第9話ロッククライマー亜紀②

  『エル・キャピタン』


  ヨセミテ渓谷の北側にそそり立つその壁はロッククライマー達の聖地であり、憧れである。渓谷の谷床からは約3300フィート(約1000メートル)あり、花崗岩の一枚岩(モノリス)としては世界一の大きさと言われている。南西壁及び南東壁には数多くのクライミングルートが切り開かれている。ロッククライマーなら誰でも自分の切り開いたルートを世に残せるように日々その壁に挑戦しているのである。今までに70以上のクライミングルートができており、春から秋にかけて、常に何十人ものクライマーたちがエル・キャピタンの壁に張り付いている。

 最短では約2時間、長い場合は200日という記録が残っているが、平均的に上りにかかる時間は、四日から六日ほどかかる。

高度が比較的低いことと、天候に恵まれていることから、エル・キャピタンは、世界のより難しい山のクライミングに向けた格好の練習場所となっていた。


その壁からのてっぺんの景色をワザワザ厳しいロッククライミングしなくても見る事は出来る。ちゃんと1日がかりで頂上まで歩いて行けるトレイルも整備されているからだ。


だが、クライマー達は壁を登る。


亜紀は、この地に魅せられ、日本に帰ってからと言うものは、ロッククライマーになる為の道を選んだ。

大学を選ぶ時は、まず語学の学部を選び、そしてロッククライミングのサークルがあるのを確認してから受験した。


好きな事はなんでも伸びる。亜紀は、あらゆる日本国内の岩壁に挑戦した。


そして、『岩壁の美人哲学者』と呼ばれる“リン・ヒル”の存在を知った。



  伝説のフリークライマー。


  リン・ヒルは数多くの偉業をなしている。


  レジェンドクライマー“リン・ヒル”


  今でも世界中で語り継がれる前人未到の偉業、ヨセミテ「エル・キャピタン」のノーズルートにおけるワンデイフリークライミングを成し遂げた神様と呼ばれた女性。


  1970年代のヨセミテを皮切りに、世界の岩場で活躍していた“リン・ヒル”

は、1993年に過去何人もの屈強な男性クライマーが制覇できなかった、高さ1,000mという世界で最も難関とされたヨセミテのエル・キャピタンを、初めてフリークライミングで征服したのである。さらに驚くべきことに彼女は、翌年、そのヨセミテ谷の超難関ルートの全行程をわずか1日で登りきるということに挑戦したのだ。

  しかも彼女は1989年の南フランスでのフォールでは20m以上の高さから落下するという生死をさまよう大怪我をした。が、不屈の精神とクライミングに対する情熱で舞い戻り、見事に偉業達成したのである。


  彼女は美しかった。そして何より彼女は自分の登る道に美を見出していた。美しい岩を愛し、ルートを愛した。そして何より、その岩に挑戦し続ける彼女の姿は美しかった。輝いていた。


  彼女は、エル・キャピタンをワンディフリーで登り終えた後、インタビューでこう語った。

  『崗岩ひとつとっても、同じ感触の岩はどこにもありません。岩の質というより、自分自身のフィーリングによって良いクライミングになるか、そうでないかが決定されますね。あえて言うなら、見た目に綺麗で、ユニークなフォーメーションの岩は私の好みです。触れる前にぱっと見て、綺麗だなと思う感覚が私にとって大切なんです。』

 

  ―では、岩の上で襲いかかる雨や風、もろいフレークや難しいサイズのクラックを「敵」や「脅威」だと感じますか?


  『つねに恐怖とは隣り合わせですが、クライミング中のプロセスで出会う雨や風を「敵」と言いたくはありません。水はクライミング中にスリップの原因となりますが、喉が渇いたときには大切な友だちになる。小さな岩棚の上では強風に吹き飛ばされそうになることもありますが、その空気がなければ呼吸ができないでしょう。つまり、難しいときもあれば、いいときだってある。向き合い方で対象物の捉え方は変わるし、ものごとには多面性があると私は理解しています。』

 

  ―クライミングという行為をあなたの言葉で表現してください。


 『難しい質問なので少し考えさせてください(笑)。そうですね、言ってみれば“きわめて個人的、主観的で、どこまでも優雅なダンス”でしょうか。または、岩というキャンバスに描くアートと言えるかもしれない。画家が白いキャンバスを前に考えるのと同様、私は岩を見上げて何を描くか考える。自分の気持ち良さを第一の基準にして、脳と指、腕や足を連動させていくアーティスティックなダンスという感覚でしょうか。』

 

  ―あなたにとってクライミングとは楽しみですか? それとも鍛錬ですか?


 『本を読んだり、人から情報を得たりして、まずその山や壁を登ることがどれだけ難しいかを知る。そして、それが困難であればあるほど興味が膨らんで、どうすれば登ることができるかを真剣に考える。これが純粋に楽しい瞬間ですね。また、これから挑もうとする壁の美しいルックスを目にしたときも大きな満足感を感じます。複雑なムーブを組み合わせて、不可能と思えるセクションを美しくクリアする瞬間もまた楽しい。そう、どのプロセスにおいても「美しい」ということが私にとっては非常に重要で、この感覚を得たときに楽しいと感じるんです。クライミングは結果的に自身の鍛錬にはなっているかもしれませんが、苦しみに没入するという感覚はほとんどありません。』

 

  すべてに置いて彼女は登る事に美を感じている。


  亜紀もまた同じであったが、“リン・ヒル”のように心底ロッククライマーでは無かった。新ルートを切り開いて登るロッククライマーではなく、自分自身の挑戦で壁に挑んだ。


  今、亜紀は46歳。元々美人の家系に生まれたものの、いつも太陽の光を浴びたその肌は小麦色に輝き、皺、シミも目立つ。指先の皮膚の皮はすり減り、第一関節から曲がった指はどれだけ多くの岩に挑戦したか物語っていた。そして、キラキラと輝く目。真っ白い歯は見る物を魅了した。何より、46歳と言う年齢に関わらず、背筋、上腕筋、素晴らしい筋肉に覆われた身体は無駄な肉が一切付いていない。

昨日、今日、イヤ、一年かけても出来る身体では無い。何年も努力して出来た身体の筋肉である。


  亜紀は46歳になった今もエル・キャピタンに登る。夫になったアートは今でも良いパートナーである。彼も同じ思いでこのエル・キャピタンに挑戦し続けている。若い頃より体力は落ちてはいるが、それでも挑戦し続ける。もちろん何日も掛かって登頂することもある。今、自分たちができる挑戦をし続けているのである。


  最初にその壁に手を掛ける。


  「マミー、気を付けて」


  12歳になる息子が亜紀の美しい背中に声をかける。応援してくれる息子もいつかはこのエル・キャピタンに挑戦するのだろうか?父と母の挑戦する姿を彼はいつも見てきた。毎年のように息子はこの地にキャンプに同行してくれた。


  数年前に兄の子供莉央を亜紀は預かった。その時、アートにプロポーズされて、結婚を迷っていた。子供を授かることの重要性を考えたからだ。亜紀とアートでは国際結婚。子供はハーフ。どんなことが自分の子供に待ち構えてるかわからない。莉央のように美しいと言うだけでイジメに合うのだ。悩めば悩んだだけ答えは出なくなった。

  莉央はたくましかった。見る間に水を得た魚のようにサンフランシスコで見事に開花した。人はそんなに弱い物ではないと知った。シンプルにアートと一生暮らしたいと思った。彼の子供を欲しいと思い、プロポーズを亜紀は受けた。


  今、亜紀は幸せを噛みしめている。家族とあと何年このエル・キャピタンにキャンプに来れるかわからないが、身体の続く限り挑戦したい。そして、親子で登頂する日も近いと確信している。まだまだ、息子には負けないように頑張って、上を目指す。


  その壁に挑戦する亜紀の目は今日もキラキラと輝いている。

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