十八 喧嘩沙汰宣言

 ケト家の紋章をつけた早馬が到着した。ようやく夏らしい暑さになってきた日のことで、馬も使者も汗にまみれていたが、使者はぬぐおうともせずに封印した文書筒を差し出した。いかなる文書かとの問いに、ノヤマ公にかかわる情報、とだけ答える。

 使者は謁見の間の控室に通され、文書筒の封印はヨリフサ王が直接切った。王は内容を読むと、使者を呼び出した。

「急使ご苦労であった。息も整わぬところさっそくですまぬが、被害状況はどうか。ケト家の皆様はご無事か」

「はっ、ケト家本城の正門が破壊され、東と南の塔が全壊、ほか多数の損害がありますが、さいわいレムノウル公はじめ、皆無事でございます」

 使者はそれだけ言い切った後、ヨリフサ王の言葉の言外の意味に気づいてあわてて付け加える。

「なお、タケムネ殿、フミネ様は帝国大学寮にてご無事を確認。すでにケト家の警備がついております」

 ヨリフサ王はうなずく。マトリ公や、周囲でひかえている貴族たちもほっと息をついた。東雲の上は目立たぬように王のうしろにひかえているが、同様に緊張を解いていた。

「それはなによりであった。して、ノヤマ公の一党はどのくらいの勢力か。書状にあるとおりだとゴオレムを三体も確保していることになるが間違いないか」

「相違ございません。わたくし自身、三体のゴオレムと約二百人の兵を確認しております」

「この攻撃にはノヤマ公自身も参加したのか」

「申し訳ありません。それは未確認です。かれらの首領についてノヤマ公であると判明したのみです」

「現在はケト家とアイノ家の領境の丘に陣をかまえているのだな」

「はい。北側、アイノ家側で堂々としております。なにやら貴族と政治についての意見文書を発行しております。愚にもつかぬ内容ですが」

 使者はいらだちとくやしさのまじった感情を口調ににじませている。はっきりとは言わないが、堂々と、などと表現するあたり、アイノ家の消極的な態度にも相当思うところがあるようだ。

「帝国の態度はどうか。書状ではケト家のみで抑えるつもりがうかがえるが」

「そのとおりです。レムノウル公は、討伐は自らにまかせていただきたいと奏上、皇帝はお許しになり、不届き者に誅罰を加えるよう勅命を下されようとなさいました」

「しかし、勅命は公自身が断っているではないか」

 ヨリフサ王は使者に最後まで言わせずに口をはさむ。不審げな様子だった。

「はい。レムノウル公は、今回の討伐を喧嘩沙汰として行う旨を宣言し、他家の賛意も得られ、認められました」

「それは書状にもあるが、理由がわからない。使者殿はなんと思われるか」

「敵勢力の速やかな全滅をお考えと推測します。帝国法にしばられる誅罰ではなく、貴族間の喧嘩とすることによって、法の枠外の攻撃を行うつもりではないでしょうか」

「しかし、古い慣習を持ちだしてきたな。喧嘩沙汰か」

 ヨリフサ王はマトリ公を見て肩をすくめる。使者の言うとおり、貴族には不満を解消するために、古来慣習として喧嘩による沙汰が認められているが、最近では行う者はだれもいない。喧嘩は、法にしばられない実力による闘争であるから、誅罰とちがい、戦闘行動のひとつひとつが適法であるかどうかの証明は必要ない。敵兵を人道的にあつかう義務もない。だが、それはこちらにも言える。法による保護がない原始的な闘いだ。

 レムノウル公があえて喧嘩を選択したのは、使者の考えているとおり、短期間でひとりも残さず無力化するつもりなのだろう。隠居したとはいえ、アイノ家の貴族に誅罰を加えるとなれば、ひとつひとつの行動の適法証明はたいへんな手間になる。討伐もいちいち法にしたがって捕虜をとっていたのでは時間ばかりかかる。今回のような事件の場合、敵に時間を与えて思想を宣伝する時間を与えるわけにはいかない。

「それで、その喧嘩にアケノリ家も参加せよとのことか」

「はい。結婚披露宴の夜にゴオレムを暴れさせ、城中を破壊した行為に対する意趣遺恨があるはずでございます」

「アイノ家はどう動く? 隠居したとはいえ、喧嘩沙汰であればノヤマ公の一党につくのではないか」

 ヨリフサ王は、加勢するかどうかには答えず、別の疑問で話をそらせた。

「それはわたくしとおなじ頃にアイノ家に急使が飛び、このたびの喧嘩沙汰には中立を守るよう強く説得しております」

 使者は、強く、を強調した。

「説得できるか」

「わたくしの立場では確約できませぬが、できると考えております。なぜならば、奴らは不法にゴオレムを用いました。すでにアイノ家はゴオレム管理の職を辞しております。ノヤマ公の味方をすれば、家として帝国を敵に回すことになりかねません」

「ゴオレムを三体悪用されて、それでなお皇帝や貴族たちには喧嘩沙汰を認めさせ、アイノ家には手を出させない。レムノウル公は説得力のある御方だな」

 使者は、ヨリフサ王の謎をすぐに解く。

「その説得力はヨリフサ王あってのことであると、レムノウル公は常々申しております。書状にはありませんが、わたくしは別に伝言を預かっております。それをここで披露してもよろしいでしょうか」

 ヨリフサ王はうなずく。

「アイノ家は、今回の一連の不祥事を最終的に喧嘩沙汰として終結させられるのであれば、今後二十年にわたって税収の半分を提供できるとのことです。レムノウル公は、その半分、つまりアイノ家の税収の四分の一をヨリフサ王に御礼として差し上げたいとのお考えです」

 使者はいちど言葉を切り、伝言を言う。

「レムノウル公は、『ジョウ国、アケノリ家、および当主のヨリフサ王と変わらぬ友好的な関係を維持し続けていきたい。また、アイノ家への賠償を公式にも非公式にも行わず、当家と足並みをそろえてくださったことに感謝する。この御礼はその気持ちとして差し上げるものである。さらに、こたびの喧嘩沙汰に加勢いただけるのであればわたしとしてはたいへん心強い』と申しておりました」

「伝言、たしかに承った。わたしの取るに足らぬ力であってもお役に立てるのであれば恐悦至極に存ずる。加勢については当家のできうる限りの戦力を送る、とお伝えください」

 使者は頭を下げ、礼を述べて控室に下がった。マトリ公は饗応を命じてからヨリフサ王に言う。

「わたくしも書状を拝見してよろしいでしょうか」

 ヨリフサ王は書状をわたすと、マトリ公はすばやく読みすすめて言う。

「ゴオレム三体、兵約二百人。いかがされますか」

 マトリ公は、書状に目を落としたまま尋ねる。

「迅雷号と、随伴歩兵三十人。精鋭を選べ」

「機密指定は解除ですか」

「一部解除とする。搭乗型であると知られるのはやむを得ないが、制振結界や封印呪文の機密指定は解かない。また、搭乗兵とゴオレム技術者は他国の兵と交流してはならん」

「御意」

 マトリ公は、部下の貴族のひとりを呼び寄せる。

「この者は、マトリ公の一党が配布している文書をすでに入手し、分析を行っております」

 ヨリフサ王がうなずき、マトリ公が手を振ると、その若い貴族は報告を始める。

「雨期の頃に配布していた文書になりますが、ノヤマ公の一党は、文書中では自らを『清水党(せいすいとう)』と称しています。目標は、あらゆる政治的決断を清廉潔白、公正なものとし、金品のかかわりを排除することにあります。特徴として、その目標達成のための実力の行使を容認しています。これについて、大きな平安のための小さな波という表現がよく用いられます」

 緊張しているのか早口で断片を羅列するような話し方だった。ヨリフサ王は目で先を促す。

「先日、王がマトリ公にお示しになった哲学書ですが、文書中に引用、または影響を受けたと思われる表現が多数みられます。たとえば、党名もそうですが、政治を川にたとえたり、清廉性を水の清らかさで表したりしています。思想的影響をおよぼしていることは明らかです」

「それでは、この党、清水党……、は過激派であると見てもいいな」

 ヨリフサ王は口をはさんだ。

「そう見てよろしいかと考えます。その哲学書の著者がすでに故人で幸いでした。思想的な指導者や精神的支柱になるおそれはありません」

「この喧嘩沙汰が終わったら、帝国図書館に連絡して、この著者の本はすべて閲覧許可制にするよう提案しよう。詳細な分析報告はマトリ公に提出してくれ。ご苦労だった。よい分析であった」

 報告を終えた貴族は礼をして下がり、マトリ公が口を開く。

「迅雷号ですが、最近の緊縮策により、土木工事に遠隔操作型ゴオレムとして投入しています。今後の予定もありますが、取り消すとなると工事の遅れが予想されます」

「これ以上の遅れはいかん。迅雷号なしで回していけるようにゴオレムの予定を組み替えてほしい。操作兵も交替制をとるのだ」

「仰せのままに」

「わたしの命令は無理ばかりだな」

 ヨリフサ王が自嘲気味に言った。

「いまだけです。事が終われば収入が増えます。無理を通す予算が組めます」

 マトリ公は否定しない。うしろから東雲の上が口をはさむ。

「わたくしの持参金や宝石類などはまだ手もつけていません。国のためにお使いください」

「だめだ。それは東雲の個人財産だ。自分のためにたくわえておきなさい。しかし、申し出には感謝する。それと、心配をかけてすまぬ」

 東雲の上は頭を下げた。ヨリフサ王は室内の全員に言う。

「喧嘩沙汰だ。われらはレムノウル公に加勢し、清水党と称するノヤマ公の一党と喧嘩をする。かれらの過激思想にもとづく野蛮な行為は容認しがたく、すでにわが国にも被害が出ている。よって、この機会に断固として討ち果たさなければならない。皆、それぞれの職分を果たしてほしい。いや、昨今の情勢を鑑みれば、その職分を超えるはたらきを期待する。では、行動を始めよ」

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