第15話 エリカの足の行方
━━暫く、ああでもないこうでもないと無駄にしかならない議論をしながら歩いていた━━
「俺が一番、美しいんだ。間違うなよ」
「あなたの話に付き合っているほど、暇ではないわ。あたしは正直な鏡も認める、美貌の白雪姫よ」
二人のやる気のない平行線。一体、この無意味なやり取りはいつまで続くのか。しかし、有り難くもない爆音により、会話は遮断された。
━━ガラガラガラガラガラガラ!!!!!
リーゼロッテと帽子屋は知っている。このあとは必ず……。
「だーーーー!!!!さっさと諦めやがれーーーー!!!!」
━━ダダダダダダダダダダ!!!!!
「……喧しいわね」
一言で一蹴する。音と叫び声とともに、突如として、真っ直ぐだった廊下に突き当たりが出来た。それも、窓が隣接する廊下だ。その廊下を、大疾走するアリスと、それを猛スピードで追い掛ける車イスのエリカ。通り過ぎてはまた、通り過ぎる。エンドレス。
「さっきから、近くなったり遠くなったり。どういう状況よ?」
それに対しての答えは、誰も持ち合わせていない。いや、ユリカに出会った二人は、何となくだが、察しがついた。
「……多分、エリカちゃんのテリトリーが薄れて、通常エリアとテリトリーが繋がったのかも?」
ならば話は簡単。二人はユリカにより、三ヶ所のテリトリーに侵入出来るようにしてもらっている。それは、時間とともに薄れると言われていた。ユリカが消えた瞬間、動きのある二ヶ所の音声が聞こえた。しかし、いつの間にか聞こえなくなっていたのだ。きっと、移動するセリカのテリトリーの中に侵入したからだと思われる。だから、部外者であるカノンの介入を許し、ローゼリアの脱出補助が出来た。いち早く、カノンはテリトリー圏外ギリギリに移動し、リーゼロッテたちにローゼリアを投げたとしたら……。すべては、合点がいく。そして、今回は元々のエリカのテリトリー周辺に到着したことにより、テリトリーの接点が歪んだ可能性がある。
当面の問題は、アリスに声を掛けるか否か。当然ながら、後者を選びたい。だが、そんな淡い希望なんてものは、彼にとっては残酷に他ならない。
「……ちょっ!おまえら!助けろ!」
━━ダダダダダダダダダダ!!!!!
速度を緩めずに、視界に捉えたローゼリアたちに声を掛けたのはアリスの方だった。出来れば最後まで走らせておきたいものだが、誘導されているようで、なんだか嫌な気分だ。多分、無意識に次はエリカ何だろうなと皆が思う。
━━ガラガラガラガラガラガラ!!!!!
「あら、皆さんごきげんよう♪アリスさんの体力が尽きるまで、お付き合いしておりますの♪アリスさん、早くその足をもがせて下さいな♪」
こちらには、全く悪意がない。ターゲットは、専らアリス。だったら、放置したい。ひどく物騒な発言をしているが。
「……取り敢えず、目下の目標はこの胸くそ悪い屋敷から出ることよね?」
そう、出るためには残り少ない時間内に残りの二人の捜し物を探し出す必要がある。と言うことは、だ。ローゼリアたちの存在を認識しても、エリカはこちらに来る気配はない。これは好機ではないか。
「うん、アリスくんは何時間でも走れるみたいだけど、時間が曖昧だし、早く見つける方がいいかも。」
恐る恐る四人で、空間内に一歩踏み出す。………そして、一歩後退する。言葉は発しないものの、考えていることは同じらしい。
「……融合はしていないみたいだね」
「そもそも、ターゲットはアイツだけなんだから、俺たちは関係ないだろ」
だがしかし、帽子屋もチャッカリと確かめていたのは見逃さない。
「……でも、あのボーイッシュな女の子大丈夫かな?」
━━ガラガラガラガラガラガラ!!!!!
「俺は、女の子よりも可愛い男だぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
━━ダダダダダダダダダダ!!!!!
本人が答えてくれた。
「……お、男の子?!」
「俺たち、冒険者だからな。たまたまアイツかは、アリスを引いたから、アリスなんだよ」
暫しの沈黙。
「……ああ!俺は家業継いだから、縁がなかったけど、大概の人は冒険者をいているんだよね。職業柄、あまり出会うことがないから。……だけど、コスプレギルドがあるとはビックリだな」
アクの強いギルドだが、登録者はあまりいない。これが、現実だ。
「俺が知っているのは、『アリス』、俺の『帽子屋』、『3月ウサギ』、そこの『白雪姫』と『赤ずきん』、他には『ラプンツェル』と『眠り姫ルクレツィア』コンビ、たまにしかいないが、『シンデレラ』と『シンデレラの王子』の真逆カップルと、『かぐや姫』くらいか」
まだ二人が出会っていない名前が出てきた。彼らは、追々登場するので暫く待っていてほしい。
「……それでも、10人。冒険者は数百万と言われているから、広まるのは時間が掛かりそうだね。でも、みんな似合っていると思うよ」
何故だろう。彼だけ、とてつもなく清純オーラを感じてしまう。しかし、和んでいるわけにはいかない。
「……さぁて、本題に移るわよ。多分、今まで何も感じなかったのだから、この通路のどこかにあるんじゃないかしら?」
今も、けたたましく隣を通過する二人。悲痛な悲鳴を挙げ、助けを求める可哀想なアリスを無視し続け、一行は話を続ける。リーゼロッテとユウヤは、頻りに視線をさ迷わせていた。ローゼリアと帽子屋は、うるさいとしか考えていないだろう。取り敢えず、あのうるささから解放される選択をしようとしていた。アリスのためではなく、自分のために。
「……帽子屋、部屋数はいくつ?」
「ざっと、5つ無いくらいか。」
通路に出ても、一定の距離で消えて、また向こうからやってくる。きっと、消えた位置と出現位置までしか、実際の距離はないのだろう。それは多分、ローゼリアたちには行き止まりに違いない。二人を無視しながら、端から端までを歩いてみる。…………やはり、出現位置と消えた位置は行き止まり。二人には、繋がって見えているに違いない。取り込まれなければ、エンドレス空間にはならない。
「……端から開けて。」
流石のローゼリアにも、違和感のある部屋を感覚で見つけられないようだ。出現位置あたりから、二人が真ん中付近に行ったのを見計らって、侵入する。…………何もない。ただの客間のようだ。ベッドやクローゼット、化粧台以外は何もない殺風景な部屋。エリカは全く気にしていないようなので、今度はそのまま、次の部屋をオープン。………………こちらも何もない。ちょっと色合いが違うだけの客間のようだ。
……………しかし、次の扉を開けた瞬間。何かに引っ張られるかのように、四人は中に転がり込んだ。………通路では、変わらずこちらを見ずに、おいかけっこしているエリカが見えたのに。………まるで、彼女から隠すように、静かに扉が閉まった。
「……ちょっと、何?」
「……ね、ねぇ、ローゼ?女の子の部屋みたい。………きゃぁ!!」
尻餅をつく、リーゼロッテ。
「どうしたの?」
帽子屋とユウヤも、リーゼロッテの目線の先を手繰る。
「……誰か、寝てるな。」
「はぁ?この屋敷で悠長に寝られるってどういう神経しているのかしら?」
しかし、はたとなる。……おかしい、おかしいのだ。人の気配やゴーストの気配を感じるはずのローゼが、そこに横たわる人の気配を感じていない。
「……え?ローゼ?」
リーゼロッテもやはり、気がついた。そうなれば、話は早い。死体としか。それに加え、身動きすらしないのだ。
「どうしたもんかな」
死体なら、臭いがするはず。ローゼリアが食いつかないはずはない。では、これは何?
「突っ立ってても、どうしようもないわ」
薄暗い部屋を真っ直ぐに、ベッドへ向かう。そのまま、掛け布団を無言でひっぺがす。
「「「?!」」」
三人が息を飲む音を、ローゼリアは聞いた。
「……何よ?誰がいるの?」
「え?白雪姫ちゃん、見えないの?」
今更だが、視覚以外が異常に発達しているローゼリアは、知らない人には全く覚られない。慣れてしまった二人は、ユウヤへの説明をすっかり忘れていた。
「「あ」」
「気がついたときには見えていないから、生まれたときから盲目なんだと思うわ」
こんなとき、ふと優しく説明するローゼリアがよくわからない。
「すごいね!気がつかなかったよ!」
だが、こんな会話をしているべきときではない。
「それはいいとして、誰なのよ?これ」
沈黙が流れる。
「……エリカちゃん」
「エリカさんだね」
「エリカだな」
三人がそれぞれ答えた。
「エリカ……?エリカは通路にいるじゃない」
それはそうなのだが、確かにそこによこたわっているのは、エリカとしかいいようがない。
「あ!ちょっと待って!」
リーゼロッテが、中途半端にひっぺがした掛け布団を、取り払う。そう、足の部分が見えるか見えないかだったのだ。………そして、取り払ったあとには………足があった。
「………足のあるエリカちゃんだよ」
ローゼリアはなにかを考える仕草をする。それから、
「……ちょっとスカート捲ってみて」
一瞬、空気が固まる。それもそうだ。男性が二人もいる空間で、女の子のスカートを捲れといい放ったのだから。
「お、俺、後ろ向いてるから!」
ユウヤの反応が正しい。しかし、帽子屋は微動だにしない。
「いいから、捲ってみて」
困った顔をしながら、おっかなびっくり、スカートを捲り始めるリーゼロッテ。女の子が女の子のスカートを捲るなんて、普通ではありえない。だが、他でもないローゼリアが無意味に捲らせるわけがないだろう。………太ももまで捲ったときに、リーゼロッテはその意味を悟ったのだ。
「……両太ももに、真っ直ぐ太い、打撲みたいな跡があるよ」
「見せてみろ」
自分にしか興味のない男が動いた。厭らしいことを考えてはいまい。まるで、
「……どうなのよ?」
「……これは、この打撲跡からは100%感覚がないだろうな」
それ以上の説明はいらないだろう。
「ふぅん、やっぱりね……」
感覚がなければ、無いと感じる。生きていれば、そこから腐るから、切断を余儀なくされる。思い込みの感覚が精神を追い詰める。けれど、果たしてエリカは、そうなのだろうか。死の瀬戸際で、そんな事態に遭遇したのなら、この状況は納得がいく。実際の屋敷は、戦禍で崩れ、運悪く当たってしまったとしたら?
「……可哀想。」
足の痛みで気絶し、死んだことに気がつかず、足の感覚がないから、足を探している。それならば、辻褄があう。
「そうね……。だったら、解放してあげましょう?帽子屋、ユウヤ。運べるかしら?」
無言で、軽々と帽子屋が担ぐ。……まるで、それを待っていたかのように、扉が静かに開いた。
「"ゴースト"の肉体と目視出来て感じる魂が分離してるなんて、不思議よね……。体が、魂のもとへ向かいたがる。普通は逆じゃないのかしら」
嘲笑するかのように、小さく小さく呟いた。手持ち無沙汰のユウヤを連れ、四人で通路に戻る。
「エリカ?あなたの大切なもの。さっさと受取に来なきゃ………………
━━ガラガラガラガラガラ……………!!!!
………数メートル前で止まるエリカ。エリカが止まったのを見て、止まるアリス。誰もが、呼吸すら出来ないような空気。
「あ………、私?なんで、なんで私が二人………?」
瞳を見開いたまま、微動だにしない。
「帽子屋、エリカにエリカを投げなさい」
「ちっ、一々命令すんじゃねぇよ!」
そのまま、キレイなカーブを画いて、エリカの体はエリカにぶつかった………ように見えたが、吸い込まれるように、車イスごと倒れた。…………………足場の袋から、バラバラと、大量の白骨した骨が散らばる。
「……あ……あ、私の……私の足!!」
"ゴースト"本来の体に戻っても、歩けるわけがないのだ。太ももから下が打撲で麻痺しているのだから。散らばった骨をかき集めようと必死になる彼女の顔からは、もう、余裕で可愛らしい笑顔はない。そもそも"ゴースト"に痛覚があること自体、怪しい。
「何人分だ、あれ。」
「わ、わかんないです。」
………しかし、それで終わるわけではなかった。なんと、大量の白骨した骨が、彼女に張り付いて立たせたのだ。
「……私、丈夫な足が………ほしいんです……」
ふらり、ふらりと一歩ずつこちらに向かってくる。白いはずの骨からは、セリカのときのような、黒いうようよしたものが渦巻いている。
「リーゼ、Go!」
「私、犬じゃないからね?!」
そう、突っ込みながらも、果敢に前に出る。セリカのときより、肝が据わっているようだ。
「お願い!エリカちゃんに、自分の足で歩いていたころを思い出させてあげて!」
瞳を閉じ、開いて骨を凝視する。骨がバランスを維持できずに、バラバラ崩れ掛ける。黒いうようよしたものはまたも、いやいやしていた。エリカもよろめき、倒れて四つん這いになる。
「わ、私の……足はどこ………ですか?」
エリカは、虚ろな瞳で狼狽している。その姿を痛ましく思いながらも、リーゼロッテは瞳の力を解放し、瞳の奥をまた光らせた。
「……最期くらい、自分で歩かせてあげてよ」
……黒いうようよした渦の塊が、勢いよく、リーゼロッテの口に吸い込まれた。エリカの足に纏わりついていた骨は、力なく落ちると、砂になって消えていく。……………動かないエリカだけが取り残された。
「……………」
長いような、短いような沈黙のあと、ピクリとエリカが動いた。よろよろと体を起こす。座ったまま、口を開く。
「……感覚、ないだけで、ここにあったんですね。見ようともしていませんでした。ごめんなさい………私……」
感覚のない足を愛惜しそうに撫でながら……。瞳をあげて、仰向けでだらしなく、まるでマラソンを終えた選手のように転がるアリスを見つめる。そんなアリスが、ガバリっと起き上がった。
「ま、いいってことよ!赤ずきんほどじゃないが、おまえも可愛いし、女の子に追い掛けられて悪い気はしねぇって!気にすんな!」
にかっと笑って見せるアリス。
「………ありがとう、ございます」
ぽろぽろと涙を流しながら、エリカは少しずつ光となり、終いには消えた。
「………あなたにしては、男らしいこと言えたわね」
「俺はいつだって、カッコいいだろ?」
格好はエプロンドレス。見た目、美少女。説得力皆無。以上。
「さぁさぁ、色ボケのとこいくわよ」
「え?ちょ!少しは休ませて!」
「ごめんね、アリスくん。時間がないの、巻いてかなきゃ」
リーゼロッテにまで言われ、固まるアリス。そんなバカを、担ぎ上げるのは
「おまえもかよ?!」
「んなとこで休憩して、出られなくなったら、てめぇのせいだぞ?!アリス!」
……立つ瀬がない。そして、ユウヤはやり取りについていけていなかった。
━━斯くして、アリスを回収した一行は、取り敢えず前進を始めた━━
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