十一 戦後処理

 占領下のキョウ国本城からジョウ国本城へ早馬が飛び、ジョウ国本城から四方へまた飛び、それからキョウ国本城へ命令が返ってきた。

 騎馬隊の三分の一をもって護送隊を編成し、カミヅカ王とハツシマ公をジョウ国へ護送せよ。その護送隊には迅雷号も加わること。機密は解除されないが、人員の確保ができないため、搭乗操作が特別に許可された。タツキ公はキョウ国に残留して戦死者、負傷者の確認と処理を継続し、のこりの騎馬隊と現地にて徴用した兵士、および民間人有力者の協力を仰ぎ、治安の維持にあたること。

 ある程度予想されていた命令であり、意外性もなかったので、命令を運んできた早馬の汗が乾かぬうちに護送隊は城門を出ていた。迅雷号は途中の林から合流した。こんどは平地のまともな道を通るので、進撃のときとはちがって大回りになる。

 道では、農民などが不安そうに見送りに立っている。泣いている者や、頭を下げる者もいる。この季節にもかかわらず窓を閉め、掛け布を下ろした馬車にはジョウ国の旗が掲げられ、側面のキョウ国の紋章はジョウ国の旗で覆われ、隠されている。

 さらにキョウ国国民が敗戦を実感したのは、礼儀にかなった距離はあけているとはいえ、王の馬車を追い立てるかのようにうしろからついてくるゴオレムの存在だった。ジョウ国と軍の紋章を彫り込んだゴオレムが馬車を監視し、急がせているように見える。沿道の民は、ゴオレムをいまいましげににらみつつも、馬車や騎馬とともに行軍していることや、操作兵が見える範囲にいないことをいぶかしげに思っていた。

 それから数日して国境を抜け、ジョウ国内の旅になると空気が変わった。沿道の民は歓迎したり、あかるい微笑みを浮かべたりして一行を見ている。無礼な言葉を吐く者はいない。破れたりとはいえども王と第一の重臣だ。ジョウ国の恥になるような言動は許されないと、よく徹底されていた。ただ、こちら側でも、不思議なゴオレムがいたことが通過後に話題になった。

 歓呼の声を背負い、夕暮れ、一行は入城した。迅雷号は北の塔に入り、サノオたちの点検と調整を受ける。イサオには、実験記録の清書と報告、それと、後回しになっていた新兵訓練に明け暮れる日々がまっていた。

 カミヅカ王とハツシマ公は、その夜と翌日丸一日は休養にあてられた。

 二日目の朝から、戦後処理は始まった。ヨリフサ王とマトリ公、カミヅカ王とハツシマ公が、謁見の間に持ち込まれた会議用の大きな卓に着席し、法律や歴史の専門家や、記録や文書作成を担当する書記官がずらりと居並んだ。四人の間で礼が尽くされ、同席する貴族たちの紹介が終わると、ヨリフサ王が口を開いた。

「今後のキョウ国、そのあり方についてですが、わたしは完全な統合によるキョウ国の消滅を望みません。キョウ国は、統一した新ジョウ国のなかの自治区として存続します。また、その基本方針をすみやかに、かつ効果的に実現するために、わたしの提案を全面的に受け入れて協力いただけるのであれば、戦前の一連の犯罪的挑発行為や侵略の追及はおこなわず、関係者の戦争責任は問いません」

 カミヅカ王が続けるよう目でうながす。選択の余地がないのはわかっている。

「法律上の細かい表現はおいて、概要を説明すると、外交や軍事、それから軍事関連の産業など一部はジョウ国の管轄になりますが、自治区内のそれ以外の行政はこれまでどおりにお願いしたい。そう、税収の一部は貢納いただきますが」

「それでは、王の地位はどうなりますかな」

 ハツシマ公が尋ね、マトリ公が代わって答える。

「王はヨリフサ王のみです。もちろん。ですから、地位は、キョウ自治区長カミヅカ公、になります。キョウ自治区を統治する責務をわがヨリフサ王より命じられた区長です」

 ハツシマ公はさらに重ねて尋ねる。

「司法や立法は自治区独自の権利を持てますか」

「司法については、外交や軍事にかかわらないという条件の下、自治区独自の権利を持つことができます。また、立法についても同様の条件の下、自治区独自の法を制定可能です。ただし、こちらについては、常にジョウ国王が最終的な拒否権を持ちます」

 また、マトリ公が答える。

 カミヅカ公、ハツシマ公ともに苦い顔になる。カミヅカ公が感情をおさえて言う。

「ヨリフサ王は、キョウ国の消滅を望まぬとおっしゃられたが、いまの説明ではむしろ自然消滅を望んでおられるようにとれますな」

「そうでしょうか。行政は一部制限されますが、自治区に外交や軍事上の権利を持たせないのは当然でしょう。また、司法も同様ですし、立法についてはわたしが持つのはあくまで拒否権であって、当然ですが、このような法を作れと命じることはありません。区長の裁量の余地はじゅうぶん、幅広くあるでしょう」

 ヨリフサ王は叔父上ともカミヅカ公ともいわず、あえて、区長、と強調し、卓のむこうのふたりはその言葉を聞いてさらに苦い顔になるが、声にはあらわさなかった。カミヅカ公は確認する。

「部下の任命権はわたしにあるのでしょう」

「もちろんです」

 ヨリフサ王は答えるが、すぐ言葉をつづけ、追加する。

「ただし、軍事に関係する一部産業を管轄する必要上、また、貢納に関連して税収調査などのために、わたしが任命した担当者を受け入れていただく可能性があります」

「どのくらいの可能性ですかな」

「ほぼ確実とお考えください」

「それはそれでよいとして、先祖の祭祀はどうされる」

 カミヅカ公は話を変える。政治については、提案と称する決定事項を受け入れるしかないだろう。それがどんなに腹立たしくても。

「いままでどおり、叔父上が執り行ってください。祖神の丘の管理もふくめて」

「わが甥は祭りには興味がないか。丘を進軍の路につかうくらいだからな」

 皆の目がカミヅカ公とヨリフサ王を交互に見る。ヨリフサ王は感情をあらわさない。

「いいえ、先祖にはつねに敬意を払っております。わたしなりのやりかたで。しかしながら、祖父が祖神の丘をふくむ南側を叔父上にあたえたのには意味があるはずです。先祖の祭祀はこれまでどおりアケノリ家として行っていただきたいのですが、いかがですか」

「むろん、それには異存はない。兄もおられることであるしな」

「ええ、父をよろしくお願いします」

 叔父と甥は目を閉じ、沈黙する。すこししてまた眼を開いた時、ふたりとも落ち着いた顔になっていた。ヨリフサ王が静かに口を開く。

「戦後処理として、もうひとつ、カミヅカ公にお伝えすることがあります。これは王としての命令です」

 カミヅカ公はうなずくが、なんの話になるかわからない様子だった。

「ご家族に関することです」

 カミヅカ公は覚悟を決めるかのように口を一文字に引き締める。ハツシマ公はひざの上でこぶしを固く握った。

「叔母上については、王の正室としての立場は失いますが、それ以外変わりはありません。私有財産についてもこれまでどおり権利が認められます」

 カミヅカ公は小さくうなづく。

「しかし、長男タケムネ殿、長女フミネ様については、その御身分をわたしが預かり、帝国へ最低五カ年の留学を命じます。おふたりとも来年成人を迎えられますので、成人式を祖神の丘であげてからを予定しています。ほかの子供たちについては、まだ年少ゆえ、現状のままとしますが、将来においてはおなじく留学を考えています」

 カミヅカ公は、眉間のしわを中指で伸ばすようにもむ。

「わが甥よ。理解が追いつかないのだが、子供たちをどうしようというのかね。もう一度言ってくれぬか」

「わたしとおなじく、帝国への留学です。自分の国を悪く言いたくはないのですが、ここは文化的にはやはり辺境です。ほんとうに勉強し、見聞を広めるのであれば大陸中央へ出ていくべきです。それも、若いうちがよいでしょう」

「いかん。子供たちはわたしが育てるし、教育もわたしの手元で行う。それは絶対だ」

「人質を兼ねているのですか」

 ハツシマ公が口をはさむ。カミヅカ公は不機嫌を隠さずにヨリフサ王をにらみつけている。にらまれたヨリフサ王は卓上で指先を三角に組み、ため息をつく。

「戦後処理では、これが一番もめるだろうと、マトリ公が言っていましたが、どうやらその通りになりそうですね」

 ヨリフサ王はカミヅカ公、ハツシマ公と順に目をやりながら言う。

「人質を兼ねているのかという問いですが、その通りとお答えします。ジョウ国は統一により力を持つでしょうが、いますぐ帝国にあらがえるほどではありません。帝国がわが国に不信感を抱けば、皇帝はここを帝国南部の一地方にしてしまえばいいだけです。これまでそうしなかったのは、父とマトリ公たちの外交努力にもよりますが、わたしを人質として送り、恭順の意を示していたからです。そして、わたしはいまとなってはその経験をよかったと思っています。書物や、雇った教師の講義ではなく、実際に帝国とそこに流れる文化を見聞したことが、いまのわたしを作りました」

 それと、古い図書館でほこりをかぶりながら、ほとんど発掘するかのようにして見つけた一連の古呪文が状況をすべて変えたのだ、と、ヨリフサ王は言葉には出さずに思い、水を飲んでつづきを話す。

「だから、わたしはいとこたちを帝国に留学させたいのです。くりかえしますが、人質かと問われれば、その通りです。外交努力だけでは不足ですから。それによってすくなくとも五年が稼げます。そのあいだに古ジョウ国なみに軍備を回復させ、帝国を交渉の卓につかせるくらいの力を持ちます」

「人質を取ったうえで、攻めこまれたり、不利な要求をされたりしたらいかがするか」

 ハツシマ公が聞く。

「ありえません。帝国は巨大で長くつづいた国家ですが、それゆえに物事を決定するときは歴史上の先例にしばられる傾向があります。人質を差し出して恭順の意を示している国に軍を送ったり、過酷な要求を突き付けた先例はありません。もしそうしたら、帝国内の有力貴族やほかの国家の離反を招きかねません。帝国は慈悲深い皇帝陛下に統治されているのが建前ですから」

「たしかに、王は留学され、帝国流をよく学ばれたようだ」

 ハツシマ公は、感心したとも、皮肉とも取れる言い方をする。カミヅカ公はこめかみをたたいている。顔色が悪い。

「わが甥よ。おまえのいとこであるぞ。十も年下のいとこを、闘将盤の駒のようにあつかうのか。この若輩が、物語に出てくる智将にでもなったつもりか」

 青白い顔で、言葉をしぼりだす。皆がカミヅカ公を見ている。

「叔父上。この世界を生きることは、戦い続けることです。わたしはそう思います」

 マトリ公が休憩を呼びかける。カミヅカ公はハツシマ公にうながされ、いったん部屋に帰った。ヨリフサ王とマトリ公はふたりを見送ったあと、その場で書類をめくって詳細な部分の再確認をはじめる。ほかの者はそれぞれに、記録を整理したり、軽食をとったり、庭を歩いたりした。

 休憩にしては長い時間がたち、城中のあちらこちらで貴族たちが立ち話をしたり、マトリ公がカミヅカ公の部屋に出入りしたりした後、全員が集合する。カミヅカ公の血色はふだんのようにもどっていた。憑き物が落ちたような表情をしている。

「ヨリフサ王よ。さきほどの無礼を謝罪する。身分をわきまえぬ振る舞いであった」

「謝罪を受け入れます。お気になさらないでください。記録からは抹消いたします」

「お心遣い、感謝いたします」

 四人は歯車でうごく機械のようになり、ほとんど日に夜を継いで、戦後処理の詳細な点をひとつひとつ詰める会議を行った。自治区のすべきことやできること、逆に、すべきでないことやできないこと。区長の権限はどこまであり、なにが制限されるのか。同様に、王は自治区に対してなにを要求できるのか、できないのか。貢納は税収に対してどのくらいの割合なのか。不作の年など、状況によって割合は可変なのか、それとも不変なのか。用語やその範囲の定義も必要だった。たとえば、外交とはなんで、どこまでが外交なのか、成人式に外国より貴人が祝いに来てもてなすのは外交か。外交なら費用は王が負担するのか。

 時間だけがむだに過ぎ去り、なにも決まらないのではないかとも思われたが、どれほど案件が多かろうとも、無限ではない。四人がおなじ卓についてからひと月でほぼ形ができあがり、あとは事務的な作業のみとなって、四人の手をはなれることとなった。

 月が美しく庭の上にあった。ヨリフサ王とカミヅカ公は見上げながら涼んでいる。芝にじかに腰を下ろし、盆に茶碗と菓子をのせておいている。カミヅカ公が菓子をかじって言う

「これは変わった菓子であるな。なんというものかな」

「さあ、名前はわかりません。城の職人の新作で、糒を細かく砕いて生姜などの香辛料をきかせた水あめで固めたものです。かたいのを噛みくだくのがいいのだそうです」

「なるほどかたいが、なかなかおつだな。茶にあう」

「よろこんでいただけてよかった。つぎの宴会には出させましょう」

「わが甥よ。新しいジョウ国は生まれ、もうすぐ動き出す。わたしの考えていた形ではないが、戦に敗れたのでは仕方がない。いまは、わが甥の考える未来に近づくよう、できるだけ協力しよう」

「御言葉、ありがとうございます。決して失望はさせませぬ。わたしもアケノリ家の者です」

「それが聞ければよい」

 カミヅカ公は、騒々しい音を立てて菓子をかじる。月を見上げ、北の塔に目をやって思いついたように言う。

「ところで、わが城にて暴れに暴れたあのゴオレムだが、不審な点が多い」

「そうでしょうね」

 カミヅカ公は、菓子のかけらを持った手で北の塔を指す。

「いまはあそこにいるのだろう? 見物できないものか」

「申し訳ありませんが」

「それは残念。人が搭乗して操るゴオレムとのことだが」

「それについては、どのような言葉も差し上げられません」

「機密か。まあ、大変な兵器なのはわかる。馬が狂乱しないのもすばらしい」

 ヨリフサ王は話の行先がわからず、返事をせずに菓子をかじってごまかす。

「実はな、そのゴオレムの搭乗兵、いや、操作兵でもよいが、わたしが感心していたと伝えてくれんだろうか」

「そのようにいたしますが、わけを教えていただいてよろしいですか」

「城での戦いで、火に巻かれたゴオレムが体を打ちつけて消火した後に手信号で、ワレ闘志盛ンナリ、と送りおった。傑作なのは、わざと古式の、しかも基本信号でな。あきらかに、味方への連絡だけではなく、本丸のこちらを挑発するつもりだったのであろう」

 ヨリフサ王はじっと聞いている。

「それでな、わたしはハツシマ公に命じて手巾を振らせた。死力ヲ尽クセ、とな。負け戦のただなかであれほど愉快になれるとは思うてもいなかった。その礼をしたい」

 カミヅカ公はきれいにたたまれた手巾を取り出すと、ヨリフサ王に渡す。

「ハツシマ公に頼んでもらってきた。その兵にわたしてくれ。わたしの負け戦の、それから、愉快な心の記念だ」

「たしかに受け取りました。そのようにいたします」

「ありがとう。わが甥よ」

 月はもう、城壁のむこう側に隠れようとしていた。

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