AZ《アズ》―君とまた会う日まで―
真堂 灯
第1話 プロローグ
『次です。アースヴィレッジ社製アンドロイドシリーズ〝AZ《アズ》〟が突然停止するなどの故障が相次ぐ中、先程ようやく開発責任者の
『ご迷惑をおかけしまして申し訳ございません。現在OSなどのプログラム、電源、駆動系といった、いたるところをチェックしておりますが、停止に至る原因は未だ判明しておりません。これから――』
「最近多いな……」
茶系統の家具で揃えられた、落ち着いた雰囲気を醸し出す一〇畳間。
テレビのニュースはBGM代わり。三〇インチの空中投影型ディスプレイに向かい、IOボールと呼ばれる造形用球体デバイスに両手を入れながら
今取り掛かっているとある作業も終盤。その最終チェックをしている時、突然ピロロッという電子音がPCから鳴り始めた。
虎太郎はモニターの右下を見ると目を細め、ため息をつきながら〝藤田雫〟と表示された電話マークのアイコンをタップする。
「……ん」
『暗っ。なによどうしたの?』
「はぁ。催促の電話でしょどうせ」
『ま、そうだけどね。順調?』
「いきなり五体分なんてホント勘弁してくれよ雫さん。俺まだ高校生だって。ってゆーかなにこの注文……一二歳設定とかあるし、こんなの売れんの? 誰用だよ」
「で、どうなの?」
「……三体目が終わるところ」
画面に映し出されたのは二〇代半ばくらいのスーツを着た若い女性だ。艶のある長い黒髪、前髪が綺麗に横に切りそろえられていることが特徴だろうか。また目鼻立ちが整っており、薄化粧でも十分に綺麗な顔に仕上がっている。
「まあ順調ね。大変だとは思うけど、高校生じゃ普通もらえない金額の報酬があるんだから我慢して頂戴な。片山さんも君のデザインした〝AZ〟はすごい評価してくれてるのは知ってるでしょ? あ、そうそう。片山さんが今度好きな〝AZ〟プレゼントしたいって言ってたわ」
作業の進行速度に満足したのか、雫はにっと微笑む。
「その片山さん今とんでもなく大変そうなんだけど。つーか雫さん、俺アンドロイド恐怖症だって知ってるでしょ? 悪いけど絶対にいらないからね」
「そう? でも一体持ってると便利よー。食事当番やらなくて済むんだから」
虎太郎は雫に聞こえるように大きなため息をつきながらテレビに視線を変える。
いかにも高級そうな光沢の入ったスーツで身を包み、温和そうな顔つきでインタビューを受けている〝AZ〟の総合開発責任者――片山郷剣の淡々と質問に答える姿に虎太郎は感心した。まだ三〇代半ばという若さでありながら開発責任者になれたのも、これを見ただけで頷ける。
片山は答え辛いだろうインタビュアーの質問が次々と降り注いでいるのに対し、常に冷静で、更に突っ込んだ質問を受けないようにうまく回答していた。
《一家にお一人ベテラン家政婦!》というキャッチフレーズを謳い文句にしていたアンドロイド〝AZ(Android Zero)〟を、多くの一般家庭が使用することが当たり前になって数年。最初は人間と見分けがつかないほど精巧に造られたロボットに抵抗を持っていた人々の評判も、購入者による口コミや動画などで瞬く間に急上昇していった。
実際〝AZ〟が家でどのような役割を果たすのかと言うと、キャッチフレーズの通り家政婦のような仕事をしてくれる。全くぎこちなさがない動きで家の中を歩き回り掃除をし、あらかじめインストールされている数万種類の料理のレシピを用いてプロの料理人顔負けの食事を提供してくれるのだ。
これだけでも十分素晴らしいのだが、一番優れているところはコミュニケーション能力である。アンドロイドといっても無口ではない。流石に人間とまではいかないが、幾度にわたる言語プログラムのアップグレードやクラウドシステムでの学習で、現在ではある程度応用が効く受け答えができるようになった。
そんな中、今回故障した数は百近く。それらの個体の販売時期やOSのバージョンといった類似点はあまりなく、全くもって原因不明のトラブルだった。
「片山さん、この件について社内では大丈夫の一点張りなのよ。正直クレームの応対でわたしもノイローゼ気味。これからどうなるのやら」
「……」
「おーい、虎太郎くん?」
「ん、ああ。悪いテレビ見てた」
呼びかけにハッとして、虎太郎は再びPCモニターに視線を戻す。
「それじゃ、わたし休憩終わりだから切るわね。お姉ちゃんによろしくね、天才〝AZ〟デザイナーさん」
「ああ。期待しないで待っててくれよ」
雫のピースサインを最後に通話は終了した。
そして虎太郎は再びIOボールに両手を突っ込むと、三体目の〝AZ〟デザインを再開した。
――そして三ヵ月の時が流れた。
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