第九部 四章 -イラ・イ・ビエンテ-

 大慌てで最低限の武装をしてカスコ支所から一歩外に出た途端、耳に入って来た悲鳴はアルパでゴーレムが暴れていた日を思い出させる。震え上がったのは何も寒さのせいだけではない。森が燃える赤い光が錯覚で見えたのは一瞬だったが、実際の光景もあの日と差は遠くなかった。

 逃げ惑う人影や声の数はアルパの比ではなかった。カスコにいるから、カスコの召喚士だからと言っても万人がビアヘロと戦う術は持っていない。ましてやこの不意の状況に対応できる順応力を持っている者がどれだけいようか。

 「レブ、お願い!」

 「任せろ!」

 私が名前を呼ぶとレブは力強い返事と共に身を屈めて大きく翼を広げた。バッと展開した翼は風を受けて丸みを帯びて更に広く見せる。

 煙は幾つか立ち上っているが、炎らしき光りは見えてこない。火炎ではなく、どちらかと言えば土煙に近い。しかし木々が燃えて発生する黒煙も時折姿を見せていた。しかもその黒煙が一際濃く空へ昇っていたのはカスコ城の方だ。放って治まる様なものじゃない。一刻も早く止めないと。

 「待て」

 しかし、そこで私達を止めたのはチータ所長だった。

 「レアンドロ!一般人の避難誘導、状況の確認を急がせろ!それと、待機中の浄戒召喚士をカスコ支所前に集めておけ!どこに向かわせるかは追って指示を出す!」

 「は……はっ!直ちに!」

 どこに逃げれば良いのか、どこが一大事なのか。それすらも今の段階では分からない。だけどこの状況でも所長の迷いない指揮はレアンドロ副所長もすぐに行動へ移させた。

 「……君達は残れ。私が首謀者を捕らえる」

 カスコ支所に再び飛び込んだレアンドロ副所長が乱暴に閉じた扉を見て、チータ所長が指差す。拍子抜けしたレブも目を丸くして広げた翼を徐々に閉じていく。

 「人手は多い方が良いです!私達も手伝います!」

 「不要だ。この程度なら私達カスコ支所の召喚士だけで事足りる」

 今よりも酷い体験をした事があるかの様に所長は事も無げに涼やかな顔で言ってカスコ城を睨んだ。

 「フジタカが言うんだったら、きっとフエンテも来ています!今回は前みたいにこっちの先手じゃないんですよ!」

 今回はフジタカが気付くのが遅れたか、相手が何らかの対策を講じていたか分からない。だけど余りにもフジタカが気付くまでと爆音までの時間が短過ぎた。ロボとの関連は疑いようもない。チコも必死に申し出るが所長の目が見据えたのはフジタカただ一人。

 「……俺がいた方が役に立つんじゃないっすか?俺ならどっちに向かってるかもなんとなく……分かります」

 自分の胸に手を当てて真っ直ぐに見詰め返すフジタカの顔をまじまじと見てからチータ所長は自分の腕輪から一枚、召喚陣を取り出した。地面に敷いて数秒、すぐに召喚陣が作動して光を放つ。

 「……出でよ」

 避難する住人の声に紛れて、ぽつりと一言。その直後現れた影に皆が身構える。

 「うわ……っ!?」

 「フジタカと言ったな。私と来てもらうぞ」

 目の前に現れた四足の獣は馬によく似ていた。しかしその姿は単なる馬ではない。

 ウニコルニオと違い額に攻撃的な角は生えていなかった。その代わりに前脚の付け根辺りから羽毛がふさふさと生えており、段々とそれは肩端を離れてレブの背中と同じ翼になっている。翼を生やした天を翔る馬、ペガソは何故か既に馬具が付いた状態でチータ所長の隣にぴったり寄り添って私達を見ている様だった。

 「え……乗れるの?」

 自分を指差すフジタカを見て所長は頷いた。

 「そうだ。時間が無い、早くしろ」

 「あ、は、はい!」

 所長があぶみに足を乗せて一息でペガソに跨ると、すぐにフジタカへ手を差し伸べた。戸惑う暇もないばかりにフジタカも手を乗せ簡単に引き上げられる。

 「では……」

 「ちょっと待った!俺もフジタカの召喚士です!連れてってください!」

 一度手綱を握ったチータ所長にチコが食い下がる。明らかにフジタカと所長で鞍は埋まっていた。

 「来てもらおうか」

 「よっしゃ!お願いします!」

 迷う時間も惜しいのか所長はすぐに決断してフジタカが引き上げた。明らかにペガソの背中はこれ以上人を乗せる事はできそうにない。

 「彼らは必要だから協力してもらう。だが、これで十分だ」

 今度こそしっかりと手綱を握ってチータ所長は私やカルディナさんを見下ろした。

 「君達トロノ支所の召喚士まで駆り出す真似はしない。カスコ支所の中なら余所よりは安全だ。くれぐれも今見えている煙や騒ぎの方へ近付こうとはしないでくれ。契約者を守りたいのならばな」

 「あの……!」

 これ以上は何も聞かない、とチータ所長は今度こそ手綱を振るいペガソが歩き出した。通りを進む速度を徐々に上げると翼を広げて羽ばたいた。フジタカとチコも乗せているのに軽やかに所長のインヴィタドは空へと駆け上がって行ってしまう。

 「行ってくる!」

 「おい、急に振り向くなバカ!」

 フジタカがこっちを見て声を張り、体勢を崩したチコが悲鳴を上げる。所長は無視して前だけ向いていた。そんな三人と一頭の影もどんどん小さくなって消えてしまう。

 「行っちゃった……。どうしよう、あれって私達に好き勝手されたくないって事だよね?」

 「縄張り意識が強いのだな」

 私が皆に向き直るとライさんが舌打ちをした。本人からすればフエンテが来ていた以上、自分で戦いたいのだと思う。

 「でもニクス様を危険には晒せません」

 カルディナさんの後ろでトーロも手斧を持ってはいるが頷いた。そもそも戦闘力があるわけでもない契約者がわざわざ戦場に出向いても標的にされるだけ。

 「うっ……!」

 直後、また大きな爆発が新たに起きて鼓膜が震わされる。余りの音に耳を押さえてしまったがもう遅い。キン、と響いて耳が痛む。音の余韻で痛むのか、周りの新しい爆発の音で痛んでいるのかもよく分からなかった。

 「よし」

 この爆音や悲鳴が混じる雑踏を聞いてもレブは普段通り。それどころか、爆発を見てそんな事を呟くと私の方を向いた。

 「行くぞ」

 「へ?」

 話、聞いてた?と私が彼を見上げると親指で立ち上る煙を指差した。

 「言っていただろう。今見えている煙や騒ぎの方へ近付くなと」

 レブが腕を組んで鼻を鳴らす。

 「そ、そうだよ!だから……!」

 「だから」

 行きたいのは山々だけど……。

 「新しく起きた爆発への干渉に関して、私達は指図されていない」

 「え……?あ……!」

 今、とチータ所長が言っていた後に発生した爆発なら関係無い、って事?だったら、私達も行ける!それに私が気付いて目を合わせるとレブは再び翼を広げた。

 「……屁理屈ね」

 「ふん」

 呆れたカルディナさんにレブは鼻を鳴らして笑った。

 「それに、爆発地点の近くに仕掛けた者がいる可能性は高い」

 チータ所長と出くわす可能性も高いけど、今起きた爆発は明らかにフジタカ達が向かった先とは方向が違う。もしかしてフジタカがロボを追っている間に、ロボが一緒に連れてきたフエンテを暴れさせるのが魂胆だったら……。

 「そういう事なら……」

 ライさんが何かに納得して目線を横にずらすと、その先でまたも小規模だが爆発が起きた。

 「俺達は向こうだ。行くぞ、ウーゴ」

 「おい、ライ!待て!」

 剣を抜き放ってライさんは一目散に駆け出した。ウーゴさんも止めるつもりがあるのかそのまま行かせるのか、ライさんを追って行ってしまう。

 「本来は私だけで行くつもりだったが……。しかし、あの獅子ならそれ程心配は要るまい」

 レブは最初から止めるつもりも無い様で二人の背中を見送ってしまう。カルディナさんは頭を押さえて首を横に振っていた。

 「あのねぇ……」

 「喧しいあの腰巾着は女召喚士が私達に話した内容は知らない」

 腰巾着って、レアンドロ副所長の事かな。そう言えば、私達に避難を言い渡したのは副所長に指示を出してからだった。

 「……口裏を合わせろって事?」

 「好きにしろ。私は行く」

 全員で行動するだけの集団じゃない。ニクス様をお守りする召喚士は誰かしら残さないといけなかった。

 その中でもチコとフジタカ、ウーゴさんとライさんはもう既にそれぞれ行動を開始した。レブももう行く気十分に勇んでいる。だとすれば残るのはやっぱり、カルディナさんしかいない。それに、最も適任だとも思うし。

 「……分かりました。こちらからは何とか言っておきます」

 「任せよう」

 カルディナさんの返事を合図に私がレブの腕に飛び込むとすぐにふわりと浮遊感を覚えた。

 「ニクス様は俺とカルディナで必ず守る」

 「……力になれなくてすまない」

 「いや。留まるからできる事もある」

 最後のトーロとニクス様との会話を皮切りにレブは羽ばたきカスコの空を飛んだ。空の臭いで咳き込みそうになりながら私は町並みを見回す。

 「……酷い」

 視界が煙に包まれて全貌も把握できない。やっぱり一際大きな煙を立ち上らせているのはカスコ城の方だ。だけどこれ以上爆発が増える気配は無い分、カスコ支所の召喚士達に対処してもらった方が良いよね。

 「手近なところから行くか」

 「うん」

 だったら私達はどうするか、と見回して先程レブが指差していた方角へと進路を定める。それでも少し時間が掛かりそうだった。

 「……こんな時に話すのも変だけどさ、不思議だよね」

 私を抱えるレブの目がこちらを向いた。

 「他の人達がニクス様を守るって言ってくれても不安になっちゃうのに、トーロやライさん、カルディナさんやウーゴさんだったら大丈夫かなって思うんだもん」

 レブが前を向いて頷いた。

 「奴らとは共に歩んだ積み重ねがあるからな。どこぞの馬の骨よりはマシと言えるのも分かる」

 「馬の骨って……」

 他の召喚士やインヴィタド達が頼りないのではない。私達やニクス様はあの人達だからお願いできるんだ。

 「離れていても力を信じられる。人同士が築いたこの間柄を仲間、と言うのだろうな」

 レブの目がどこか機嫌を良さそうに細められる。決してそれは吹いている煙混じりの風が染みたわけではなさそうだ。

 「冷静に言うけど、レブだって同じでしょ?」

 こちらからの指摘にレブは自覚が無いのか細めた目をこちらへ向ける。

 「だってさ、ライさんが行っちゃった時に、ライさんなら心配は要らないって。それは信用してる証拠じゃない」

 「……ふん」

 そこで照れなくたって良いのに。もう一つあるんだよ。

 「カルディナさんにも言ってたよね?任せるって。それだって、単に辻褄合わせをしてもらう為じゃなくて、ニクス様の隣をトーロ達に預けて私達は戦いに集中できるからだもん」

 そもそも私がこの話題を振ったのだって、レブの周りに対する反応が前よりももっと変わってきたからだ。前よりもカルディナさんや他の人と話す機会も増えている。イサク王子やチータ所長の時はそれが悪い意味で表に出ちゃったけど。

 「良い人達に出会えたよね、ほんと」

 「………」

 レブの胸に顔を寄せて身を預ける。するとレブは翼を羽ばたかせて高度を更に上げた。

 「ならばそれに対して、私は貴様を危険の渦中へわざわざ飛び込ませようとしている」

 「レブ……」

 召喚士とインヴィタドが一緒にいるのは当たり前だ。自分の預かり知らぬところで魔力を吸い尽くされない様に監督しなければならない。それはインヴィタドに自分を食われぬ様にする自衛にも繋がる。……レブは以前私が寝ている間に魔法を使っていたが、それも気遣いながらだったからその心配は彼に限れば必要無いけど。でもレブが言いたいのは魔法を勝手に使いたいとか、私がいたら足手まといになるとか……そういう事じゃない。

 「レブはこういう時、私に傍にいてほしい?それとも、安全な場所にいてほしい?」

 思えば、こんな事を聞いた事は無かった。だって、私は今まで自分が前に出るのが当たり前だと思っていた。だけど、レブからしたらそれは内心危うかったのかも。……今だって、お荷物になっているのは事実だし。

 「………」

 しかしレブは珍しく即答せずに悩んでいる様だった。何度か口を開きかけては閉じて、パクパクと口を動かしては険しい表情をしている。

 そんな彼を見て思わず私は笑ってしまう。

 「……両方、でしょ?」

 何か言おうとしたのか、口が開きかけたところで私がわざと言う。するとレブは再度口を閉じて口を曲げた。

 「…………あぁ」

 だけど今度の沈黙は、やや間があったもののそこまで長くはなかった。言い当てられたのが不服だったのかな。

 「私達は今話をしていた仲間、とは違うらしい」

レブの声の調子が低くなる。いつもよりも自信が感じられない、まるで私が彼にいつも相談している時の様な……どこか不安げなその声に私は胸を押さえる。

 「じゃあ……さ」

 思わず、私まで声を小さくしてしまった。

 「一心同体の相棒じゃどうかな?」

 やっぱり、私はきっとレブだけ前に出して戦わせる事なんてできない。彼の心労は続くかもしれないけど、傍にいたいもの。二人で一人だったら私は自分の身は自分の力で守ってみせる。その分レブには前で戦ってもらう。

 こちらから出した精一杯の提案にレブは目を見開いた。こっちも負けじと覗き込んだけど、ちょっと目力では敵いそうにない。

 「相棒……愛を紡ぐには少し意味合いが異なる気もするが、今はそれで構わない」

 「そ、そっか……」

 また私、レブの事を不用意に刺激してしまったかな。一度逸らしてしまった目線を元に戻して彼をもう一度見る。

 「あ……」

 「しっかり掴まれ。着くぞ」

 だけどレブはもう前をしっかりと見据えていた。私が言う前にレブは下降を始める。言われた通りにレブに回した腕の力を強めると急に体が回転した。

 「う……!」

 無意味な回転なんかではない。それはレブが空中で回転して何かを避けたからだ。一瞬煙に突っ込んで吸わない様に口は閉じたものの、目に沁みて涙が浮かぶ。

 「呑気に拭っている場合ではない。目を開けろ」

 涙は風が吹き飛ばす。その風さえもどこか目に痛んでしまうがそうも言っていられない。もう私達の目の前にはオリソンティ・エラのモノではない異形がこちらに隠そうともせずに敵意を放っているのだから。

 忘れもしない白銀の甲殻人がこちらへ手をかざすと赤く輝く。火球だ、と気付いた時には既にレブが横へ滑る様に回避してくれていた。

 「ごめん!」

 レブは気にせずにそのまま下降して私は飛び降りる。その直後、レブに甲殻人から放たれた火球が直撃した。

 「あぁっ!レブ!」

 「問題無い」

 もわもわと漂う煙を腕で払い飛ばしたレブの顔に傷や汚れは見当たらなかった。

 「……ちっ」

 しかし、続いてレブの顔に同じ様に火球が容赦無く浴びせられる。正確な狙いにもレブは微かに首を揺らすだけ。

 「ク、クク、ク……」

 場違いな切れの悪い笑い声に私が声の聞こえた方を見ると、建物の壁に背を預けて青年が一人立っていた。長い前髪で目は隠れているが、声に反してその目が笑っていないとはすぐに分かる。

 「ベル、ナルド……」

 「やぁ」

 まるで久し振りに会った友人に挨拶する様に彼はこちらへ手を上げて見せる。その横で彼が以前アルと呼んだ甲殻虫人は依然、レブに向けて火球を投げ付け続けていた。

 そう、返事をした様に見せて彼は私の事なんて目に入っていない。ベルナルドはレブしか見ていなかった。

 「漸く会えたな、紫竜ぅぅぅ……!」

 笑っていた口の角度が反転する様に曲がり、歪む。憎悪と殺気に満ちた声と共に風が火を、前髪を煽った。

 「戯れも飽きたな」

 レブの人差し指がベルナルドへ向けられた。しかし直後、ベルナルドの足元が淡く輝き、光から高速で植物の蔦の様な物が飛びだしてレブへ向かい伸びた。

 「ぬ……っ」

 私の胸が痛み、レブの指先からも光がパッと伸びる。しかしその影はレブの発動した魔法を弾くと彼の胴体へ勢いを緩めずにそのまま突撃した。まともに受けてレブでさえも数歩後退してしまう。

 見れば、それは植物の蔦では済まされなかった。木の枝……ううん、この太さは幹や根だ。樹木その物がベルナルドを中心にレブへと伸びている。レブにぶつかり彼の存在を捉えた根はそのまま彼を取り囲んで締め上げた。拘束されたレブを見てベルナルドは再度緩やかに口角を上げて笑みへと表情を変えていく。

 「木は雷撃を通さない。幾らお前の魔法が強力だとしても相性がある」

 「その通りだ。雷とて、万能とは私も言わない」

 ギギ、と耳に嫌な音が入ってくる。音は間違いなくレブの方から聞こえた。

 「そこに!」

 ベルナルドの合図と共にアルがレブへ火球を投げ付けた。横殴りにされた様にレブの顔が急に角度を変える。

 「良いザマだ!お前には俺と同じ……いや、もっと惨めにやられてもらわないとな!でなければ仕返しにもならない!」

 仕返し、と言う言葉で二つ思い出す。一つはレブが今の姿になった時、レブがベルナルドに対して反撃を行った事。もう一つ、今度はロルダンが言っていた。ベルナルドは私達を……いや、私の事を狙ってくると。

 だけど今狙っているのはレブ一人。あの時ロルダンはレブを相手にするより私を狙った方が確実と言われたのに。その言葉を思い出した途端にゾワ、と寒気が走った。

 「次は……!」

 「雷よ!」

 何をされるのか、読めた。レブの動きを引き付けて、私を彼の目の前で殺す気だと分かった私は先に仕掛けた。手を突き出し、魔法を編み上げてベルナルドへと放つ。

 「うっ……」

 速さで雷を上回る力は無いと思っていた。だが、魔法である以上発動待機時間がどうしても発生する。その間に反応されたのでは私にも対処はし切れない。

 要は、ベルナルドへ使った攻撃魔法が外れた。あの甲殻虫人が腕を一本差し出して代わりに受けたのだ。人間が自分を狙う雷を避けるなんて真似はできないが、私達を凌駕する反射速度を持った生物なら不可能ではない。まして、こちらが口を動かしている間に腕で庇うなんて程度なら彼らなら容易いのだろう。

 「危ないなぁ……。でも、先手を取ろうって気持ちは分かるがね」

 ぶすぶすと煙を上げるアルを見ながらベルナルドはへらへらと笑う。

 「折角だ、脳天に落としてやれば良かっただろうに」

 そこに木の根で縛られたレブが口を開く。また、あの音だ。

 「お前はそこで何もできずに自分の召喚士が殺されるのをゆっくりと見ていろ!」

 「そうはいかんな」

 ぶちぶちぶちぃ、と音がしてレブが腕と翼を広げて根を引き千切った。たちまちレブの爪が幾度も翻ってぼとぼとと木の根は単なる木材と化す。その光景にベルナルドの笑みが凍て付いていった。

 「雷とは万能ではない。だが、私は自分の世界で力を奮い続けた。その力は、魔法に限ったモノではない」

 一歩、レブが前へ足を踏み鳴らして進み出る。

 「私をただの細枝で一瞬でも止められると、本気で思っているのならその浅はかさは度し難いな……!」

 口の端からレブが炎を揺らめかせた。その顔に湛えた感情を真っ向から浴びせられるだけでもベルナルドは気圧されて身を引く。

 レブの力は魔法だけじゃない。彼の爪も、牙も腕力もまた武器だ。仮に樹木が雷撃を通さないとして、残ったレブの力をどう抑えると言うのか。その術も用意しておかなければレブを完封する事などできない。木の根だって電気を防いだとしても熱や火には弱かった。レブの腕力に劣る強度と火への脆さで止まりはしない。その程度で倒されては紫竜が異界の武王なんて呼ばれてはいないだろう。レブはそれに対して愚かと言っているんだ。

 「く……!」

 本気で殺気を放つ竜人を前にして怖がらないなんて人間がいるだろうか。いたとすれば、そんな人間はとうに狂っている。

 ベルナルドとて、壊れてはいなかった。あくまでも自我を振り切らない程度にレブと私を狙っている。だから呆然としそうになりながらも辛うじて睨んでいるだけ。

 「もう一撃!」

 レブに言われたからというのもあるが、今度は手を掲げて振り下ろす。同時に空からベルナルドへ落雷を浴びせた。

 「が、あぁぁぁぁぁ!」

 今度は当たった!レブに気を取られている内に練った魔法がバン、と遅れて音を立てて地面を弾かせる。間違いなくベルナルドの頭に電気は流れた筈だ。

 「………!」

 それもレブの様に小悪魔を成す術も無く黒焦げにする程の威力じゃない。殺さない程度に、と念じて放った電撃はせいぜい意識を失わせる程度……。

 「やりやがったな……女ぁ!」

 そこまで私では狙って発動させられなかった。ベルナルドの視線がこちらへ向いたが、彼は急に後ろへ跳んだ。風の魔法で一気に距離を離した相手と甲殻虫人にレブが間合いを詰めようと身を屈めるが、私が止める。

 「……私達を狙いに来たの?」

 この話は捕らえてからするつもりだった。今までは先に話していたから逃げられていたんだから。だけど、結局今回も後回しにしたら何も分からずに終わる気がする。

 「俺はな……!」

 短い返答に乗せられた殺意が私に届く。最後にベルナルドと遭遇したのはボルンタのピエドゥラだ。恐らく、あの時にレブがやった事に対して今日まで相当恨みを溜め込んでいたのだろう。

 だがベルナルドの俺は、という発言が引っ掛かる。ロボがいるのは当然にしても、彼はどうしてカスコにまた現れた?それにもしかして……他のフエンテも来ている?

 「大人しくしていたと思えば、随分と粗末で温い攻撃だったな」

 「黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ!」

 レブからの挑発にも相手は簡単に乗ってしまう。ベルナルドが唾を吐き散らしながら怒鳴り、再度足元から木の根が伸びる。そんなものに魔法は使うまでもない。レブは自分を貫く勢いで伸びる木を手で軽く弾くだけでその場から動かずに避けた。根は私のすぐ脇を抜けて家の壁に穴を穿っている。

 「この程度なら我が召喚士ですら殺せぬぞ」

 「………」

 実際は危ういよ、それ……。電撃を防がれたら私には相手を攻撃する手段がない。

 「いちいちうるっせぇぇぇぇぇぇぇ!」

 「うっ……!」

 勿論レブも私が未熟とは分かっている。ベルナルドが叫ぶと同時にレブの片翼が広がって私の前を守る様に覆った。その途端に風が吹き荒れ、崩れた壁すらも風圧に切断されて形を変える。

 「レブ!」

 「動くな」

 レブの翼は風を受けて揺れるだけだった。ベルナルドの魔法ぐらいではレブは傷付かないらしい。盾にする様で悪いけど……。

 「カスコの人は関係無いでしょう!この町から離れなさい!」

 翼を挟んで私は声を張る。まだ風は止まず、家の壁に裂傷を荒々しく走らせている。これだけ威力を持たせて風が吹いたら本人の負担だって相当掛かっている筈なのに。

 「俺に指図するなぁぁぁぁ!」

 ベルナルドが更に大きな声を張る。以前の様な余裕はそこになく、ロルダンに激昂したライさんを彷彿とさせた。私の言う事に応じるとは思えなかったが、言わずにはいられない。

 「この町を壊して得なんてしないでしょう!」

 過激派、なんていたくらいだがフエンテは今日まで極力その存在をオリソンティ・エラの表から消していた召喚士達だ。それを、私達への復讐心だけで台無しにするなんて余りにも無計画過ぎる。

 「得ならあるに決まっているぅ!」

 その一言と共に、風が徐々に止んでいく。レブの翼もゆっくりと畳まれていった。

 「俺がスッキリする!この苛立ちを!鬱憤を浴びてお前らが顔を歪める様を見て俺の気持ちが安らぐんだ!」

 「それが地なのだな」

 レブが手をかざして魔法をあの何も言わぬ虫人へ浴びせる。私と比べ物にならない威力の雷撃を受けて激しく痙攣はしたが膝をついただけで倒れない。

 「根本はやはり双子だな。よく似ている」

 「……悪い意味で」

 ベルトランより行動が遅かった、理性的に対処していただけ。実際は目の前にいるベルトランそっくりの兄も中身は同じだった。

 「オニーチャンは我慢してオトートが優遇されるなんてよくある話。俺だって同じだ。あの莫迦な弟が自分だけで暴れ回るから、俺がしっかりしなくちゃいけなかった」

 本当は、自分も派手に動きたい性分だったのに。でも、そんなの……。

 「それでも契約者やフジタカを狙ってカスコまで巻き込むなんて!」

 「はっはっはっ!」

 前髪の下へ手を滑り込ませ、顔を覆ってベルナルドは笑う。その間に、虫人の痙攣が治まりゆっくりと立ち上がった。

 「俺は派手に攻撃できるのなら誰でも良い!お前ら二人は絶対に潰すがな!」

 「誰でも……良い?」

 その結果が、今の周りを表しているの……?

 「……それに協力した人が、いるの。それとも、一人で全てやったの」

 私が彼を止めればこの騒動は静まるの?レブと一緒にベルナルドを止めて、チコ達がロボを押さえる。それで済むのなら……。

 ベルナルドは酷薄な笑みを浮かべて手を下ろした。

 「そりゃあ、流石に一人でこんな無茶はしねぇよ」

 アルという虫が魔法で火球をぶつけて火災を起こし、ベルナルドが風の魔法で火を煽る。……やはり、そう単純な爆発じゃない。別にいる他者の力も働いているんだ。

 「スパルトイの臭いがするな」

 硝子がどこかで割れた。その音と、レブの一言に胸が締まる。

 思い付く他の戦力が相手にあるとすれば、やはりスパルトイと……その供給源。

 「スパルトイがいるのは正解だぁ……!でもそれはロルダンからくすねたのと、俺が飴玉と交換して集めた兵士だ」

 「随分と安い値段交渉だな」

 普段からロルダンはカドモスからスパルトイを仕入れて、それを他者に譲渡している。それは浄戒召喚士試験の後に知った。だけど竜の牙を飴でやり取りするなんて。そもそもスパルトイを用意できる環境の違いではあるのだろうけど……。

 「まぁ、すぐに集まるしな。その気になれば数か月でカスコの人口分ぐらいは軽く準……」

 「黙れ!」

 渇するレブにベルナルドの表情が凍て付く。

 「我が友の牙……。お前の様な下賤が扱って良い代物ではないっ!」

 「な……あ……」

 レブの顔付きが、纏う気迫がみるみる変わっていく。ベルナルドはその逆に、まるで目の前に居る相手が自分を踏み潰せそうな程に大きくなって見下ろされているかの様に血の気を失っていく。

 「な、何が……友だ……」

 声を震わせてかろうじて放ったベルナルドの一言に、レブの肩がぴくりと跳ねて止まる。

 「知っているんだぞ……お前がカドモスを倒した事だって、な……!」

 勢いは無い。だが、はっきりとした殺意と敵意だけは私達に向けてくる。

 ロルダンは召喚士としてカドモスと繋がっているのだから状況は知っている筈だ。多少怪我はしたものの、カドモスがレブに負けたと目の前にいる青年へ伝えるくらいはしていてもおかしくない。どこまで組織として繋がっているのかも見えないが、初めてピエドゥラに現れた時や今回の件といい、決して単独で動くわけでもないようだ。

 「………」

 レブは何も答えず、一歩だけベルナルドへ向かい前進する。

 「本気で殺し合った様な相手に友なんて、よくも言えたなぁ!」

 直後、レブが前へ飛び虫人が盾になる様に動いた。

 「お前如きに……私の何が分かる!」

 白銀の甲殻を凹み砕いてレブの拳が血に染まる。ギチギチと各手足の関節を鳴らして数秒、虫人は完全に絶命した。ベルナルドは自分のインヴィタドを囮にしたその一瞬で更に後ろへと魔法で飛んでいる。

 「くっ……!」

 レブが虫人から拳を引き抜き、ベルナルドを追おうと翼を広げる。私も空いた距離を詰めようと走り出した。

 だけど、私の胸には妙にさっきのレブがベルナルドへ放った言葉が刺さっていた。お前に私の何が分かるのか、と。

 「う、うわぁぁぁ!」

 必要だったのか魔法の効力切れかなのか、一度ベルナルドが着地する。その着地点のすぐ脇、家屋と家屋の間から悲鳴が聞こえた。どうやら避難できていなかった人がまだそこに隠れていたらしい。

 「動くなぁぁ!」

 ベルナルドが怒鳴り、建物の影へと手を伸ばした。

 「おい……!は、離せ!」

 呻き声と共に、ベルナルドが物陰から引き摺り出したのは人間だった。しかも、私達はその姿に見覚えがあった。

 「レブ、止まって!」

 「ええい!」

 あからさまに舌打ちをするとレブは石畳を踏み鳴らした。それだけでも石畳はひび割れて変形する。

 「こっちだ……!」

 「痛……!止めろ!俺を誰だと……ぐぁ!」

 ベルナルドの華奢な手に関節を極められて顔を歪めていたのは、行方知れずになっていたイサク王子だった。まさかこの場で再会するとは思っていなかった。できればチータ所長に保護してもらいたいところだけど……。

 「誰?は、何様のつもりだよ!」

 王子を盾にして余裕を少し取り戻したのか、ギリギリと極めた手首へ力を込めると王子は悲痛な声を洩らす。

 「う、うぁ……あぁあっぁ!」

 「見たところ、魔力はあるんだね。だが召喚士なんて、この町では珍しくもないだろう?それだけで威張るには……役不足かな」

 こちらが手を出せないと知ると、ニヤリと笑い王子を玩具の様にいたぶる。だけどこの状況を打開する一言を彼は持っていた。

 「お前こそ、この俺にそんな態度を取って良いと……思ってんのか!」

 「駄目!止まって!」

 流れを察して私は声を張ったがもう遅い。

 「俺はイサク・フォーガ・オリソン!次期カスコの王だぞ!そんな俺への不敬が許されると思っているのか!」

 「愚か者め……!」

 レブもベルナルドを殺す算段をしている場合ではなくなってしまう。そう、ベルナルドがその手に掴んでいるのは今荒らしているカスコの中心だった。

 「ふ、ふふ。ふふふふふ……!あははははははははは!キミが、このカスコの王子様?なんでこんなところにいるのさ!」

 「うるっさい!俺がこの町を歩くのに理由が要るか!」

 状況を分かっていないのかイサク王子は尚も強気に怒鳴り続ける。考えないと、今の私ができる事は何なのか。

 レブと私の使う魔法は広範囲且つ強力だ。一度使えばあらゆる物を破壊できる。でも、だからこそ町の中や個人を相手に発動させにくい。レブも加減は心得ているが、王子を盾にされていては加減しても巻き込む可能性がある。

 王子が腕の一本でも折って構わないのであれば、きっと容易にレブは完遂できる。だけど……。

 「へぇ?」

 私達がまだ何も仕掛けないのを見てベルナルドが召喚陣を取り出した。

 「……キミの言葉、信じさせてもらおうかな」

 「はぁ!?何を当たり前の事を言ってるんだお前!」

 本人の証言、そして私達の態度がイサク王子を、本当に要人だと思わせてしまった。

 「この男は俺が連れて帰る!それが今、お前達を潰す一番の近道だと思ったからな!」

 「止めなさい!」

 召喚陣が作動し、次々にさっきレブが貫いた虫人と同じ種族のインヴィタドが現れる。あっという間に街路を防ぐだけの数が集まり、ほんの数間ベルナルドとイサク王子の姿を覆い隠した。

 「レブ、このままじゃ……!」

 「分かっておるわ!」

 普段よりも荒々しい返事と共にレブが襲い掛かる甲殻虫人を貫手で黙らせる。彼が落ち着きを欠いていると気付いた時、私達の背後から火球が幾つも飛んできた。

 「クキャアァァァァ!」

 狙ったのはレブでも私でもなく、虫人達のみだった。振り返るとそこには三人の召喚士が立っている。連れているのは三人ともにサラマンデルだった。

 「加勢します!」

 「お嬢さん、後はお任せください!」

 「え……」

 現れた見た事の無い召喚士達はどうやらカスコ支所から来たみたいだった。かなり手慣れた様子で私を庇う様に前へ立つ。三人が手を掲げると火蜥蜴の精霊サラマンデルはそれぞれが崩れた壁をぬるぬると素早く伝い、各虫人へのみ的確に炎を浴びせた。

 「ギャァアァァ!」

 「これじゃ火が燃え移ります!」

 炎を浴びて悶え苦しむ虫人達の悲鳴に負けない様に声を張っても、召喚士達は静かに頷くのみ。火を弱めさせようとはしなかった。

 「燃えてもオンディーナを呼ぶだけで火は消せます。ご安心を」

 「そうじゃなくて……」

 既に多くの破壊がもたらされた後だ。でもだからって人さえ怪我をしなければ良い、と割り切っているのだろうか。

 「あ、あの!そこの虫人を召喚したフエンテが……イサク王子を連れ去りました!」

 「なんだって!?」

 ベルナルドとイサク王子が姿を消してから時間はまだほとんど経過していない。今から追えば、まだ十分間に合う。フエンテという言葉をこの人達が知っているかは問題じゃない。いなくなった王子が捕まり、連れ去られたという部分さえ伝われば十分だ。

 「すみません、私とレブで……」

 「こちらで追い掛けます!お嬢さんはカスコ支所へお戻りください!」

 私の肩を強引にカスコの召喚士が掴む。その姿を睨む様にしてレブが尾を振り石畳を叩き割った。

 「我が召喚士に気安く触れるな……!」

 「なに……!?」

 レブの態度に召喚士達が眉をひそめた。話をしている場合でもないのに!

 「私達にも行かせてください!」

 「……不要です。そのインヴィタドを連れてすぐにお戻りを」

 チータ所長と同じ事を言われた。しかも、言葉遣いこそ丁寧にしているが今度はもっと敵意を露わにした上で。

 「お前らの実力では捕縛できない。だからこちらで行く」

 サラマンデルやオンディーナを数だけ用意してもベルナルドは止められない。勿論、もっと強力なインヴィタドを彼らも持っているかも。

 「姿なら確かにこの目で見ました。私達で必ず捕まえて見せます!」

 見誤っているのはどちらなのか。召喚士の男性もベルナルドの姿を見たと言っている。だからって……。

 「この騒ぎ……持ち込んだのは私達かもしれないんです。だとしたら、やっぱりお任せするのは……無理です!」

 私が言い切ると同時にレブが翼を広げた。召喚士三人がその羽音を聞いてこちらから目を外した隙に、私は三人の横を通り抜けて彼の腕に飛び込む。レブが高く飛び上がっても三人は呆然とこちらを見上げているだけ。下りろと命令もなければ、追ってくる様子も見せない。

 「勝手な真似は慎めっ!」

 しかし、代わりに真正面から不意に声が張る。風圧に細めた目を開けると、目の前に二頭のペガソが翼をはためかせていた。

 「ザナ!なんでお前がここにいるんだ!」

 声を張った主、チータ所長の腰に抱き着いていたチコが顔を覗かせる。チコの顔を一瞥してチータ所長はこちらを剣よりも鋭く、冬の凍て付く寒気をもしのぐ冷たさを宿した目で射貫いた。レブは気にした様子も見せずに彼女達から顔を背ける。

 「話は聞こえた。それ以上進むのなら武力を以て止める」

 チータ所長からの脅しにレブは鼻を鳴らす。

 「できるとは思えぬな。肉塊になりたくなければ退け」

 「……それが君の意志か」

 レブではない、私にチータ所長が声を掛ける。

 「言った筈だな。契約者を守りたいのなら留まれと。それに、カスコの召喚士だけでこの事態は対処できる、と」

それを無視した上で、何をしている。言われている事が何かは分かっているつもりだ。話している間に、目下に居た筈の召喚士三人は整列していた。

 「主犯は、ロボだけじゃない!それ、で……」

 口を開きかけた私の視界にもう一頭のペガソが目に入る。そう、最初は一頭だけだった筈のペガソがもう一頭増えていたのだ。

 しかも新たなペガソの手綱を握っていたのは、フジタカ。

 「あ……」

 フジタカは黙って何も言わずに横で俯いている。その彼の後ろに何かが乗っていた。

 ぐったりとした人型で微動だにせずペガソの背中に横たわっている。人型とは言うが、尻の部分からはふさふさの毛に包まれた尾が垂れていた。どうやら獣人、らしい。

 「フジタカ……それ……。その人……」

 コクン、と頷いてフジタカが顔を上げた。

 「気を失っているけど……親父だ」

 見えたフジタカの顔は、今にも泣き出しそうだった。

 「……君とその竜人は私の力を見くびっていたという事かな」

 フジタカを余所に、勝ち誇った顔でチータ所長が動かないロボを親指で差す。どうやら、倒したのはフジタカじゃない……?

 でも、ロボにはフジタカと同じ力があった筈だ。それに対抗できるのは、やはりフジタカだけ。それを所長はいとも簡単に、この短時間で攻略して倒した……。

 「………」

 レブは口を開こうとせず、静かにチータ所長を見ている。ベルナルドに対してかなり気を荒くしていた筈だけど……。

 「私ならば。いや、私達ならばこの通りだ。君達が手こずってきた召喚士の集団……フエンテとやらも容易く下せる。向こうは力量を知っていたから今までは私達の前に姿を見せなかったが、今回は愚かしい行いでその力を勘違いした」

 だから、とチータ所長は続けた。

 「おかげで炙り出せた」

 「そんな……。だったら、イサク王子の件はどうするんですか!」

 王子の名前を出すとさすがにチータ所長の口元から笑みも消えて、逆に下を向く。

 「人質、か……。本当にどこまでも手間を掛けさせられる」

 仮にも仕える主に対してもその物言いは容赦が無い。無論、本人に直接は言っていまい。だって、言って通じていたのならあんな事にはならないだろうし。

 「だが、君達には関係無いだろう」

 発せられる拒否の姿勢は崩されない。それどころか、これだけ巻き込まれているのに関係無いとまで言われてしまう。

 「人質を取ったのは我々への妨害を目的としている」

 「理由はどうあれ、この場で起きた事を我々は他人任せにはしない」

 レブが威圧しても微塵も引かずにチータ所長は一蹴した。何度問答を繰り返しても、話が進まない。

 「……本当に、できるのですか?」

 私からの確認に深く頷いて所長は手綱を握り直した。

 「君達に足を引っ張られさえしなければな」

 言い切ると所長はペガソをゆっくりと下降させた。私もレブに手振りだけで示すと彼もゆっくり翼の羽ばたきを止めて下りてくれる。

 「その男がいれば転移はできない、か」

 目を細めてレブは動かないロボを見ていた。フジタカも所長にロボの力については移動中にでも説明しただろう。

 「ベルナルド……追えば捕まえられるんだ……よね?」

 レブの腕から抜けて下りて彼を見上げる。しかし所長がふ、と笑えばペガソに跨ったままで腕を振る。

 「王子を人質にした賊を捕まえる!お前達が先頭で追撃しろ!人員は状況を見て追加する」

 「はっ!」

 私達を助けに来てくれた召喚士達三人はチータ所長の命令に返事をし、短く頭を下げるとすかさずに駆け出した。人間の脚力ではとても追い付けないが、最初に召喚していたサラマンデル達の姿が消えている。言われる前にはもう動かしていたんだ。

 「………」

 部下の召喚士達が角を曲がって姿を消すのを見届け、所長は腕を下ろしてこちらへ視線を移す。射貫く様な鋭さは味方に向ける様な目力ではない。

 「程無く、私の部下が捕まえてくるだろう。君達は戻っていろ」

 「………」

 反論は聞かない。その態度にレブは何も言わない。ペガソから降りたフジタカの横を通り抜け、ロボが着ていた服の襟元を掴んで担ぎ上げて肩に乗せた。

 「それで良い。人狼は身動きできぬ様に縛っておけ」

 「私に命令ができる人間はこの世界に一人だけだ」

 レブとチータ所長は背中を向け合ったままだった。

 「………」

 それで所長はさっきよりも睨む様に私を見下ろした。

 「分かってるのは刃物類は持たせちゃダメ、って事だよね。話ができる程度に拘束するけど……」

 フジタカを見ると、彼はすぐに頷いた。

 「気を遣う必要なんてねぇよ。……悪い」

 首を横に振ってから私はレブを見る。顔だけこちらを向けていたレブは目を伏せてこちらに合図した。とりあえずは従ってくれるみたい。

 「よっと……」

 チコも所長の後ろから飛び下りて私達に合流する。それと同時に所長は手綱を振ってペガソを羽ばたかせた。フジタカがロボを乗せていた方のペガソは召喚陣からの魔力を断たれたのか姿を消してしまう。

 「途中までの助力は素直に感謝しておこう。だが、これ以上出過ぎた真似をするならば、このカスコを歩けないと思った方が良い」

 最後の警告、と言わんばかりにチータ所長は一層厳しく言い放つと天馬と共に空を駆けて行ってしまう。その姿を見てフジタカは口を曲げた。

 「何が素直に感謝だよ……。つまんねぇ見栄張ってさ」

 カスコ側からすれば、私達の介入が本当に気に食わないんだ。例え、フエンテの主目的が私達だったとしても。

 ……でも、私達だけが目的だったらこれだけの騒ぎを起こすのかな。辺りを見て私は胸を押さえる。

 騒ぎに気付いた時よりも黒煙が広がっている。そこら中で召喚陣が作動する光や魔法が発動して展開する陣の光が溢れていた。瓦礫が転がり、呼吸をする度に咳き込みそうになるこの町は、数日前までの私達が知るカスコではなくなってしまっている。

 「あ」

 契約者同伴の私達には消火や救助すら私達にさせないつもりだ。何かできるかもしれないのに、何もやらせてもらえないもどかしさをどうにか受け入れようとしていると、フジタカが声を洩らす。

 「なぁ、ライさん……どこに行った?」

 フジタカは知らない筈だけど、私とレブがこの場にいる事から勘付いたのだろう。私もレブと顔を見合わせた。

 「……回収して戻るぞ。あの男も歯止めが効かなくなるだろうからな」

 今のライさんなら、フエンテを捉える為ならば手段を選ぶまい。途中で止めて、と言って聞いてくれないなら……レブにお願いするしかなかった。


 私達が発見した時、まさにライさんはフエンテのインヴィタドを剣で屠ったところだった。しかも、すぐ傍には知らない顔だが明らかにこちらに敵対心を向ける召喚士もいた。召喚士の腕輪も身に付けていない男はフエンテの召喚士らしい。ウーゴさんに言っても止められるものではなかったので、やむなく私はレブに言ってライさんを手刀で気絶させてもらった。

 フジタカとウーゴさんに頼んでライさんを、レブにはロボともう一人のフエンテを担いでもらい、私達は後味の悪さを覚えながらカスコ支所へと戻る事になる。後から聞いた話だが、鎮火はすぐに済んで一般人の死者はいなかったそうだ。それだけでも良しとしないといけないのかな、余所者の私達は……。

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