムカードを差し込んだ。タイムカードに時間を印字する軽い音が部屋に響く。


それは仕事を瞬間的に終わらせる音であり、魅力的な時間を終わらせる合図でもあった。僕の瞳の奥を覗き込むように、美琴さんの瞳が透明なピアノ線となって繋がれた気がした。胸はドキドキしていた。初恋という恋を知ったようにも思えた。この年まで初恋はなかったけど、この数秒間で初恋の恋を感じた。お疲れ様と言われても、僕はハンサムにお疲れ様と返せないぐらい胸の鼓動を気にしてるーーと言うか緊張していた。


「まだ着替えてないの。早く着替えてきなさい。それから仕事終わりはタイムカードを押しなさい。ほら、突っ立ってないでさ」と優しい口調に妙な色気を混ぜていた。そんな風に感じたと脳内で分析している。


「いや、着替えなくてもいいです。そのまま帰ろうかと思ってたんで」


「嫌よ。私のマンションに入る時は着替えるのがルールよ。それに汗も掻いてるでしょう」


美琴さんの言葉に、僕はあまり理解していなかった。それにマンションに入る時は着替えるのがルールと言われても……


「僕ちゃん、忘れてるんじゃないの。今日から私のマンションに住むのよ。ここに来た時、鏡さんに言われたでしょう。だから……」


「ちょっと待って下さい!!その、大丈夫ですよ。確かに忘れてましたけど、今日は自分のアパートに帰ります。だから……」と焦る僕に対して、「だからって、僕ちゃんの借りてたアパートに帰れないわよ。君が仕事をしてる間に解約したから」


「えっ!?どうやって……?」


「ここで働いてる黒川くろかわさんがしてくれたのよ。まだ僕ちゃんは会っていないわよね。ウチで働いてる男はオーナーの鏡さんに、専務の関田さん。そして世話役の黒川さんと従業員のヒロくんよ。僕ちゃんは一番の下っ端ね。わかったら着替えて来なさい」と笑う美琴さんには逆らえなかった。


僕は確実に、初恋の恋を感じた瞬間に揺れていた。

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