妄想女子

@cskr

第1話 社会と女子会と私

「それセクハラだよ!」

 表参道の裏路地にある小洒落たカフェに響く声。

「声大きいって!」

「でもさ、もしかすると娘みたいな気持ちでやってるのかもよ?」

「娘ほど年離れてないでしょ」

「うちの会社にもいるけど、そういう人ってさ、普段は厳しく『石野!』って呼んでくるのに、酔ってくると急に優しく『ゆみちゃん』とか呼んでこない?」

 きゃー!と全員で面白がりながら顔をしかめる。誰かが、イケメンなら許せるけどね、そう付け加えて。

 季節は12月。暖冬のおかげかポカポカ陽気の日曜日の昼下がり、アラサー女子が5人、少し前に流行ったクリームとフルーツがたくさん乗っかったパンケーキを食べながら話に花を咲かせている。もはや日本中で、いやもしかすると世界中でよく見る風景、いわゆる女子会だ。

 大学時代の友人に、自分が沖縄出張中に起きた上司からのセクハラめいた出来事を、相談兼ネタの提供として話していたとき。

「とりあえずその人と飲み会一緒の時はなるべく離れときなね、ゆみ。」

「そうだね、そうする。」

 つやつやな黒髪に大きな瞳の市井香奈が、その綺麗な目で自分のほうを見て心配そうにアドバイスしてくれた。

 彼女とは入社したのが同じ業界ということもあり、社会人になってから会社の愚痴や相談事をしながら何かと一緒に過ごすことが多かった。職場も近く、入社の頃から流行りだした皇居ランに一緒にハマったこともある。美人で頭もよく、実直で信頼できる女性なのにネガティブという面白い人種で、女子としても人としても大変魅力的なのだが、不思議と恋愛は得意ではなかった。社会人になってからのお互いの恋バナも全てタイムリーに共有してきたが、色々な出来事を経て、昨年とうとう結婚というゴールテープを切ったところだ。

「でも沖縄出張、響きは楽しそうだけど飛行機だし大変だよね。」

 こちらも半年前に結婚したばかりの、弁護士事務所に勤める河内友里が、いつも沖縄出張というと羨ましがられることに辟易していた自分の気持ちを代弁してくれた。こういった彼女のふとした気遣いには、些細なことも含め毎回助けられている。

 河内友里は、ふわふわしたかわいらしい見た目と同じく中身も天然に近い性格で、同性から見ても守ってあげたいと思わせるところがある。かと思いきや、芯がしっかりしていて努力家で、文系の国家試験最難関と言われる弁護士試験にも一発で合格するくらい、男性顔負けの知的女子だ。自分とは見た目も性格も似ていないと思うのだが、大学時代からやたらと気が合い、好きな洋服から作家、歌手、あるいはバッグのブランドまで、どういうわけか被ることが多かった。私の就職が決まったときも、彼女が弁護士に一発で合格したときも、お互いに彼氏ができた時も別れた時も、自分のことのように二人で喜び悲しんできた。

 友人の結婚式は全て感動するものだが、彼女たち2人のウェディングドレス姿を見た瞬間は、今までの思い出が甦ってきて、こみ上げてくるものがあった。

「そうなんだよねー。こないだも帰りの便が機体故障で、那覇空港に4時間缶詰めになったし…」

 この話、誰に話して誰に話してないか忘れたな、そう思いながら大げさにため息をつく。

「飛行機はそれがあるから怖いよねー。私もこないだ実家帰ったときにね」

 北海道出身の白いもち肌が眩しい、会計事務所に勤めながら資格試験の勉強中をしている山上真理が、話題を次へ持って行った。

 女子会の会話は、世間全般が認識しているように、結論を出さずに話題がぽんぽん変わる。それでいい。会話の終着点なんて見えなくていい。ただ仲間と話しているこの状況だけで、女の子は満足するのだ。もちろん、自分も。

 特にこの4人でいる時が、自分にとっては全てをさらけ出せ、且つ皆が優しく受け止めてくれるという最もありがたい場であり、これからもずっと続けばいいなと願ってやまない。

「またねー!」

「来年になったら旅行の計画たてようね!」

 女子会が終わり、ざっくりとした次の約束を取り付けて、それぞれが今日の夕ご飯どうしようかと考えながら帰路についた。

 さっきパンケーキ食べたし、これで夕ご飯みっちり食べたらまた太るだろうな。そう思いながら一人暮らししているマンションに向けて電車に乗る。

 関東近郊の高校を出て、一浪して都内の大学に入り、リーマンショック前の好況時に大量採用のうちの1人として大手の銀行に入った。女子の総合職はもはや珍しくなく、それでいてまだまだ社会全般が女子の総合職をどう扱えばいいか、確立された道筋は出来上がっていないというなんともいえない時期を人並みに悩みながら過ごし、気づくと入社(銀行では入行というが)9年目。来年には10年戦士と言われるところまで自分が来てしまったことに違和感を感じる。

「1年目の時の10年目の先輩なんて、仕事もばっちりこなして、結婚して子供もいて、って雲の上の存在だったよね!」

 会社の同期とよくする会話だ。当時思い描いていた10年目の社会人と、今の自分の状況が、あまりにかけ離れていることを思うと、少しだけ気持ちが暗くなる。

「でも結婚しなくてもこうして遊んでくれる友達いるし、結婚すると自分の時間取れないし、これはこれでいいかなーとか思うの、わかってきちゃったね。」

 これも、ここ数年間で幾度となくしてきた未婚の友人との会話だ。そう、ここまで仕事と遊びと適度な恋愛を楽しんできた結果、一人でも居心地の良い生活を形成してしまっていた。

 平日は仕事に追われ、1つ1つをこなすうちに責任ある仕事も任されるようになってきた。そうして稼いだ自分のお金を使って、土日には女子会や趣味に勤しみ、年に数回は友人や親と旅行をする。社会が大手を振って「絶対結婚しろ」と言ってはいけない雰囲気になっているため、これも女子の生き方として良くも悪くも黙認されているのを感じる。酔ったときに目上の男性から発せられる『子供は早く産んだ方がいいよ』という、発言した方は人生の先輩として何となしに言っているであろう、言われた女性は大いに傷つく発言を聞き流せばいいだけだ。

 ただ、それでもやはり、結婚していく友人のウェディングドレス姿を見れば羨ましいし、子供を産む友人に会えばやっぱり子供がほしくなる。社会がどう要因分析しているのかは知らないが、選択肢がいくつもある今の社会が、逆に今の若者世代を生きにくくさせているのではないか、とも思う。といっても、結局どの道を選ぶかは自分なわけで、社会のせいとか親のせいとか言っているうちは先に進めないんだろうな、と自己嫌悪のような感情に苛まれながら毎日を過ごしているのが現実だ。

 仕事一筋になったり、アイドルにハマったり、趣味の幅を際限なく広げたりしている、自分を含めた日本全国の未婚女子が、どんなことを思って日々過ごしているのか一度聞いてみたい。そんなことを思いながら誰もいない家に帰った。

 その日の夕食は結局、近くのスーパーで買ったお一人様用の鍋セットで簡単に済ませて夜を更かした。

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