第36話 ミオは賞金首になった理由を知る

「ダイ?」


 あたしは視線をそらさずに声をかける。

 本当は視線を外したくて仕方がない。ぞっと胸の奥で恐怖が湧き上がってくる。なによりダイとこんな場所で二人きりということが恐怖感を煽る。


「仮定の話だ」


 もしも。

 もしもダイが敵側の人間だとしたら。

 敵、という言葉が適切かどうかはわからないけれど。

 ジョンとあたしを追い回している側の人間なのだとしたら。

 あたしがここにいるのは最悪の状況だということだけはわかる。


「仮定の話、ね」


 声が震えないように腹に力を籠める。

 ユニオンの現地スタッフでさえ敵に回った。

 ここまでがうまく行き過ぎているのだとしたら。

 すべてが仕組まれたことなのだとしたら。

 腰のベルトを触るふりをしながら、背中に仕込んだブーメランに指を伸ばす。


「――簡単には渡せないわね。こっちは二年もあれのお守をしてきたんだから」

「二年か。長いな」

「そうよ。だから金額に直すとしたら天文学的な数値になるわね」

「それでもいいと言ったら?」


 ダイの表情は変わらない。

 なんでこんな場所でこんな緊迫した状況に陥ってんのよ、ほんと。


「ねえ、なんでそんなにあれを欲しがるわけ?」

「……ここまでの話を聞いてわからない君じゃないだろう?」


 わかってる。

 ハルが言ってた。

 内乱の際に擁立された王族と同じ顔のアンドロイド。

 しかも本人と入れ替われるほど高精度の。

 誰かがもう一度内乱を起こそうとしていたとしたら。

 再び彼を王族として使おうと思っていたら。

 都合よく使えるジャンを欲しがることだろう。

 だとしたら、ダイは内乱を望む側の人間なのだろうか。

 ハルはジョンと同じ顔の男の死亡通知を辛そうに口にした。

 おそらく、ジョンと同じ顔の男を利用されることを、ハルは望まない。――ただの勘だけど。


「この国に内乱の兆しはあるの?」

「さあね。俺にはよくわからない」

「じゃあ、ハルはそう思っているの?」

「知らん。ハルに聞け」

「……王族になれるほど優秀じゃないわよ? アレ」

「構わない」

「ねえ、ダイ」


 あれから視線を外すことなくあたしとダイは対峙している。一歩も動かず。

 きっと視線を一瞬でも外したらあたしの負け。


「なんだ」

「……ハル、遅いね」

「ああ、そうだな」


 そうだ。あそこで別れてからもうずいぶん経ってる。

 ジャンに送ったメッセージはもう届いているはずだし、もうこっちに到着していてもおかしくないんじゃないの?

 そもそも、ジャンに送った位置情報は間違っていないのだろうか。

 そこまで考えて、嫌なことに思いあたった。

 この場所までの誘導路はダイが送ってくれたものだ。

 それが差し替えてあったら?

 その場所にハルが一人で行っているとしたら?


「ジャンも遅いし。この場所、ちゃんと伝えてくれたんでしょうね」

「ああ」

「なら、どうして来ないのかな」


 ダイは答えない。

 その代わり、一歩あたしのほうへ歩み寄ってきた。同じだけ、後ずさる。


「なんで逃げる」

「あんたが寄ってくるから」

「答えになってねーな」

「そう? そんな顔をしてれば誰だって怖がると思うけど?」

「そうか」


 まるで人ひとりにらみ殺そうとしてるみたいに、目に力を入れて。


「なあ、あんた」

「何?」

「知ってるのか?」

「何をよ」

「……あんたが命を狙われてる理由」


 口を開きかけて閉じる。

 ちょっと待て。

 今の話の流れからいきなりそれに飛ぶわけ?

 それって……あたしが賞金首になった理由、ジャンなわけ?


「いきなり何言い出すのよ。知ってるわけないでしょ?」


 あたしが死ねば、ジャンの所有権が宙に浮くから?


「じゃあ、少しは考えろ」

「知らないわよ」


 あんな高額賞金かけられた理由がそれなら、わからなくもない。

 あたしに天文学的な金額を支払わずに済む唯一の方法。

 それに比べれれば、賞金額なんて雀の涙だ。

 何しろジャンの代金よりも安いんだもの。

 また一歩、ダイが歩み寄ってくる。

 同じだけ下がる。


「その理由を知らずに死にたくないだろう?」


 それ、殺害予告にしかきこえないわよっ。


「あんたはそっちの人間なわけ」

「そっちっていうのはどっちかな」

「……そうね、あたしを殺してでもアレを欲しがる側の人間ってこと」

「さて、どうだろうな。ただ」


 いきなり三歩進んできた。


「そういう奴は少なくないってことだ」


 思わず三歩下がった途端、足元が崩れた。

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