第11話

 上の社は、大嵐の最中(さなか)にあった。

「そんなに泣かないで~!」

 風で目が開けられない。日和はどうにか叫んだが、へろへろの声はあっと言う間に吹き飛ばされる。

 六葉が呪符で結界を作った。数人入れる程度の、風の及ばない範囲の中で、次の術を準備する。

 どうにか結界に入れてもらってから、日和は鼻水を拭き取った。

「すごい風。どうするの?」

「まずは話を聞ける態勢を作ってからだな」

 六葉が呪を唱えると、青白い光の線が、宙に浮かぶ。線は一つ、二つ、と交差して、あっと言う間に、中空で泣き喚く神を取り囲んだ。

 自分達の入っている結界はほどかずに、六葉は交渉に入ろうとする、が。

「気に入らんのじゃあ!」

 神は両手を振り上げた。線は軽々と吹き飛ばされてしまった。

「……馬鹿力め」

「六葉、失礼だよ」

 空を睨んでいるうち、目の端に何かがよぎる。風の中に、緋色が見えた。小萩が、社の裏手から現れたのだ。

 美しい顔は変わっていないはずなのに、暴風のためか木の葉がついており、表情がやや険しい。

 風の中、小萩は顎を上げた。

「お前になんて、できませんわ」

 見下されて、日和はむっとする。

 言い返したい。でも、何て言えばいいだろう? 自分にだってできる、と言いたいが、作れるのは光の玉くらいだ。

 むくれていると、小萩が急にふらついた。さすがに嵐の中、立っているのもやっとのはずだ。

「う、ふふふ」

「六葉……小萩、よく見たら泥だらけだよ」

「そうだな」

「ふふふふふ、あはははは」

「小萩って、あんな人?」

 日和は不安になる。小萩は芯のない笑い声をあげ続けていた。

「巫女のよりまししやすい性質を利用して、誰かが操り人形にしているようだな」

「小萩、操られてるの?」

 妙といえば、小萩の首の辺りに紙切れが貼り付けてある。風の中でもはがれない。明らかに怪しい。

「あの紙が取れたらいい?」

「今やっている」

 小萩がくるくると舞い始めた。術を仕掛けようとした六葉も、焦点が定まらないで困惑している。

(小萩って、ちょっと嫌だけど……こんな、楽しくもなさそうな高笑いしてるのは、かわいそうだな)

 日和も集中して、光の玉を生み出して飛ばしてみる。うんと力を込めると、風に負けずに前へ進んだ。

 光の玉を、小萩の袖がはたき落とす。

「小萩、大人しくしてて! 変な紙がついてるから! 取ってあげるからっ」

「紙? そんなことより、さっさとあの風神を鎮めてはどうですの? あぁ、できないんですわよね! お前なんかに!」

「まだ言ってるの? 小萩、六葉だって困ってるよ! 変な術にかかってないで、落ち着いてよ」

「お前なんかに何が分かるんですの!」

「私と小萩が喧嘩して、何の得があるの!」

「……得はなくても、お前が諦めるかもしれないではありませんの?」

「何のこと……」

 六葉が一応いるのだが、小萩は気づかぬ様子で喋り続ける。

「無論、ろ――」

 ごん、と小萩の後頭部に木切れがぶつかる。言葉は途切れたが、当人はふらふらしながらもまだ立っていた。

「危ないよ小萩!」

「曲がりなりにも術者だ、本来なら己の身くらい守れるだろうに」

 六葉が、先程風神を押さえようとしたときの術を、小萩に向ける。線に取り囲まれ、小萩が泣きそうな顔になった。

「六葉様っ、私……」

「喧嘩なら、俺がお前を操っている輩を調べてからにしてくれると助かる」

「六葉、喧嘩は止めてくれないんだ!」

「俺が止めていいのか?」

 気づいてないのかと思ったのに、実は違うのだろうか。

 六葉の側にいたい様子の小萩。それができなくていらいらした彼女に、日和が目の敵にされていること。

 小萩が顔をしかめて、六葉の術を振り払った。

「私の方が、素晴らしいのにっ。そんな、役にも立たない狸なんか……!」

 六葉が眉をひそめて振り返った。

「お前は、本当に……小萩に何をしたんだ」

「何もしてないよ! どっちかっていうと六葉のせいじゃないの!?」

「なぜ。俺がお前を連れているからか?」

「うっ」

 分かっているのではないか。むくれた少女の頬を、六葉がぺん、と軽くはたく。

「お前は俺の式神だ。たとえ小萩が無能を憎んでいても、無能な式神を連れた俺を憎むのが道理。お前のせいではない」

「そっ、そういう気の遣い方されても……!」

 無能と呼ばれて、だんだん光の玉も薄くなってきた。

「私、そういうこと言われたくないよ」

「だったら努力しろ」

「努力って言ったって、何するの!」

「お前は人に言われたことをやって、失敗しても成功しても人を罵る人生がいいのか?」

「嫌!」

 それははっきりしている。

 六葉は術を継続しながら、日和に告げる。

「では考えろ。他人は、お前に機会をやることはできても、お前自身がやらなくてはお前を変えることはできない」

「私だって役に立ちたいよ! でも何にもできなくて!」

「ひとまず……いないよりマシということもある」

「マシ……」

 ずーんと頭が重くなる。よろけた拍子に、光の玉が全部返ってきた。痛い。そんなにべちべち当たらなくてもいいのに。

 しゃがみ込んで膝を抱えていると、

「暗い」

 六葉に文句を言われる。

「そんなこと言われても」

「持っている取り柄を生かせ」

「取り柄って何」

 風神が暴れる。六葉の結界が、ぐわりと揺れた。

「本当に馬鹿力だな」

「う~ん。私になんかできるのかなぁ」

「えらく懐疑的だな……」

 結界の維持に注力しながら、六葉が問う。

「式神の不始末は主人の不始末……その光は熱くはないな?」

「熱くないよ。しようと思えばできるけど」

 何度か見せているはずなのに覚えていないのか。不満に思いつつ、日和は光を一つ、六葉に渡す。

「これはお前の力、であるものか?」

「うん」

「これを損なうと、お前自身に影響があるか? たとえばお前の一部分、分身のようなものであるとか……」

「どうだろ? 髪の毛みたいなものかなぁ……あんまり考えたことないや」

「試してみるか」

 ちら、と、六葉の視線が降ってくる。いつまで座っている、と言いたげだ。日和は座り込んでいたのをやめて、立ち上がった。

「あの嵐だ、術者――人間の術でははたき落とされてしまう。また、小萩相手でもそうだ。なまじかな術では小萩に払いのけられてしまう。だが下手に本気で呪符を打つと、加減ができずに小萩が死にかねない」

「こっ、殺しちゃだめだよ!」

「当たり前だ」

 六葉があまりに冷たい言い方をするので、日和は慌ててしまった。

「人間って急に何を言い出すんだろ! びっくりしたよ」

「おろおろするな。話は終わっていない。……お前の力は、光っているだけな分、相手に警戒されづらいはずだ」

「だけ、って」

「それを利用する」

 近づけと言われ、耳を寄せる。くすぐったくて困惑する。日和の気も知らぬげに、六葉が続けた。

「まずは――」

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