第15話 AZバカ
「ふああ」
「おー、起きたでよ」
「あれ、やべ。寝てた俺」
「三時間くらいかなー」
今日は夜中からいろいろなことがあった。ろくに睡眠も取っていない虎太郎は、ソファーに座ってしばらくするうちに眠ってしまっていた。夢を見た気がするが、もう内容は忘れてしまっていた。
現在午後六時。
「ボディスーツのお陰で皮膚の損傷はそこまで激しくない。でも中の骨格が歪んで人口筋肉が裂けてんだな。それにしてもこいつはすごいな……これは俺の考えてた五年以上先の技術だ。うへへ」
後堂は自分の午後の講義を仮病を使って休み、第四世代〝AZ〟の調査に目を輝かせていた。
「馬力の数値もとんでもねぇな。ちょっと強めに蹴られたら、人間じゃ中からはじけ飛ぶ……。この小さな体にどうすればそんな馬力を詰めるんだ? ああそうか、なるほど。うへへへ」
奥の部屋でアルメリアとソニアを手術台のような場所に寝かせ、ブツブツと独り言を発している後堂。虎太郎は例のリビング式研究室にて、碧と蒼穹の三人でソファーに腰掛けていた。
「あたしあの人に変な姿見られたんだよね……死にたい」
車酔いから復活した蒼穹はそんなことを言いながらずっと下を向いている。
「で、姉ちゃん。あの人は何者なんだ? ただの准教授ってわけじゃなさそうだけど」
「あの人はあたしにアンドロイドの良さを教えてくれた人。こたろーのようにアンドロイド恐怖症の姉ちゃんを助けてくれた人」
「アンドロイドの良さを?」
「そもそもこの大学を選んだのは、今時珍しくアンドロイド工学を一切扱ってない学校だったから。最近は各家庭に一体が基本だから、整備とかの面を踏まえてアンドロイドについて勉強する機会があるのが普通なんだけど、ここにはなかった」
碧はテーブルに用意したコーヒーを一口飲んで続けた。
「だけど一年の時に間違ってこの部屋に来てしまった。アンドロイドマニアのこの変な人のところに。そこで初めて最新バージョンの〝AZ〟を見た。センセオリジナルのプログラムを組んで漫才みたいに会話してるところを見て驚いたよ。〝AZ〟と戯れるセンセが昔のこたろーみたいないい表情をしてるなって、そう思った」
虎太郎は黙ったまま話を聞いている。
「姉ちゃんは、こたろーに昔みたいに戻ってほしくて、だから、まずは自分が変わらないといけないと思った。勉強して、あの事件の原因を調べて……あれは、アンナの意思じゃなかったってことを証明したかったから。アンドロイドは悪者じゃないって、そう思ってほしかったから」
碧は立ち上がった。だんだんと力強くなる話に蒼穹は聞き入った。
「なら――」
虎太郎はゆっくりと口を開いた。
「こいつらはなんなんだよ」
虎太郎は眠る二体を冷めた目で睨んだ。きっと今日起こったこと、そして今の一言は、ここで過ごした碧の四年間を否定するものだったに違いない。
しかし碧はゆっくりと座り、虎太郎を優しい目で見つめた。
「人を傷つけない人なんか、いる?」
虎太郎の眉がわずかに動く。
「体であれ心であれ、人が人を傷つけあう世の中が成立しているのに、こたろーはアンドロイドだからダメって、そう言うの?」
「で、でも、それとこれとでは……」
「こたろーは、ただ自分の言うことをなんでも聞くアンドロイドと友達になりたいって、そう思ってたの?」
「いや、ちが――」
虎太郎はこの言葉に反論することができなかった。
アンドロイドより怖いものなど腐るほどある。人もそうだ。世界に犯罪のない日など存在しない。人が人によって殺されない日はない。
今までアンドロイドが人を傷つけるわけがないという概念をもっていた子どものころの虎太郎にとって、あの事件は衝撃的すぎた。
大好きだった存在によって自分が殺されそうになるなんて考えられなかったからだ。しかし成長した今なら考えられる。
友達に裏切られる人。親に殺されてしまう人――現に存在するのだ。
信頼するものに裏切られるなど、度合いは様々だが多くの人にあるはずだ。
アンドロイドだからだめ。
ただそれだけで、アンドロイドを憎んでいいのだろうか。
「確かに今言ったことと、あの時と今回のは少し話が偏ってる。でも、根本的な考え方は一緒だよこたろー」
「でも、俺は……」
「うん。ゆっくり考えよ」
「いいこと言ったな美島。さすが俺の弟子だ」
一区切りついた様子の後堂が虎太郎たちの元へやってきた。
「まあ、センセもおんなじようなこと言ってたからね。受け売りみたいなもん」
「んなこと言ったっけか?」
「で、どう?」
「第三世代と骨格とか人口筋肉の基本構造が変わってるが、まあ大丈夫だろ。修理は朝には終わらせる。OSと痛覚プログラムの解析もできる限りやっとくぞ。このソニアってやつの動作停止の理由もわかりゃいいんだがな」
「そう。ありがとセンセ」
「こんなすげーもん触れるなんてこっちが礼を言いたいぐらいだぜ。任せときな」
飯食ってくると言い残し、後堂は部屋を出た。
「兄さんも、もしかしたらあんなになってたかもね」
「ならねえよ、ばか」
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