お見舞い、かすかな光

 国津中央病院は市内で一番大きな病院だ。

 有名なデザイナーが設計したという本館は内外に近代的なデザインが取り入れられていて、病院という言葉が持つなんとなく暗いイメージを払拭するのに一役買っている。

 外来で訪れた患者や勤務中の職員で混みあうエントランスを抜けて、少し奥にいったところにあるエレベーターに乗り五階の入院病棟へ。

 エレベーターから降りるとナースステーションを中心にH字型に廊下が伸びていて、建物の外側に向かって病室が並んでいる。

 看護師や医師が忙しそうに行きかう廊下を邪魔にならないように進んでいく。


 五〇一三号室。


 追風のおばさんのベッドは四人部屋の窓側にあった。

 椅子に座って心配そうにおばさんを見つめていた追風が俺に気づき、顔を上げる。


「あれ、朝田じゃん。お見舞いに来てくれたんだ。……って、なんか機嫌悪くない?」

「気のせいだろ。……おばさんの具合は?」


 ベッドに近寄って目を閉じたままのおばさんの顔を見下ろしてみる。

 少なくとも顔色は悪くないように見えるが、追風の表情には力がない。


「……あれからまだ意識が戻ってなくてね。脳へのダメージはほとんどないから、もうすぐ目を覚ますだろうってお医者さんは言ってくれてるんだけど」


 そこで追風は俺を見上げて小さく笑い、


「……来てくれてありがとね。正直一人だと心細かったから」


 常に無い弱々しい雰囲気に俺はどんな反応をすればいいのか分からず、目を逸らす。


「……来ただけだけどな。何もできないし」

「何も期待してないから、別にいいよ」

「の、飲み物とかおごる金もないですからね……!」

「心にもないことを口にしなくていいから」

 半目。よく分かってますね。


 そこで追風はわずかながら周りの注目を集めていることに気がつき立ち上がる。


「……待合室に行こっか」


 + + +


 待合室はフロアの角にあった。

 患者や見舞い客のために幾つかのソファや丸椅子が置かれた空間は壁の二面がガラス張りになっており、追風神社並みとはいかずともなかなかの景色だ。

 晴れていれば、さぞかし気持ちがいいに違いない。


 この土日の間、追風は家から病院まで通っていたらしい。

 同じ市内とはいえあの山からだと結構距離があるはずだが、鍛えられるとのお言葉。さすがすぎる。

 幸いおばさんの容態は安定しているので、明日からは学校帰りのお見舞いに切り替えるとのこと。


 そんな事を話していると、スマホから雅比の声が聞こえた。


『…………追風の娘よ。過日は申し訳なかった』


 スマホを追風に渡す。

 その方が雅比も話しやすいだろう。


「いいですよ。雅比さんのせいじゃないですし、私も雅比さんを信じてもっと早く相談していればよかったんです」


 済んだことだと追風は自分自身にも言い聞かせるように頷く。

 つい二日前、彼女の憤りを目の当たりにしたばかりだ。

 簡単に飲み込める話ではないのだろう。

 本当は言いたいことだって幾つもあるに違いない。


『じゃが……』


 雅比も追風の心中を慮ったのか、それ以上は続けようとしない。


「……なんとかなりそうなんですか?」


 追風の問いにすぐに雅比は答えられず、代わりに俺が尋ねる。


「ニュースは見てるか?」

「……見てる。ひどいね。ここの病院にも怪我した人がかなり運ばれてきてるみたい。あれ、全部?」

「多分な……」


 ここ数日、火事の発生頻度は平時の数倍に膨れ上がっていた。

 警察などは放火の線を追いかけているようだが、何しろ相手は神だ。

 事件解決の手がかりなんて見つかるはずもない。


『――正直に申せば、解決の目処はまったく立っておらん。地主神がいれば抑えることもできたじゃろうが、政令指定都市の候補地じゃからな……』


 地主神がいないことが候補地の条件、だったか。


「この前はスルーしたけど、地主神ってどんな存在なんだ?」


 話をつなぐ意味も含めて訊いてみると雅比はバスで俺とやりあったばかりだからか少し話しにくそうだったが、


『……文字通り、長年その土地を守り続けている神のことじゃ。必然、人間からの信仰も厚く、力も強いため、その土地の地主神に逆らうような真似はそうそう滅多にはできぬ。無論、出雲議会でも地主神の権利は重視されているのでな。これを乱すものには相応の処罰が下ることになる』


 なるほど。

 警察……というよりは中世の領主が近いか。

 税ではなく信仰によって力を蓄える。

 外敵から民を守る。


 地主神のいない土地が政令指定都市として選ばれる理由も今の説明で理解できた。

 制度の内容を考えれば、どうしたって地主神と喧嘩になるだろうからな。


 ……ん? 待てよ。


「確認するけど、ここには地主神はいないんだよな? だから、政令指定都市の候補になってるんだよな?」

『うむ? その通りじゃが……』


 雅比が目を瞬かせる。

 追風も、何を言い出すつもりだろうと首をかしげる。


「だったらさ、」


 その時、天井のスピーカーが緊迫した声で館内放送を流し始めた。

 内容を聞いた俺たちは一斉に立ち上がる。

 火災が発生したのだ。


 + + +


『火雷天神の気配じゃ!』


 フロア内が騒然となる中、はっきりと雅比の声が耳に入ってきた。

 追風が病室の方へと駆け出し、俺も彼女を追いかける。

 火災はかなりの規模のようで、すでに患者の避難が始められていた。

 廊下を駆け抜け病室まで戻ると、おばさんが移動式のベッド(ストレッチャー)に移されたところだった。

 先に着いていた追風と看護師たちがおばさんを乗せたベッドを廊下へ運び出そうとしている。俺も手伝おうとして駆け寄る。


『軽蔑したぞ、風神党の』


 忘れようのない声に、俺と追風は身を強張らせる。窓の外にスマホを向ければ、凍てつくような目をした男が不機嫌そうに顔を歪めていた。


「火雷天神……っ」

『あれだけの大言壮語を吹聴しておきながら指をくわえて眺めているだけとはな。腑抜けめ。私を討つのではなかったのか。あれはただの虚言か』

『……そのようなつもりはない』


 雅比は苦々しげ。


『ほう、ならば確かめさせてもらおうか』


 火雷天神が傲慢な笑みと共に両手を掲げると、空中に巨大な炎の弾が生まれる。

 息を呑んだのは俺たちだけではなかった。

 他の人たちにも炎は見えているのだ。


『よさぬか!』

『問答無用!』


 解き放たれた炎弾が窓ガラスに着弾したと同時、激しい熱と衝撃が俺の意識を叩き潰した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る