八枝チルル

第19話 はないちもんめ その一

 或る日、常士学園の中間試験が終わり、阿呆な娘チルル共々俺は。


「ミオくん、それから八枝チルルさん、全校生徒の中でも君達だけだ、我が学園の中間試験に於いて落第点を取り、学園の長である私の補習を受ける生徒などはね」

 俺は娘のチルル共々、学園長直々による中間試験の補習を受けていた。

 ちなみに先日の降魔イザナミ襲撃の件で校舎の一部は半壊しているため、

 今俺達は何かと曰く付きの旧校舎で補習を受けている。


「別にいいじゃねーかよハゲ、いつもいつも育毛研究とか抜かして、暇ぶっこいてんだろうがよぁおぉ」

「あぁ、舐めた口を利くなよ火疋ミオくん、私は決意したんだ」

「決意だと? 小賢しいぞハゲ、く、くっはっは、そうだよなハゲ、お前って頭だけじゃなくア」

 アソコの毛も無い、と言おうとしたら学園長は俺の口を手で塞いだ。

「君達はこんな児戯を知ってるかな? 相談しよう、そーしよう……『はないちもんめ』という遊びなんだが」

 ハゲの汚ぇ手で口を塞がれた俺は(小父さんの手だ、はは、温かいな)などと思っていた訳ではない、断じてっ。


「はないちもんめがどうしたってぇ?」

 チルルの質問に小父さんは一つ頷き。

「東西に別れた日本の長い歴史の中でもあったことだ。東側の零の令嬢と、西側の零の令嬢を互いに交換するんだよ。幾ら一騎当千の零の令嬢とは言え、土地に馴染めないことだってある」

 要は今回のお話はそう言う訳である。

 

 ハゲは『俺とチルル』を中間の成績から『粗大ゴミ』と判断し、東側に居る零の令嬢と交換トレードしようと打ち立てたのだ。

「と言えど、君達二人を失うのは非常に」

「ウルセぇっだ! ハゲオラっだらしゃ!」

 学園長が何か言おうとしていたのは生憎、俺の癇癪による『下穿き脱がしの刑』で濁されてしまったが。


 俺とチルルは翌日付を以て、西側に居る零の令嬢とのトレードを余儀なくされた。

 何でだよっ。

 

 兎に角、その話しをホウレン荘に持って帰った。

「はぁ? そしたらダディはまた西へ行っちゃうのか? 一体何で」

「知ーらんぺ」

 隣では俺だけを気に掛けるマリーにチルルが憤慨した様子で「ボクのことはどーでもいいのかなっ!」と声を荒げていた。

「……ダディ」

 ふほっ。

 マリーは猫撫で声を使って、俺に身体を密着させて来た、ふほほっ。

「寂しい、ってことか?」

 この台詞を口にしながら、俺はマリーの肩を抱き寄せた、ふほふほふほほっ。


 これが美しく、健気な娘を溺愛する父親の特権って奴ですかね。

 ですよね、って俺は全国津々浦々のお父さん達に同意を求めてみる。


 ――ダディのカードを切るのはこの私、マリー・火影以外に居ないんだぞ?

「そのことを努々忘れないでくれよな」

 マリーの言葉の意味は十全と理解出来るものじゃなかったけど。

 どうして理解が及ばないのかと言えば、そうだな。

 俺の娘はマリーだけではないから、だと思う。

 燃え盛る赤毛を携えたマリーは印象通り、瞳の奥底に宿る野心も強かった。

 彼女の気持ちに応えたくとも、ヒイロやチルルやモモノを蔑ろに出来ない。


「ボクのことはどーでもいいのかなっ!」

「拗ねてるのかチルル?」

「拗ねるってどう言う意味?」

「小学校からやり直そうな」

 チルルは俺の娘の中でも一番……残念な娘だ。

 だけど、だけどそうかって俺は閃いた。

 この親にしてこの子あり、と言う諺に習ってだな。

 俺が八枝チルルという娘を、一から教育し、立派な娘に育てて見せる。

 そして世間やあのハゲに俺の父親としての器量を知らしめてやる。


 題して『八枝チルル育成計画』、早速今日から発動しよう。

 決意を新たにし、お風呂に入ろうとした時その事案は発生した。

「ヒィ――――ハァ――ッ!」

 意訳すると『こら、お父さんのお風呂に乱入して来ないでくださいチルル』となる。

「ヒィ――――ハァ――ッ!」

 意訳すると『おいおい、ボクが先に入ってたんだぞこの変態さんめ』となる。

「まぁいいや、ボクの髪を洗ってくれよミオ」

「あぁ、別に構わん」

 ずっと気掛かりだったんだ、チルルの髪の毛の話しなのだが。

 彼女の髪の毛は針金でも埋まってるんじゃないかと錯覚するほどの癖毛。

 その癖毛が味を出し、そこら辺の女性とは一味違った風貌を成している。


「お前もしかして石鹸で頭洗ってたりしてなかったか?」

「面倒だからな」

 やつぱりか、やつぱりね。

 チルルはシャンプーハットを被り、俺に背を向けて準備万端らしい。

 彼女の後姿は思った以上に、艶めかしく……はぁはぁ、しちゃうね。

 彼女のごわごわだった髪の毛は一度や二度のトリートメントじゃ矯正出来ない。

「……明日から、俺達西側に行く、とするだろ?」

「で?」

「そしたらあっちの美容室に行ってだな、お前の髪の毛をちょっとはマシに」

「ボクは美容とか、外見の良し悪しとかに興味ないね」

「そっか」

 どうですか? このチルルを筆頭に、俺の娘達の安定感と言ったらないでしょ。


 彼女達は総じてブレない、折れない、負けないのないないない尽くしだ。

 俺は今が幸せだから、今後環境に変革など起きて欲しくない。


 出来れば、娘達の中でもチルルには、父親として未熟な俺に、

『変わらぬことの貴さ』を解き示し、教えて欲しい所だ。

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