今の私。

 一ヶ月間の自宅療養の診断書と二週間分の薬の処方箋を手にして、初めて訪れた精神科を後にする。次の次の日曜日に引越すので休めるのが有難かった。


「誰かに助けてはもらえませんか?」


 とても落ち着く話し方をする先生が私に尋ねた。

 少しも望んでいない引越しなどのために。賃貸物件を探したり、引越し業者を頼んだり。更には少しも望まない離婚などのために仕事の合間を縫って手続きをした。望まない引越しの準備のために誰かに助けを求めてまでやり遂げるなんて。望んでいて困難なことですら助けを求めていないのに。


 処方された薬を一回分だけ飲んだ私は、元夫と二人で選んだソファで一人で酒を飲んでいる。着替えること。顔を洗うこと。メイクすること。料理すること。食べること。後片付けをすること。歯を磨くこと。風呂を洗うこと。風呂に入ること。髪を乾かすこと。全てが苦痛だった。


「症状ですよ。怠けているのでは、ありませんよ」


「元通りになれますよ。大丈夫ですよ」


 荷物は、きっと片付けられてダンボールのパッキンが積み上げられて、私は、きちんとメイクをし服を選んで役場に行き、ひとり親の関係の手続きを終えるだろう。

 それでも決して出来る気がしないことがある。

 今日で会うのは最後だ、と思う相手に会うのは想像出来ない程怖い。これからも会えることを願っているのに。

 自宅療養と薬で私の症状が治っても、彼との生活は戻らない。

 彼が言った言葉は時間が経った今でも、変わらない重量感で心臓に打ち当たり全てを暗闇で覆う。もし治療が進めば、あの言葉たちは薄まり心臓を軽く覆うようになるのだろうか。

 彼が言った言葉。彼と過ごした証拠、彼がくれた暗闇。私は望んでいない。それらが完全に消え去ることを。

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