十六 嵐

 王の結婚式が終わり、明朝には帝国からつきそって来た護衛兵が帰還する。城の兵たちは任務の一番重要な部分を果たして荷を下した気になっており、また、酒食のもてなしを受けて緊張を解いていた。

 その浮かれたような賑わいをよそに、夕方からサノオとカグオは特別の許しを得て、帝国の大型ゴオレムを見学させてもらっている。ひとまわり大きく成長させる魔法儀式について、手掛かりだけでもなんとか得ようと尋ねてみたが、本国の技術者でないとよくわからないとはぐらかされた。そこで、実際に見せてもらうよう要所に鼻薬をかがせて頼んだのだった。

「操作用核石にはちがいはありませんね」

 カグオが封印布のすきまからのぞく石を見て言う。台の上に四つ、ジョウ国の封印を捺された布で固定されている。

「そうだな。やはり儀式だけの差のようだ。特別な石ではない。そうなると、さっぱりだな」

 ふたりはそこを後にしてゴオレムの前に移動し、観察を続ける。理由はわからないが帝国の警備兵はいなくなっており、衛兵も張り番ではなく巡回のみだったので、声を掛けられて邪魔されることなく存分に調べられた。

「呪文だけでこれだけ石を成長させられるのか」

 カグオはしきりに感心している。サノオはゴオレムを指さして言う。

「さすが帝国だ。こういう知識の蓄積がけた外れなのだろう。それに見てみろ、大きいだけではなく、四体ともおなじ鋳型から取り出したみたいに細部のばらつきがない」

 結局のところ、迅雷号を実現した魔法も帝国産であり、自分が開発したのではない、とサノオは自嘲気味に思う。先王の生前から始まった搭乗型ゴオレム開発計画の主なところは、ヨリフサ王が見つけてきた知識を応用しただけだ。

 そう考えながら石の肌理を観察していると、カグオがなにかに驚いたような声を上げた。

「どうした?」

「いや、あれ、おかしくないですか。封印布がめくれてるような。さっきはきちんとしてたのに」

「馬鹿な。見まちがいだろう。もう暗いし」

 あわてて台のところにもどって調べてみると、台上の操作用核石のうち、二つがなくなっている。封印布は刃物で切られ、風ではためいていた。

「衛兵、衛兵」

 サノオが大声で呼ぶ。

 城中は大騒ぎになった。帝国兵は集合を命じられ、点呼をとると操作兵二名をふくむ十名が行方不明になっていた。不明者のなかには上級兵がひとり含まれていた。兵たちの話をまとめると、その上級兵がゴオレムの警備担当に命令して任務から外していたとわかった。

 皆が不安とあせりを感じつつ、捜索を始めようとしたとき、ゴオレム二体が起動した。力強く歩き、皆が大声を出す中、まずほかの二体のひざを踏みつけひびを入れた。それから城門に向かい、殴り、蹴りつけた。体重をのせた容赦ない攻撃に門は歪み、ひびが見る間に広がる。兵たちは安全な場所に退避しつつ、ゴオレムの位置から推定できる高所をなめるような視線で探し始めた。

 ヨリフサ王は事件発生後、大広間の控室で報告を受けると、すぐに来賓の貴人を大広間に集めさせて護衛をつけた。また、城内の馬はゴオレムが攻撃している城門の反対側の門から解放させた。帝国の上級兵は、這わせて退避させたいと、残りのゴオレム二体の起動を要請したがこれは拒絶し、核石は抗議を無視して台ごと城内に収容して警備をつけた。

「来賓の安全を優先せよ。状況によっては城外への脱出を速やかに行え。判断はまかせる。それから、不届き者は殺すな、生かして捕らえよ」

 式で着用していた武具のまま、ヨリフサ王は部下たちに命令していく。

「われわれはいかがしましょう」

 走ってきたサアリイ公が不安げに聞く。

「あなたたちの任務を果たしてください。東雲を守るのです」

 ヨリフサ王は、さらに、マトリ公に命じる。

「マトリ公はサアリイ公と共に東の塔へ行くように。もし脱出が必要になったらキョウ自治区に行き、カミヅカ公を頼れ。道案内をたのむ」

「道案内であれば部下でもできます。わたくしもここで戦いますぞ」

「では、そのように」

 マトリ公はうしろにひかえていた部下に指図し、サアリイ公と一緒に東の塔へ向かわせた。その後ろ姿を見送ってから、マトリ公が言う。

「その武具をつけて指揮しておられると、先王を思い出します」

 ヨリフサ王とマトリ公は広間を出て物見のある上階へ上がっていった。そのとき、城門が破壊される音が響いた。

「まだか」

 物見から見下ろしながらヨリフサ王があせって言う。ゴオレム二体は城内に侵入し、それぞれが建物の扉や倉庫などを無差別に破壊している。

「まだ見つからぬようです。しかしなにが目的なのか」

「わたしではない。迅雷号かとも思ったが、あの行動を見ているとそうでもないらしい」

「ええ、無目的に破壊のみを行っている。念のために橋は上げましたが、ゴオレムだけで後続の兵はいないようです。力を見せつけているだけのような。脅しでしょうか」

 兵が駆け上がってきて報告する。木の梢に体を固定して操作している兵を発見し、帝国兵と共に、煙塊弾を投擲して逮捕しようとしているとのことだった。操作兵以外の兵もいて根本で抵抗しているが、生け捕りが目的なので苦戦しているようだった。

「逮捕やそれにともなう戦闘は、あくまでわれわれが主体で行動せよ。くれぐれも逮捕後の兵は帝国側には引き渡すな」

 マトリ公が念を押す。兵は駆け戻っていった。

「帝国で謀反かも知れません。わが国が加勢せぬように牽制しているのでは」

「かもしれないが、腑に落ちん。ただ混乱させるのが目的のようにも見える」

「止まりました」

 ゴオレムは、あたかも自分が破壊した破片に囲まれて呆然としているかのように直立状態で停止している。逮捕が確認され、核石が回収されたにもかかわらず、念のためということで、ゴオレムは四体とも魔法索で固定され、覆いをかぶせられた。

 逮捕者のうち生存者は四名だった。操作兵二名は自ら落下し、上級兵を含むほか四名は戦闘中に短剣で自決したという。

 生存者は尋問のため地下牢へ監禁され、ほかの兵士たちは一カ所に集められて監視がつけられた。帝国の上級兵はそれに対して尋問への立ち合いと一般兵の帰国を要求したが拒絶され、抗議は無視された。

 翌日、尋問の報告書に目を走らせ、報告を聞きながら、ヨリフサ王とマトリ公、貴族たちは無表情だった。不届き者どもの指揮者が死亡しているため推測が多く、全体にあいまいであったが、皇帝陛下に対する謀反が進行中のようであった。王は、東雲の上の顔色を見て部屋に戻らせた。

「気分はどうだ」

 昼の休憩時、ヨリフサ王は東の塔に行き、東雲の上を気遣った。サアリイ公は、もう大丈夫です、と言いたげにうなずいている。

「申し訳ありませぬ。国家の重要な会議中に中座いたしました」

「気にするな。長い旅に疲れる式、そして戦闘があり、あの報告だ。気分が悪い程度で済んでよかった。わたしは卒倒するところであった」

 ヨリフサ王はかるくふざけてみたが、東雲の上は心配げな顔のままだった。

「もし謀反であれば、いかがされるおつもりでしょうか」

「わたしは皇帝陛下の味方だ。それは決めるまでもない。問題は、どのように陛下をお守りするか、だ。敵の勢力がまだはっきりしない」

「ノヤマ公なのでしょう? 報告では」

「そうであれば厄介だ。帝国軍でゴオレムを管理している家のひとつなのだろう? 十体くらいか。しかも帝国型の強大なゴオレムだ。仮にノヤマ公が謀反の中心だとして、ゴオレム以外にどのくらいの戦力を集められるかわかるか」

「兵であれば五千ほど。でも、謀反となればどのくらいがついていくかはわかりません」

「それにしても、尋問の報告を見るかぎりでは大義がはっきりしない。アイノ・ノヤマ公というのは私利私欲でそこまでのことをする人物か」

「よろしいでしょうか」

 サアリイ公が口をはさむ。ヨリフサ王はうなずいた。

「わたくしは第十五代皇帝陛下の使者としてノヤマ公とお会いしたことがございます。感情的で人の好き嫌いがはっきりしており、それを隠すこともしない方です。また、第十四代以降の皇帝陛下とレムノウル公をたいへん嫌っておいででした」

「もうすこしくわしく聞かせてくれ」

「右筆問題のせいです。第十三代皇帝陛下までは代々アイノ家が務めることになっておりましたが、第十四代からレムノウル公が務めるようになり、今後はケト家が務めよという勅が発せられました」

「それは知っていたが、なにか落ち度でもあったのか」

「大きな失策はありませんでしたが、ノヤマ公自身が激しやすい性質ですから、あまりお味方が多くなかったうえ、ケト家の影響力が急に高まり始め、皇帝陛下の周辺の貴族たちがレムノウル公を支持するようになったのです。それで、ごく小さな失策でしたが、その職にふさわしからず、ということです」

 ヨリフサ王はすこし考える。

「そうか、よくわかった。ありがとう。ケト家も絡むようなら行動を急がねばならない。サアリイ公、後を頼む。東雲、気を安らかにして休め」

 ヨリフサ王は部屋を出ると、険しい顔でマトリ公を呼び出し、別室でふたりきりになった。

「あの遺体の懐にあった書状、口止めはたしかか」

「たしかです。調査を行った部下は信頼できます」

「いま裏が取れた。サアリイ公がよく知っていたよ」

 ヨリフサ王はさきほどの話をきかせた。

「では、ノヤマ公の脅しですか」

「恨みを買った、と言ってもいい。こういうのは苦手だ。感情にまかせた行動には合理性がない。先が読めぬ」

「書状を引用するならば、帝国の腫瘍を焼灼する衷心よりの行動、ですか。そもそもケト家がねらいで、アケノリ家にも飛び火したわけですな。謀反ではない」

「そのようだ。書状にあった通り、ケト家への資金援助を知ったアイノ家、いや、ノヤマ公の怒りが燃えたのだ」

「では、あの不届き者どもは、自分たちでは悪人を懲らしめているつもりだったわけですか。それで、暴れるだけ暴れて自決とは、気楽なものだ」

 マトリ公はあきれている。

「その自決というのも怪しい。逮捕には帝国兵も参加していたし、夜で、しかも煙塊が展開していたしな。逮捕時の状況を再度聴取してくれ。それから、監視中の帝国兵には用心が必要だ。できれば個別に収容せよ。おたがいに会話できぬように」

「帝国兵をいつまでも閉じこめてはおけません」

「なんとかするのだ。ノヤマ公から話を持ち掛けられて正義を行っているつもりの者や、報酬を約束されている者がまだいるはずだ。生き残りの四人には取引を持ち掛けてもかまわん。息のかかった者を分離するのだ。身柄をおさえておけるあいだにできるだけ情報を吸い出せ」

「御意。では、そろそろ会議にもどりませんと」

「わかった」

 その後の会議では、来賓は安全を確認して帰国いただくこととなり、これは即実行されたが、謀反であるかどうかの判断には情報が不足しているとして、あえてはっきりした方針は決めなかった。帝国の動静も知りたいが、騒動の前に、式を無事にとりおこなった旨を報告する使者を立てていたので、その者の復命を待つこととなった。

 今回の騒動でもっとも不安を味わったのはその使者かもしれない。帝国に行ってみれば不可解な騒動を見聞し、帰国すれば城中は乱れ、破壊の跡がそこかしこにある。しかも、入城するなりマトリ公の部下が早馬のわきに来て別室に連れていかれる。あたかも他人との接触をさせたくないようであった。それから事細かに状況を報告させられ、口外無用と、文書で秘密を誓わされた。使者の任務としては、報酬以外はさんざんであった。

 しかし、報告そのものは、ヨリフサ王やマトリ公など、玉座の間の面々をほっとさせた。帝国では、火はレムノウル公がみごとにもみ消し、公的には抑え込まれていた。

 ジョウ国で騒動が発生したのと同時に、ケト家の別荘がほぼ全壊したが、留守居がいただけですばやく脱出したので人の被害はなく、これはゴオレム大演習中の事故として片づけられた。いとこたちは、それぞれ大学の寮に入っており、使者が無事を確認しに行くまで事件そのものを知らなかった。

「全壊か」

 留学中に休暇を過ごしたことのあるヨリフサ王だけが残念がった。湖畔の美しい屋敷にはいろいろと思い出がある。

「やはり、脅しであるのはまちがいないでしょう」

 マトリ公が言う。ヨリフサ王は落ち着き払って結論する。

「謀反でないことがはっきりしたな。ノヤマ公の個人的な怨恨か。アイノ家全体の意向ですらないだろう」

「レムノウル公は賢明にも報復や責任追及を表立って行う意思はなさそうです。われらもならうべきかと思いますが」

「それがよい。われらは事件として処理する。軍での扱いに不満を持つ者たちの後先考えぬ暴力的犯行、他国で暴れて憂さを晴らすつもりだったとでもしておけ。こういうのはかえってばかばかしいくらいのほうがもっともらしいし、他国も察してくれる」

「帝国兵はいかがしますか。まだだれが息のかかった者かすべて判明していませぬが」

「やむを得ん。そういう理由にする以上、拘束し続けるのは無理がある。逮捕者も含め、帰国を許可せよ。いまわかっている分だけで良しとしよう」

「犯人も帰すのですか」

「表も裏もないただの事件ならわが国で裁くが、法廷でいらぬことを話されても困る。表沙汰になることも計画の一部かもしれん。適当な理屈をつけて追い払え」

 ヨリフサ王は、窓から被害を見下ろす。

「それから、疑いのある兵にはくぎを刺しておけ。ジョウ国内では動くなとな」

「口封じするでしょうか」

「するだろう。身内同士の暗殺は勝手だが、帝国領でやらせろ」

「ノヤマ公に対してですが、表はそれでいいとして、裏ではどういたしますか」

「それはレムノウル公とも相談が必要だが、まずはアイノ家がどうするか様子を見よう。ノヤマ公は感情で行動し、慎重さに欠けるようだが、憂慮すべき点として、ゴオレムや兵を私の思惑でうごかせる実力を持っている。そしてケト家とアケノリ家を恨んでいる。今後も情報収集を行い、油断するな」

 マトリ公は深くうなずいて退出する。ヨリフサ王は数通書状を認め、それぞれ書き終わるとすぐに届けさせた。

 翌日から数日にわたって、目隠しされ、猿轡をかませられて拘束された犯人と帝国兵は帰国を始めた。小集団に分割され、武具を身に着けることは許可されず、来たときに比べるとみすぼらしい行列だった。ゴオレムも同時には出発させなかった。二体のひざのひびは応急修理されたが、その歩き方はけがをかばっているようで痛々しく見える。また、今回はジョウ国内を通過中は操作兵には旗がつけられ、背後に武装したジョウ国兵が立っていた。

 ジョウ国本城では、雨期に入る前に門や城内の修復は終わり、事件の痕跡はまったく見当たらなくなった。ただ、解放された馬が数頭返ってこず、立札で捕獲を呼びかけていた。


(2024/02/14)ボツ案二つを公開する近況ノートを書きました。

https://kakuyomu.jp/users/ns_ky_20151225/news/16818023213532727866

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