5月2日 ニーノ

 ひえぇぇぇぇ!

 筋・肉・痛っ!

 

 全身の筋肉(はたまた脂肪)がまだ悲鳴を上げてる。椅子に座ってても、ベッドに横になっても、体がきしんでいる。このままきしみ続けたら……わたし、死ぬかも。


 うそでしょ。働いて2日目にして?

 

 今朝は早番だから、四時に起きて四時半に女中棟を出ましたとも。ちなみにベルシーは遅番だから、二段ベッドの上でまだすやすや眠ってた。うらやましい。

その時間帯はまだ朝日さえ昇ってなくて、城内は薄暗かった。燭蝋節約週間とかで、早朝に明かりが灯ることはない。さすがに夜は警備が厳しいから、燭蝋もたいまつも灯るけど。

 

 情けなんて言葉は城内には存在しないようで、今朝もみっちりスケジュールだった。厨房の床みがき、かまどの灰掻き、薪運び、火起こし、水汲みを新人女中十五人が分担しました。わたしは薪運びだった。うう、重労働。

 

 でも、パン生地をこねる作業手伝いは楽しかった。しかもそこで、ユービリア城勤務二年目、料理人見習いの男の子と始めて会話を交わしたの。


 ニーノ=トリーノ。私よりひとつ年下の十五歳。ちょっとぽっちゃり体型で、ミルク紅茶みたいな色の髪の毛が良い感じにカールしてる、肌の白い、おっとりした男の子が、同じ調理台でパン生地をこねてた私に何気なくしゃべりかけてくれたの。


「きみはオリエント出身の子?」

「えっ……ううん」わたしは驚きつつ、「ミングから来たの」と答えた。

「そんなに遠くから!」

 

 ニーノはミングのお隣都市パルコの出身だった。あそこも田舎だから、わたしは親しみを覚えた。

 

 そして勇気を振り絞って、会話を続行した。


「昨日のスープとパン、すごく美味しかった。あなたが作ったの?」

「まさか。ぼくはまだ下っ端なんだ。最近ようやく鶏肉をさばかせてもらえるようになったくらいで。料理長、厳しくって。味付けは全部料理長がやってるんだ。ほら、あそこ」

 

 ニーノがひょいっと顔を向けた先には、そびえるような人影があってぎょっとした。清潔そうな白の料理服に身を包んだ料理長は、顔が四角張ってて、眉毛が太くて、物見の塔みたいに背が高かった。いかにも大雑把そうなのに、キャベツを刻むときの包丁さばきは繊細だった。


 ニーノは男の子だけど、良い友人になれそう。それで少し気分が上向きになって、仕事のほうは午後まで調子が良かったの。まあ、ちょっとした出来事といえば、異国の商人から仕入れたっていう鮮やかな赤色の絨毯を第一応接間に運んでる最中、大回廊を守っていた四体の鋼の甲冑のうちの一つにぶつかって、右腕をガコンって床に落下させたことくらい(しかも目撃者なし!珍しくツイてた)。

 

 それから、ついに日程表も手に入れた。今週は早番、早番、遅番、遅番、という感じで交互に続くみたい。あと五日間頑張ったら、なんと1日お休みがもらえる!許可証さえもらえば、非番の日はお城から出てもいいから、城下町を探索することだってできる。

 

 そうよ。大きな町に来たんだもの。怖がってばかりいないで楽しまなきゃ。お金はないけど、どんなお店があるのか歩いて回るのだってすごく楽しいはず……友人と一緒なら。


 つまり、楽しい休日を過ごすためにも、早く一緒に出かけられるような親友を作らなきゃ!

 

 でも、頼りの同室の子は、遅番なのでまだ仕事。勝手に私物を動かしたら、怒られるよね、やっぱり……。でも、頭蓋骨らしきものを私の書き物机の上に置くことはないのでは。書き物机は、ちゃんと二つあるんだから。

 

 ぽっかりと空いた空洞の目が、こちらをじっと見つめているみたいで、ひどく落ちつかないんだけど……。


〈今日の素晴らしき出来事〉

 ニーノ=トリーノとの出会い!

〈今日の反省〉

 甲冑に気をつける。やたら腕がもげやすいから。

〈明日の目標〉

 女の子の親友を作る!わたしと日程がほぼ一緒らしい金髪の女の子に、昼食時、声をかけてみる。大回廊を通ったとき、一度だけすれ違ったものすごくカッコいい人の素性を探る。

〈特記すべき事柄〉

 明日も早番。井戸の水を汲む桶の取っ手がしっかりしているか確認する(はずれると今日みたいに服が水びたしになるから注意)。ろうそくが置いてあるのは地下室じゃなくて備品室。明日の夕食時までに、五箱ほど厨房に運んでおいてもらうよう供給係の人に頼む。

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