第16話 食べるって感覚

 翌日――

 昨夜研究室のソファーで眠った虎太郎は、アルメリアの騒ぐ声に起こされた。


「いやあああ~~。やめろおっさ~ん!」


「ふへへ、いいじゃねーか。動いてる姿もっと見せろ! 俺が直してやったんだぞお!」


 嫌がるアルメリアを必死で追いかけ回す後堂がそこにいた。どうやらアルメリアはすっかり元通りに直ったようだ。


「ども。修理終わったんですね」


「おう、美島弟。やっぱ俺は天才だぜ」


「ちょっとコタロー助けてよもう。やなんだけどこのおっさん!」


 虎太郎はため息をつくと、助けに応じず周りを見回した。

 壁にかかった時計を見ると、今は午前六時一〇分。碧と蒼穹はソファーでまだ眠っていた。


「そっちのソニアはどんな感じです?」


「ああ、こいつは特に異常なし……でも、なんつーか」


 顎に手を当てながら後堂は続けた。


「初期化されてるっぽいんだよなー」


「は?」


 虎太郎はソニアに視線を移した。まだ昨日と同じように仰向けで眠っている。


「原因はわからねえ。記憶域のハードディスクが空っぽになってる。だから昨日お前らからいろいろ聞いたうちの、こいつ――アルメリアが変な言葉を発してからおかしくなったってのが気になってな。《ドミネートモード》……だったか? 一応調べてみた」


 虎太郎たちは昨日のうちに後堂にあったことをすべて話しておいた。アルメリアが送られてきたこと、家に襲撃があったことなど。その中でもダリアやソニアが本体よりも欲しがっていたOS――これがやはり後堂は気になったようだ。


「結論から言うと、痛覚プログラムはあと何日かあれば解析できる。だがOSについてはまだ全然わからん。奥底に見たことのねえプログラムが潜んでるのは確かだ。これがおそらく《ドミネートモード》のプログラムを構成してるんじゃねーかと考えてる」


 後堂は、なんの話かわからず口を開けてポカーンとしているアルメリアを見て、


「こいつが意識的にそれを取り出せれば話がはえーんだが、そうもいかねーみたいでな。もう少し時間をかけて調べりゃなんかわかるはずだ」


「そうですか――ってうお!」


 いつの間にか虎太郎の真横まで接近していたアルメリアは、なにかを探るように主人の顔をじっと見つめていた。


「……なんだよ」


「怪我は大丈夫? 治った?」


「怪我……ああ、あの時のか。まあ血は出てたけど傷は浅かった。手ももう痛くない」


「そう。よかった」


 ぱあっと明るい笑顔を虎太郎に見せつけるアルメリア。それを見た後堂は驚いた。


「すげえな。心配までしてくれんのかよ。このAI作ったやつは俺より劣るが天才の部類に入るな」


 後堂はアルメリアの頭をくしゃくしゃと撫でた。


「触るなおっさんっ。うー」


「いいじゃねーか減るもんでもないし。お、そうだ美島弟。腹減ってるだろ、朝飯行くぞ」


 虎太郎はすぐに頷く。歩き出すと小動物のように後ろにアルメリアが付いてきた。キョロキョロと周りを見ながら楽しそうに歩いている。


 一階の端に学食はあった。この時間にはさすがに誰もいないが、カップ麺の自動販売機とポットくらいなら置いてある。二人は適当に買うとカップにお湯を注いだ。


「それなに?」


「食べもん」


「食べもん……? なにそれ」


「……味がする」


「へーよくわかんない」


 三人は席へ着いた。虎太郎の隣にアルメリア、正面に後堂が座る。こんなに誰もいない開放感のある学食はさすがに虎太郎は初めてだった。


「そういや、美島から……お前の姉ちゃんから昨日聞いたけどよ、お前〝AZ〟のデザイナーやってるんだって?」


「はぁ。姉ちゃん余計なことを……」


「すげーよな。その年で認められるっつーのは。なかなか難しいもんだぞ。がんばって続けろよ」


「……あれ、俺てっきり〝AZ〟が嫌いなのに何故そんなことをやってるのか聞かれるのかと」


「んな嫌味な質問はしねーよ。お前にもいろいろあるんだろ?」


 虎太郎はありがたく思った。そして質問に答えた。


「まぁ、実際俺もよくわからないっていうか、もしかしたら心の奥底で、〝AZ〟を好きになりたいって……んなことない! んなことない!」


 後堂はにやりと微笑んだ。


「こいつもお前のデザインだって? 俺は天才だがデザイン関係だけは素人だ。でもこれだけはわかる――お前は真性のアンドロイド馬鹿だってな」


「んなこと、絶対にないっすよ……」


「今度俺にもよろしく頼むぜ。カスタマイズモデルは馬鹿高ぇのなんのって。コネでなんとかなるだろ?」


「いや、まあ。ならなくは……ないか。つーか持ちすぎでしょ」


 見たところ後堂は三体持っていた。それもすべてカスタマイズモデル。後堂は無邪気に「にしし」と笑った。


〝AZ〟は現在虎太郎などのデザイナーがデザインしたモデルの中から選ぶものと、消費者自らゲームのキャラエディットのように、顔や髪型、体型などをあらかじめ用意された数百種類のパーツを元に組み合わせてデザインするオーナーメイドモデルの二種類が存在する。前者は軽自動車くらいの値段で買えるものもあるのだが、後者は高級外車ほどの値段がするため、実際購入する人は限られている。


「そういえば後堂さん、姉ちゃん――姉はこの学校ではどんな感じだったか教えてくれませんか?」

「まぁ楽しくやってたみたいだけどな。でもあんなテンションでも口調でもなかったぞ。まさか……実は家だとあんななのか?」


 顔を青ざめさせながら後堂は問う。


「あ、いや。多分後堂さんが知ってる口調が正しいんですけど。二年前くらいかな? ある日を境にあんなになったんですよね。俺も理由はわからないっていう」


「……そうか。まぁ……なんとなく察しはつくけどな……」


 声が小さかったため聞き取れなかった。


「――おっと三分だ。食わねば」


 いつの間にか三分が経っていた。虎太郎は買ったカップラーメンの蓋を取り、数回かき混ぜてからすすった。


「人間はいいねー。わたしも食べるって感覚がを知りたいなー」


「んじゃ俺がいつか味がわかるプログラム開発してやるよ。約束する」


「ホントに? おっさんすごい。コタロー、すごいね」


「ああ」


「まあな。ぐふふ」


 虎太郎は喜ぶアルメリアの横顔を見た。北欧人風にデザインしたその顔を起動してからよく観察したのは、これが実は初めてだった。

 長い銀髪。細身ですらりとした背筋。瞳の色は透き通るようなスカイブルー。自分の設計通りだった。


「ん? なに?」


「いやっ、別に」


 急に目が合いすぐに食べるのを再開した。


「ふへへ、お前見とれてたな。自分の理想だろこういうデザインって」


「いや別に――ってそんなこと姉ちゃんにも言われたなぁ。ホントそういうわけじゃないんだけど」


「そういうわけじゃないー? コタローってばオーナー登録の時わたしに熱烈なキッスをしてきたくせに。ムチュ~って」


「ふははっ。マジかよ、初めて聞いたぞそんな奴」


「ち、ちちちがう。あれは、あんな状況で混乱してっ」


 虎太郎は顔を真っ赤にして必死に否定した。


「――そういやさ」


 突然後堂が箸を止めて表情を引き締めた。


「昨日言ってたな、藤田が行方不明だって」


「ええ」


 昨日後堂に話した中には雫の話も含まれていた。雫は碧とこの大学で知り合い親友となり、二人で後堂からアンドロイド工学を学んだそうだ。アースヴィレッジに就職した雫にとって、後堂は恩師にあたる人物なのだ。


「関係者が行方不明って話はどうやら本当らしい。夜中に少し調べてみたんだが、あの火災の日から家に帰っていない社員が五人以上いる。やはりその中に藤田も含まれてる可能性が濃厚だ。まああれだけ大きな会社が全焼して、それも行方不明者がいるってことは当然警察が動いてる。こちらから無理に動く必要はないんだがな」


「そう……ですか」


「全てがおそらく繋がってるんだろうな。アースヴィレッジと工場の火災、社員の行方不明。そして突然現れた第四世代アンドロイド」


 虎太郎は頷いた。


「こいつの中のOSが必要なら、犯人は再びお前たちの前に現れる可能性が高い。まだ会ってない残りの第四世代の〝AZ〟は三体だったな。どういう風に現れるかは知らねーが、次にどうにかそいつらから情報を得ないといけないわけだ」


「でも、どうやって」


「まあ交渉……でどうにかなるわけないよな」


 後堂はアルメリアに視線を向けた。アルメリアは首を傾げる。


「お前には申し訳ないが、戦ってもらうかもしれねーな」


「……」


「俺だって嫌だぜ。〝AZ〟大好き人間だからな。でもな、美島家の人間は完全に犯人に目を付けられてるはずだ。皆を守るという面を考えても、いざとなったら戦うしかない」


 アルメリアは虎太郎の方を見る。


「コタローはどう? わたしは構わない」


「俺は――」

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