十 ワレ闘志盛ンナリ

 封印石がはまると無音になる。これからは、迅雷号には作戦らしい作戦はない。進撃の旗が振られたら、祖神の丘を越えてキョウ国本城までまっすぐ疾走し、騎馬隊とともに城内になだれ込むだけだ。

 城内では暴れるだけ暴れ、見つけ次第あらゆる門を破り、投石機などの大型兵器を破壊する。迅雷号はそれだけ行う。停止の旗が振られるまで。

 旗があげられ、降りおろされると同時に、迅雷号はイサオの描いた絵の通りにとびだす。ゴオレムの頭の高さから見える木々の緑が、後方へ流れる線となる。それでも揺れも音もない。ただ、速度を上げるにしたがって安定のために傾けた上半身の角度が感じられるのみ。後方を見下ろすと、昨日の雨でゆるんだ土が蹴立てられて迅雷号の腰より上に巻きあがり、背中を汚している。騎馬は土をさけて真後ろにはつかず、左右に位置している。

 森を抜け、祖神の丘が見えた。話には聞いていたが、それ以上にみごとな形をしている。王家の先祖が祭ってあるが、躊躇なく越えていけとのヨリフサ王直々の命令がタツキ公には下っており、その旨は出発前に全隊に告げられていた。

 だから、イサオはそのまま丘を駆け上がる。石の爪先が草深い丘の地面をえぐっていく。そのあとを蹄が同様に傷つけていく。

 頂上付近には祖神を祭った社や廟があったが、だれもなにも指示しなくても、さすがにこれらはよけて通った。

 頂上を越えると、もう本城が見えている。丘の側をむいている門は固く閉じられ、城壁に設置された投石機が頭ほどもある石と煙塊弾を投擲し始め、騎馬隊が散開する。煙塊が展開されるが、もうここではよけもせず無視して直進する。

 イサオは新しい絵を描いた。いまの速度は殺さずに、腰をひねって右肩を前に出し気味にして門につっこむ。

 当たった瞬間は、さすがに固定していない上半身が揺れた。しかし特製の革鎧のおかげで集中が途切れるほどではない。門はゆがみ、穴が開いてひびだらけになったが、まだ騎馬は通れない状態だったので、そのあとなんどか殴り、蹴りつけて残骸を始末する。後方から騎馬が突入しようとせまるのを確認してから城内に入った。

 一番乗りは迅雷号なり、と心の中で叫ぶ。

 騎馬が城内に散りやすいように、向かってくる兵をはらい、踏みつぶす。手のとどく範囲の投石機は城壁から引きずり落とす。新兵だろうか、あわてた者が城内だというのに煙塊弾を投擲したが、こちらを利するだけだ。

 城内を移動しながら、建物や塔の門の部分を破壊する。突入してきた門の反対側の大門も破壊したが、この作業に時間をとられ、周囲や自分の状態確認を怠ってしまった。

 門の破壊後、見回すと迅雷号の右肩から腰にかけて火が燃えている。投擲のために城壁に準備されていた油樽を倒してかぶってしまい、引火したようだ。そちら側の半身を城門そばの壁にたたきつけて消火したが、その動作を敵兵が見ており、油樽を運んできて落とし始めた。敵にとっては理由は不明でも、火を嫌がるのであればやってみようというくらいだが、イサオにとってはまずいことになった。火をつけられ、消しているうちに、はっきりと暑くなってきた。封印石から通ってくる空気が熱気になっている。

 火を消しながら敵兵に対処し、城内を破壊するが、集中が続かない。動きが鈍くなってきている。まずは落ち着こうと、消火を確実に行い、温度が快適になるまで建物の陰に寄り、油樽が積み上げられているそばには行かないようにする。そのうえで砕けて散らばっている木や石などのかけらを拾っては投げた。樽をねらったのだが、いくつかは当たり、すこしは破壊できた。

 そうしながら、ふと本丸を見上げると、最上部から、きらびやかな鎧をつけた人物がこちらを見ていた。拡大すると、イサオを直接にらみつけているようにも見える。カミヅカ王にちがいない。すると、となりの老人はハツシマ公か。隣国の貴族にはくわしくないが、いずれ相当な地位の貴人だろう。

 すこしすると、空気が冷たくなってきて余裕が生まれたので、軍用手信号で、ワレ闘志盛ンナリ、という戦闘継続可能を示す通信を送る。わざと古式の基本信号をつかい、本丸のほうでも読み取れるようにした。火に巻かれて動きが鈍ったので味方が心配していないかと思ったのと同時に、カミヅカ王にあてつけてやりたいという心もあったからだ。

 味方騎馬隊からは、旗で、戦闘継続セヨ、と、おなじく古式の基本信号で返事があった。

 本丸では、あの老人がうつくしい縫い取りのある大きな手巾を振っていた。死力ヲ尽クセ。カミヅカ王は呵呵大笑している。

 イサオは本丸の門をあとかたもなく破壊した。騎馬隊が突入する。城中のほとんどの敵兵の士気は低下しており、末端の兵には、命令もないのに、はやくも武器を伏せて降伏する者があらわれていた。

 日が傾き、決着がついた。キョウ国国旗がいったん降ろされ、また揚げられたが、上から順にジョウ国国旗、白旗、黒旗、キョウ国国旗の順に掲げられている。それから、戦闘停止の太鼓が打ち鳴らされた。不利を知りつつ戦い続けていた兵たちはすぐに武器を伏せた。

 騎馬隊の信号手は戦闘停止の旗を振っている。足元では、エオウとカグオがイサオを誘導しようとしている。ここにいるほとんどの敵兵は、迅雷号がどういうゴオレムか推測できているだろうが、わざわざ事実を見せる必要はない。迅雷号のみ城から離れたところで待機させ、降りるのもそこでということのようだ。イサオは城をあとにした。

「大勝利だ。よくやった」

 城から遠くはなれた林の中で迅雷号から這い出てくると、エオウが声をかける。カグオも笑っていた。上級兵が馬に乗ったまま言う。

「すまないが、迅雷号の機密は守られねばならない。イサオ君、エオウ氏、カグオ氏はここで夜を過ごしてくれ。敵は降伏したといってもまだ物騒だから、今晩は護衛が五人つく」

「はい。わかりました。それで、騎馬隊の被害は?」

「七人死亡、八人戦闘不能。残り全員が負傷者といったところだ。馬もかわいそうだが、数頭、楽にしてやらなければならない」

 傷だらけの上級兵が疲れた顔で答える。

「しかし、カミヅカ王とその家族、重臣たちはすべて確保した。逃げのびた者はいない。いまはたぶんタツキ公が説得しているところだ」

「なにをですか」

「自決させるわけにはいかんからな」

 暗くなり、堂々と、隠さず火を焚いた。やはり軍の粥には味はない。しかし、毛布は軍の支給品ではなく、護衛兵が城から持ち出してきたふかふかの、厚みのある品だった。その護衛兵たちは、三人と迅雷号を取り囲むように、それぞれ林のはずれで見張り位置についていた。

「おまえ、なんで志願した」

 食後、イサオに戦闘のようすを聞き、実験記録をつけ終わると、熾火をかき回しながら、カグオが静かな声で聞いてきた。毛布を肩から掛け、湯をそそいだ椀を足元に置いている。

「サノオさんに、拒否できないっていわれました」

「そうじゃなくて、そもそもなんで軍に志願したんだ。経歴まで書き換えて、一年早く」

「収容所はもうじゅうぶんだったから」

「それだけか。それなら軍じゃなくてもいいだろう」

「なぜ聞くんですか」

「わたしは初期訓練を終えてからずっとゴオレム技術者で、それ以外知らない。でも、この作戦で戦闘を見たり、新兵熱になるおまえを見たら、なんでそうまでして戦うのかって思ってな」

「ほかの人のことは知りませんが、わたしは名字がほしい。名字をもらって一家をなしたい。始祖になりたいんです」

「軍で功名を上げてか」

「ええ、最近名字を拝領した人の大半は軍での長年の功績をみとめられた人ばかりです」

「でも、それは貴人につながる家柄だったり、べつの商売で儲けた財産を国家事業に投資したりした者たちだぞ。たまたま軍人を兼ねていただけだろう」

「そうかもしれませんが、表向きの理由は軍での功績です。つまり、軍歴はそういう理由付けに使いやすいんでしょう。だからこそなおさらなんの家柄も財産もないわたしを認めさせるには軍しかありません。はじめは、選択そのものが許されなくてとまどったけれど、考えてみれば迅雷号は好機です。運命かもしれません」

「運命三分、か」

「皆に言ってるんですか」

「呑むと出てくる。呑まなくても、か。わたしもそう思ってる。人生、そのくらいが面白い」

 カグオは頃合いに冷めた湯を飲んだ。

「それじゃあ、なぜ始祖になりたい。ならなくたって結婚して子をもつことはできるぞ。軍はそのくらいの給料は払ってる」

「自分がこの世にいたという証がほしいからです。だから、家族じゃなくて一家をなしたいんです」

 イサオは、話すべきかどうかちょっと考えたが、話してしまうことにした。勝利をおさめたことで舞い上がっていたのかもしれない。

「わたしは寺の門前に捨てられていたそうです。籠に、布でくるまれて、書いたものはついていなかった。それから孤児収容所で育ったんです。だからわたしにはなにもない。祖神の丘を越えてきたけれど、いまわたしが死んでも、あんなふうに祭ってくれる者はいません」

「子や孫を持つだけではだめか」

「ええ、それだと五代も経ればわたしなど消えてしまいます。名字を持った始祖なら、川の流れが変わるようなことがあっても、一家の記憶にのこって伝えられていくでしょう」

「そうか、うらやましいな」

 イサオは首をかしげる。

「おまえは自分のやりたいことや、こうありたいという未来の形が明確にわかっている。わたしはもう二十七で、成人して十年たつというのにまだわからないんだ」

「ゴオレム技術者は?」

「ずっとゴオレムをあつかってきたし、これからもそうだと思うけれど、それがやりたいことなのかと言われたらわからない」

 カグオはそれだけ言うと熾火を見つめて黙ってしまい、しばらくたつと横になった。イサオも横になった。人のことを聞くだけ聞いて、自分のことは話さないなんて、ずいぶん勝手だなと思ったが、三十手前の男にも子供のようなところがあると考えてみると、すこしばかりおかしくもなった。

 エオウはとっくに軽いいびきをかいて寝ている。地面から見上げる迅雷号は、うずくまった姿勢で夜空を黒く切り取っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る