二十二 喧嘩沙汰始末

 機密扱いのせいと必要な護衛兵の確保に手間取り、前の戦いのときとはちがって、待機場所にもどって迅雷号から出るのにけっこう時間がかかった。それでも午後の日の高いうちにようやく降りると、カグオが沈んだ表情をしていた。

「よくやった。ご苦労だったな」

「どうしたんですか」

「エオウが戦死。投石が頭に……。まともに食らった」

 カグオは、イサオと迅雷号のようすを確認しながら説明した。

「すぐ隣にいたよ。腕一本分ずれてたら自分に当たってた」

 イサオは下を向き、目をつむって悼んだ。

「会えますか」

「いや、遺体はすでにそれぞれの基地へ帰還中だ。夕方には重傷者の帰還も始まる」

「味方の被害は?」

「死亡二十一名、負傷五十三名。負傷者のうち十九名は今後の勤務は無理だろう」

「敵は?」

「生存者が百人前後、尋問中。尋問が終わったり、拒否したりしたものから処刑している。ケト家のゴオレムが穴を掘ってる」

「残党がいるかもしれませんね」

「それはまずないだろう」

「でも、伏兵は見逃しましたよ」

 カグオはイサオの顔を見る。きびしい目をしている。

「喧嘩は終わったんだ。休め」

「そうしたいんですが、ここは敵地です。ジョウ国に帰るまでは油断できません」

「なるほど。そうだな。一理ある。ああ、それと、おまえ、敵のゴオレム一体を完全に破壊したぞ。最初に倒したやつ。核石にひびを入れたようだ」

「やりすぎました」

「そうだ、やりすぎだ。あの状況ではやむを得ないが、今後格闘方法を検討しないと」

 カグオは続けて言う。

「それからやりすぎといえば二体目。よくあんな無茶をやったな」

「本当は敵にしがみついて迅雷号もろとも動けなくするつもりでした」

「次からはそうしろ。あんな賭けはするな。でも、見ている分には痛快だった」

「見てくれたんですか」

「え、ああ……、いや、それより前だ。一体目はふたりで見たけれど」

 カグオはつまらないことをあれこれ言っている。いまじゃなくてもいいことだ。でも、イサオもそれがありがたかった。些細なことをあれこれ言っていると、考えるとつらいことをわきへ置いておける。

「ノヤマ公も処刑ですか」

「もちろん。ただし、最後だ。部下全員の処刑を見させられている」

「当然です」

 ノヤマ公が幕を張って陣としていたところからは煙が立ち上っている。大量の書類や宣伝文書を焼いている煙だった。風向きによっては臭う。

「わたしたちはいつ帰るんですか」

「始末が済んでから。たぶん明日の夕方か明後日の朝くらいだ」

 ふたりはもうなにもすることがない。野営の準備もわざとだらだらとして時間をつぶす。それでもいつの間にか時間がたち、今日一日を象徴するような色の夕日が丘の向こうへ隠れ始めた。

 その日を背にしてケト家の部隊の上級兵が来て、ねぎらいや、感謝の言葉を伝えた。ほかに、特配の酒と肉を持ってきた。上級兵はそれを従者らしき小柄な兵にわたし、カグオに頼む。

「個人的には、あのゴオレムの動作には感服しました。話を聞くに搭乗して操作するとのことですが、見学を許可いただけないでしょうか」

「おほめいただいてありがたいが、すみません。まだ機密が解除されていないのです。お許しください」

 カグオがおちついた、しかし絶対に許可できないという口調で答える。頼んだ兵も機密と言われてはそれ以上重ねてたのむことはできず、挨拶をして帰っていった。

「酒と肉、どうします?」

「酒は湯で割る。で、肉は軽くあぶって粥に入れて煮よう。まだ塩が残ってる。ところで、いける口か」

「儀式とかで口をつけたことはありますが、ちゃんと呑んだことはありません」

「じゃあ、今夜は呑め。エオウの分も」

 一杯目の酒は湯気がつんと来てむせ、カグオに笑われた。

「そんな、水みたいにあおるもんじゃない。肉をつまみながら味わうように呑め」

 カグオに言われたとおりに呑んでみると悪くない。二、三杯目で体の凝ったところがほぐれるようないい気持になった。

「いい色になってきたが、敵を警戒してなくていいのか」

 カグオがからかう。

「おいしいです。もう伏兵でも残党でもなんでもいいや。ほうっておきましょう」

「良い心がけだ。それにしてもひどくひびが入ったな」

 カグオはイサオの顔から迅雷号の右肩へ目をうつす。

「ええ、あの時は後先考えていませんでした。帝国型は大きすぎます」

「今後はもっといい戦い方ができるようにならないとな」

「速さだけではどうしても決め手がなくて。敵につかまれたらどうしようもない」

「うん、大きさは如何ともしがたいか」

「重みを考えなければ鎚のような武器を持つか、鎧兜がいいんですが。わざわざ迅雷号の強みを捨てるのももったいないし」

「足払いも、敵がこっちへ倒れて来て押さえつけられるか」

 イサオとエオウは様々な手を考えては打ち消していた。迅雷号の強みはすばやさだが、それを生かしつつ、もっと割のいい格闘戦はできないか。

「やはり、迅雷号は機動性のある投石機として運用したほうがいいのかな」

 もうふたりとも手酌で好きに呑んでいる。カグオは粥をすくって口に運びながらあきらめたように言うが、イサオが返す。

「それなら、もっとたくさん石弾が運べないと。今日みたいに偽装ばかりだと、仮に籠の中の全弾使えたとしても操作兵を片づけられたかどうか」

「でも、弾ばかり運ぶと……」

 また話がもとにもどって堂々巡りになる。こんな時にエオウがいてくれたら、じょうずに興味をそらせてもっと酒にふさわしい話題に変えただろう。しかし、イサオとカグオではそうはいかず、仕事の話のままとうとう甕の酒がなくなってしまった。最後のひとたらしを呑み、焦げついた粥と肉を湯でふやかし、こそげて食べてしまうとふたりは空に向かって息をついた。

「いい気分だ。エオウよ、このかぐわしい息でも嗅いでおれ」

 カグオの頬に涙が伝っている。

 イサオも上を向く。

「わたしの大ばくちを見逃すとはもったいない人だ」

 たき火は小さくなって自然と消え、ふたりともそれを潮にひっくり返って寝てしまった。

 翌日は、日がのぼりきって暑くなって起きた。酒を呑んだうえに、虫よけの草をくべる者はいなかったから、肌の出ているところはたいへんなことになっていた。イサオは、昨日飲まなかった竹筒を一本カグオにわたし、自分の分はほとんど飲みきってしまう。

「起きましたか。本日昼過ぎに出発です。準備をお願いします」

 気配を感じて警備兵が知らせに来る。カグオが虫刺されを掻きながら返事をした。

「早いな」

「処刑が早く片付きました」

「どういうことだ?」

「階級が上になるほど証言を拒否したので」

「ノヤマ公もか」

「ええ、あ、でも、ノヤマ公は処刑されませんよ」

 イサオとカグオは警備兵の顔をまじまじと見る。

「幽閉じゃないですか。なんだか夜中にアイノ家の使者とごちゃごちゃあったみたいで。わたしもくわしいことは知らないのですが。それじゃ」

 ふたりはでこぼこになった顔を見合わせて苦笑いした。

「だとさ」

「戦いにもいろいろあるんですね」

 蒸し暑い日。人数の減ったジョウ国軍部隊が街道を南下する。帰りはカグオが操作した。人の引く車に乗って、損傷部分をかばいながら通常のゴオレムなみの速度で歩かせている。道がいいので雑談をするくらいの余裕はあったが、あまり口を開かない。イサオもそうだった。

 タツキ公と上級兵が話しているのが聞こえてきたが、ノヤマ公が幽閉されるのはもう決まっていたことであるかのような口ぶりだった。妥協、とか、落としどころ、といった言葉がよくつかわれている。やはり、シジマ公は領内で兄が処刑されるのは忍びないらしい。

 山を越えてジョウ国に入り、湿気が減ると体がほっとする。皆の表情もどことなく緩んでいる。イサオは歩きながら伸びをした。

 基地に向かうタツキ公に別れを告げ、迅雷号とふたりは城へと向きを変えた。沿道には農民もおらず、ごくたまにすれちがう者も遠くからゴオレムを見てあわてて道をゆずる。

 なれた道を通り、ひっそりと城の北の塔に入ると、昼間のことなので、サノオと技術者たちが甘い菓子と茶でささやかにねぎらってくれた。エオウもいればと思う。

 実験記録が提出され、イサオは搭乗した立場から補完する。そのあいだにも迅雷号の修復儀式の準備が整い、始まっていた。

 その夜、夕食後、イサオはサノオに呼び出された。はじめのうちは報告の詳細な点を確認されたが、どうもおかしい感じがある。わざわざ確認しなくてもいいだろうと思うような細かいところをなんども聞いてくる。

「では、ここで石弾籠を投棄したのだな?」

「はい。あの、すみませんが」

「なんだ?」

「それを確認するのは二度目ですが、なにか不手際があったのでしょうか」

「いや、そうではないが……」

 サノオは顔をしかめ、下を向いてしまった。また顔を上げてイサオを見、思い切った表情で言った。

「すまない。王の御達しにより、喧嘩沙汰については軍功として認められないこととなった」

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