二十四 死力ヲ尽クセ

 連日の暑さに一区切りつき、爽やかな風が城中を抜けていく。玉座の間からは高い空が見える。気候は穏やかなのに、そこは朝から荒れていた。ヨリフサ王、マトリ公、いならぶ貴族たち全員が、かしこまっているサノオをにらみつけていた。東雲の上だけはヨリフサ王のうしろで目立たないようにしているが、事態を興味深そうに見守っている。

 マトリ公は冷静でいようとしているが、感情が声に出てしまう。

「サノオよ、われらになんの相談もなく受理したのはあまりに軽率ではないか」

「直属の上官が辞職願を受理してなんの不都合があるのですか」

「迅雷号の特殊性を考えれば、そのような理屈を言っている場合ではないだろう。唯一の搭乗兵であるぞ」

 サノオはマトリ公をじろりとにらみつけた。

「辞めたいというから辞めさせたのです」

「それはあまりにも無責任ではないか。国家の安全はどうなる」

「大きな乱はもうありますまい。ジョウ国は帝国やケト家と強く結びつきました。ノヤマ公のような者も今後は現れないでしょう」

「そう言い切れるのか? そなたごときがジョウ国の民の命の責任をとれるのか」

「迅雷号がなくなるわけではありません。遠隔操作型として運用すればよいでしょう。いま土木工事をさせているように」

 サノオの当てこすりに貴族たちがどよめいたが、マトリ公がひとにらみすると静まった。

「迅雷号は、そなたの報告では遠隔操作型二体と格闘戦も可能とある、また、喧嘩沙汰においても複数の敵ゴオレムを倒し、うち一体は放り投げて無力化したなど圧倒的な戦闘力を示しておる。その力を失うのだぞ」

「その報告は冒頭にもある通り、迅雷号の速度面の優位性を試算してあらわしたもので、実証されたものではありません。また、敵ゴオレムを投げたなどという記録は存在しません。迅雷号は旧キョウ国軍との戦闘以外、実戦を経験しておらず、倒したゴオレムは一体のみです」

「あれこれと言い抜けおる。では、どうあっても搭乗兵の辞職を認めるつもりか」

「わたしは法に則って部下からの辞職願を受理したまでです」

 ヨリフサ王が手をあげ、玉座の間の全員が注目した。王はおちつきを取りもどしており、ゆっくりと口を開いた。

「さきほどから話がおなじところを回っているようだ。辞職を認めるかどうかが論点になっているが、わたしとしては理由が知りたい。ただ、また話が混乱すると時間の無駄だ。その搭乗兵に直接聞きたい。ここに呼び出せ」

 マトリ公があわてて言う。

「玉座の間に入場できる身分ではございません。サノオを通じればよいことでしょう」

「聞こえなかったのか。他人を通じればわかりにくくなるだけだ。本人に聞きたい。身分は相当でないが、それはわたしが許す。呼べ」

「では、これを前例としないということでよろしいでしょうか」

「よろしい」

 マトリ公は部下に指示を出した。サノオは顔には出さなかったが、内心唖然としていた。自分が意地を張りとおせばなんとかなると腹をくくっていたのだが、イサオがここに呼び出されるとは誤算だった。

 しばらくして連れてこられたイサオを見て、サノオは目に愕然とした様子をあらわしてしまった。私服だった。貴族たちもそういった感情を隠さず、それは怒りにつながった。マトリ公は連れてきた部下をにらむ。部下は、どうしても聞かなかったのだ、という困った顔をしている。

 当のイサオは涼しい顔をしている。サノオのとなりにかしこまって礼はしたがそっけないもので、そもそもこの場にいることが無礼なのだからと開き直っている感じがうかがわれた。

 ヨリフサ王は微笑んでいる。もう怒りを通りこしたのだろう。興がっているのかもしれない。

「そなたが迅雷号の搭乗兵か」

「イサオと申します。迅雷号の搭乗兵でした」

「軍を辞めるのか」

「今朝辞めました。本日付の辞職願は受理されています」

「なぜ辞めた。書類上の理由はどうでもよい。そなたのまことが聞きたい」

「まこと、と仰せですか。それでは申し上げます」

 イサオは、王の顔をきっと見上げた。

「わたくしは、王や、この玉座の間におられる方々にとってみれば闘将盤の駒です。しかし、わたくし自身は木で作られた駒ではありません。肉があり、心があります。わたくしは、その意地を通すために辞職いたしました」

「意味が分からぬ。われわれはそなたを駒などとは思ってはおらぬ。皆、国の平安を実現するために働いておる。そなたも迅雷号の搭乗兵としてその働きの一部を担っておったではないか」

「では、なぜ喧嘩沙汰は記録されないのですか。敵味方、多数の死傷者がでましたが、事実は埋められました。処刑した敵の遺体のようにです」

「それが新たな混乱を生むからだ。なかったことにしたほうが良いこともある」

「そうかもしれません。そうではないかもしれません。ただ、いずれにせよ、ここにおられる方々は記録を操作することで後世にのこる事実をいかようにでも操れます。それはその事実にかかわる人間を駒としてしか見ていないということです。わたくしとて、記録改竄という点では潔白とは言えませんが、人をそのように扱うことはできません」

 イサオは言葉を切り、王の目をまっすぐ見る。

「王はさきほど、まことが聞きたい、と仰せになりました。わたくしも伺いたい。重大な記録を抹消することで事実を操作しておきながら、わたくしを駒とは思っていないなどと、なぜそのような矛盾を正面を向いて仰られるのですか」

「控えよ」

 マトリ公が思わず一歩前に出て大声を出す。

「わたくしもよろしいですか」

 その時、いままで黙っていた東雲の上が前に出た。マトリ公はヨリフサ王を見たが、王がうなずいたので下がった。

「そなたの辞職ですが、急であり、また、その理由があまりに個人的に過ぎるのではないかと思います。心情は斟酌いたしますが、すこし冷却期間をおいてはいかがでしょう」

 皆が東雲の上に注目している。

「わたくしは米の品種改良の研究を行っております。役に立つ品種を作り上げるのに三年から五年はかかります。人間を米に例えるのは適切ではないかもしれませぬが、そなたも三年は軍に腰を据えて、もっと国家と自分について考えてみてはいかがでしょう」

「お言葉、感謝いたします。しかしながら、わたくしには、それは単に猶予期間を置こうというだけの妥協案に思えます。考えるだけであれば軍にいなくてもできます」

「では、立ち入ったことを聞きますが、辞職してどうするつもりですか」

「旅をします」

「旅?」

「わたくしは世間を見て回ったことがありません。だから、人の世の中を旅します」

 これは、サノオも初めて聞くことであった。横を見ると、そう言うイサオは清々しい顔をしている。サノオは、なぜこんな顔ができるのだろうと思った。

「東雲、もうよい。とりなしをありがたく思うが、この者には通じぬ」

 東雲の上は一礼して玉座のうしろに下がった。

「イサオ、さきほどの問いの答えだが、わたしは自分を矛盾しているとは考えていない。わたしの決断は常に国家の平安を目的としている。また、人を人ではない扱いは絶対にしていないつもりだ。それでも気は変わらぬか。迅雷号の搭乗兵として国の平安を守る職にもどるつもりはないか」

「ございませぬ。やはり、王は矛盾しておられます」

「そうか。よい。では、そなたの思うとおり、世の中とやらを存分に見てまいれ。サノオももうよい。下がれ」

「はい」

 イサオとサノオは礼をして退室した。マトリ公はいまいましげに見送って口を開く。

「よろしいのですか」

「かまわぬ。あの清々しい顔を見たか。小癪な奴よ」

「監視をつけますか」

「そうだな。万が一ということは常にある。しばらくはつけよ。他国と通じるような節がなければ自由にしてやれ」

「うらやましいのではないのですか」

 突然、東雲の上がうしろから耳打ちをした。ヨリフサ王は小声で返事をする。

「やはり、東雲はわたしの良い鏡だな」


 北の塔で、イサオはサノオとカグオ、ほかのゴオレム技術者に別れを告げていた。だれも泣いてはいない。笑っている。迅雷号の修復はとうに終わり、香の臭いは外ではしなくなったが、塔内にはまだほんの少しただよっている。

「この臭い、忘れられそうにないな」

 鼻にしわを寄せてイサオが言うと、皆また笑う。

「かぐわしい思い出だ」

 サノオがイサオの肩をたたいて言う。

「旅をするといっていたが、あてはあるのか」

「ありません。あったら旅じゃない。移動です」

「屁理屈をこねていやがる。でも、当面はなにをする気だ?」

 カグオが心配そうに聞く。

「ミナミ商会を頼ってみます。経験はあるし、運送や郵便の仕事でいろんなところを回らせてもらいます」

「もう、名字はいらないのか?」

「たいして重要には思えなくなりました」

 集団のざわめきが同時に止む瞬間が訪れた。イサオはそれが別れ時だと感じた。

「じゃあ、もう行きます。お世話になりました」

 北の塔を出て、中庭を抜け、城門の警備兵に最後の書類を提出した。

 持ち物は小さな背嚢だけで、着替えや食器類などこの年の青年にしても少ない荷物しか入っていなかったが、あの手巾は丁寧に折りたたまれて大切に入れられていた。


 死力ヲ尽クセ。


 イサオは、意気揚々と外へ出て行った。


 (了)


(2024/02/14)ボツ案二つを公開する近況ノートを書きました。

https://kakuyomu.jp/users/ns_ky_20151225/news/16818023213532727866

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ゴオレムの物語 ―迅雷号出撃― @ns_ky_20151225 @ns_ky_20151225

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