第五話「ナイトミスト②」

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 深夜の神崎家。そこには私と神崎カイしかいない。実際は霊体の神崎ツヨシという男がいるらしいが、見えないのだから考慮のしようがない。一方的に私は見られているようだが、そんなもの知るか。というのが実際のところである。


 ……で。今、何をしているのかと言えば。


「へえ。付ければすぐに再生するんだ、腕」

「……なんか恥ずかしいから見ないでほしいんですけど」


 切断された腕を再結合させているのだった。別に吸血鬼でなくとも、上手く処置できれば人間でも再生可能らしい。だが、やはり瞬時に再生するという点においては、こちらの方が秀でているだろう。


「でも痛いよね、それ」

 何故か神崎カイに心配される。助けてもらっておいてこんなことを思うのもなんだが、こいつにもやさしさというものは存在するらしい。


「……ええまあ、完全に再生するまでは違和感もすごいし痛いし痒いし……でも、日光に焼かれた足を治した時よりはまだマシね」

「へえ、やっぱり日光だと治りも遅いのか?」

「まあね。こっちはだいたい一時間ぐらいで治ると思うけど、あっちは一日かかったもの――って、どこか行くの?」


 私が言い終わらないうちに、話はしっかり聞きつつも上着を着こみ始める神崎カイ。どこに行くというのか。


「ああ。さっきのヤツ、もしかすると俺が探しているヤツかもしれない」

「探しているヤツ?」

「ああ。霧を纏った能力者――こいつが噂の『西洋騎士ナイトミスト』だとしたら儲けものだ」

「へぇ……それも、新聞のネタ探し?」

「ああ。その通り」


 そう答えた神崎カイの目は、なんだかいつもより輝いて見えた。……意外と顔に出るタイプなのかもしれない。


「――というわけで出かけるけど。風宮さん、ここにいてもいいから」

「傷も癒えきってないし、そうさせてもらうわ。ありがとう」

「ああ。それでいいよ。――じゃあちょっと出かける」


 そう言って彼はリビングの扉に手をかけた。――それを目で追っていると、写真が目に入った。……神崎家の家族写真だ。神崎カイと思われる赤子と、父親――ツヨシか――と思しき男、そして母親らしき女性が映っていた。……そこで、つい声をかけてしまった。


「ねえ、神崎君」

「何?」

「――お母様は、その、どうしてるのかなって、うん」


 我ながら何てことを聞いているのだろう、と思いながらも、ついつい聞いてしまった。……こいつの秘密を知ってしまったからだろうか。妙な親近感が生まれたのは事実だ。だからと言って聞いていいことではないだろうし、聞いてから自己嫌悪してしまう。――が。当の本人は案外平気そうな様子で――いや、若干機械じみた淡々とした口調で、


「――俺が生まれた時に、死んでしまったらしいよ」

 そう呟いて、そのまま出て行ってしまった。




5/


 深夜の二崎市は、基本的には静まり返っている。……だがそれは、あくまで基本的は……である。例外的に、駅前のアーケード街とその付近は、朝方までそれなりの賑やかさが続いている。――そこに、俺、神崎カイは来ていた。


「……とはいえ、深夜徘徊は褒められた行為じゃないしな……ほどほどで切りあげるのが吉か」


 ただ、俺は繁華街で西洋騎士を探すつもりはない。というか、そこにいるはずがない。それなら既に、より多くの目撃情報が出てくるだろうし、そもそも。


「……霧、出てないし」

 ヤツは霧を纏っている。そして周囲にその霧をまき散らす。……となれば、普段の目撃記録から遡ってみるに――


「…………見つけた」

 繁華街から一本隣の道に、濃霧が発生していた。


 ……その道に入る。そこは最早別世界。霧に包まれた異世界だった。


「毎日張り込むことは流石にできないからな……朝弱いし」


 だから今日は相当ラッキーだったと思う。なにせ、風宮明美を(一応心配だったので)親父に頼んで見送ってもらっていたら、その西洋騎士と思しきヤツに出会えたからだ。となれば、普段から記録で判明自体はしていた、幾つかの出現個所を調べに行くだけでいい。大変手間が省けたので、その意味でも風宮明美には感謝しなければならないだろう。

 ……問題があるとすれば、それは二つ。


「……さっきの場所に、西洋騎士の出現記録はなかった」

 霧が出たという記録は今までなかったのだ。その点については気になる。風宮明美がいたことが関係しているのかもしれないが、さて。

 ……そしてもう一つは。


「入ったはいいが、会えるかなぁ」

 割と切実な問題なのであった。


 ◇


 ……歩くこと三十分。西洋騎士は、現れない。


「……全く、嫌になるね」

 ちょっとだけ取材をしたいだけなのだが。……やはり、さっき攻撃したのが問題だったか。だとすると申し訳ない。


「報復に来る読みで動いてみよう」

 それでも、折角掴んだチャンスなのだ。もったいないからもう少しだけ霧の中を歩いてみよう。


 ……などと、考えていると。

 かちゃり、かちゃり、と。何か鉄が擦れあう様な音が聞こえてきた。それは、明確に音が大きくなっていく。――こちらに近づいているのだ。


「――これはこれは」

 これは僥倖。俺の目線の先には、何かが立っていた。


「――お前は、〝悪〟か?」

 そいつはまだ俺の姿が見えていないようで、妙にはっきりとしない声で、それでいて明確に俺に問いかけてきた。


「悪? そいつは性悪ってのも含まれるんですか」

「……大きくカテゴライズすれば入る。だからそれでも構わないが――――お前……?」

 突然、騎士の声に驚きの色が混じる。俺を見て何かを感じ取ったようだ。


「どうしたんですか? 俺はただ、アンタに取材したいだけなんですけど」

「待て、待て、待て、なんで、なんで、ここにいる――――?」

 さらに混乱の色さえ混じる。……俺が何をしたというんだ。いやまあ攻撃したけれども。


「そりゃあ、アンタと同じ〝超能力者〟だからですよ」

「――――――――!!」


 その瞬間、目の前の騎士は、俺に突っ込んできた。手には剣。だが先ほどの俊敏さは失われている。これならばどうということはない。


「どうして……ここにいるんだ――――!!!」

「――――ち」


 とはいえ、剣の間合いに入るのは得策ではない。霧によって位置感覚が若干狂っているため、下手な行動はできない。――となれば。


「手持ちは、あと五本」

 さっき会った時に、戦闘感情から採取した記録によって構成されたナイフはまだ残っていた。ひとまずこれを投擲する――――

 投げられたナイフ。近距離で放たれた漆黒のナイフは騎士の両手足と頭部に刺さる――――


「――なに」


 刺さることはなく、そのまま飛んで行った。

 ……そんな馬鹿な。この攻撃が通用しないはずは、ない。――なんだ、今のは。まさか、この霧には何らかの精神攻撃への耐性が付与されているというのか?


「――――くっ」

 迫りくる騎士。ナイフはもうない。鎖も、今の記録だけでは生成できない。……となれば――――


「――――っ!」

 別件で貯めこんであった記録を、攻撃手段として具現化するしかない――――!


「――――生意気」

「剣には、剣ですよ。ナイフじゃ敵わないのなら、仕方ないですよね」


 手には黒き剣。俺の用いる武器が黒いのは、持っている記録のほとんどが恐怖の感情やトラウマなど、そういった『俺が黒いと感じる概念』であるからだ。それを俺は蒐集し、武器に変えることができる。土地に残留したものとはいえ、誰かの感情であることは忘れてはいけない。それを胸に刻みつつ、俺は黒き剣で薙ぎ払う。


「――――ぐ、今のは効いた」

「理由は知りませんけど、落ち着いてもらっていいですか? 取材したいだけなんですよ、俺」


 理由をはっきりと告げる。全て事実である。戦うつもりなど微塵もない。今戦っても勝算がほとんどないからだ。ならば、目的達成を鑑みても穏便に事を運んだ方がこちらとしても都合がよかったのだ。――が、しかし。


「……ふぅ、落ち着いた。ちょっとだけ熱くなりすぎていたみたいだ。――でも取材には乗らない。私は帰る」

 騎士は、元来た道を戻り始めてしまった。


「……え、せめて名前だけでも」

「――ノー。それは無粋だよ、少年」

「なんでですか」

「私にとって正義の味方は、名乗らず立ち去るものなのだ」

「えぇ……」


 などと、微妙に芝居がかった言い回しで、騎士は霧に溶けていった。霧が晴れた時には既に騎士の姿はなく、ただただ満月がこちらを見ているだけであった。


「くっそー、仕切り直しか……」

 許せねえぜ、などと誰にでもなく悪態をつき、少しだけすっきりしたので帰ることにした。霧の影響か、一戦目二戦目ともに、相手の魂の形までは観測できなかったため、正体を町で探すのも難しそうだ。表出していた戦闘感情の採取でいっぱいいっぱいだったのである。


 ――ところで。


「明日、ちゃんと一時間目に間に合うだろうか」

 明日の学校のことを考える。思考を切り替えるのも、健全な生活を送るためには必要だと思うのだ。




 ……で、家に帰ったのだが。


「―――!!」

「…………何してんの?」


 キッチンでびしょ濡れになっている吸血鬼の娘さんと出くわしたのだった。


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