魔神の怨望

「ガストマンの生命力が消えた……」

 はるか地の底。魔天空神は三人の能力をはかるために送ったガストマンが死んだことを確認した。

「ガストマンごとき、ただの捨て駒……まあ参考程度の働きはしてくれただろう……」

「御意――その通りでございます。

 魔天王が育てた、か弱き地球人達……私が彼らを恐怖に溺れさせて、その首を空神様に、必ず」

「ほう。たいそうな自信があるようだな」

「最高の”破壊の舞台”を描いております」

「ふはははは……楽しみにしておるぞ、『ヴェダル=ベータ』!」

 卑屈な笑いが漆黒の闇に消えた。



 マユミは、毎日三人(と一匹)に食事を作ってくれた。三人がここへ来て三日ほど経った日の朝、マユミは白いセーラー服姿で現われ、

「今日は、登校日なの。お昼は、適当に食べててね」

と言って自転車に乗って出て行った。

 三人は毎日魔神の場所を探していた。少しずつ範囲は狭くすることができてはいたが、まだ特定には時間がかかる。

「なあ、ハヤテ、ダイチ、ちょっと散歩しないか」

 ショウが不意に言い出した。

「ああ、いいよ」

「パンドラも行く?――」

「留守番を頼もう」

 ショウはパンドラを連れていきたくなさそうだった。三人は堤防沿いを歩いた。夏の日差しが強くなる頃で、セミも鳴き始めていた。

「きれいな空の色だね。魔界じゃめったに見られないよ」

 ハヤテはずっと上を向いていた。

「ショウ」

「何?」

「パンドラに、聞かれたくないことがあったんだろう?」

 ダイチの一言で、ショウは立ち止まった。

「そうさ。

 ハヤテ……ダイチも、自分がこの地球でどうやって十二年生きてたか、知りたくないか?」

 セミの声が少し大きくなった。

「オレ……分かっちゃったんだ……パンドラが、ここがどういう場所か言わなかっただろ、あれは、わざとで、……オレたちはこの辺に住んでたことを思い出したんだ……」

 ショウの声はセミに負けている。

「じゃあ、近くに、僕らが暮らしていたところがある、ということ?」

「うん」

「だめだよ、パンドラは僕達の正体が誰にも知られないように、って」

「正体がばれなければ、見たってかまわないだろ」

 ハヤテはショウの行動を止めさせようとした。しかし、アパートを出てきた時から、ショウはこうするつもりだったようで、――じっと見られると、口を閉じていた方がいいような気もした。

「いいか」

 ショウは低い声で言った。

「例え、親に会っても、……記憶を思い出しても、オレ達は無視しなきゃならない、それを守ってほしい」

「……」

 ダイチも迷っていたようだったが、ハヤテの肩を叩いた。ハヤテは小さくうなずいた。


 三人は普段着で行動していたため、重要な事――装備をした時以上に周囲に注意を配らなければならない事を忘れていた。だが、失くした十二年が少しでも取り戻せるかもしれない、という気持ちが前に出ていた。

「例え能力を身に付けたって、武器が使いこなせたって、子供には変りない。フフフ、お家に帰りたがってるね……招待してあげるよ、僕の造った、破壊の舞台にね……」

 つまりヴェダル=ベータがそんな余裕気のある言葉をつぶやいて――すでに三人のゆく先に、人には見えない”結界”、『ベータ=プレイス』を周囲に張り巡らせていること――にも、気づけなかったのだ。

「!」

 三人は、ほぼ同時に違和感を覚えて立ち止まった。

「何だか、足下が……」

「まさか、」

「しまったっ! オレ達を倒したい奴の気の流れだっ!」

 三人とも注意を怠った事を後悔して、身構えた。でも、まともな装備は無い。

「ようこそ、僕の世界へ!」

 空間から甲高い声が響き、三人は宙に引き上げられてしまった。

「魔神の右腕、ヴェダル=ヴェーダがホームシックの君達を恐怖の世界へ連れて行ってやるよ!」

「くっ――大気の風よ、あいつにぶつかれっ!

……『妖術風裂弾』!」

 ショウはポケットから七種の石の環をつかんだ手を引き出して叫ぶ。声のした方へ、周りの風が一気に気弾となって伸びたが、壁のようなものにぶつかって消えた。音すらしない。

「そうやってわめいていられるのも、今のうちだよ。この結界は、外にいる全てからは見えない。中の音も一切聞こえない……ほら、」

 三人の周りに球体の透明な壁が立ち塞がっているようで、しかも結界は他の物体より密度を軽くする作用があるらしく、住宅地の植木や塀を次々にすり抜けて移動していた。

「懐かしい人がいるねえ」

 塀を、壁をくぐり、一人の女性がいる部屋で結界は一瞬止まった。その女性は、もちろん気づかずに本を読んでいる所だった。

「母さん!」

 ショウが結界の壁にはりついて叫ぶが、結界は高速で家を抜けた。

「次は誰を狂わせてやろうかな?」

 ヴェダル=ベータは結界を河原に運んで、三人をもて遊んでいる。ショウは彼の罠にかかり、頭を抱えこんで泣き叫んでいた。

「どうして……どうしてオレはこんなことしてなきならないんだよう?! うあ-っ!!」

 ハヤテもダイチも応戦したいが、肘心の装備が、力がない。剣のない戦士と、杖のない魔法使いになすすべはなかった。

 突然、ショウの泣き声が止んだ。戦意を完全に喪失している彼は、強大な存在の気を感じ取り、全身で震えだした。

「オレ達、勝てないよ……こんな奴に、勝てない……」


『そういう思想を生んで頂けるとは、光栄だ』


 卑屈な言葉が、三人の心に低く低く突き刺さる。

 誰もが魔神と、疑わなかった。


『魔天王ギルファーがよこした勇者も、所詮この程度か……。

 ヴェダル=ベータよ、どうだ、そいつらの命の火はいつでも消すことができよう? そいつらも、少し長生きできて幸せだろう』

「殺すんなら、今やっちまえよお!」

 ショウの叫びは無視されている。ヴェダル=ベータは魔神が直々に交渉を持ちかけてきたことに意気高揚とし、結界を解いた。

『うわあっ!』

 三人は河原に叩きつけられる。

「君達、遺言状でも書いておきなよ。でも、誰も読んでくれないだろうけどね……君たちが記憶を抜かれたように、ここで君たちを”覚えている”者だっていないんだから! ハハハハ!」

 そして、しばらく気を失った。

 セミの声はいっそう強くなり、倒れている三人を包むように夏の日差しをくぐり続けた。


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