【日常】鮎川羽龍【お正月の話:八】


                    ◇


「あー、鮎川くんどこいたんですか!」


 神社の中をぶらついていると、委員長の声に出迎えられた。

 どこ……と言われてもその辺をぶらついていた以上のことはなく、語れることも何もない。よって無言をもって返事とした。

 委員長もそこまで気になっていた訳ではないようで特に追求することもなく。

 代わりにぼくの腕を掴んで引っ張り、どこかへ連れて行こうとしてくる。


「そろそろ始まっちゃいますよ!」

「……何が?」

「名賀さんの巫女舞です!」



                    ◇


 白虹橋神社では、毎年年始に巫女による舞が奉納されるらしい。

 名前の由来さえ解らなくなっている神社だが、この舞はそんな状態でも残って受け継がれ続けているものらしく、絶やさないために毎年欠かさず舞われているのだとか。

 ただ肝心の巫女が……つまり名賀さんがクウェンディ症候群にかかったために存続が危ぶまれていたそうだが、下半身が蛇でも問題なく舞えることが解った為に今年もやるのだそうだとか。


「あっ、始まりますよー」


 言われて神楽舞台の方を向く。

 名賀さんが舞台袖からそろそろと(にょろにょろと?)上がってくるところだった。

 そして聞こえて来る厳かな太鼓と笛の音。

 音源の方向に目をやると夏休みの朝に使われていそうなラジオカセットがあったけれども、それでいいのか音を流すの。


「ほっほら、人手の問題とかありますしっ」


 世知辛い話だった。

 ぼくたちがさりげない俗さに気づいてしまっている間に、舞は始まってしまっていた。

 流れてくるゆったりとした音に合わせ、両手に持った松の枝をしゃん、しゃん、と振る。

 他にも大きく振り下ろしたり、ぐるりと舞台を回ったり。

 それはまるで無声劇のように、巫女は神楽を舞い踊る。


「名賀さん、綺麗ですねえ」

「……委員長も踊ってみたいの?」

「いえ、そこまでは行きませんが、こういう晴れ舞台に出れるってなんだか素敵だなって」


 目を輝かせて見惚れるように、委員長は呟いた。

 ぼくは目立つのが好きではないから、そうした気持ちはよくわからないけれど。

 委員長が素敵だというのなら、多分そういうものなのだろう。


「これが文化祭のフォークダンスとかなら手を取ってみたりできるのかな」

「……えっ、ええっ、鮎川くんがそんなこと言うなんてどうしたんですっ!?」

「いや、なんとなく思っただけ」


 派手な反応で驚かれたけれど、そんな変な発言しただろうかぼく。

 そう考えて、いや、だいぶ変な発言だな、と思い直す。

 鮎川羽龍の発言として、これはかなりの不適切だ。

 ほぼ確実に言わないような一言だ。

 少なくとも、ひと月前のぼくならば。


「いつか、一緒に踊れるといいですね」

「……そうかもね」


 そんなに変わらない世界だけど、ぼくたちは変わらずに居られるんだろうか。

 人は変わらないと思っていたけれど。

 人は変われないと思っていたけれど。

 人が変わらなかったところで、取り巻く環境は変わるかもしれなくて。


「今年はどんな年になるんでしょうねっ」

「さあ。……いい年だといいよね」


 未来のことはわからない。

 ただ言えるのは、ぼくたちは今ここにいるということで。

 ならば無責任な約束一つ、別に構いもしないだろうと、考えることをやめてみた。


 笛の音は続く。

 踊りは続く。

 いつまでも続くかと思われたそれは、ふいに途切れて終わりを迎えて。

 名賀さんの一礼。

 そして拍手喝采。


                    ◇


 カラスの声が聞こえてくる。

 冬至を過ぎても、冬の日暮れはまだ早い。

 日が出ているうちは結構いた人たちも、夕日が射してきた頃にはもうすっかり減っていた。


「人いなくなってきたし、社務所もそろそろ閉めようかなあ」

「まあいいんでない? そろそろ日も暮れるだろうし」


 これからの予定を話し合う名賀さんと宮雨の声を、ぼぅっとしながらぼくは聞く。

 途中にトラブルもありつつも、半日近くをここで過ごした感想としては、ハレの日の集客力って凄いなあというものだ。

 あの時がらがらだった神社が人でごった返し、そして太陽が去るに連れて人のいない地に戻っていく。その変動が、なんだか不思議で少し可笑しい。


「はいみんな集合ー! 鮎川くんもちょっとこっち来てくれるかなー!」


 社務所の前で手を振って、名賀さんがぼくやみんなを呼ぶ。

 駆け寄ると、名賀さんはカウンターに置いていた六角形の箱を手にとって、


「ほい、おみくじ。宮雨や鮎川くんもサービスでタダでいいから引いてきなよ」

「お、ラッキー!」

「この幸運で無駄に運を使ってないといいっすね」

「な、何不吉なことを言うかな飛倉サン? あと俺にとって運は流れであって消耗品じゃないってことになってるからセーフ、セーフで!」


 そして早速勇気を示すかのように、箱の中へと手を突っ込み、一枚の紙を引き出した。


「えーと、『吉』」


 あはははははは、と名賀さんと飛倉さんが声を合わせて哄笑する。


「く、くそうネタにもならない微妙な結果! 文章も殆ど『プラスマイナスで相殺されて結果的にはほどほどです』みたいなことばかり書いてやがるし!

 あとそこで笑ってる二人はいっそ凶とか引いてネタになるといいんだわーん!」


 泣いてるふりをしても、それは嘘泣きだってわかってるからね宮雨。

 そして女性陣たちもおみくじを次々と引いていって、


「大吉ねっ」

「大吉っすね」

「大吉ですっ」

「大吉かなー」

「くっそう貴様ら幸運に恵まれやがって! ちくしょう! 呪うぞ! お前も! お前も!」

「人を指さすのは行儀がよくないからやめといた方がいいよ宮雨」

「そもそもおみくじ、大吉の比率が一番高いんだよね。むしろ中途半端な結果を引く方がレアだから、ある意味そっちの方が運がいいんじゃないかな」

「そっちも大吉引いてる以上、慰めになってるようでなってないですからねかがしさん?」


 おみくじに祝福されるのと、貴重なものを引き当てるのと、どちらが幸運と呼べるのか。

 貴重なものはただ貴重であるだけでしかないと思っているぼくとしては、前者の方が幸運でいいと思う。

 そもそもおみくじなんて根拠も何もあるわけじゃないのだから、結果に一喜一憂するのもそれこそ、


「偽物だよなあ……」


 呟く。

 けれどそれが人間のハレであるとは、ぼくも流石に理解はしている。


「ちくしょう、鮎川だけが最後の望みだ! 俺よりもっと低い運勢を引いてネタになれー!」

「そういう性格だから変な結果を引くんじゃないっすかね?」

「同感」


 頷きながら箱に手を突っ込んで、適当に一枚取り出してみる。

 そこに書かれていた運勢は、


「……ねえ。何も書かれていないんだけど」

「落丁……かしら」

「こっこういうこともあるんですねっ」

「普通はないと思うんだけど、印刷ミスかなー?」

「あ、ある意味すげえの引いてるな鮎川。笑うよりもまず衝撃が来るわ」

「これってどう解釈したらいいの?」

「空欄……見えない未来、自分の頑張り次第でどうにでもなります、って感じでいいんじゃないかしらっ」

「あー、なんかそれすげえ格好いい。今からでも運勢とっかえられたりしない?」

「宮雨、無理を言いすぎだと思うよそれ」

 頑張り次第、かあ……。

 つまりそれはいつも通り。己の人生は己で動かせと、そういう当たり前なのだろう。

 面倒だなあと思いつつも、多分それが一番なのだろう。


                    ◇


 さて、冬休みも終わって新学期が来る。

 そしてそれは、新しい非日常の到来を告げる始まりであり────

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現実以上、幻想未満。〜人外少女とのつきあい方 貴金属 @you96

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