二十一 喧嘩沙汰

 戦場となる一連の丘はケト家とアイノ家の領の境にあたる。木の少ない見晴らしの良い丘が東西に連なっており、葉や草の緑はじゅうぶんに濃く、草いきれが目に見えるようだった。

 イサオは汗を拭わず、革鎧の内張りが吸うにまかせている。背後の封印石からくる空気は涼しくはないが、風のような動きがあるだけでありがたかった。水を入れた竹筒が二本足元に転がしてあるが、まだ飲まなくてもいい。

 迅雷号は東の端から石弾を投擲し、なくなりしだい敵ゴオレムとの格闘戦を行う。心配していた斜面も極端に遅くなるということはなさそうだった。その旨を手信号で伝えると、後方から了解の信号が返ってきた。

 丘の向こうの敵が見えた。石が飛び始める。もし声が聞こえるのであれば、兵たちの雄叫びがここまで届いただろう。

 敵も味方もゴオレムを盾とし、まとまって進んでいるが、徐々に拡がりはじめ、ふりまわされる武器の金属部で朝日がちかちかするのが見えた。この距離と部隊のかたまり具合では、両軍とも煙塊弾は使用しない。戦闘のようすがよく見える。

 イサオは敵のやぐらめがけて一発目の石を投げたがあたらず、二発目が命中した。しかし偽装だったようで敵ゴオレムにはまったく変化がない。後方からはさらに続けるよう旗の指示があり、了解と返してまた投げる。

 三、四、五発目で次のやぐらを破壊したが、これも偽装だった。

 そのとき、緊急の信号が発せられた。新たな敵の出現。伏兵だ。東隣の丘に伏せてあったとの情報。兵約五十名。そして、ゴオレムが二体。

 イサオは敵勢力の再確認を求めた。しかし敵の数には間違いなく、おなじ報告がされた。なぜ発見できなかったのか。油断の結果だろうが、戦いの流れを変えかねない。

 迅雷号をとおし、イサオは迫る敵兵を自分の目でも確かめた。帝国型の大型ゴオレムが二体、その陰に敵兵。いまの敵味方の位置からすると、味方は正面と東南後方から挟まれるような形になる。そのうえ、敵のゴオレムのほうが一体多い。

 信号では、味方はいったん引こうとしているが、間に合うかどうかわからない。

 イサオは決心した。

 投石籠ノ投棄許可ヲ求ム。

 許可スル。東ノ敵ノ対応ニアタレ。

 肩と腰の固定点を叩きこわすと、籠は石の重さで迅雷号の足元にまっすぐ落ち、われて石弾が転がった。

 迅雷号は走って東からの敵の正面に向かう。後方から味方の部隊も来ている。隊の分割は不利だがやむを得ない。イサオはもう暑さのことなど気にもしていなかった。

 敵ゴオレム二体は左右に広く間隔をとっていた。イサオはすこし近い右のほうへ駆けた。左のゴオレムが近寄ってくる。二体で相手をするつもりだ。

 イサオはさらに速度を上げ、安定を保つために上半身を前に傾ける姿勢をとった。キョウ国本城の城門を破壊した時のことが思い出される。

 右の敵ゴオレムは移動をやめ、両足をひろげて腰を落とし、両腕をかまえた。突進を受け止めるつもりだ。迅雷号の速度を見て、逃げるのはあきらめて覚悟を決めたのだろう。敵兵たちが散っていく。

 イサオも覚悟を決めた。もし止められたら勝ち目はない。敵のほうが巨大で重い。こちらは速いだけが有利な点だ。地面に押さえつけられたら関節を割られて転がされるのは目に見えている。どうなるかわからないが、よけたり速度を落とすつもりはない。このままなら左からのゴオレムはわずかに間に合わないだろう。

 迅雷号は上半身をひねり、右肩を前に出した。

 その右肩が、敵ゴオレムの胸元にぶつかったとき、戦場の敵味方は共ににぶい音を聞いた。寺の鐘からととのった響きをなくして耳障りにした、遠くまで届く低い音だった。

 迅雷号はそのいきおいで肩が溶接されたように敵ゴオレムに覆いかぶさったまま、敵のあおむけに倒れた体を台に丘の斜面をすべりおちていく。

 何本かの大木を倒して二体のゴオレムが止まった後、両軍の監視兵はどちらが先に動くか、固唾を呑んで見ていた。

 迅雷号が起き上がり、蹴って関節を割りはじめたとき、そのゴオレムの操作兵は核石からそっと手を放した。ただ操作できないだけではない。もうなにも見えなくなっていた。あの一撃でゴオレム体内の核石にひびが入った可能性があると、その操作兵は上官に報告した。

 イサオは、関節を破壊しつつ、迅雷号の状態を確かめると、右肩に深いひびが入っており、右腕全体の動作が鈍っていた。

 もう一体の敵ゴオレムが斜面の上から迫ってきている。迅雷号を歩かせてみると、イサオは右足の動作も鈍いことに気が付いた。足にもひびが入っている。滑り落ちたときか、関節を割っているときに傷つけてしまったのだろう。移動は可能だが、通常のゴオレムなみか。

 敵ゴオレムはいまの戦い方をそっくり真似するつもりらしい。斜面の上から駆け下りて勢いをつけている。敵操作兵にも迅雷号のひびが見えているはずだ。よけられないと考えている。そしてそれは当たっている。

 イサオは、帝国型はなんと巨大なんだろうと思っていた。

 動作が遅れる右腕を胸に巻きつけるようにして盾代わりにし、左腕を前に突き出した。両足をすこし広げてかまえる。ぶつけられたらそのまま倒れ、なんとかしがみついて敵ゴオレムも再度起き上がれないようにする。迅雷号一体で敵二体なら割に合う。

 そのとき、ふと思いついた。どうせ行動不能になるなら賭けてみよう。

 敵ゴオレムが眼前いっぱいになった瞬間、迅雷号は腰を落として両手を地面に着け、上から突っ込んでくる敵ゴオレムの腰部に頭を差し入れるような格好になった。

 もう勢いを止めることはできない。敵ゴオレムは駆け下りてきた勢いのまま、迅雷号の背中に覆いかぶさる。

 そのとき、迅雷号は両手で地面を突き、腰を伸ばして直立した。

 ゴオレムがはね上げられ、宙に跳ぶ。

 その光景を見た兵士は皆、敵味方ともに、自分の見ているのは夢か幻かと思った。

 しかし、それは現実であると、背中からたたきつけられたゴオレムの地響きが伝わってきてかれらの足の裏に教える。

 味方からは歓声、敵からは声にならない声が上がる。ゴオレムは勢いのついたまま転げ、滑り落ち、そのときに巻き込んだ左足がもげて砕けた。

 斜面の上から走ってきたゴオレムを、そのいきおいを殺さないように受け流して斜面の下に送ったのだから、厳密にはゴオレムを投げ飛ばしたのではないが、宙に放りあげられ、地面に無様にたたきつけられた姿は敵兵の士気を奪うにはじゅうぶんすぎるほどだった。

 これは戦争ではなく、喧嘩沙汰なのに、伏兵のほとんどは武器を伏せて降伏の意志を示していた。捕虜を取る義務はないが、数か所に集められ、しばられて放置された。

 ワレ闘志盛ンナリ。

 本隊ニ合流セヨ。

 本隊は苦戦していた。こちらでは敵ゴオレム一体を無力化していたが、それは味方も同様で、また、伏兵に人数を割いたためケト家領側に押されつつあった。

 そこへ迅雷号が到着し、さらに、遅れて伏兵の対応を済ませた隊が合流すると流れが変わった。

 迅雷号と味方ゴオレムの二体でまずは敵一体を無力化し、それから最後の敵ゴオレムを始末した。

 じりじりと敵をアイノ家領側に押し込んでいく。降伏する者はしばって放置した。これはタツキ公とケト家の部隊の指揮官が臨時に決めた対応で、後で尋問して情報を吐き出させるつもりだった。

 昼には情勢がはっきりした。血まみれの戦場は、すでにノヤマ公の陣に迫っている。迅雷号からも、あきらかに貴族であるとわかる鎧をつけた者が数名確認できた。小高くなったところに幕を張って指揮している。そこを包囲するように味方の兵とゴオレムが進み、ほとんど抵抗なく登っていく。

 最初の味方が幕を引き裂いて喧嘩は終わった。ノヤマ公はじめ、幕内の貴族は武器を伏せ、兜をぬいだ。泣いている。迅雷号からは声は聞こえないが、顔はゆがみ、大きく口を開けている。許しを請うて叫んでいるのか、いや、自らの思想を主張しているのか。イサオは、音が聞こえないのをもどかしく思った。

 貴族たちは鎧をはぎとられ、縛り上げられ、声を上げ続ける者は猿轡をされた。身分にふさわしくない、あわれなあつかいだが、これが喧嘩沙汰なのだろう。

 迅雷号に向けて終了の信号と、誘導の信号が発せられ、イサオはその場をはなれた。

 結局、水は一口も飲まなかった。

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