第2話 ご褒美

「すっげー! あっはっは! 宝の畑みたいだ! 凄いぞ暁闇の塔! 毎日来るぞ! 取り尽くすぞ!」

「……」


 メイドがはしゃいでいます。

 私はげっそりしています。

 根性で向かってくる敵の全てをボロボロになりながら駆逐しました。

 私が頑張った舞台の後に残されていたのは山のようなドロップアイテム。


 此処のアイテムは、見た目は普通なのですが本来ついていないはずの効果がついているようです。

 そういうものは値段が跳ね上がるそうで、メイドの片方がスキップを始めるわけです。


「なあ、今度はわざと援軍呼ばせて増やしてから一層しよう!」

「入り口を満喫するな。まだまだ奥があるんだぞ。ほら、上に移る魔方陣があるぞ」

「え……まだ行くの!?」

「ああ、毎日進めるだけ進む」

「もう無理なんだけど……行けます」


 すかさずリコちゃんが一歩前に乗り出して来たので先に無理発言は撤回しました。

 特別強化メニューだけは絶対嫌です!


「よし、じゃあ張り切って次に行くぞ!」


 子供のように無邪気にはしゃぐメイドを、この瞬間だけは解雇したくなりました。




 ※※※




「私、もう……魔法が……使えません……使いたくない……」


 疲労は限界、魔力も尽きた私は急激な眠気に襲われて床に転がりました。

 あー……冷たい石の床が気持ちいい。

 寝てしまう……。

 大聖堂でルーベンスの絵を見ながら大型犬と天に旅立った少年のように私も召されてしまいそうです。

 僕、もう疲れたよ……。


「今日はここまでにするか。おい、寝るな」

「お疲れさん! 頑張ったぞ、ステラ。偉かったな~」


 リンちゃんはアイテムを回収しただけですもんね。

 今までに無い笑顔で私の頭をガシガシと撫でてきます。

 ご機嫌ですね。

 私はクタクタです。


「ステラ様、帰ったらおやつにしましょう」

「おやつ!?」


 そんなまさか……そんな素敵な三文字にはもう出会えないと思っていました。

 いや、まだ油断してはいけません。


「それは……群青色ですか?」

「いえ、今日は糖分を取って頂きましょう。ケーキなどいかがですか?」

「ケ、ケケッケーキ!?」

「紅茶もおつけしましょう」

「おっおお、お紅茶!!!!!!」


 それは俗に言うケーキセットではありませんか!?

 そんな贅沢許されていいんでしょうか!


「ありがとうリコちゃん……私、幸せです……! 頑張って良かったっ! あっ、涙が」

「ふふ、ステラ様が頑張っていらっしゃるからですよ。さあ、これで涙をお拭きください」

「ありがとう! リコちゃんありがとう!」

「リンが拾ったアイテムを売ればケーキなどいくらでも買えるのだがな……」

「すっかりリコに洗脳されちまってるな」


 ケーキセットが待っていると思うと眠気も吹っ飛びました。

 さあ、直ぐに帰りましょう!

 リコちゃんのケーキ、楽しみだなあ~!




 ※※※




 来た道順を辿り、扉を開けて海の橋の上に戻りました。

 時間にすると半日くらいですが閉鎖空間の中にいたので、広い空の下で背伸びをするのが気持ちいいです。

 夜の帳がおりはじめ、橋には灯りがついていました。

 バレーボールくらいの大きさの優しい光を放つ球が橋の両脇に浮かんでいます。

 海面にも光が映って幻想的だなあ。


 素敵な光景に癒やされていたのに、それをぶち壊す気配が……!

 灰原さんと愉快な仲間達も今日の攻略を終えたようで橋に姿を表しました。


「初日だっていうのにすげえお疲れだな」


 リンちゃんの呟きの通り、愉快な仲間達は装備も汚れているしクタクタという感じでした。

 でも、灰原さんだけは綺麗なままで足取りも軽そうです。

 こちらと真逆のパターンですね。

 あっちはいいなあ……。

 はっ! 嘘です、私の仲間最高~!


「……」


 灰原さん達はちらりと視線を寄越しただけで行ってしまいました。


「かなり苦戦しているようですね」

「宵闇の塔は一筋縄ではいかない。最初から苦戦を強いられることもあるだろう」

「無理してあっちに行くからだよ。ま、おかげでこっちは余裕があるけどな」


 三人の話を聞きながら、こちらに目も向けずに去って行く連中を見送りました。

 疲れていて悪態をつく余裕もないのでしょうか。

 あまりにもズタボロな感じなので少し気の毒になってきました。

 私も頑張るから、あなた達も頑張ってください。




 ※※※




 攻略の間は城に戻らず、近くの宿屋で過ごすことになりました。

 高さは四階ほどであまり高くありませんが、柱も彫刻で出来ているような凝った造りでロイヤル感があるというか……コンパクトな宮殿という印象です。

 テレビで見て行ってみたなと思っていたローマの中心にある記念堂に似ています。

 正式名称は長くて忘れたのですが、無名戦士の墓の役割もあり、祭壇があると聞いて私の中のなにかに火がつきました。

 無名戦士……名も無き英雄……此処二眠ル……かっこいい……。


 面積は城よりありませんが、セレブ感でいうとこちらの方が上です。

 宿全体を城の関係者で貸し切っているそうです。

 凄くお金が掛かっていそう。

 私は払わなくてもいいと言われてホッとしました。


 私のために用意してくれたのは離れの部屋でした。

 また離れ?

 皆そんなに私から離れたいの?


 拗ねようかなと思ったのですが、離れはセレブが休日を過ごす別荘のような佇まいの独立した建物で、この宿ではとてもグレードの高い場所でした。

 なんだ、そうならそうと言ってよ~!


 最もグレードの高いのは宿の最上階ワンフロアを丸々使った部屋らしいのですが、そこは灰原さんと愉快な仲間達が使うそうです。

 へー……。

 ま、私は離れの方が好きですから!


 皆で新しい宿泊先に荷物を片付けました。

 二階建てで一階が私の部屋と皆が集まる部屋、二階には三人の私室があります。

 それぞれ個室になっていたそうで、リンちゃんが喜んでいました。

 今まではリコちゃんと共同だったのかな。

 私も今までより皆と近くなって嬉しいです。


「ステラ様、時間になりました」

「うん、行こうか!」


 各自自室で休憩の後は、ミラ様主催のお食事会へレッツゴーです。

 私だけではなく灰原さんと愉快な仲間達も一緒だというのが嫌ですが、ななななんと今回は少しなら食事をしてもいいとリコちゃんに許可を頂きました!


 帰って来てからすぐにこの話を聞いたので、リコちゃんのおやつは今度にして貰うことにしました。

 今日一日で『おやつ』と『好きなものを食べてもいい』という贅沢を使い切ってしまったら勿体ない!

 おやつ権は大事にとっておきたいと思います。


 食事会ということでお洒落をしました。

 やったー!!

 今日は幸せすぎて明日不幸があるのではないかと心配になってきました。


「可愛い服を着ることが出来るって幸せ~!」


 白がベースで涼しげな花柄ロングのフレアワンピースです。

 お食事会といってもカジュアルな格好でいいと連絡があったそうなのでドレスは着ませんでした。

 でもこれくらいのお洒落が一番楽しい!

 やっぱりお洒落って最高!!

 お洒落をすると改めて思うのは、もっと身体を引き締めていきたい! です。


 今では標準といえる体型になりました。

 でも、まだまだいける!

 これだけ動いているのだからもっと締まってもいいはずです!

 しなやかで美しい筋肉をつけて健康的な肉体美を手に入れてやる!


 髪は少し巻いてハーフアップにしました。

 そしてここぞとばかりに新商品をつけました!

 新商品、それはマジェステです!

 海で特訓をしているときに綺麗な貝を拾っていたのですが、その中でパールのような質感の貝があったのでそれを加工しました。

 スティックも丁度良い細長い貝があったのでそれを銀色に塗りました。

 ハーフアップしたところにつけると今日の衣装に合っていて良かったです。

 目敏くマジョステを見つけたリンちゃんがお食事会を新商品のお披露目会にするぞ! と意気込んでいましたがこれで儲けるつもりはありません。

 完成している幾つかを持って行きますが、これはプレゼント用です。

 誰にあげるとは決めていないのですが、お世話になった人達に渡したいと思っています。

 お城で仲良くしてくれたメイドさん達がいたらいいんだけどなあ。


「着がえに時間がかかりすぎじゃないか?」


 部屋を出るとオリオンが待ち構えていました。

 待ちくたびれていた様子です。

 

「そう? 出るには丁度良い時間でしょ?」

「遅れはしないが……もう少し時間に余裕を持て。準備は早くに始めただろう? どうしてこんなに時間がかかるんだ」

「女子には色々と準備が必要なんですぅ」

「……」


 今、お前は『女子』なのか? みたいなことを考えましたね?

 顔に出ていますよ。

 その真顔に『無駄な時間だな』ってしっかりと書いていますよ!


「失礼なことを考えたでしょ? お前に必要なのか、みたいな」

「何故分かった」

「顔に書いてるもん」

「お前は着飾らない方がいい。その方が魅力的だ」

「どういう意味よ! どうせ私は着飾るのが無駄な…………って魅力的?」


 自虐に走るつもりが不思議ワードが出てきて転びそうになりました。

 思わず振り向いてリコちゃんに自分を指差しながら聞きました。


「魅力的?」

「と、仰っていますね」

「!!」


 リコちゃんの微笑みを見て、オリオンが言った魅力的という言葉は自分が思っている通りの意味だと確認出来ました。

 嬉しい……カーッと顔が熱いです!

 ワーイとはしゃいでしまえたらいいのですが、なぜかそれが出来ません。

 照れる……。


「……ジジイの趣味か?」

「?」


 オリオンの横ではリンちゃんが顔を顰めて腕を組んでいました。

 リンちゃんは、言われた意味が分からないのか不思議そうにしているオリオンから目を離すと今度は私を見ました。

 ジーッと値踏みするように私を見ています。

 ……凄く嫌な予感がします。


「ボクはもうちょっと着飾った方がいいと思うけどね。この太い腕の脂肪を隠したりとか」

「なんだと-!」


 ほら、折角の良い気分を台無しにする!

 このクラッシャーには困ったものです。

 確かに腕はまだ仕上がっていないけど……。


「脂肪ばかりではない。筋肉がついてきているのだろう」

「うっ!」


 オリオンは私をフォローするつもりで言ったのだと思いますが、『太い』については否定しませんでした。

 それが私の胸に刺さる……!


「確かにジジイの言うとおりだな。固そう。デブは卒業して今度はガッチガチの鍛冶屋の親方か」

「親方!?」


 マタギから親方に進化ですか!?

 太腕親方と言われるならまだ脂肪といわれた方がまだマシ。

 ここは涙を呑んで脂肪を主張します。


「ほら、私の二の腕触ってみてよ! 柔らかいよ!? よく胸の感触と一緒っていうでしょ? ほら一緒! 触り比べてみて!」

「!?」


 リンちゃんの手を掴み、二の腕を触らせたところで『胸の感触に似ている』なんて話を思い出したのでついでに胸も触らせようとしたのですが……。


「やめろ!!」

「リンちゃん?」


バッと勢いよく手を解き、私を見るリンちゃんの顔は真っ赤でした。

目も見開いて、ちょっと間抜けな表情をして固まっています。


「なっ、なにすんだ! 馬鹿じゃねーの!!」

「女の子同士なんだからいいじゃん、別に。照れるなら自分の胸と触り比べてみて――」


 そう言いながら視線をリンちゃんの胸に落としました。

 すると今まで気づいてはいましたが目を反らしてきた、悲しい事実と直面することになりました。


「リンちゃん……ないね……」

「……」


 私とリコちゃんにはある山がそこにはありません。

 あるのはコンクリートで固めたのかなというくらい綺麗に真っ直ぐな壁です。


「大丈夫、私の世界ではキャベツを毎日食べていると大きくなった人とかいるから!」

「……」


 グラビアアイドルがそんなことを言っていたと友達から聞いたことがあります。

 だから希望を捨てないでください!

 あ、そうだ。

 胸を大きくするための情報、まだありました!


「リンちゃん、ここだー!!」

「?」


 何故か真顔で放心状態になっているリンちゃんの胸の間の中心部を親指でグイッと押しました。


「……お前、何してんの」

「任せてリンちゃん! ここ、胸が大きくなるツボだから!」

「くっ」

「うっ」


 ん?

 外野から何か声がすると思ったら、オリオンとリコちゃんが口を押さえて俯いています。


「お前ら……殺す。ステラもやめろ!」

「いたっ」


 ツボ押ししていた手を叩き落とされました。

 リンちゃんを見ると、とても暗い目をしてオリオンとリコちゃんを睨んでいました。

 こ、こわい……今まで見たリンちゃんの中で一番どす黒いオーラが出ています。


「「あははは!!」」

「ッ!? な、何!?」


 ちっぱいに触れてしまったことに怒ったのかと焦りだしたところに、二人の大きな声が聞こえてビクッとしました。

 何!?


「むっ、無理だ……リン、悪い、ぐっ……ははは!」

「あははは! ステラ様っ! もうっ大好きです! あはははっ」

「……え?」


 二人とも爆笑するようなキャラじゃないのに、お腹を抱えて笑っています。

 何がそんなに面白いの!?


「その調子で……リンの胸を大きくしてやってくだっ……ひっ……ひっ……」

「リコちゃん大丈夫!? ……って痛ああああ!?」


 笑いすぎて過呼吸を起こしているように見えるリコちゃんに近づこうとしたところで頭に激痛が!


「ステラ……お前のせいだからな……アイテムの収益がなかったら殺してたからな!」

「なんで!?」


 痛みの原因はリンちゃんのぐりぐり攻撃でした。

 痛い、頭が割れる!

 というかなんでそんなに怒っているの!?


「はあ、笑った……。こんなに笑ったのは久しぶりだ」

「私もです。ステラ様と一緒だと本当に元気が出ます」

「あの……助けて!」


 リンちゃんのぐりぐり攻撃が終わらないんですけど!


「さて、行くか」

「はい。参りましょうか」

「置いていかないで! 痛ああああい!!」

「頭に横穴が貫通するまで捻ってやるよ……」

「リンちゃん怖い!」


 オリオンとリンちゃんが遠ざかって行きます……一応お呼ばれされている主賓は私なんですけど!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ハズレ姫とは私のことでしょうか? 花果唯 @ohana

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ