第35話 ミオはアンドロイドの値段を語る

 セーフハウスとやらは、下にあったボートハウスよりは広く、少し張り出した場所に建てられていた。

 あたしはダイのあとを歩きながら、地底湖のほうへ視線をやる。


 ――ここに家を建てた人、絶対この眺望にほれ込んだに違いない。


 この広い地下空洞は基本、手つかずだ。当然明かりで照らされているわけじゃない。

 南のほうに大きく口が開いていて、そっちから明かりも風も入ってくるのだそうだけど、広すぎるので当然あたしたちがいる場所までは恩恵は来ない。

 なのに。

 なぜかあたしの眼下には人の作り出した明かりがうねうねと道を作り出している。


「ねえ、これって」

「なんだ?」


 セーフハウスの入り口のバリケードを取り除いていたダイが振り返る。あたしはダイに光のほうを指さした。


「あの光。……ここ、ライトアップとかしてないよねえ?」


 あたしが指さしているのは少し上の階層だ。明らかに大容量照明を駆使して壁面を照らしている。


「ああ、あれか。……一時期ここを観光地化しようって話があったんだ。その時に一部の政治家が先走った結果だ。確か外に配置した蓄光パネルからエネルギーを送っている」

「へえ」


 観光地化。

 確かに、この広さがあれば地下空洞遊園地とかできそう。ただ、ライトアップと排気にコストがかかりそうだけど、夏場とかは涼しくていいよね。

 ここのセーフハウスも実は元は避暑地のつもりで建てられたのかもしれない。


「で、それどうなったの?」

「政治家と地下の買収を進めていた企業の癒着が表ざたになって頓挫した。まあ、地下はだれのものでもないから、買収って言っても紙ぺら一枚書いてもらうためにカネを積んだってところだな」

「なるほどねえ」


 あたしはぐるりと空間を見回しながらうなずく。

 観光でもっているホウヅカにとっては、集客数が見込める遊園地の建設話は美味しい話だっただろう。とりわけ、ここ数年はその集客数も目減りして、収入はがた落ちしている。

 おそらく、誰も所有権を持たない地下の空洞なら、開発許可は比較的出やすいだろうと踏んだのだ。

 そして、政治家サイドとしても、このままホウヅカが観光地として食っていくためには新しい目玉が欲しかったのだ。


「それっていつぐらいの話?」

「地下の開発話は発見当初からあった。埋め立てるって話もなかったわけじゃないが、一銭の儲けにもならないことに出せる金額じゃなかった」

「そうだろうね。こんだけの空間、埋め立てるくらいなら天井ふっ飛ばして谷にしちゃえばよかったのに」

「お前……意外と過激な奴だな」


 そう言うとダイはバリケードを崩す作業を再開した。


「で、その頓挫したのはいつ頃?」

「三年前だったか。別に地下に立ち入るのは制限されてなかったから、先走った企業側が人を入れて測量を始めたんだ。その時に、明かりがないと困るからっていうんで設置されたのがあれだ」


 ダイが指さしたのは反対側の壁だった。そこにあったのは細い……それこそ、闇に紛れてしまいそうなほど細い光の線。


「あれも蓄光パネル?」

「確かそうだ。周りに影響しないようにカバーをかけた上で最低限の明るさを保つように設定されてるらしい。設置した業者はもう跡形もないがな」

「うわぁ」


 何があったのか知らないが、おそらくは癒着騒動に巻き込まれたかとばっちりかで潰れたんだろう。そして光の帯だけが残った、と。


「あっちの照明もその業者なんだ」

「いや、別の業者だ。発注元は同じじゃなかったかな。あそこに彫刻をする予定だったんだ」

「彫刻? 岩肌に?」

「ああ。どっかの星で流行ってるとかで、当時の市長の顔を刻むという話で」

「……それはまた」


 あたしは苦笑を返した。


「美女ならよかったんだがな」

「ああ、なるほど。で、彫ったの?」

「市民団体の猛反対を食らって頓挫した」

「なんか、いろいろダメなわけね」

「だろうな。警察は海賊と癒着してるし、政治家は業者と懇ろだ。今はまだ観光で食えてるからいいが、食えなくなったら暴動が起こる」

「よくある話ね」


 便利屋をやってるとそういうののとばっちりを食らうこともままある。

 とりわけあたしは超特急を謳い文句にして高額料金を設定してるから、どうしてもお客さんは余裕のある層が多い。

 場合によってはとばっちりで襲われることだってある。金持ちの注文した品を運んでる便利屋は、とりわけターゲットになりやすい。

 だって、金持ちに直接手を出すのは護衛や防犯設備が邪魔をして、なかなか高い敷居を跨がなきゃならないけど、便利屋は基本、一人で動く。

 よほどの高額物品ならユニオンから護衛がつけられたり、逆に依頼主から護衛を派遣してもらったりするわけなんだけど。

 あたしはいつも一人で動いてる。

 それは、知る人ぞ知る情報らしくて、よく襲撃くらうのよね。

 だからなおさら高額割り増しになって……と堂々巡り。

 そういえば、あれほどの高額物品なのに、ジャンの輸送の際には何も指定がなかった。ユニオンも知ってたはずだし、普通は護衛、つけるもんなんじゃないのかな。

 ほぼ本人に成り代われるレベルの高精度アンドロイドって、船どころか国一つ買えるくらいの価値があると思うんだけど。

 それにしても。

 あの時、起動輸送を進めてきた男の顔だけは忘れない。――忘れられない。

 あとでラボに問い合わせてみたら、そんな人物はいない、とけんもほろろだった。

 そもそも未調整の高精度アンドロイドを起動輸送すること自体がありえない、と不勉強を詰られた。

 そんなの知るわけないでしょ? そもそも縁のない世界の人間なんだから。

 あの男は、それを知っていてわざと起動輸送を勧めたんだ。

 結果、巨額の借金を背負うことになったわけで……うん、あの男が諸悪の根源だ。

 ジャンを拾ってからこっち、運のなさに泣かされることが増えた。

 今回の騒動だってそうだ。

 何でこんなことになってるのか。

 ジャンに何が起こったのか。

 もしこれでジャンが破損とかしてたら、もう疫病神とか貧乏神とか呼んでやる。……神なんて信じちゃいないけど。


「どうかしたか?」


 長いこと沈黙していたらしくて、ダイが作業の手を止めて寄ってきた。


「ううん、ちょっと考えごと。……ねえ、高精度アンドロイドの相場っていくらぐらい?」


 ダイは呆れたらしい、嫌そうに口元をゆがませた。


「俺が知るか」

「そうよね。……普通の人は知らないよね。あたしも知らなかった。まさか、あたしがオーナーとして登録されてただなんて、思わなかったし」

「それ、依頼人から伝達されてなかったんだろ? なら、あんたには責任なし、仕事上の事故ってことで瑕疵なしにできたんじゃないのか?」

「それができなかったんだよね。契約書にちゃんと書いてあったの」


 ほんと、契約書って怖い。次回何か契約するときには絶対にちゃんと読み込んでからにしよう。


「説明もなしで、契約書にあったから無効だって?」

「ううん、違う」


 あたしがあの時交わした荷物の運搬契約書には、『高額物品につき、輸送中の如何なる瑕疵も一切を運搬主の責任とする』ってあったのよね。でも、これは運搬業ではよくある話。だからこそ保険を掛けたり護衛を付けたりするわけで。

 そして。

 知らないとはいえ起動輸送を選んだ時点で物品は運搬物ではなく、あたしの所有物になった。

 つまり――あたしが荷物をネコババしたことになった。

 荷物を紛失したという扱いになって、返品不可の高額借金付き物件と、契約違反による高額な賠償金と違反金を請求される羽目になった。


「あたしがあの男を恨んでもいい理由にはなると思うのよね」


 もちろん、保険は掛けてあったわよ。でも、ネコババしたというのは保険の適用外なんだって。


「なるほど。……特別注文でない普通の高精度アンドロイドなら、二十億ってところか」

「そう、意外と安いわね」


 あたしがそう返すと、ダイは目をむいた。


「……一つ聞いていいか」

「ええ、どうぞ」

「ジャン……お前が運んだ未調整の特注高精度アンドロイドは、いくらだった」

「五十」

「五十億か」

「違う。……五十倍」


 息をのむ音が聞こえた。

 ええ、ええ。そうですとも。

 二十億だって普通の人間には縁のない金額だってのに、その五十倍。しかも賠償金と違反金は別で、さらに外税。

 やってらんないっての。


「お前……なんであれを手放さない」

「手放したって借金は減らないからよ。手放して売り払えるんならそうしたかったわよ? でも、ラボ送りで再調整にかかる費用はこっちもち、売れるとしても十分の一以下。しかも特注のものはその特性上、再利用できないんだって。ラボに送ったら即スクラップよ。ただの鉄くず以下になるのよ? それぐらいなら、助手としてこき使って幾分かでも取り返さなきゃ、やってらんないわよ」


 それでも、二年経って。幸い、あたしの事情を理解してくれてるユニオンの知り合いが割のいい仕事を優先的に回してくれてるおかげで、少しずつとはいえ返済はできている。

 伊達に守銭奴ミオさんと呼ばれてるわけじゃないのよ。


「じゃあ、もしもだ」

「ん?」


 ダイの声が心なしか固くなったように思った。


「もし、そのアンドロイドを言い値で買うという人間が現れたら、あんたはどうする?」


 ゆっくりと顔を上げたダイの目は、今までにないほど暗かった。

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