赤々と燃え盛る王城を見つめ、少年は瞬き一つしなかった。特に何の感慨も浮かばないのだから、仕方あるまい。


「頼む、お前しか救えないのだ……っ。この日のため――王族を救うためだけにお前は生かされたきたんだ。見捨てようなどと思うな。救ってくれ!」


 少年は男泣きしながら縋り付いてくる師を一瞥すると、踵を返した。


「お前には心がないのかっ」


 師は吼えた。

 少年の歩みが止まる。

 二人がそんなやり取りをしている間にも、業火は王城にとぐろを巻いている。


「神の決めごとの前には、誰にも為す術がない」


 少年は淡々と言葉を発した。


「何を言う。お前は神に比肩する者。その力を以てすれば業火などすぐに消し去れるはず」


 少年は師を振り返ると、腕を組んで目を眇めた。


「師よ、私はまだ死ねない。それに、私の力を捧げる者は、もう決めている」

「…………王族は、このまま死ねというのか」


 師の非難がましい声に対し、少年は表情を曇らせる。


「そちらこそ、力を使えば私が死ぬとわかっていて、王族を救わせようとしているじゃないか」


 師の顔から見る間に血の気が引いていき、彼はその場に崩れ込んだ。啜り泣く声は炎の叫びに掻き消される。


 熱風が、少年の髪を煽った。


 火の粉は流星群のように降り注ぎ、王城の周辺を取り囲んでいる森まで舐め尽くす。

 少年は引き結んでいた唇を緩め、小さな声で歌を口ずさんだ。

 この国の誰も歌わなくなった……いや、忘れてしまった国歌。

 ――せめて、これが鎮魂歌レクイエムとなればいい。

 少年は一頻り歌い終えると、絢爛豪華なマントの留め具を外す。強風に乗った紅いマントは、ほむらの空によく映えた。


「王家は滅べど、民は滅びぬ」


 守りたい者を守るため、少年は祖国を棄てた。



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