第14話 センチメンタル

 今日も元気だポン汁不味い!


 寝起きの群青色の一杯と共に異世界での一日が始まるわけです。

 相変わらず空は青くて綺麗です。

 そういえばまだこちらで『雨』を体験していません。

 少し雨が恋しいです。

 雨の音を聞きながらのお昼寝は最高です。

 雨が降ったら絶対お昼寝をするぞ! と心に誓い、今日も例の遺跡攻略に繰り出しました。


 塔が開くまであと一週間です。

 毎日遺跡の攻略に繰り出しています。

 魔物は倒しても湧くようで、数が減っているということはありません。

 初日で中層まで進みましたが、翌日も入口から魔物を倒しながら進んだので『二日目で攻略!』ということにはいきませんでした。

 進んだところ、途中から始めるということも出来るそうですが、焦らず地道に進めています。

 現在、地下八階に辿り着いたところです。


 魔物も上級になりました。

 入り口付近や中層で出てきた魔物も稀に混じりますが、出てくる殆どが状態悪化のスキルや攻撃力の高い物理・魔法攻撃をしてきます。

 『バーサクオーク』は攻撃力と防御力が高いので、食らうダメージは大きいし、こちらが与えるダメージは小さくて面倒です。

 リンちゃんに『一人で頑張れ』と言われた時は軽く絶望しました。


 ゾンビのアーチャーとナイトとマジシャン、三体セットで出てくる『ゾンビアタッカーズ』というお笑いトリオのような奴らもいます。

 回復をかけるとダメージを与えられるのでわりと簡単な相手ではありますが、うかうかしていると我々も回復がダメージになってしまう『カーズ』という状態にさせられるので、出てきたらすぐに回復でボコる! が定石になっています。


 あとストーンワームの上位、強力な魔法攻撃を仕掛けてくる『ドラゴンワーム』。

 ストーンワームの緑の鱗版という感じですがドラゴンというより蛇に近い印象で、気持ち悪さもアップしています。

 名前に『ドラゴン』がついているなんておこがましい、ドラゴンに土下座しろ! そう叫びたくなります。


 そういった敵と対峙するようになり今は全員で戦っていますが、私も邪魔にならずに攻撃が出来るようになりました。

 『トドメ』だけで言うと完璧、塔攻略準備万端という感じです。

 ほぼ確実に仕留められると思います。

 でも、それは私の力ではありません。

 皆が上手く調整して私にバトンタッチ、合図を出してくれるのです。

 私は合図が出たら攻撃をするだけなので楽です。

 あまり『凄い凄い』と言うと叱られてしまいますが、皆は本当に凄いです。

 最近、より『格の違い』というものを感じるようになりました。

 少しでも近づきたいなあ。


 今日も順調に足を進め、とうとう地下十階に到着しました。

 ここが最深部だと聞いています。


「広いね?」


 目の前に広がるのは広い空間。

 今までの階は通路が入り組んだ迷路のような構造でしたが、最下層らしい十階は柱や壁、遮るものが無い広いフロアになっていました。


「ボスとかいないの?」

「何も感じないけど……空っぽって感じだ」


 てっきり最下層にはダンジョンマスターなボスがいると思っていたのですがとても静かで、そんな気配は微塵もありません。

 篭った空気、埃と土煙の匂いが長い間何もなかったことを伝えてくるかのようです。

 それに察知に長けているリンちゃんが『何も感じない』というのであれば何もいないのでしょう。


「以前は厄介なリッチがいたが討伐してしまった。再び現れているかもしれないと思ったが……やはりいなかったか」


 オリオンが辺りを見回しながら呟きました。

 どうやらボス的な魔物は倒してしまうと出てこないようですね。


 敵の気配はしませんが、まだ帰らないようです。

 懐かしそうに、でも何処か寂しそうな雰囲気を纏い、足を進めるオリオンの後をついて行きました。


「見事に何も無いね」


 奥に進んでも広い空間が続くだけで、やはり何もありませんでした。

 瓦礫はありますが有用な拾い物ひとつありません。

 ただ、壁面や床、天井に激しく戦ったような跡がありました。

 深い傷と焼け焦げた壁から激しい戦闘があったことが窺えます。

 一際激しい傷跡がある場所でオリオンは足を止めました。


「……」


 私達には背を向け、何処か一点を見つめています。

 声を掛けることは野暮に思え、黙って三人で見守りました。


 この激しい戦いの跡の中に、オリオンがつけた跡もあるのでしょうか。

 きっとここであったことを思い出しているのでしょうね。

 オリオンの武勇伝とか聞いてみたいですが、話してくれるタイプじゃなさそうです。


「……戻るか」


 暫くすると、オリオンがこちら見ました。

 もういいのでしょうか。

 ゆっくり思い出に浸ってくれてもいいのですが……。


「ジジイの黄昏時間終了か?」

「……お前は本当に口が悪いな」


 リンちゃんのからかうような台詞にオリオンが呆れながら笑いました。

 リコちゃんも『叱っておきます』と言いながら笑っています。

 ボスがいるのではないかと緊張しながら臨んだ最深部でしたが、和やかな空気で立ち去ることになりました。

 



※※※




 遺跡の攻略を終えて数日。

 あれからも遺跡には足を運んでいます。

 アイテムを使ってまず最下層に行き、そこから上がって強い魔物のいる下層で戦闘を適度にこなして戻ってくる、という繰り返しです。

 印屋に行って調整したり、アイテムの準備を始めたり、いよいよ塔が開くという空気が迫ってきていて正直落ち着きません。

 それが原因なのかつまらないミスをしてしまい、皆に叱られたりフォローをして貰ったりしながら今日も一日を終えました。

 今はすっかり日も暮れて月も空高く上がり、部屋には私一人です。


 今夜は月が綺麗です。

 月は地球も異世界も同じなのですね。


 私の本当の名前『瑠奈』は月からとりました。

 生まれた夜は満月で、月が綺麗だったそうです。

 そして心細い暗い夜道を照らし、家路へ導いてくれる月の光優しさを持った子に育って欲しい、という願いを込めたと聞きました。

 それは祖母や母のような『美』の要素が全くない、ごく普通のサラリーマンである父が言っていたのですが……無理やり美談にするように後付で言っただけな気がしています。

 父にはそういうつまらないところがあります。


「ふふっ」


 呆れるばかりだった父の素行も今では懐かしく……とても温かいものだったように思えます。

 早く自分の身体に戻りたい、家族にも会いたいです。


「ホームシックかな」


 部屋のベッドの上で一人ジッとしていると、どんどん悲しくなってきました。

 オリオンやリンちゃん、リコちゃんがいてくれると気は紛れていますが、やっぱり今の状況は辛いです。

 元々の知り合いは灰原さんしかいないけれど、彼女には体を奪われているし、私は代わりに灰原さんの体になっているし。

親しい人達以外には嫌われがちだし、魔物なんかがいる世界だし……。


「やっぱり帰りたいな」


 呟くと、我慢していた涙が少し零れてしまいました。

 少しでも泣いてしまうと、ダムが決壊したように私の涙腺も崩れてしまう気がしていました。

だから我慢していたのに……。


「……ッ」


 案の定、津波のように胸の底から押し込めていたものが込み上げてきます。


「? ……痛っ、うん?」


 急に肩が重くなったかと思うと、アルが久しぶりに姿を現して肩に止まっていました。

 横からツンツンと眉毛の辺りを突いてきます。

 いつものような凶暴さがありません。

 どうしたのでしょう、眉毛が餌にでも見えたのでしょうか。

 毛虫じゃないぞ!


「もしかして……慰めてくれてるの?」


 撫でようと手を伸ばすと、今度は何時ものように突つかれました。痛い。

 アルが照れているような気がします。

 ツンデレさんですね、可愛いです。

 そして頼りになる私のおでこ在住の相棒です。

 以前より意思疎通も出来るようになってきています。


「……ファントムに会いたいね」


 アルを見ているとファントムに会いたくなってきました。

 きっとアルも会いたいはずです。

 私はベッドから抜け出し、彼を探すため外に出ることにしました。


 まず訪れたのは弓の練習をしていた場所。

 今、弓の練習は実戦で行っているので最近ここには来ていません。

 あの時オリオンがつけたバッテンはまだありましたが、ファントムの姿はありませんでした。


「ファントム、いないね……」


 姿を消して、印に戻ったアルが寂しそうに鳴いた気がしました。

 次に向かったのはしだれ桜に囲まれた中庭。

 以前会ったことのある場所です。

 会えるような気がして、期待をしながら辿り着くと人の気配を感じた気がしました。

 小走りで駆けて行ったのですが……探していた白は見つかりませんでした。


 ですが、代わりに見慣れた黒を見つけました。

 あの黒ずくめの小さな背中は……。


「オリオン?」


 声をかけると、ベンチに腰掛けていたオリオンの頭がこちらを向きました。

 手にはラムネの瓶のようなボトルがあって、それを飲みながら桜を見ていたようです。


「一人でお花見だなんて、ずるいぞ……ってお酒!?」


 隣に座って話し掛けると、アルコールの匂いがして思わず顔を顰めてしまいました。

 そっか、驚いてしまいましたがオリオンは子供じゃないんですよね。

 でも中学生が花見酒をしているようにしかみえないので違和感が半端ないです。

 しかもこのお酒、きっとかなり度数が高いです。

 酔っている様子には見えません、お酒に強いのでしょうか。


「こんな時間に出歩くな。しかもそんな格好で。体調を崩すぞ。すぐに戻れ」

「ええー」


 私が驚いたことでも顔を顰めていましたが、こんな時間に出歩いていることも叱られてしまいました。

 格好は寝ようと思っていたので、薄い水色のパジャマワンピースです。

 そう言われると確かに肌寒くて風邪をひいてしまいそうです。

 戻った方が良いのは確実ですが、少しオリオンと話をしたくて駄々をこねてみました。


「少しだけだからな」


 まだ帰らないという意思を込めて横に座り、ニコニコしているとお許しが出ました。

 同時にオリオンがいつも着ているコートを渡されました。

 これを着ていろ、ということのようです。

 有り難く羽織らせて貰いました。

 暖かいです。

 お礼を言おうと顔を向けるとオリオンは半袖でした。


「寒いでしょ! 返すよ」

「いや、呑んでるから熱いくらいだ。これくらいでちょうどいい。それにこれがあるからな」


 そう言うと、私が以前プレゼントしたストールをつまんで見せました。

 今も首に巻かれているし、渡してからはずっとつけてくれています。

 嬉しくてニヤニヤしてしまいました。

 そういうことなら有り難くコートは借りておこうと思います。

 そんなに長い間借りるつもりもありませんし。

 少し話したら大人しく帰って寝ることにします。


 半袖になったことで、普段見えていなオリオンの腕が気になりました。

 両手の甲に見える印は知っていましたが、それ以外にも印なのか何なのか分かりませんが、腕に民族的な模様……トライバル柄と言われるような模様が巻き付いていました。


「それも印なの?」


 まじまじと見つめていると、オリオンがそれを隠すような仕草を一瞬しました。

 あまり聞かれたくないことだったのでしょうか。


「まあ……似たようなものだ」


 やっぱりあまり触れて欲しくないようで、顔を逸らしながらぽつりと呟きました。

 どうしよう……空気が重くなってしまいました。

 オリオンも気持ちよさそうに花見酒をしていたのに、私がぶち壊してしまいました。


「もうすぐだな」


 何か話して空気を変えようと考えていると、オリオンの方から声を掛けてくれました。

 もうすぐ塔の魔物退治が始る、そのことを言っているのでしょう。


「うん」


 二人で空を見上げました。

 桜の枠がついた夜空も綺麗です。


「オリオン、本当にありがとう」


 二人で月を見ていると、改めてオリオンにお礼が言いたくなりました。

 今こうやって前向きな気持ちでいられるのはオリオンのおかげです。

 この世界に来て、オリオンがいなかったら……。

 私はきっとどうすることも出来ず、怒りと涙にまみれた毎日を送っていたと思います。


「礼などいらない」


 夜空見上げたまま、オリオンが呟きました。

 その横顔を何となく見つめ続けているとオリオンがこちらを向き、目が合ってドキリとしました。

 思わず目を逸らしてしまいましたが、さっきまでの穏やかな表情が陰っていたように見えました。

 どうしたのでしょう。


「お前は……『戦いたくない』とは思わないのか?」


 やけに真剣な声で問われたのは意外な内容でした。

 答えが分かりきっているのであえて聞く意味があるのか、そう思ってしまう内容です。

 オリオンを見ると、お酒に目を落として難しい顔をしていました。


「思うよ。思わないわけない。魔物といっても生き物の命を奪うことは恐ろしいもの。傷つけるのも、傷つけられるのも怖いよ」


 以前オリオンには、私の世界……特に私がいた国は武器を持つことも禁止されている平和なところだと話しました。

 家畜といえど、自分で食用に処理をすることも無いので血が流れることとは無縁です。


「だから、ふと怖くなるの。私が私でなくなるんじゃないかって」


 戦闘が上達することは嬉しいです。

 皆の足手纏いになりたくないし、腹を括って『やらなければいけないこと』だと思うから。

 でも思う時があります。

 元の世界に戻って、近所にいる猫や犬を傷つけることに抵抗を感じないような人間になっていたらどうしよう、と。

 そんなことはないとは思いますが、やはり色々なことが恐ろしいです。


「戦いたくないなら、やめてもいいぞ」

「え……」


 ……そうは見えないけれど、実は酔っているのでしょうか。

 『やめてもいい』だなんてオリオンが言いそうに無い言葉です。


「でも、それじゃ帰れないし……。っていうか前は、戦え! って言ってなかった?」


 やる気が無いなら、灰原さんのところに行くと怒られたこともありました。


「それは……お前が戦う道を選んだからだ。中途半端なことをしていたら危険だ。戦うと決めたのなら自分の身は守れるくらいにはならないとな。だが、『戦わない』というのなら……それでいい。こっちの都合で、お前が追い込まれる必要はないんだ。……ましてや命を失うなんて、絶対にあってはいけない」


 本気で言っているのでしょうか、マジマジと横顔を見つめてしまいました。

 その横顔はとても悲しそうでした。

 何かを考えているのか、思い出しているのか……。


 声を掛け辛く、黙って見守っていると私が見ていることに気づいたのか、空気を柔らかくして口を開きました。


「お前が戦わないというのなら向こうに協力して、お前が早く帰れるよう頑張ってやるさ」

「オリオン……」

「だから、無理はするなよ」


 部屋では悲しみの涙を流しましたが、今はオリオンの優しさに触れて泣きそうです。

 どうしてこんなに優しいのでしょう。

 つい甘えてしまいそうになりますが……。


「ありがとう。……でも私、自分の力で帰りたい」


 勝手に連れてこられたのだから、何もしないで待っていてもいいと思いますが、やはり灰原さんに任せるのは嫌だし、今までの協力してくれた皆と最後まで頑張りたいです。

 それをオリオンに伝えると、再びお酒に目を落として頷きました。

 また何か考え込んでいるのか、黙ったままです。


 最近オリオンは妙にセンチメンタルな気がします。

 遺跡で懐かしいことを思い出したからなのでしょうか。


 時間が流れ、寒くなってきました。

 そろそろオリオンにコートを返した方が良さそうです。


「私、そろそろ戻るね」


 ベンチから立ち上がり、コートを前屈みで座っているオリオンの肩にかけました。


「ちゃんと休めよ」

「うん」


 花見酒はまだ続けるようで、オリオンは動きません。

 あまり呑み過ぎないように伝え、部屋に戻りました。

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