【日常】名賀かがし【人蛇の話 参】

                    ◇



 女の子の買い物は長いというけれど、そんなのは私たち自身が一番知っている。

 見ていたドラマの話をしたり、授業に関する愚痴言ったり、そんなことをしながらお店を回っているうちに、買い物かごの中に詰まった衣服の山は地層を作って堆積してく。

 気に入ってるブランドの新品を確認したりとか、格好いいズボンに目を惹かれてしまってちょっとばかし憂鬱になるだとか、異種族用の服の物珍しさにじろじろ見て回ったりとか。


「くっはー、買った買ったー!」


 試着室の中、荷物を降ろして私は叫ぶ。

 デパート閣下は結構大きいとこなので、試着室もそれ相応に余裕を持った空間がある。

具体的にいうと下半身でスペース取るタイプな私とかばねちゃんが両方入ってもそんなに狭さを感じないぐらい。ちなみに剣月さんは自分の服を買ってないから外で待ってる。つまり、


「先輩と二人きり先輩と密室で二人きり半裸の先輩と密室で二人きり……」

「ん?」


 かばねちゃんは何やらさっきから下を向いてぶつぶつと呟いている。何を言ってるのかはよく聞こえないけど、なんとなく漂ってくる闇のオーラだけは感じ取れる。

一体どんなことを考えているのやら。


「ほらほらさっさと脱ぐ脱ぐ、そして早く着替えよう」


 そうやって脱衣を促しながら、私も自分の服に手をかける。

 元運動部所属だから、一気に脱ぐのは慣れている。

 一瞬視界が塞がれて、直後、ばさりと音を立てて落ちる服。


「――っぷはあ」


 素肌に感じるナマの冷気。顔を下ろすとスポーツブラに包まれた自分の胸が目に入る。

 同性しかいない空間であるとはいえ、文字通りの布一枚はちょっと恥ずかしい。

 試着室の鏡を見る。陸上部やめてだいぶ経つとはいえ、まだ出るとこ出てて引っ込むとこ引っ込んでるいいスタイルは維持できているつもりでいるけど、一体どこまで持つかなぁ。ウエストのあたりはこの体結構カロリー消費するんで勝手にシェイプアップされるけど体重についてはうん、聞くな。考えるな。この下半身だから仕方ないことだ。


「先輩のおへそ先輩のおなか先輩のおっぱい……」

「ん?」


 視線はちょっと上を向いたけども相変わらずブツブツ呟き続けているかばねちゃん。

 ……ひょっとして私のスタイルに嫉妬してる?

 いや無いか。現役時代は先輩のおっぱい大きー、なんて言われたこともあったけども。


「……やっぱり残ってないんですね」


 落ち込んだ声でかばねちゃんが言う。それだけは私の耳にもちゃんと届いて。

 向けられる視線は私の腰のあたりを指していて、何を意味するかは嫌でもわかる。


「触ってみる? この辺に骨の痕とかわかるよ」


 肌のところを撫でながら誘う。肉と皮越しに伝わるこりこりとした硬い感触。

 かばねちゃんはちょっと躊躇するかのように手を伸ばし、そして恐る恐る触れてきた。


「……んっ」


 自分のものでない手が触れるのはとてもくすぐったくて身をよじる。

 というかなんだこれ、めちゃくちゃ恥ずかしいぞお姉ちゃん。半分冗談のスキンシップのつもりで言った私が軽率だった。


「う……みゅっ……やっ」


 むずがゆさに変な声が出てしまう。だけどかばねちゃんは私をまさぐるのをやめてくれなくて。五本の指は蛇のように私の肌の上を這い回り、もうなくなったはずの何かを探そうと焦っている。

 それはあの頃の私もやったことだ。探してるうちに何か奇跡でも起きたりしないかと祈るのも、既にあの春の終わりにやって、結局何も起きなかったんだよ、かばねちゃん。


「…………」


 しばらく触り続けた後、ようやくかばねちゃんは私の腰から手を離す。

 満足したのか諦めたのか。沈黙からは読み取れない。


「今更ですけど私、先輩の走る姿が好きでした」

「…………」

「しゃきんとした顔つきも、大きく振られる両腕も、しなやかに躍動する足も、全部全部、先輩は私の憧れでした」


 かばねちゃんは私に抱きついてきていて、どんな表情でそれを言ったかは見てとれない。

 それでも想像するぐらいはできて、多分私も同じような表情をしてると思って、  


「……ごめんね」


 また謝っちゃう。なんの意味もないってわかってるのに。

 私も抱きつき返すように、かばねちゃんの体をゆっくり蛇体で巻いていく。

 ぐるり。ぐるり。哺乳類の体温が暖かい。

 けれどそれは、私の蛇の体が冷たいということも意味していて。

 この体の温度が、私が放置していたかばねちゃんに対する冷たさなのかなとも思って。


「……ちょっとだけ、ちょっとだけ感じさせてください、先輩を」

「……うん」


 お互いの体温を感じたまま、私たちはしばらく抱きしめ合う。


                    ◇


「……すいません、なんだか迷惑なことしちゃって」


 我に帰った後、新しい服に着替えたかばねちゃんが、ぺこぺこと頭を下げて言った。

 私は抱きついたりとか巻きついたりとか普通にやるタイプなんだけども、密着とかかなり深い仲でもないと躊躇するタイプの人だってきっと少なくはないだろうしなあ。


「いやいやそんなお姉ちゃん気にしてないからさー……へくち」


 小さくくしゃみ。屋内とはいえ肌の出し過ぎはやっぱり体を冷やすのだろうか。でも出すだけだったら下半身にあうズボンがないから体の殆ど露出しっぱなしなんだけど私。

 むず痒い鼻をさすっていると、外から私を呼ぶ声が聞こえた。


「かがしさーん、ここー?」

「宮雨!? あ、ちょっと待って今着替えてる最中――」


 と。


 叫んだ瞬間。


 前触れもなくカーテンが落下して、


「――――」


 試着室の外には、


 何が起きたかわからない顔の、


 黒い猫耳の幼馴染が――!


「――ぁ」


「――ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああ!!!!!」


 直後。

 反射的なアイアンテールが閃めいた。


                    ◇


「ごめん、本当ごめん、つい反射的に、ね、許して宮雨!」

 数分後。全力でぺこぺこと頭を下げて許しを請う私の姿がそこにはあった。

 どうやら宮雨の方はとっくに買い物が終わってて、外にいた剣月さんと話しながら私の着替えを待ってたらしい。この辺男女の買い物にかける情熱の差なんだろうなと思うけども、私が試着室に長居しすぎたってのも十分以上に原因で。そしてカーテンの故障は支えるレールが年代物で、つまりはいつかは起きてたはずの偶然事象。だからと言ってどうしてこんなすっごくジャストなタイミングでと偶然の二文字を恨んでみる。でもまあ、かばねちゃんが服を着た直後でまだよかったとマシな部分を見つけてみよう。


「俺の幼馴染は暴力系ヒロインでした」

「ちょっ」

「俺の幼馴染は後輩の女の子相手に半裸で迫るえっちな変態さんでした」

「あら、それは私に対する宣戦布告かしらっ?」

「すんませんでしたまおりさん、後丁度いいしその辺の詳しい話プリーズ」

「みーやーさーめー、今度は正当な理由で締め上げ喰らいたい?」

「ひっ」


 さっきのは反射行動で完全無欠にこっちの過失だった訳だけど、変なことやった場合の締め上げは幼馴染の義務だと言える。その辺で容赦遠慮はしないのが私の幼馴染方針である。

 私たちの会話を剣月さんはいつもの細目笑顔で見ていたが、ふと携帯を取り出して、


「――うん、わかったわっ」

「どしたの?」

「これからちょっと用事があってねっ、早く来いって催促がきちゃったわ。あでゅー」


 そう言って風のように去っていくクラスメイトの吸血鬼。

 ドレス姿は走りにくそうに見えるのに、すごい速さでエスカレーターの向こうへその姿は消えていく。現役時代の私よりも運動神経あるんじゃないかなひょっとして……。


「あ、先輩、私もそろそろ用事です」


 かばねちゃんもそう言って、私に向けて頭をさげる。

 用事があるから帰りますって土曜の昼から何かあるってまた珍しい気もするんだけども。


「えっと、あー、観たい番組があるんです。三時ぐらいから」

「なんだ、それなら仕方ないなあ、んじゃまた今度ね」

「ええ。先輩。また今度」


 手を振りながら私の後輩は去っていき、私と宮雨の二人だけが残される。

 買い物終わりの二人きりだけども、この鈍感にゃんこはちゃんと反応してくれるのか。


「なんだ、結局ヒラヒラキラキラした服買わなかったのか」

「……十点」

「え、一体どういう評価ですかかがしさん!?」

「乙女心が解ってないのでマイナス九十点ってことで」

「むしろどこで十点取れたかが逆に気になる!」


 服に触れたのはプラスポイントにしてあげてもいいけれど、そこは褒めろって話である。

 今の私の格好はファー付きコート。あったかさを優先しつつ、ゆったりとしたサイズと落ち着いたベージュカラーで大人っぽさを演出してみたつもりだけども、この幼馴染の野郎全然その辺触れる気がねえ。これだから男というやつは。


「あいつ、後輩なんだって?」

「あれ、私かばねちゃんのこと紹介したっけ?」

「着替え待ってる間に剣月から聞いた」

「なーる」


 宮雨と剣月さんの会話って一体どんな内容だったんだろう。案外あれで漫画やアニメについても詳しいって言うし、私の解らない内容で盛り上がってたんだろうかと、少しばかり嫉妬しちゃいそうな私である。

 私も興味示してみればいいのかもしれないんだけど、昔試してみた時には宮雨めちゃくちゃ喋りまくってこっちにはちんぷんかんぷんだったしな……。テレビの趣味はだいぶ合うのに、この辺幼馴染も難しい。


「俺帰宅部だからあんま年下との付き合いとかないんだけどさ、後輩ってやっぱり可愛いモノだったりするのかねかがしさん」

「まあねー。懐いてくるのは結構」

「やっぱ百合百合とかしちゃうわけですか」

「幼馴染に何を求めてるのかな宮雨」


 冷めた視線を向けてやると勘繰りにゃんこは手を振って適当にごまかす。

 いやまあさっきまで一緒にいた相手の趣味については理解はあるけども、そうやって何でもかんでも恋愛に絡めようとするのはどうかと思うよ、私。


「いや一般的なオトコノコとしましてはね、仲睦まじい女の子たちを見ると心が温かくなったりするわけですよ。そりゃもう標準搭載の萌え回路がギュンギュンと?」

「男ってよくわかんないなぁ……」

「フフフ男には男だけの世界というものがあるのですよかがしさん。具体的にはベッド下」

「へー。んじゃ今度宮雨の家に行った時見せてもらおっかなー」

「ヤメテそれだけはカンベンしてください」


 拝むように両手を合わせて願う宮雨。若干口元が笑ってるあたり、ベッド下にあるのはダミーだろうか。きっと本当の男だけの世界は机か本棚の裏にひっそり隠しているとみた。


 笑い合いながら適当に店内を歩いていると、リンゴンリンゴンと鐘がなる。時報だ。


「あー、もう二時か……ちょっと遅いけど昼メシにでも行く?」

「わーい、じゃあ私お好み焼き食べたいお好み焼き。大きいやつ」

「食べ過ぎるとツチノコになるぞツチノコ。未確認生物」

「なーらーなーいー。これでもスタイルにはまだ気を使ってるんだぞお姉ちゃん」

「えー、本当かにゃー? 体重一体今何キロ?」

「宮雨……? それを言ったら流石に戦争じゃおらぁー!」

「ひぎやめ痛い痛い痛いー」


 ――まあそんな感じで。

 今日も騒々しくゆったりと、日常の流れは過ぎていく。



                    ◇

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